モンスターハンター ~流星の騎士~   作: 白雪

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EPISODE26 ~戦慄の毒怪竜~

「オオオオオォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」

 身を切るかのような鋭い咆哮が、凍てついた洞窟内に響き渡る。その咆哮のあまりの威力に、周囲の空間は揺らぎ、天井から雨のような氷柱が降り注ぐ。

「く、うっ……!」

 ギギネブラから距離を取っていても、その威圧に思わず気圧される。

 頭と思しきものをこちらに向け、そしてギギネブラは地面を蹴った。

「速い!?」

 散開したクレアが我知らず声を上げた。

 見た目からは、ギギネブラはとても俊敏な動きをするようには思えない。だが、大蛇の如く地面を這うようなその速度は、クレアの予想を大きく上回っていた。

 呆気に取られているクレアを狙い、ギギネブラは更なる動きを見せる。突進を終えたギギネブラが、その場で大きく跳躍した。暗澹としたギギネブラの影が、途端にクレアの身体を飲み込む。

「退け!」

 ヴァイスの警告と共に、クレアは身を翻し、身体を前方に投げ出した。そして、クレアが飛び退いてから間髪を入れずに、ギギネブラが地響きを立てて地面へ降り立った。

 しかし、ギギネブラも執拗にクレアを追い回す。その様子を見たヴァイスがすぐさま判断を下す。

「グレン、援護を頼む。俺が前に出る」

「わ、分かりました!」

 それだけの会話を交わして、ヴァイスは駆け出した。

 後方からギギネブラに接近すると、翼状の前脚に狙いを付けて飛竜刀【椿】を鞘から引き抜き一閃する。深々と刻まれた飛竜刀【椿】の刀身から、紅の炎が爆ぜ薄暗い洞窟内を照らす。

「オオオォォォォォォォォォッ!?」

 予想外の一撃。そして、苦手とする炎の一撃に、ギギネブラも驚いたような様子を見せる。

 しかし、それも一瞬だ。ギギネブラはすぐさま体勢を立て直し、ヴァイスに向き直る。

 ヴァイスも、ギギネブラに正面を取られぬよう、立ち回りを休めることはない。斬撃の合間を縫っては常に立ち位置を変更して、ギギネブラを翻弄する。

 そうしているうちに、グレンは後方で援護演奏を行っていた。『風圧無効』、『防御力強化【小】』を伴う演奏を終えたグレンが、再度ギギネブラとヴァイス、クレアの様子を窺う。

 丁度クレアが、ギギネブラの尻尾に目掛けてレムナイフを振り下ろしたところであった。だが、コマンドダガーから更なる強化を施されたレムナイフを以てしても、その一撃は鋭い金属音を上げて弾き返されてしまった。

「か、硬いっ……!」

 弾かれたことによる衝撃も相当なものらしかった。クレアが一旦距離を取り、レムナイフを握っていた左手の手首の感触を確かめている。

「ヴァイスさんの飛竜刀【椿】なら刃が通るかもしれない。だけど……」

 片手剣のような斬撃を浴びせる武器よりも、狩猟笛のような打撃を与える武器の方が硬い表皮や甲殻を貫きやすいことは事実だ。だが、クレアの様子を窺う限りでは、グレンの持つドロスヴォイスでも一撃が通るとは考えられなかった。

 前脚や頭部を狙えば話は別かもしれないが、それにはリスクも伴う。様子見の段階としては、援護を担当するグレンも大胆に動こうとは考えていなかった。

「そういうことなら――」

 グレンはドロスヴォイスを再び構え、演奏体勢に入る。

 しかし、今回奏でる演奏は周囲に恩恵を与えるものではない。演奏者へ与えられる恩恵、すなわち自身強化の演奏を奏でるのだ。この自身強化の演奏により、『はじかれ無効』という特殊な能力を発動させることができる。これによって、どんなに強固な表皮や甲殻に対しても一撃が弾かれるということは回避できる。

 一方、グレンの考えを飲み込んだヴァイスとクレアも、彼をアシストする。共に左右の前脚付近に陣取り、飛竜刀【椿】とレムナイフで斬りつける。

 そして、グレンが演奏を終えて前に出ようとした瞬間、ギギネブラは更なる動きを見せる。

 ギギネブラは再び大きく跳躍した。だが、それはこの場の誰か押し潰さんとするためではない。洞窟の天井付近まで舞い上がったギギネブラが身体を翻し、そして天井に張り付いた。

「なっ!?」

 信じ難い光景に、グレンの動きも止まる。

 ギギネブラは、グレンのその隙を見逃さなかった。天井を蜘蛛のように這い回ると、グレンの頭上付近まで移動してきた。そして次の瞬間、ギギネブラがグレン目掛けて飛び降りて来た。

「うわっ!?」

 グレンも判断が遅れ、この一撃を食らってしまう。身体を立て直そうにも、うっすらと凍り付いた地面ではまともに受け身を取ることもままならなかった。

 何とかグレンが立ち上がった頃には、既にギギネブラは周囲に纏わりつくクレアに気を取られていた。

「くそっ、あいつ……!」

 不意を突かれたグレンも、さすがに頭に血が上る。だが、そのグレンを制したのは、いつの間にか彼の元までやって来ていたヴァイスだった。

「落ち着け、まだ狩猟は始まったばかりだ。まずは体力を回復するんだ」

「……そうですね。すいませんでした」

 ヴァイスの指示に素直に従い、グレンはポーチから応急薬を一本取り出し、それを飲み干す。

「焦る必要は全くない。気分を楽にして立ち回るんだ」

 グレンが一息吐いたところを見計らって、ヴァイスはそう告げる。そして、すぐさま身を翻しクレアの応援へ向かって行く。

 次第に遠ざかるヴァイスの背中を、グレンはしばらく黙って見つめていた。

 焦る必要はない。ヴァイスにそう言われた時、グレンは一種の違和感を覚えた。

 別に、自分が焦っているという感覚は全くない。だが、何故だろうか。ヴァイスのあの言葉は自分の心の内を見透かしているかのような、居心地の悪さを感じたのだ。

 そう。まるで、“自分の全て”を知っているかのように――。

「……いや、今は狩猟中だ。余計なことは考えるな」

 狩猟から離れていた思考を元に戻そうと、グレンは頬を軽く叩き、気合いを入れ直す。そして、軽く呼吸を整えてからギギネブラに向かって駆け出した。

 一見しただけでは、こちらに頭を向けているのか尻尾を向けているのか見当が付かない。だが、グレンはその疑問を押し込み、ドロスヴォイスの一撃が届く範囲内まで接近した。

 走り込んだ勢いをここで殺すように、グレンはドロスヴォイスを手に掛け、そして上段から叩きつけた。

 直後に伝わって来たのは、ドロスヴォイスを握る手の痛み。そして、一撃が通らなかったという明確な手応えだった。

「こっちは尻尾なのか!」

 ヴァイスの話から、ギギネブラは頭部と尻尾では肉質が異なるということは耳にしていた。尻尾に比べ頭部の肉質が柔らかいらしいが、まさかここまで極端な差があるとは思ってもみなかった。

 しかし、事前に『はじかれ無効』のスキルを発動させておいたことは大きかった。部位によって肉質が異なるという知識を頭に入れていようとも、その判断が難しく、加えて武器が弾かれてしまっては意味が無い。

 グレンは、ドロスヴォイスの打撃が弾かれることはお構いなしに、尚もギギネブラに叩きつける。

 しかし、ここれギギネブラが身体の向きを変えてきた。これにより、ギギネブラはグレンに対しては頭部を向ける形となる。

 さすがに頭部目掛けて攻撃を繰り出すのは危険が伴う。グレンはそう判断し、ギギネブラから十歩くらいの距離を空けた。

 ギギネブラの後方では、飛竜刀【椿】を振るっていたヴァイスも同じく距離を取ろうとしていた。

 そこから目を離して、グレンはもう一度ギギネブラに注意を向けようとした。だが、次の瞬間には、グレンの意識は再びヴァイスの方へと向けられていた。

 グレンの視界からヴァイスが外れようとした時、鋭い金属音が洞窟内に響いた。遅れて、鈍い衝撃音のようなものも耳に届いた。

 見遣ると、ヴァイスの姿がかなり後方にあった。いや、その光景を見なくとも、グレンは傍目では何が起こったのかを理解していた。

 単純なことだった。ギギネブラが尻尾を駆使して、後方を薙ぎ払った。その一撃をヴァイスが食らったのだ。

 だが、尻尾の長さを考えれば、後退していたヴァイスの身体までを薙ぎ払うのは不可能に思える。しかし、ギギネブラはそこから一歩も動いてはいない。

 グレン自身も、その光景は信じ難いものだった。だが、ギギネブラの尻尾は、周囲を薙ぎ払おうと擡げた瞬間に引き伸ばされていたのだ。

 尻尾が伸び縮みする。そんな非常識な光景に、グレンのみならずクレアも戦慄を覚える。

 一方、ギギネブラに吹き飛ばされたヴァイスはすぐさま体勢を立て直した。飛竜刀【椿】を地面から拾い上げると、もう一度ギギネブラに向かっていく。

 それを見たクレアも、恐怖を内に押し込み動き出す。

「てりゃあっ!」

 余計なことは考えるなと自分に言い聞かせ、レムナイフを振り下ろす。

 初手の一撃が命中し、続けてもう一撃をお見舞いしようとするものの、またしてもギギネブラは宙に舞い上がり天井に張り付いた。

 先ほどのように誰かの頭上まで移動するかと思ったが、ギギネブラはそこから動き出す素振りを見せない。

「何をするつもりだ……?」

 三人にとって厳戒を要するこの状況下で、ギギネブラはついに動きを見せる。

 突然、ギギネブラの身体から力が抜け落ちたように感じた。すると、天井に張り付いていたギギネブラの身体がぐらりと反れた。

 地面へ落下する。

 そう確信したのは尚早だった。何故なら、ギギネブラは尻尾を利用して天井に張り付いたまま、しかしながら頭をそこからぶら下げて、こちらに向けてきたのだから。

 生物の域を超越したギギネブラの行動の数々に、クレアやグレンは圧倒され尽くす。

「その場に止まるな、走れ!」

 突如、ヴァイスの警告が響き渡った。

 言葉の意味を理解しようとはせず、二人はただ言われるがまままに地面を蹴った。

 その直後、ギギネブラは口内から濃紫の球体を吐き出した。その球体は地面へ着弾すると、毒々しい紫煙を周囲に撒き散らした。共にそれらの球体は、今しがたクレアとグレンのいた場所に着弾しており、その周囲に紫煙が霧散していた。

 クレアが風に乗って漂ってきた紫煙を吸い込んだ途端、焼けるような肺の痛みと息苦しさを覚えた。

「こ、これって……!」

「あぁ、これがギギネブラの生成する猛毒だ」

 ヴァイスはクレアを連れて、一旦退避する。

 猛毒の紫煙は風に流され、すぐに消えてしまった。クレアの方も、直接に毒を浴びたわけではないため、解毒薬を使う必要はなかった。

「念のため回復薬を使った方がいい。違和感はあるかもしれないが、まともに毒を浴びたわけではないから、それで問題はない」

「はい。ありがとうございます、師匠」

「これくらい大したことないさ」

 ヴァイスはそれだけを告げて、ギギネブラに視線を戻した。

 呼吸を整えているクレアはその場に残していき、ヴァイスは地面に降り立ったギギネブラに再度接近を試みる。

 背後から近づき、尻尾に狙いを定めて飛竜刀【椿】を上段から振り下ろす。

 レムナイフやドロスヴォイスで阻まれる表皮であっても、この飛竜刀【椿】の刃を以てすればそれを穿つことは容易い。ヴァイスは続けざまに斬撃を繰り出し、着実に痛手を負わせていく。

 しかし、ギギネブラもただやられているわけではない。背後で動き回るヴァイスを煩わしく思い、ギギネブラは尻尾を動かし始めた。

「くっ……!」

 ヴァイスもすぐさま異変を感じ、その場から斬り下がって距離を取った。

 背中を丸め、ギギネブラは尻尾にも位置する口を盛んに働かせていた。口内からは粘着質状の妙な異音が発せられており、不気味さと気色悪さから身体もぞっと竦み上がる。

「オオオッ、オオオオオオオォォォォォォォォッ!」

 やがて、ギギネブラが苦し気に呻いたかと思うと、口内から半透明の粘体物を吐き出した。

 爆弾の如く地面に設置されたその粘体物からは、ギギネブラの弱正体にも思える生物が生まれ出てきている。いや、この生物こそ、ギギネブラの弱正体で間違いないのだ。

「うっ、あれは……」

 グレンも思わず顔を青ざめさせる。

「ギギネブラの卵。そして、あの白い生物がギギネブラの幼虫、ギィギだな……」

 声色では平然を装うヴァイスも、表情ではにが虫を嚙み潰したようなものになっていた。

 粘着質の卵から生まれてきたそれは、ぶよぶよとした乳白色の生物だ。そんなものが何匹も地面を這って、こちらに向かってくる光景は、とても気持ちの良いものとは言えない。

「どうしますか、師匠?」

 体勢を整えたクレアが、ヴァイスの元まで走り寄って指示を仰ぐ。

 ヴァイスもギギネブラと、またギィギとその卵とで視線をやり繰りして、そして判断を下す。

「俺がギギネブラを惹き付けておく。その間にまずは卵から排除してくれ。あの卵をどうにかしなければ、ギィギたちも増える一方だ」

「そうですね、分かりました。任せてください!」

 遅々と迫り来るギィギたちの合間を擦り抜けて、クレアがギィギの卵の元へ向かう。クレアの様子を見たグレンもまた、一歩遅れて彼女に続いた。

 ヴァイスがギギネブラの気を惹いていることを改めて確認すると、クレアは卵に向かってレムナイフを振り下ろす。卵と言うだけあって軟弱な物だとクレアは思っていたが、斬撃を数発浴びせただけではそれを破壊するごとができない。

「意外と打たれ強いっ!」

 斬撃を与える度にぶよぶよと変形する卵を睥睨しながらクレアが声を上げる。

 グレンもここに協力し、二人掛かりで卵の排除に掛かる。

「いい加減に、しろ!」

 グレンが上段から振り下ろしたドロスヴォイスの一撃で、ギィギの卵はようやく弾け飛んだ。

 だが、これで終わりではない。卵の排除に手こずった二人の背後に、小さな不気味な影が幾つも近寄って来た。

「グレンさん、後ろに!」

「しまっ――!?」

 そうして振り返った時にはもう遅い。グレンの背後から近づいたギィギが、彼目掛けて飛び掛かった。ギィギはペッコシリーズの上からグレンの左腕に噛み付いてきた。

 さすがに幼虫とだけあってか、噛み付かれて強烈な痛みに襲われることはない。だが、このままでは体力は削られる一方で、かつ動きも制限されてしまう。

 グレンは何とかしてギィギを振り解こうとする。だが、ギィギもその見た目からは想像もつかない咬合力で、グレンの腕から離れようとはしない。

 こうしている間に、クレアの元にもギィギたちが群がってくる。飛び掛かってくるギィギたちを盾でやり過ごしては、レムナイフで斬り付けて討伐していく。クレアが卵から孵化したギィギたちを全て討伐した頃には、グレンもようやくギィギを振り解き、討伐に成功する。

「何とかなりましたね」

「あ、あぁ……」

 余程スタミナを消耗したのか、グレンの呼吸は荒く、肩を上下させていた。クレアが一旦後退するかと提案したが、グレンはそれを断り、自らもギギネブラに向かって行った。

 クレアにはグレンを止める隙も与えられず、彼女もまたグレンの背中を追った。

 二人が前衛に戻って来ると、ヴァイスは斬り下がってギギネブラから距離を取った。

「今はこのまま様子見を続けるぞ。だが、気を抜くな」

「もちろんですよ!」

 ヴァイスの言葉にクレアは答え、グレンは沈黙を貫きつつも行動で以てそれに応答した。

 二人の様子を窺ったヴァイスは頷き、そして再びギギネブラとの距離を詰めた。飛竜刀【椿】を前脚に振り下ろすと、ギギネブラも怯んだ様子で咆哮した。

 ヴァイスはその瞬間、一瞬だけ洞窟の外から届く光の方へ視線をやった。

 どうやら、吹雪の方は無事に収まったらしい。これなら、外へ出ても問題はないはずだ。そう思い、ヴァイスは視線を目の前の敵へと戻した。

 だが、この狩猟が本当の意味で荒れ始めるのは、まだこれから先の話であった。


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