モンスターハンター ~流星の騎士~   作: 白雪

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EPISODE29 ~遼遠の好機~

 ギギネブラとの戦闘からは一時離脱し、三人はエリア3へと転がり込んだ。拠点からエリア4にまで運び込んだ罠類なども何とか無事である。

「どうにか撒いたか……」

 たった今やって来た道を振り向きながら、ヴァイスは短く息を吐いた。

 さすがのギギネブラも、そこまでしつこく追い回す真似はしないようであった。その事に安堵しながら、ヴァイスはクレアの元へと歩み寄る。ポーチから解毒薬を一本取り出すと、それをクレアに差し出した。

「これで解毒するんだ。このままだと、体力も削られる一方で危険な状態だ」

「はい。ありがとうございます、師匠……」

 クレアは多少の躊躇いこそ見せたものの、差し出された解毒薬を素直に受け取り、そして一気に飲み干した。しばらくするとクレアの呼吸も落ち着きを取り戻してくる。その様子を見て、これで大丈夫だろうとヴァイスも頷く。

「二人とも、入念に態勢を整えておけよ」

 クレアとグレンにそう促し、荷車をエリアの隅へと運ぶ。そうしてから、ヴァイスは鞘から飛竜刀【椿】を引き抜いた。見たところ刃毀れした様子はないのだが、斬撃を通じて感じる手応えは若干浅いものへとなった気がしたのだ。自分の感覚に従い、ヴァイスは砥石を取り出して刀身にそれを当てる。

 飛竜刀【椿】の切れ味を回復すると、回復薬と携帯食料も使用して万全を期す。

 そうしてから、何気無くクレアとグレンの様子を改めて窺ってみる。クレアも同じように、体力を回復してから携帯砥石を使用している。一方のグレンは、渋々といった様子ながらも携帯食料を口に運んでいるようだった。

 それを確認したヴァイスは、グレンの方へと向かっていく。手を伸ばせば届きそうな距離にまで近づいた時、グレンもようやく顔を上げて、その視線をヴァイスに向けた。

「グレン。今のうちに演奏を頼む。ギギネブラと対峙している最中に演奏するわけにもいかないからな」

 ヴァイスから命じられた初めての指示に、グレンは逆らうことなく頷き返した。

 その場に立ち上がると、ドロスヴォイスを構えて演奏体勢に入る。『防御力強化【小】』、『スタミナ減少無効【小】』、『風圧無効』の効果を及ぼす演奏を行ったところで、何処からもなく呻き声が轟いてきた。

 グレンの演奏に釣られるようにして、ギギネブラがエリア4からその姿を現したのだ。

「来たか」

 天井に張り付いたギギネブラを見据えながら、ヴァイスは静かに呟く。

「今まで通りでいい。思うように動いてくれて構わない」

 それだけを告げると、ヴァイスは地面を蹴った。そのヴァイスに一歩遅れて、クレアとグレンも続く。

 既にギギネブラの怒りは冷めたようである。それを理解したクレアとグレンがギギネブラの背後に回り込む。一方のヴァイスは、正面から斬り込むつもりのようである。

 側面からではあるが、クレアも果敢に攻める。数々の斬撃を繰り出して、ギギネブラの体力を削っていく。

 だが、片手剣の斬撃により与えられる一撃はそうは重くない。クレアの目的は、ギギネブラに睡眠毒を付与すること。そして、眠らせたギギネブラに対して大タル爆弾を使用し、一気に畳み掛ける。

 クレアの意図を理解したヴァイスも、グレンに目をやりながらその援護に入る。再びギギネブラの眼前に躍り出て、飛竜刀【椿】を頭部に振り下ろす。その一撃で、ギギネブラの身体が揺らいだ。

 しかし、これでは決定打には至らない。ヴァイスは斬り下がって一旦距離を取り、入れ替わるようにグレンが前衛へ出る。

 ギギネブラは首の向きを変えてグレンを追おうとするが、それを振り切る勢いで立ち回る。そして、ギギネブラの見せた一瞬の隙を突いて、グレンがギギネブラに肉薄した。

「そこだ!」

 ドロスヴォイスを振り下ろし、そのままぶん回す。翼を狙った攻撃は全て命中し、僅かな時間ではあるがギギネブラの動きを止めることに成功する。

 そこを見計らって、ヴァイスが再度接近を試みた。今度はギギネブラの側面から斬り込み、続けざまに斬撃を放つ。

 またしてもギギネブラの巨体が大きく揺らぐ。しかし、それでも決定打には至らず、レムナイフによる睡眠を誘発することは出来ていない。

「根気強く踏ん張るだけ、か……!」

 そう割り切って、ヴァイスが再び前に出る。ギギネブラの繰り出す攻撃を掻い潜って間合いに入り込み、飛竜刀【椿】を頭上から振り下ろす。

 一方のクレアも、ヴァイスより更にもう一歩分だけ接近した位置でレムナイフで斬り付ける。睡眠毒の付与を狙いとしているのは理解出来るが、だからと言って危なげな様子は見受けられない。周囲の状況を多角的に把握して、冷静な立ち回りを続けている。

 クレアとパーティーを組むようになってしばらくが経ったが、最近の彼女の成長は目を見張るものがある。ヴァイスが具体的な指示を出さないことも度々あるが、その中でもクレアは自分の出来る最大限の仕事を遂行している。その姿は、以前の彼女には見られなかった。

 ギギネブラと対峙する中で、ヴァイスはその視線をクレアからグレンへと移す。

 近頃の様子を見れば、クレアが大きく成長していることが目に見えて分かる。一方で、今回初めてパーティーを組んだグレンの実力は未知数だ。

 だが、その中でヴァイスは一つだけ理解に至った。それは、グレンが実力を発揮しきれていないということである。

 薄々とではあるが、確かに感じていた妙な違和感。そして、不可解なまでの際どい立ち回り。ヴァイスとしても全てを理解したわけではないが、それでも何となくの目星は付いた。

 ――“自分の実力を知りたい”。その言葉の裏に隠された本当の真意。それが脳裏にちらついた時、ヴァイスの視界がぐにゃりと歪んだ。

「くっ、これ以上余計な事を考えるな」

 自らを苛め、逸れかけていた注意をギギネブラへと戻す。

 取り敢えずは決着をつけてからだと、ヴァイスが一際ギギネブラに対して肉薄した。周囲の者を蹴散らそうとギギネブラがバインドボイスを放とうと、その影響から身体の自由を取り戻せば同じように斬撃を食らわせる。

 相手の自由を奪い取る手段は効果的でないと判断したか、今度はギギネブラは得意の猛毒で仕留めようとする。腹部から霧散した紫煙がギギネブラの近辺を覆いつくすが、接近していたヴァイスとクレアは距離を取って回避した。

 辺りから紫煙が消え失せると、三人が一斉にギギネブラに詰め寄ろうとする。ギギネブラもそれを許すまじと尻尾で薙ぎ払うが、それは足止め程度にしかならなかった。薙ぎ払いを回避したクレアが真っ先に斬りかかり、少し遅れてヴァイスとグレンも加わる。

「師匠、翼を狙いましょう! 体勢を崩して、一気に畳み掛けます!」

「よし、了解だ」

 クレアの提案に賛同し、ヴァイスが立ち位置を変更する。クレアの反対側に回り込み、翼に狙いを定めて飛竜刀【椿】を閃かせる。

「ウオオオオォォォォォォォォォォォォ……ッ!」

 ギギネブラも、ヴァイスたちに対して次なる一打を講じてくる。背中を丸める動作の後、例の卵を地面に植え付けた。

「また寄生なのか!?」

「俺が片付ける。グレンは俺の代わりに奴の翼を狙ってくれ」

 若干の動揺を見せたグレンに代わり、ヴァイスが卵の排除を買って出た。ギギネブラの横をすり抜けると、地面に植え付けられた卵と、その卵から這って出現するギィギたちをまとめて駆除しにかかる。

 飛竜刀【椿】を鞘から引き抜き、上段から斬りつける。放たれた斬撃は産み落とされた卵に命中し、それと共に燃え上がった炎の共に弾け飛んだ。そこから再び太刀を構え直し、右方向にステップを踏みつつヴァイスの左方向を振り抜いた。ヴァイス目掛けて飛び掛かろうとしていたギィギたちはその斬撃の餌食となり、あっさりと地面に倒れ伏す。

 卵とギィギの討伐を完了すると、ヴァイスがすぐさま身を翻す。グレンと入れ替わるようにして、今度はヴァイスがギギネブラの翼を狙って斬撃を繰り出す。

 ここまでギギネブラも、三人の攻撃を何とか耐え凌いできた。しかし、ここに来てそれも限界に達する。ヴァイスの一撃でギギネブラの巨体が揺らぎ、地面に崩れ落ちた。

「この隙、逃さない!」

 赤子のようにのたうち回るギギネブラを目の前に、クレアが一気に踏み込んだ。無防備に曝け出された腹部目掛けて、レムナイフを一心不乱に一閃させる。

 そして、ギギネブラがようやく地面に起き上がった時、その効果が表れた。

 今まで、あれほど暴れ回っていたギギネブラが突然静まり返る。身体から力が抜けたように地面に倒れ、そのまま動きを見せることはない。辺りに響き渡るのは、規則正しい寝息のような息遣いだけである。

 ここまで追い詰めて、やっとのことでギギネブラを眠らせた。それを理解した時には、三人は既に次に成すべき行動を取っていた。

 ギギネブラに破壊されないよう、安全な場所に置いておいた荷車の元まで走り寄り、そこから大タル爆弾を運び出す。合計六個の大タル爆弾をギギネブラの頭部付近に設置すると、三人は爆風の及ばない位置にまで後退した。

「よし。頼むぞ、クレア」

 ヴァイスに促され、クレアが頷く。

 今回、爆弾を起爆する役を引き受けたのはクレアだ。クレアは腰ベルトに装着していた投げナイフを一本取り外すと、右腕を大きく振りかぶって投げナイフを投擲した。

 投げナイフがタルに命中したような物音の後、鼓膜を劈くような爆音が轟き渡る。熱を帯びた爆風が周囲に巻き起こり、それが三人の身体を押し退けるように吹き抜けた。

「オオオオオォォ――――――――――――――――ッ!?」

 爆音が響動めく中、ギギネブラが一際大きく咆哮した。爆発によって発生した黒煙が晴れて尚、苦し紛れに身体を持ち上げ低い呻き声を上げている。頭部の毒腺は弾け飛び、見るも痛々しい姿であった。

「やったか!?」

 呻き苦しむギギネブラの様を見て、グレンも拳を握る力にも自然と力が入る。対して、ヴァイスは冷静にギギネブラの様子を窺っていた。

「……いや、そうとも限らないようだ」

 ヴァイスの言葉の後、ギギネブラは翼を大きく広げ、上空に飛び立った。

 あれだけの痛手を受けてながらも、ギギネブラは未だに倒れない。その事実を目の当たりにして、グレンの熱も徐々に冷まされる。

「まだまだってことか……」

「でも、エリアを移動したってことは、私にとってはチャンスかもしれないですよ。あともと一押しのはずです」

 グレンに対して、クレアは前向きだった。そんな彼女に、ヴァイスも同意する。

「クレアの言うとおりだ。あれだけの攻撃と大タル爆弾を食らっているんだ。ギギネブラにとっても、あまり余裕はないだろうな」

 ヴァイスがそう言うと、クレアもやる気に満ちた表情で頷き返す。相変わらずだな、と普段と変わらぬやり取りの後、ヴァイスはグレンに顔を向けた。

「急ぐ必要は無い。手堅く立ち回ればいいんだ」

 その言葉を受け、グレンもおずおずといった様子で小さく首肯した。

 グレンの返答を確認すると、ヴァイスは飛竜刀【椿】の切れ味を目視で確かめる。斬撃を通して感じられる手応えに違和感はないが、念のために砥石を当てておく。ヴァイスに倣い、クレアとグレンも砥石や携帯食料を使用し、万全の体勢を整える。

 準備が終えれば、後はギギネブラを追いかけるだけである。僅かに漂ってくるペイントの臭気を頼りに、三人はギギネブラの追跡を開始した。


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