モンスターハンター ~流星の騎士~   作: 白雪

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EPISODE27 ~暗鬱の遁走曲~

 それからしばらくの時間が経過した頃、ヴァイスたちの姿は拠点にあった。

 この短時間の間に、ギギネブラの行動を目に焼き付けてきた。様子見はここで終わり、後は本格的に仕掛けていくのみだ。

「さて、どうするか……」

 拠点に置かれた道具類を眺めながら、ヴァイスは思考を巡らせる。

 今回持ち込んだ道具は、シビレ罠や落とし穴。大タル爆弾などのお馴染みのものばかりだ。これらの道具をいつ、どのタイミングで使用するか。それが、狩猟を有利に運ぶ重要なポイントである。

 すると、考え込むヴァイスの元へクレアがやって来た。

「師匠。この後はもう、一気に攻めていくんですよね?」

「あぁ、そのつもりだ」

 クレアの問いかけに頷いたところで、ヴァイスがふと思い出す。

 暖を取っていたグレンを手招きすると、今後の方針を二人に伝えた。

「次にギギネブラと対峙する時も、二人は自分の思うように動いてくれ。俺も出来る限り、二人をフォローしていくつもりだ」

 ヴァイスの言葉にクレアは頷くが、一方のグレンは彼から視線を逸らして、大タル爆弾などが積まれた荷車に向けた。

「あの道具類を使用するタイミングはどうしますか?」

「その判断も、今回は二人に委ねることにする。だが場合によっては、俺のタイミングで使用することもあるかもしれないから、その辺りは頭の片隅に入れておいてくれ」

「なるほど。基本的には、自分たちで判断して動け、ということですね」

「その通りだ」

 そうしてグレンも、ようやく納得したようだった。

 それを確認したヴァイスは、支給品ボックスまで足を運ぶと、その中からホットドリンクを何本か取り出した。そのうちの二本をグレンに渡す。

「クレアの分は必要ないから、代わりに補充しておいてくれ」

「ありがとうございます」

 ウルクシリーズを身に纏うクレアにはホットドリンクは不要なため、支給品のホットドリンクも余分に残っている。その分をヴァイスとグレンがありがたく頂戴することにした。早速二人は、ホットドリンクを一本飲み干す。

 最後に携帯食料で若干の空腹を満たし、出発する準備は整った。

 大タル爆弾などの積まれた荷車はヴァイスが引いていき、そのヴァイスを挟み込むように先頭をクレア、後方をグレンで固める。風に乗って漂ってくるペイントの臭気を頼りに、三人はギギネブラの元へ向かうべく拠点を後にした。

 狩猟の開始時には凍土も吹雪いていたが、今は天候も落ち着いている。エリア1には、先程まで見られなかったポポの群れの姿があった。

 しかし、肝心のギギネブラの姿はそこには見当たらない。改めてペイントの臭気を嗅ぎ分けてみて、ギギネブラの位置を割り出す。

「凍土の北側にいるみたいですね」

「あぁ。この感じだと、エリア4だな」

 ある程度の目星を付けると、そこへ向かって進み出す。

 しばらくしてやって来たエリア4もまた、洞窟内が狩場となっている。相変わらず外から流れ込んでくる冷気は容赦無いが、その分だけ視界も確保出来ている。

 そのおかげもあってか、三人は天井に張り付いていたギギネブラを容易に発見することが出来た。

 しかしそれでも、ヴァイスの表情は苦いものだった。

「厄介だな……」

 ヴァイスの視線は、地上に植え付けられた卵と、その周辺を徘徊しているギィギたちに向けられていた。他のモンスターの姿が見当たらないことは幸いだが、ギィギたちを排除しなければいけないことに変わりはない。

「ギィギは私たちで何とかしましょうか?」

 クレアの提案にヴァイスが頷く。

「分かった。それならギィギたちは二人に任せる。だが、ギギネブラにも常に注意を払ってくれ」

「もちろんです」

 短く言葉を交わし、三人がそれぞれの役目を果たそうと行動を開始する。

 荷車を端に置いてから、太刀の間合いに入り込んだヴァイスが卵を目掛けて飛竜刀【椿】を振り下ろす。

 その斬撃が卵を捉えると、ギギネブラも三人の存在に気が付く。天井に張り付いたまま静止していたギギネブラがついに動き出し、地上へ下りてくる。

「思いのほか俺たちに気が付くのが早かったな」

 卵の排除が完了したヴァイスが身を翻し、ギギネブラに飛竜刀【椿】の刃を向けるとそう口にする。しかし、その短時間の間にも、ヴァイスたちは成すべきことを成し遂げた。

 ギィギの討伐を終えたクレアとグレンが、ヴァイスより先にギギネブラに仕掛ける。

 ここからは様子見ではなく、全力で挑む。その方針に則り、二人は先ほどよりも間合いを詰めて立ち回る。

 ギギネブラはそれを好機と見たか、二人を諸共押し潰そうとする。だが、結局それは空振りに終わり、一転してギギネブラは反撃を食らう形になる。

 空振りした隙を逃さず、ヴァイスが肉薄して斬り込む。大胆にもギギネブラの正面から放った斬撃は、そのギギネブラを怯ませるまでに至る。

「オオオオォォォォォォォォォォォォォッ!?」

 ヴァイスも感じ取った、確かな手応え。肉質の柔らかい頭部による斬撃は、ギギネブラに対して大きな痛手を負わせた。

 ギギネブラが体勢を立て直す頃には、ヴァイスは斬り下がって距離を取っていた。そこに入れ替わるようにして、後方からクレアとグレンが再び仕掛ける。

「こいつ!」

 二人の攻撃を浴びながらも平然としているギギネブラを見て、グレンも血の気を増していく。

 ギギネブラの側面から正面に回り込み、頭部を目掛けてドロスヴォイスを振り下ろす。しかしそれでも、ギギネブラは怯まない。のこのこと正面にやって来た獲物を逃すわけもなく、ギギネブラはグレンを吹き飛ばす。

「ぐっ!?」

 背中から地面に叩きつけられ、グレンも言葉にならない苦痛を上げる。

「舐めやがって……っ!」

 のろのろと立ち上がったグレンは、ギギネブラを鋭い視線で射貫く。

 だが、ギギネブラは疾うにグレンから関心を失っていた。当のギギネブラは、そのグレンを援護しようとするヴァイスとクレアを標的としていた。

 それを頭で理解した途端、グレンの頭の中の“鎖”が千切れ始めた。

「――まだ、終わっていないんだよ!」

 感情の赴くままに声を張り上げ、そしてギギネブラに肉薄する。

 側面に陣取り、ドロスヴォイスを振り抜く。武器に宿る属性の相性の悪さなど関係ないと言わんばかりに、グレンはドロスヴォイスを振り回し続けた。

 しかし、ギギネブラにしてみれば、冷静さを欠いたグレンは格好の獲物だった。

 グレンがその“異変”に気が付いたのは、今一度ドロスヴォイスを上段から振り下ろそうとした直前だった。グレンの足元、ギギネブラの周囲を覆うようにして、紫煙が充満していたのだ。

「退け、グレン!」

 ヴァイスが警告を飛ばすが、既に手遅れだった。ギギネブラを包み込んだ紫煙が、何の前触れもなく“爆発”した。グレンの身体は一瞬にしてその紫煙に飲まれ、その姿が暗鬱の中へ消える。

 ようやく毒霧が晴れ、視界が開ける。そこには、地面に膝を屈し、苦しげに呻くグレンの姿があった。

「まともに毒を浴びたか……!」

 ヴァイスはすぐさまグレンの元へと駆け寄り、ギギネブラから引き離す。

 クレアは二人が離脱する間、何とかギギネブラを惹き付けようと前に出て行った。彼女の頑張りもあって、二人は何とかギギネブラから距離を取ることが出来た。

「うぅ……っ、くそっ……!」

 グレンは意地になって、目に角を立ててギギネブラを見遣る。しかし、こんな状態で前線へ戻ったとしても、容易くギギネブラに蹴散らされるのは誰の目から見ても明らかだった。

 それを理解しているヴァイスも、やや声色を強めてグレンに言う。

「落ち着け。とにかく今は解毒することを優先しろ」

「え、えぇ……」

 ヴァイスに促されて、グレンもようやくポーチから解毒薬を取り出す。すると、次第にグレンの呼吸も落ち着いてくる。

「体力も回復しておけ。前に出るのはそれからだ」

 しばらくグレンの様子を確認してみても、どこか異常があるわけでもない。それを確認したヴァイスが、一足先にギギネブラの元へ向かう。

 一時的に孤軍奮闘となったクレアだったが、それでも彼女は自らの任務を成し遂げる。ギギネブラを相手に、何とか食い下がって見せた。

「クレアは一旦下がってくれ」

「分かりました、お願いします!」

 クレアを後退させ、今度はヴァイスがギギネブラの相手を買って出る。

 正面から斬り込むような大胆な動きは控え、十分な間合いを保ちつつ前脚を狙って飛竜刀【椿】を振り下ろす。

 しかし、ギギネブラもしぶとい。ヴァイスの繰り出す斬撃を浴びながらも身体の動きを休めることなく、自身に纏わり付く獲物を捕らえようとする。

「ウオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」

 耳を聾するような歪な咆哮。それは洞窟内に反響し、凍り付いた周囲の空間さえも揺らめかせる。

「う、くっ!?」

 咄嗟にヴァイスも後退しようと試みたが、これだけの咆哮を頭上から叩きつけられるように浴びてしまい、身動きが取れなくなってしまう。

「師匠!」

 クレアが警告の声を張り上げる頃には、ヴァイスも身体の自由を取り戻していた。しかし、既にギギネブラはヴァイスの眼前まで迫って来ていた。

 どう仕掛けてくる。そんなことを頭で考える暇も与えられず、ヴァイスは直観的に身を翻し、前転して地面を転がった。その直後、ギギネブラは後方へ大きく跳躍し、その勢いそのままにブレス状の毒球を吐き出した。毒球の着弾点は紫煙に包まれるも、それをヴァイスが浴びることは辛うじて避けられた。

「間一髪、か……」

 飛竜刀【椿】を鞘に納めつつ、ヴァイスは額に滲んだ心地悪い汗を拭う。

 ヴァイスとしても、あのブレスを浴びることは何としても避けたいところだ。そんなことを改めて感じつつ、ヴァイスは再び前衛に躍り出る。

 しばらくその場に佇立していたギギネブラに接近し、今度は頭部に斬撃を放つ。クレアもそこに合流して、二人掛かりでギギネブラの動きを封じに掛かる。

 後方に下がっていたグレンも、果敢に攻める二人を見て触発される。

「俺も、ただ傍観しているだけじゃ駄目だ!」

 上擦った声を張り上げ、グレンもまたギギネブラに肉薄した。

 しかし、ギギネブラはその三人を哄笑するかの如く咆哮した。三人は身動きを封じられ、ギギネブラに無防備な姿を晒す形となってしまう。その隙を逃さんと、ギギネブラは尻尾で周囲を薙ぎ払った。ヴァイスは寸でのところで回避、クレアはガードに成功したものの、またしてもグレンの身体は後方に吹っ飛ばされてしまった。

「くそっ!」

 立て続けにギギネブラに蹴散らされてしまい、さすがにグレンも手持ち無さを痛感する。

 立ち上がってすぐさま反撃に転じようとするが、結局それはヴァイスに遮られる形となり、叶わないままで終わる。

「もどかしい気持ちは分かるが、冷静になれ。蟻の穴から堤も崩れるということもある。攻撃を食らったら、前線に戻るよりも体力の回復に専念しろ」

 ヴァイスの発言は、極めて言いえて妙である。それ故に、グレンは彼に対して何も反論出来ない。不はむきな態度を取りつつも、促された通りに回復薬を飲み干し、体力を回復する。

 空になった瓶をポーチに押し込んだ頃には、既にヴァイスはギギネブラと対峙していた。

「ちっ!」

 荒く舌打ちをして、グレンが地面を蹴る。

 冷静になれ、とヴァイスには言われたものの、グレンの憤懣は募る一方である。既にグレンは、冷静さを保とうとすることを放擲してしまっていた。

「グレンの奴……!」

 ヴァイスの方も、グレンが冷静さを失いつつあることは把握していた。事前に取り決めた援護に徹するという立ち回りも、角の立った今のグレンにはまさに絵に描いた餅である。

 ギギネブラに対するというより、自身に対する怒りに肖られたグレンは、脇目も振らずにドロスヴォイスを振り回す。しかし、有耶無耶な攻撃を繰り出したところで、ギギネブラに大した痛手を負わせることは不可能だ。

 結果的にグレンは、ギギネブラの反撃に遭う。身体は呆気無く吹っ飛ばされ、凍り付いた地面に叩きつけられる。

「ぐぅっ!」

 再びグレンは立ち上がるが、ギギネブラの度重なる攻撃によるダメージに身体が蝕まれていく。このようにやられ通しでは、先にグレンの方が力尽きるのは明らかである。

 だが、グレンの思考は、そんな当然のことまでにすら至らなくなっていた。

 回復薬を使用するのも忘れ、ドロスヴォイスを振り下ろす。しかし、そんな無謀な一撃を繰り出しても、ギギネブラはぴくりともしない様子で、グレンに頭を向けた。

「オオオォォォォォォォォ……ッ!」

 毒球を頭から浴びて、遂にグレンも地面に突っ伏す。何とか立ち上がろうと手足を動かそうとするが、体力を消耗している上に身体に毒が回っている状態では、思うように身体が動くはずもなかった。

「グレンさん!」

 クレアも、グレンが相当危険な状態にあることは既に理解していた。ヴァイスの指示を仰ぐ前に、単独でギギネブラに向かって行く。

 ギギネブラは再びクレアに任せて、ヴァイスはグレンの助けに入る。肩を貸して地面に立たせると、ギギネブラからなるべく距離を取れるようエリアの端まで移動した。

「ほら、解毒薬と回復薬だ。早いところ回復しないと手遅れになる」

 ヴァイスの差し出した解毒薬と回復薬を、グレンは無言で受け取り一気に飲み干す。

 荒れていた呼吸は徐々に正常になっていく。何度も痛手を食らっているが、この様子を見る限りではそれでも気力は尽きていないようである。

 ――いや、最早グレンには“気力”という言葉を用いるのも不適切であった。今の彼を突き動かしているのは、気力でも何でもない。彼の身体は、心の内から溢れ出た怒りという感情に支配されている。

「……ここでしばらく様子を見るか、またギギネブラに挑みかかるか。それはお前の判断に任せる」

 それを理解して尚、ヴァイスはグレンを引き留めようとはしなかった。否、正確にはそう言うしか他ならなかった。

 今のグレンにどんな言葉を掛けようと、それが彼に届くことはないだろう。だから、例え深追いしないよう忠告したとしても、それを実行することなど有り得ない。

 “自分がそうであった”が故に、ヴァイスは理解してしまっていた。彼がここまでしてギギネブラに――いや、モンスターに執着する理由が。

 そして、グレン本人にも、本当の意味でそれを自覚させ、それが“無意味”だと理解させる方法はただ一つ。

 

「――りゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 ――目の前の現実を見せしめ、思い知らせる。それだけだ。


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