モンスターハンター ~流星の騎士~   作: 白雪

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第一章 交差する運命
EPISODE1 ~その村の名をユクモ村~


 ユクモ村を訪れた者を最初に迎えるのは、荘重な紅い鳥居である。

 自然と背筋が伸びるような感覚に浸りながら、一歩を踏み出し鳥居を潜る。そうした途端「ここまで遥々やって来たんだ」という感情が一気に込み上げてくる。

 鳥居を潜った先には、見上げる限りの石段が長きに渡り敷かれていた。ふと見上げれば、それは村から突き出すように聳える、この村の最も高い場所に位置した建物まで続いている。

 ユクモ村は起伏の激しい山間に造られている。そのため村の中で高低差があるのは当然であり、村の通路も自然を生かした形になる。そうした作りはドンドルマと共通する点が多く、どこか懐かしさを覚える。

 建造物の配色にも留意している点も、ユクモ村とドンドルマには共通している。しかし、ユクモ村の建物は朱色一色で統一され、落ち着いた雰囲気を感じさせる。

 建造物の配色で朱色が使用されているのは旧大陸ではあまり見慣れない光景であるが、これこそがユクモ村独特の文化なのだろう。

 そんな光景を一瞥すると、ヴァイスは、一段、一段とゆっくりとした歩調で石段を登り始めた。

 季節は秋。村の至るところにある木々はその枝に紅葉を抱き、風に吹かれた紅葉はひらひらと舞い落ちる。紅葉はまるで村全体を包むかのように辺りを彩り、そして澄み渡った秋空に舞い踊る。

 ヴァイスの視線が、青い空に舞う紅葉を見上げる形で追いかける。

「……綺麗だな」

 それは息を呑む光景だった。

 標高が高いとは言え、この辺り一帯は四季の変化がはっきりしているようだ。

 ヴァイスが紅葉を見るのは、これが初めてではないのだが、ユクモ村の雰囲気と風情ある建物が紅葉をより一層美しくさせているように見える。それが、ヴァイスの目を奪った。

 しばらく見ていても飽きそうにない。心のどこかで、思わずそう考えてしまう。

 だが、まずは先に済ます事がある。名残惜しいさを胸にしながらも、ヴァイスは再び歩を進めた。

 長閑な温泉郷であるユクモ村には、ハンター以外にも多くの観光客が訪れるようだ。行き交う人々は、この辺り一帯の独特な衣装を纏った者、洒落た格好をした者、防具を着込んだ者などさまざまだ。

 秘境とも呼べる場所に位置するユクモ村だが、村内は多くの人で賑わい、活気に溢れている。この村がここまで発展したのは、様々な人々が訪れ、その評判が人づてに伝わり……。そんな循環過程を繰り返した賜物なのだろう。

 そんなことを考えながらしばらく石段を上っていくと、

 ――カツーン、カツーン。

 と、規則正しいリズムで槌音が聞こえてきた。

 聞き慣れたその音の方向へヴァイスが目をやる。

 そこは工房だった。小柄で、顎に豊かな髭を蓄えた爺さんが、その体型に不釣合いな槌を振るい武器を鍛えていた。周囲にはその弟子と思しき者の姿もあり、今も何らかの武器を鍛えているようであった。

 今度はその反対側、向かって斜め後ろへ視線を向ける。

 そこは市場になっていた。幾店もの露店が立ち並び、店主と思われる者が客引きを行っている。

「なるほど。この辺りには雑貨屋や工房が集中しているのか」

 ハンターには武器や防具の他にも、各種さまざまなアイテムが必要不可欠な存在だ。こうやってハンターが利用する施設を一点に集中させることで無駄な時間を省く。確かに、効率的なものだと思う。

 視線を戻し、ヴァイスは再び石段を上る。

 商業エリアから少し上った先は、先ほどの場所と同じくらいの開けた作りになっていた。ここから道は別れ、宿屋や住宅などのスペースがある区域へ向かう道などが目立つ。

 そんな中ヴァイスは、村の入り口から遠目で見えた、高く聳え立つ建物を見上げた。その建物へは真っ直ぐ石段が続き、多くの人が行き来しているようだった。白い煙が立ち昇っている。

 ふと視線を近場に移してみれば、近くに湧いている池のようなものからも白い煙が揚がっている。

 この白い煙の正体は湯気である。さすが温泉郷とも言うべきか、村の至るところから温泉が湧き出ているようで、人の目も気にせず温泉に浸かっている者も中にはいたりする。

 と、ヴァイスの視線がある場所で停止する。

 紅葉の木の下。落ちてきた紅葉を手で掴んでいる女性は、静かで優雅な笑みを浮かべている。そう、この女性こそがこの村を治める村長なのだ。

 近づいてみると、その優美で淑やかな姿が実によく分かる。

 ユクモ村の村長は人間ではない。竜人族と呼ばれる種族である。特徴としては、人間に比べ大きな耳。人間を遥かに凌駕する高い知能などが上げられる。その知能を生かし、他の村や街でも竜人族の者が重要な役職に就くことは多い。

 また、人間も竜人族を尊重している。姿は違えど、はるか昔からこの二種族は互いに協力し、調和して生きてきた。それが現在にまで繋がっているのだ。

「あら、こんにちは。ユクモ村へようこそ、ヴァイス様。お話はギルドより伺っております。こんな山奥の村にようこそおいで下さいました」

「ええ、こちらこそ」

 ギルドガードロポス蒼を軽く持ち上げ会釈する。

 さすが、と言ったところだろうか。村長は一目でヴァイスだと見破った。と言っても、この目立つ格好も多少は影響しているのかもしれないが。

 その村長が、ヴァイスを頭からつま先まで一瞥し、そしてその特徴的な蒼眼を見つめた。

「ふふっ、綺麗な瞳をしておられますね。噂は常々聞いております。お若いながらも、高い実力を持ったお方だと」

「買いかぶりすぎです。俺はまだまだ未熟者ですよ」

「あらあら。意外と謙虚なお方なのですね」

 村長はそう言って、にこやかに微笑んだ。

 村長というだけあってか、その雰囲気に相応しい優雅な気品を漂わせる着物を纏っている。端整な顔立ちをしている村長にはとても似合っている。

 赤い布を敷いた腰掛に座ったまま、村長が紅葉が舞い落ちる木を見上げる。すると、一枚の紅葉が、村長の手に納まるようにひらひらと舞い落ちた。手に収まった紅葉を見つめながら村長が口を開く。

「今回、ヴァイス様はギルドの任務でいらしたと聞いております」

「ええ、その通りです。生態調査という面目で長期的な任務になります。おそらく、長居させていただくと思います」

「もちらん大歓迎ですわ。ヴァイス様のご活躍をお祈りします。私からできることは、借家をご用意することしかできませんが……」

「まさか。それだけでも十分です」

 正直、それには本当に驚いた。ハンター一人のために借家を用意してくれるなどということは今までなかった。基本的に宿屋で寝泊りするのが今まで一般的だった。代金はギルドが負担する形になっているが、自分の部屋ではないだけあって幾分使い勝手も悪かった。長期滞在ということを考えれば、このような厚意は普通なのかもしれない。だが、そうだとしても村長には感謝しなければならない。

「感謝します」

 ヴァイスは、素直に礼を言った。そうすると、村長も優雅な所作で頭を下げた。

「長旅で疲れていることでしょう。どうぞ、ごゆっくり疲れを癒してください」

 そうして村長に挨拶を済ませたヴァイスは、借家の位置を教えてもらった。優雅に微笑みながら、村長はヴァイスを見送ってくれた。

 

 

 

 借家の位置は村長と話した場所からはそう遠くはなかったため、荷物を運ぶ手間も大きくはなかった。

 教えられた借家の扉を開ける。

 中へ足を踏み入れた時には若干の違和感を覚えたが、これから生活してけばすぐに慣れるだろう。

 だが、それ以上にヴァイスの関心は別のものに向けられていた。

 借家と言われていたそれは、どちらかというと昨日まで誰かが住んでいた家をそのまま譲り受けたような感じだった。生活するのに必要なベッド、台所などは手入れが行き届いており、室内を彩る小物も幾つか置かれていた。

「凄いな……」

 ただ、そう言うしかなかった。

 ヴァイスの想像していた借家は、もっと質素な作りだった。だが、それはいい意味で期待を裏切られたことになる。

 この家自体はそこまで狭くはなく、二階へ上がる階段も見受けられる。道具類や武器の置き場所に困る心配は無さそうだ。台所も整備されているため、調理に支障はない。ドンドルマに住んでいた借家に比べれば不便な点もあるかもしれないが、それでも十分すぎる程の厚意だった。

 荷物――と言っても武器やアイテム類がほとんどだが、それらを運び込む。飛竜刀【椿】を肩から下ろし、荷物の整理を始める。愛用の武器には砥石を当て、アイテム類は備え付けの道具箱にしまった。

 そうして、整理を終えた頃には日が暮れ始めていた。

 長旅のせいか、いつもより身体が重く感じられる。加えて、荷物の整理を行ったため疲労も溜まってきているようだ。大人しくベッドに寝転がり、目を閉じる。

 しばらく経つと、意識がぼんやりしてきた。睡魔に身を委ねようとしているのが自分でもよくわかった。

「ユクモ村、か……」

 ヴァイスがぽつりと呟いた。そうしてから短く息を吐き、仰向けになる。明日にやるべきことを考えていると、どんどん睡魔が増してくる。

 そして、それから意識が落ちるまでに時間は対して要さなかった。ヴァイスの意識は夢の中へと落ちていく。ぼんやりとした、淡い夢の中へと。


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