モンスターハンター ~流星の騎士~   作: 白雪

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EPISODE28 ~長い悪夢~

「――りゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 凍り付いた凍土の洞窟に轟いた雄叫びに、クレアは呆気に取られてしまう。

 その雄叫びを上げた張本人であるグレンは、開いていたギギネブラとの距離を一気に詰め寄り、その頭部を狙ってドロスヴォイスを振り下ろした。

「グレンさん、一体何を――!?」

 そうして彼の元へ駆け寄ろうとしたクレアを、ヴァイスが制する。思ってもみなかったヴァイスの静止に、クレアの表情にも困惑と焦りの色が同時に現れる。

「師匠! グレンさんを止めないと!」

「……ああ、分かっているさ。でも、今は止めるべきではない」

 ヴァイスが口にした言葉で、クレアは言葉を失ってしまった。

 今のグレンは、危険を顧みるつもりなど全くなく、ただギギネブラを討伐することだけを頭に置いて行動している。そのような無茶な真似をしていれば、いずれ取り返しのつかない事態に成り兼ねない。だが、そのことを三人の中で最も理解しているはずのヴァイスがグレンを放置すると言うのだ。

 一体どういうつもりなのか。クレアはその言葉を口にしようとして、だが寸でのところで飲み込んだ。と言うのも、クレアに有無を言わせぬかのように、ヴァイスがタイミングを見計らって言葉を紡いだからだ。

「あいつがどれだけ危険な行動をしているかは俺も理解している。だが、それでも今は、あいつを止めるべきではない。この狩猟の目的は、“グレンの採点”なんだ」

 ――グレンの採点。

 その言葉を目の前にして、クレアも反論出来なくなる。

「いざと言う時は俺がどうにかする。だからクレアは今まで通り、自分の思うように動いてくれ」

「……分かりました。グレンさんの援護、よろしくお願いします」

「ああ。任せてくれ」

 ヴァイスにここまで言われては、クレアもそれ以上の言葉は出てこなかった。

 言われたとおりグレンのことはヴァイスに任せて、それでいてクレアは出来るだけ自然体でいることを心掛けながら、ギギネブラに向かって行った。

 仕掛けたのはギギネブラの右前脚。ちょうどグレンと反対に位置する場所に狙いを定め、レムナイフを一閃する。

 クレアに続いてヴァイスも動き出す。こちらに注意を向けることを優先して、危険を承知の上でギギネブラの正面に飛び込む。鞘から飛竜刀【椿】を振り抜き、上段から一撃を繰り出す。

 そこから更に、続けざまに斬撃を浴びせる。本来なら退くべきところを、ヴァイスはそんな素振りを全く見せぬままに休むことなく飛竜刀【椿】を振るう。

 懸命なヴァイスの、いやギギネブラにしてみれば厄介極まりない斬撃の数々に反撃を試みる。

 上体を起こし、そこから身体ごと地面に倒れ込む。ギギネブラにとっては、先程よりも間合いを詰めて来るヴァイスを仕留めるのは容易だと判断したのかもしれない。しかし、ヴァイスもその辺りは手慣れた捌きでギギネブラのボディプレスをやり過ごす。

 ボディプレスを繰り出した際に生じる風圧を避けるために後退していた三人が、再びギギネブラとの距離を詰めた。クレアは安全な間合いを保っての立ち回りだが、残るヴァイスとグレンは猪勇のある大胆な動きを再度慣行する。

「ちぃっ!」

 特にグレンの場合は、それが顕著に表れている。向こう見ずにギギネブラに接近し、自らの危険を顧みる様子など微塵も感じさせないようにドロスヴォイスを叩きつける。

 しかしそれは、更なる二人の焦りを追い立てる。グレンの援護を引き受けたヴァイスにしてみても、目の前であのような危なっかしい動きを見せられては、自然と冷や汗が湧いてきてしまう。

 だがそれでも、自分が援護するのだと決意したからには、ヴァイスもそれを遂行する。今一度ギギネブラの懐に潜り込み、飛竜刀【椿】を横一文字に薙ぐ。

 しかし、そこから追撃を加えようとしたところで、ギギネブラも新たに動きを見せる。再びヴァイスを標的に定めたと思われたギギネブラであったが、しかしそこで一転し後方にいたクレアを狙った。薙ぎ払われた尻尾には瞬時に対応することが出来ず、クレアの身体が地面を滑る。

「平気か?」

 横目でグレンとギギネブラに注意を向けながら、クレアの元に駆け付けたヴァイスが容態を尋ねた。

 そのクレアはというと、身体は吹き飛ばされたものの、大した痛手にはならなかったらしい。すぐさま体勢を立て直し、ヴァイスの問いかけに答える余裕を見せた。

 それを確認してから、ヴァイスはまた眼前で展開される、喫緊としたやり合いに意識を戻す。

 ギギネブラとグレン。両者の瑣末な動きに対してもヴァイスは敏感に反応し、そして対応する。無暗にグレンの動きを妨げるのではなく、あくまで援護という名目を保ったままヴァイスは立ち回る。そこに僅かな隙が生じれば、ヴァイスは一気に攻め込む。

 脚の付け根から足元、比較的に斬撃が通りやすい部位を袈裟斬りの要領で斬り裂く。狙い通りの部位に気刃斬りを叩き込むと、ギギネブラのその巨躯も大きく揺らいだ。

「オオオオオオオォォォォォォォォォォッ!?」

 悲痛を叫ぶ咆哮にさえも気を向けず、ヴァイスとクレアが畳み掛ける。

 だが、その勢いもここで途絶える。

 のそのそと地面から這い上がったギギネブラの身体が、突如として闇より深い黒に染まる。蠢く毒腺は更なる不気味さをその身に湛えさせ、目覚めることのない悪夢へと誘う。

「ウオオォォォォォ―――――――――――――――――――ッ!」

 闇に浮かび上がるような白色の表皮も何とも不気味であったが、この闇に溶け込むような常闇の黒を纏ったギギネブラには、また別の恐怖を抱く。

「向こうも我慢の限界か……」

 平静な声色でそう言ったヴァイスではあるが、彼の表情も厳しいものだった。

 タイミングを見計らったかのように、ギギネブラは自らの怒りを爆発させた。それはまるで、こちらの焦燥と不安を扇動しているようである。

「師匠」

「分かっているさ。クレアも無茶はするなよ」

「はい。師匠も無理しないでくださいね」

 何も告げなかったクレアではあるものの、ヴァイスはそんな彼女の気持ちを理解していた。

 クレアの懸念を裏付けるように、グレンが行動を開始した。それに合わせてヴァイスも動き出す。

「グレン、正面には回るな!」

 ギギネブラは怒り状態になることで、頭部と尻尾の肉質がまるで逆転する。通常であれば頭部を攻撃することが最も効果的なのだが、闇に染まったギギネブラに対して同じ手を用いれば、その一撃は呆気無く弾かれるだけに終わる。

 凍土に足を踏み入れる以前に、その旨の話はクレアとグレンに伝えていた。しかし、今のグレンがそのことを覚えているかと言えば、それは否だろう。

 そう考えていたヴァイスの目の前で、グレンは案の定ギギネブラの頭部を狙ってドロスヴォイスを叩きつけた。しかし、先程行った演奏の効果も切れていたのだろう。上段から振り下ろしたはずのドロスヴォイスは、鈍い音を撒き散らして弾き返された。

「っ!?」

 その瞬間、グレンの頭からも血の気が引いた。

 体勢を崩したグレンを、ギギネブラが見逃すはずがない。後方に飛び退いた勢いをそのままに、口内から毒球を吐き出すとそれをグレンの足元に叩きつけた。グレンの身体は一瞬にして紫煙に包まれ、そして空気中に霧散した毒素を吸い込んでしまう。

「ぐっ……!? く、くそ……っ!、げほっ、げほっ!」

 微量でもその毒素が身体に回れば、途端に息苦しさを覚える。全身の感覚が麻痺したように身体が痺れだし、地面に立っていることでさえも覚束なくなる。

 それでも何とか立ち上がろうとするが、いよいよ眩暈すら感じてきた。こうなると、グレンも身体の自由を利かせることは不可能だった。

 しかし、ギギネブラの後方に回り込んでいたヴァイスが、尻尾に向かって飛竜刀【椿】を振り下ろした。グレンに止めを刺そうかとしていたギギネブラも、水を差してきたヴァイスにその注意が向く。

 そのうちに、駆け付けて来たクレアがグレンを後退させる。

「グレンさん。早く解毒しないと……!」

「あ、あぁ……。分かってるよ、そ、そんな事は……!」

 呂律も回らなくなった口調でありながら、グレンは尚もギギネブラに目を据えていた。

 そんなグレンの有様を見たクレアも、彼に掛ける言葉を見失ってしまう。

「グレンさん、どうして……」

 しかし、やっとのことで振り絞ったクレアの言葉にすら、グレンは聞く耳を持たなかった。解毒薬と回復薬で体勢を整え直すと、グレンは独行してギギネブラに向かい出す。

 二人のやり取りは、ヴァイスからも確認出来ていた。

 だが、それでもヴァイスはそれ以上のことをしようとはしない。彼が遂行することと言えば、前衛に戻って来たクレアとグレンの援護だけである。

 しかし、怒ったギギネブラを凌ぐにも限度がある。三人の包囲網を用意に突破してみせると、そのまま宙に舞い上がり天井に張り付いた。こうなると、ギギネブラが地上に降りてくるまでは手の施しようがない。

 それにも関わらず、グレンは身体を休めようとはしなかった。ギギネブラの真下にまでやって来ると、地上に子タル爆弾を設置する。打ち上げられた子タル爆弾がギギネブラの背中に命中すると、そのギギネブラも予想外の衝撃に驚いたか、地面に降りて来た。

 その瞬間を見計らって、グレンが一目散に駆け出す。今度は背後に回り込んで、尻尾を目掛けてドロスヴォイスを振り下ろした。

 ヴァイスとクレアも続く。共にギギネブラの前脚を狙える位置に陣取り、それぞれの武器を振るう。

 その中で、クレアはある手応えを感じ始めていた。レムナイフの刃には睡眠毒が(まぶ)られている。一撃で付与することが出来る睡眠毒はほんの僅かなものであるが、それでもギギネブラの体内には徐々に蓄積されてきているはずだ。

 ここでギギネブラを眠らせ、持ち込んだ爆弾類を使用すれば、ギギネブラには大きな痛手を負わせることが出来る。

 それを確信し、クレアは地面を蹴り上げる。空中に舞い上がらせた身体の勢いをそのままに、頭上からレムナイフを一閃する。振り下ろした刀身を上段に突き上げ、横一文字に振り抜く。更に二度斬り付け、身体を捻らせて渾身の一撃を叩き込む。

「ウオオオォォォォォッ!?」

 立て続けに繰り出されたクレアの斬撃に、ギギネブラも怯んだ。

 残念ながらギギネブラを眠らせようとするクレアの狙いはここでは失敗に終わる。しかしながら、まだチャンスは大いにあった。一瞬の隙を見計らって、クレアが再度地面を蹴ろうとする。

「そこ!」

 狙いとしては申し分ない。体勢を崩したギギネブラに対して更なる追撃を試みようとすることは、大胆でありながらも賢明な判断であると言える。

 しかし、つま先に力を込めたクレアの視界に、突如グレンの影が飛び込んで来た。このまま直線状に跳躍すれば間違いなくグレンと衝突してしまう、そんな距離感での出来事である。

「まず――っ!?」

 それでも身体は咄嗟に動き、直前に跳躍する方向を僅かに逸らすことに成功した。だが、そうなってしまうと、クレアの一撃はギギネブラの頭部に命中する。ギギネブラの頭上から振り下ろされたはずのレムナイフは、鋭い音を撒き散らして弾かれる。

 クレアの身体も衝撃で体勢を崩し、地面に倒れ込んでしまう。すぐさま後退しようとクレアは試みるが、それでもギギネブラの腹から発生した紫煙にその身体が飲み込まれる。

「クレア!」

 ヴァイスも思わず声を張り上げた。

 想定していなかった事態ではない。しかし、その想定していた中では最悪に近い形で実現してしまった。

「クレア、無事か?」

 クレアの元に走り寄ったヴァイスが尋ねる。クレアもヴァイスの肩を借りながら立ち上がり、その問いかけに答えるべく頷く。

「はい、何とか……。すいません、グレンさんの動きを見ていませんでした……」

「ああ、それは気にしなくていいさ。とにかく、今は解毒を優先しよう」

 ヴァイスはそう言って、肩越しにグレンに顔を向け、そして声を上げる。

「グレン! 一旦退くぞ!」

 ヴァイスのその声は、何とかグレンの耳へと届いたらしい。潔くギギネブラから距離を取ると、ドロスヴォイスを肩に背負った。

 そのグレンの様子を見ながら、ヴァイスも先を急ぐ。

 背後から近づいて来るグレンとギギネブラの気配を感じながら、クレアと連れ立ってエリア4を後にした。


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