モンスターハンター ~流星の騎士~   作: 白雪

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EPISODE18 ~苦戦~

 目の前でロアルドロスが反撃を試みる素振りを見せたため、ヴァイスは一時後退する。もちろん、ロアルドロスをこちらに引き寄せるような動きでだ。

 ロアルドロスはヴァイスのその動きに釣られ、その場から突進を繰り出す。水の中を自在に駆け回るロアルドロスであっても、ヴァイスの動きに誘い込まれた状況下で繰り出した突進は不発に終わった。一方、突進を回避したヴァイスは、転じて斬撃を繰り出す。

 先程からこのような展開が続いている。もちろんヴァイスはロアルドロスには細心の注意を払っていたが、そんな中でもクレアの様子も気に留めていた。

 片手剣の長所は、その手数の多さと、軽快な立ち回りを可能とする軽量さ。盾を用いれば攻撃を防ぐことも可能で、更には抜刀したままアイテムの使用も出来る。だが反面、他の武器に比べてリーチが短いという短所も持つ。

 地上での立ち回りなら、立ち位置を調整することでその短所を補うことが出来る。だが、今いるのは水中。加えて長所である手数の多さも、水中では影をひそめてしまう。地上にいる感覚で片手剣を振るっても、狙いすました一撃が当たることは少ない。

 それはどんな武器にでも言える話だった。ヴァイスの使う太刀にしても、その感覚は地上と水中でとは全く異なる。まるで、初めてその武器を振るうかのような感覚を、ヴァイスも以前までは覚えていたのだ。

 しかし、今は違う。日々訓練を積み、ヴァイスは完全とまではいかないものの、水中での太刀の扱い方を身体に叩き込んだ。

 クレアが現在、片手剣の操作に苦しんでいるのは目に見えて理解できることだ。使いやすさに定評のある片手剣が、水中では一転し扱いづらい武器になってしまうこともクレアは分かっているはずだ。

 しかし、今は慣れるしかない。片手剣を用いる際の水中での立ち回りはこうだ、という決まりきった型などない。だからこそ、自分なりの立ち回りをクレアが見つける他ないのだ。

 ヴァイスは再度ロアルドロスに接近する。暗海を照らし出す銀色の刃が一閃されると、ロアルドロスは驚いたように身体を仰け反らせた。その隙にヴァイスは続けざまに飛竜刀【椿】を振るい、ロアルドロスの動きを封じる。

「(今なら!)」

 ロアルドロスがヴァイスに足止めされているのを好機と見て、クレアが一気に接近する。ソルジャーダガーを引き抜き、ロアルドロスの背中目掛けて斬りつける。繰り出した二度の斬撃は、その手応えは浅いながらも狙った場所に命中した。

「(やった!?)」

 苦労したが、ようやく一撃を決めることが出来たクレアの士気が上昇する。

 しかし、そんな中でもクレアの思考は冷静だった。クレアが苦労している中、ヴァイスは淡々と斬撃をロアルドロスに命中させ、ダメージを与えていた。本来ならば、クレアはヴァイスの援護を行わなければならないのだが、それが行えていないのが現状だった。

「(こんな調子じゃ駄目だ……!)」

 焦るな、とは言われたものの、この現状ではそれすらも難しい。クレアにとって、厳しい現状なのは確かだ。それが、少しずつクレアの冷静さを削いでいく。

 そんなクレアを尻目に、ヴァイスは尚も飛竜刀【椿】を振るう手を抑えない。そこには余分な動きは見受けられない。最小限の動きで以て太刀を振るい、ロアルドロスを翻弄する。

 一方、ロアルドロスもヴァイスに向き直ると牙を唸らせて突っ込んできた。その動きをヴァイスも先読みしていた。だがヴァイスは、飛竜刀【椿】を鞘に納めることなく、斬り下がって立ち位置を変えることでその一撃を回避した。

 目の前で見せつけられた一連の動きに、クレアは鳥肌が立った。

 経験が少ないとは本人も口にしていたが、それすらも感じさせないような立ち回りだ。地上であろうと水中であろうと太刀の長所を生かし、短所は自らの力量で補う。ヴァイスの動きは基本の理に適った、それこそお手本とも言えるものであった。

 ならば、自分にもできるはずだ。

 ヴァイスとの実力差には霄壤の差があると言っても大袈裟ではない。扱う武器も違う。それでも、現状の打開策が、片手剣の短所を補う何らかの手立てがあるはずなのだ。

 クレアはロアルドロスに一気に詰め寄ると、そこから至近距離でソルジャーダガーを振り下ろす。ロアルドロスがこちらに注意を向けていなかったことも幸いし、その斬撃は自分の望むものとなった。

 しかし、これにはリスクが伴う。相手に接近すれば斬撃が命中しやすくなるのは当然だ。だが反面、相手の返り討ちを喰らいやすくなってしまう。クレアにしてみれば、その一発さえもが大きな痛手に成りかねない。

 ロアルドロスがこちらを振り返り、前脚を振り上げた。盾を突き出してその一撃を防ぐが、これの連続では長続きしそうにない。これでは無謀な立ち回りをしているに過ぎないのだ。

「(っ……、酸素が……!)」

 頭の中でそれを理解すると、途端に息苦しさを覚える。

 ロアルドロスはヴァイスに任せ、クレアは水面を目指して浮上していく。そして水中から顔を出すと、本能が求めるままに酸素を肺一杯に吸い込む。

「やっぱり、難しいな……」

 自分でも知らぬ間にそう口にしてしまう。それほどクレアは苦戦を強いられているのだ。目の前にヴァイスという人物がいることもあり、それは尚更だった。

 見ると、少し離れたところにヴァイスの姿もあった。ヴァイスも相当長い間潜水して、酸素と共にスタミナも消費していたのだろう。肩を上下させ、荒い呼吸を整えていた。そしてしばらくすると、ヴァイスは再び水中へと姿を消した。

 ヴァイスは現在、一人でロアルドロスの関心を惹き付けている。そのヴァイスが前線を離脱すれば、ロアルドロスと対峙する人物がいなくなってしまう。そうなれば、体勢を整えているクレアが狙われている可能性も上昇する。

「早く戻らないと!」

 いくらヴァイスと言えども、水中ではロアルドロスの方に分がある。体力的な事を考えても、ヴァイス一人で持ちこたえるのも限度がある。

 逆に足を引っ張ることになるかもしれなかったが、今のクレアの頭にはそんな思考は微塵も無かった。

 ロアルドロスに突っ込み、ソルジャーダガーを上段から振り下ろす。その一撃が命中し続けざまにもう一撃を繰り出そうとした直後、ロアルドロスが向きを変えソルジャーダガーの刃は空振りに終わる。それどころか、ロアルドロスはクレアに向き直りそのまま突っ込んできた。

「(っ!?)」

 予想外の動きにクレアも瞬時には対応できなかった。体当たりを喰らったクレアの身体はいとも簡単に吹き飛ばされる。

「キュアアアアアァァァァァァァァァァァァァッ!」

 突進を終えたロアルドロスは体勢を立て直そうとしていたクレアを睥睨し、その独特な鳴き声で以て威圧した。

 だが、そんな隙を見せたロアルドロスの背後からヴァイスが斬り込む。今度は逆に意表を突かれたロアルドロスが驚いたように怯んだ。

 その間にロアルドロスから距離を取ったクレアは改めてロアルドロスと、それと対峙するヴァイスの様子を窺ってみた。

 ロアルドロスは水中の利を生かし、ヴァイスを翻弄すろうとする。現在はロアルドロスが優勢に思えるが、ヴァイスに焦りの色は見られない。巧みな太刀捌きで以てロアルドロスに対し着実に一撃を浴びせていく。

 やはり、攻撃を喰らう覚悟でロアルドロスに突っ込むというのは愚行である。自分だけでなく、ヴァイスさえも危険に晒しかけないのだ。

 どうすればいい? どうやって立ち回ればいい? クレアの頭の中に、そんな疑問が過る。

 しかし、いくら頭の中で思考しようと、その問いに答えてくれる人もいなければ、その答えも見つからない。自然と踟躕する身体を突き動かし、再びロアルドロスに向かう。

 背後から近づき、片手剣の間合いに入ったところでソルジャーダガーを抜刀し、振り下ろす。縦、横と十字を描くように斬りつけると、ロアルドロスもそれに反撃を繰り出す。右脚を振り上げ、クレアを殴りつけようとする。だが、クレアも今回は冷静に状況を見極め盾でガードする。

 そこに一旦後退していたヴァイスがやって来る。深入りしすぎぬよう注意しつつも、ロアルドロスの背中に斬撃を放つ。水中で器用に身体を動かして斬り下がりを繰り出すと、ロアルドロスはその動きに釣られるように突進を繰り出す。それをやり過ごし、ロアルドロスが瞬時に攻撃に転じてこないのを確認すると、ヴァイスはクレアの方に目をやった。

 狩猟開始当初に比べれば、少しづつではあるが水中エリアとロアルドロスの動きにも慣れてきたようにも思える。だが、それと同時にクレアから感じられるのは焦りだった。

 狩猟前に拠点で言ったことはクレアも覚えているだろう。しかし、言葉で容易に表されることも、それを実際に行うとなると話は別だ。現状を考えれば、彼女が焦りを覚えるのは無理も無い。経験が極めて浅い中、この狩猟は厳しいものだろう。

 一息置いたヴァイスはロアルドロスがこちらに接近してくるのを待って太刀の間合いに入り込む。一歩遅れてクレアも再度ロアルドロスに肉薄した。

 だが、ソルジャーダガーを振り下ろそうとしたクレアに突如ロアルドロスが動き出し、振り向きざまに噛み付いてきた。辛うじて致命傷は逃れたが、それでもその衝撃で後方に吹き飛ばされる。

 加えて、無造作に振り払われたロアルドロスの尻尾の先端がヴァイスの横腹にも命中してしまい、斬撃を繰り出す手が止まってしまう。

 時間的にはほんの一瞬の隙。だがロアルドロスはその一瞬の隙を掻い潜り、二人の包囲網を突破した。水中を滑るように泳いでいくと、その姿は一瞬にして闇の中へと消えて行った。

 いとも容易くロアルドロスを逃がしてしまい、ヴァイスもどこかしら腑に落ちない様子だ。陸上にいるならば溜め息一つくらいは吐いているだろう。

 だが、狩猟を続けていればこういうこともある。そう言い聞かせ飛竜刀【椿】を鞘に納めると、ヴァイスはゆっくりとした動きで海面を目指し浮上し始めた。クレアもそれに倣い、ヴァイスの後を追う。

「はぁっ……!」

 水面から顔を出すと、互いに大きく息を吐き出す。それなりに潜水時間が長かったため、しばらくしても息苦しさが消えることは無かった。

 ようやくクレアの呼吸が落ち着いてくる頃には、一足先に浮上したヴァイスがクレアの元に近づいてきた。

「だいぶ苦戦しているようだな」

「え~っと、まぁ、そうですね。ははは……」

 クレア自身も痛感しているのだろう。その証拠にクレアは、ヴァイスの言葉に力無く笑うだけだった。

 こうして表情を見ているヴァイスにもそれはよく分かる。だが、それをヴァイスが助けてやることはできない。彼女自身で打開策を見つけ、それをものにしなければならないのだ。

「時間的には余裕が十分ある。だから焦らず、そして粘り強く耐えることだ。近いうちに何かが掴めるはずさ」

 ヴァイスも全てを語るのではなく、あえて彼女に考えさせる。そうすることで、自分なりの考え、立ち回り方、様々なことが見えてくるはずだ。

 まだ時間はかかるかもしれない。だが、彼女なら、クレアならそれを掴めるだろう。ヴァイスは既に、そう確信していた。

「まだしばらくは様子見を続けてくれて構わない。本格的に動き出すかどうかは、クレアの判断に任せる」

「分かりました」

 方針を改めて確認した二人は、ポーチから砥石を取り出し互いの武器の切れ味を回復させる。高い切れ味を誇る飛竜刀【椿】でさえも、この短時間でその斬撃の手応えは浅くなってしまった。

 ヴァイスもロアルドロスの動きには着いていけていたが、やはりまだ完全には勝手が合わないようだ。切れ味の低下が普段より著しいのは、狙った箇所に正確に斬撃を繰り出すことができないが為に生じていることだった。それはヴァイス自身でも自覚しているようだ。

 ついでに携帯食料を食べた後、ヴァイスがロアルドロスが姿を消した方へと目をやった。その方向はエリア10。今まで対峙したエリア11に比べれば、幾分かはこちらとしても戦いやすくなるだろう。

「さて、移動しよう」

 互いに体勢を整えたことを確認したヴァイスがクレアに促す。それにクレアも首肯してヴァイスに続く。

 二人は月明かりで照らされた海を渡り、ロアルドロスの後を追った。


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