モンスターハンター ~流星の騎士~   作: 白雪

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EPISODE17 ~暗海に宿る瞳~

 星々を散りばめた暗闇の夜空に、白月が浮かんでいる。刹那、その隣に一筋の流れ星が煌めく。見上げる夜空はどこまでも高く澄んでおり、暗闇の中で煌々と光を放つ星々も美しい。

 普段の生活の中では、このような空を見ることはまず不可能だ。そう、この場所は普段の生活からかけ離れた場――狩場である。普段そこには存在しない、あるいは見ることの無いものが、ここならば見ることが出来る。

 孤島。その名の通り、他の島から孤立した場所に位置した狩場だ。気候は比較的温暖であり、食料もある程度は確保出来る。そういう意味では、大型モンスターにとっても孤島という場所は暮らしやすい土地なのだ。ドンドルマ地方に位置する狩場と比べると、アルコリス地方、テロス密林が近い環境だろう。

 他との関わりが絶ったこの地では、今も多くの自然が残っている。もちろん、鉱物やキノコ類、素材として用いられる昆虫類も採取可能だ。そういう意味では、孤島はハンターが己の知識と実力を存分に振るえる狩場であろう。

 例によってヴァイス達は、エリアの調査を進めていた。

 ヴァイスの装いは、前回のアオアシラの狩猟の際から変わっていない。背中に背負う太刀は飛竜刀【椿】。身に纏っているのはギルドガード蒼シリーズである。

 今回の標的であるロアルドロスの弱点は火属性。それを踏まえた上でのヴァイスの装いがこれである。

「島全体が狩場に指定されているだけあって、孤島は広いですね」

「そのようだな」

 ヴァイスもクレアと同意見なのか、素直に頷いた。

 クレアの言う通り、孤島は広い。前回訪れた渓流のエリア数は九。一方、孤島のエリア数は十二。エリア数だけで直接比べられるものでもないが、それを差し引いても孤島は一つ一つのエリアが広大だった。空を自在に飛び回れるモンスターの移動範囲も、広範囲になるものと安易に予想が付く。

「エリア4にはアイルー達の隠れ家があって、エリア6には鳥竜種の巣、エリア8には飛竜種の卵がありましたからね。かなり多くのモンスター達が孤島に巣くうんでしょうね」

 今まで回ったエリアの様子を思い出すようにクレアは言った。

 そんな彼女の装いも、前回とは大きく変わらない。だが、彼女が腰に装着している片手剣だけは、唯一の変化が見られた。

 ソルジャーダガー。ユクモノ鉈の刃を大地の結晶を用いて強化を施し、刀身以外の部分もジャギィから剥ぎ取れる皮や鱗で補強した。これによって切れ味は増し、より強い衝撃に耐えることも可能になったのがこの武器だ。

 真新しい三日月形の刀身は、月光を反射してギラギラと輝いていた。

「やはりいない、か……」

 エリア9にやって来たヴァイスが溜め息交じりで言う。

 ロアルドロスは水獣(すいじゅう)とも呼ばれる。その名の通り、ロアルドロスは水中での行動も可能なモンスターだ。否、水中は言わばロアルドロスの庭だ。水中戦になだれ込めば、こちらが圧倒的に不利になるのは目に見えて分かっている。

 もちろん、この辺りの訓練所などでは水中戦の訓練は行われている。だが、水中は地上とは勝手が違う。身体の動きは極端に制限され、加えて武器の特性や間合いそのものが変化してしまうものもある。

 ヴァイスも事前に訓練を受けてきたとは言え、実戦経験は無い。それを考えれば、地上である程度ロアルドロスの動きを見てから水中戦へと持ち込みたい。そう考えていたのだが、そう甘くないのが現実であり、狩猟なのである。

「仕方ないな。移動しよう」

 歩を進めるごとにパシャパシャと音を立てる地面。エリアに海水が流れ込んでいるため、その足音を消すのも難しい。奇襲を仕掛ける際は、細心の注意を払う必要がありそうであった。

 万が一の事も考え、なるべく音を立てないように歩いていると、

 ――ザザーン、ザザーン。

 と、前方から波音が聞こえてきた。

 エリア10。指定されているエリア内の半分以上の面積が水中を記している。陸地も無いわけではないが、そこまで広くない上に、その表面も海水で覆われているため足元も悪い。大型モンスターと対峙するエリアにしては、不利な場所の一つになる。

 白銀に輝く月の光が海面で反射し、その海は幻想的な雰囲気を漂わせている。しかし、そこにあるのは幻想的な雰囲気ばかりでなく、危険な空気も満ち満ちている。気を抜くわけにもいかず、ヴァイスは辺りを見回す。だが、肝心のロアルドロスの姿はここでも見受けられない。

「陸地にはいないようですね」

「ああ。やはり、水中にいるんだろう」

 眼前に広がる海を見ながらヴァイスは言う。

「行くぞ」

 大きく息を吸い込み、ヴァイスは海へと飛び込む。クレアも意を決してヴァイスの後に続く。ひんやりと冷たい水に身体が包まれたが、スタミナが奪われるほどでもない。身体を動かしていれば自然と慣れていくだろう。

 水中エリアがエリア10の大半を占めていることもあり、ロアルドロスを探すのには苦労する。加えて、現在は日も落ちている。地上にいれば月光が辺りを照らしてくれるが、水中では海面付近までしか光が届いていない。只でさえ動きが制限されるというのに、深くまで潜水するとなると視界の悪化も無視できない。

 結局、エリア10でロアルドロスを発見することは出来なかった。水中では会話を交わすことが困難なため、ヴァイスは「移動するぞ」という意思をジェスチャーで伝えた。それにクレアも了解し、ヴァイスの後を追う。

 やって来たのはエリア11。ここも水中エリアだ。

 エリア10と大きく違うのは、エリア11全てが水中に位置しているということだ。水深もエリア10と比べるとかなり深い。海面付近から海底の様子を見ようにも、その先の視界はぼんやりと闇に包まれているようではっきりしない。

 二人は一旦呼吸を整えるため、水面から顔を上げた。

「これは、かなり厄介な場所だな」

 溜め息と共にヴァイスが大きく息を吐き出す。

「底の方はほとんど見えませんし、ロアルドロスがいても分かりづらいですよね。それに、酸素切れだって起こしかねませんよね」

「ああ。だが、その辺りは自分の判断で動くしかない。クレアも、一歩先の事を考えて動くようにしてくれ」

「分かりました」

 もう一度大きく息を吸い込み、二人は海中へと再び潜水する。

 ゆっくりと海中を進みつつ、周囲を警戒する。しかし、深い青に染まった一面の景色に変化は見られなかった。

「(ここにもいないか……?)」

 水中に長時間留まっていては酸素切れを起こしてしまう。ロアルドロスがエリア11にもいないとなると、また別の場所――エリア12に向かった方がいいだろう。地図上では、エリア12は狭いながらも地上に位置しているエリアだったはずだ。

 そうして指示を出そうとしたヴァイスの目の前で、突然ある変化が起こった。

 エリア11の奥、今しがた向かおうとしていたエリア12へと続く抜け穴から、黄色い物体がゆったりとした動きで現れたのだ。暗い海中のためか、その物体は暗闇の中で映えるように見えている。それがより一層、その存在の不気味さを醸し出している。

 海竜種に分類されるモンスター、ロアルドロス。四肢を駆使し、海中を緩慢な動きで進んでいる。

 中でも目を引くのは、後頭部から広がる鬣とも思える海綿質の鱗だ。保湿能力のある鱗が変形してできた物であるらしく、そこに大量の水分を蓄えることが可能なのだという。乾燥に弱いルドロス種でありながらも長時間地上で活動できるのは、その鬣の恩恵なのだろう。

 水中はロアルドロスのテリトリーだ。ここで対峙するのは明らかに分が悪い。だが、ロアルドロスを地上に引き出すことが出来れば形勢は逆転する。言葉にすれば単純に思えることも、ヴァイスはその苦労と困難さを重々承知していた。ヴァイスも渋い表情になる。

 クレアの方も、ロアルドロスの存在には気が付いていた。ヴァイスはクレアに、人差し指を立ててからロアルドロスを指差した。これにクレアも頷く。

 水中ではコミュニケーションを取ることは不可能である。頼れる物もそう数は多くない。そこでヴァイスは、水中戦になった時に用いる合図を事前にクレアに教えていた。

 人差し指を一本立てる動作は様子見、つまりは深入りするなという意味だ。

 ヴァイスも頷き返し、背中を見せているロアルドロスに慎重に近づいていく。

 陸地なら一瞬で詰めることの出来る間合いも、水中では倍近くの時間を要してしまう。だが、ヴァイスは焦らず、着実に先手を打つことを意識していた。そして、太刀の間合いに入った瞬間、ヴァイスは飛竜刀【椿】を鞘から抜き放った。

 纏わりつく水を引き裂き、その軌跡はロアルドロスの背中に縦一直線に走る。

「キュアアアアアアアアァァァァァァァァァァッ!」

 直後に響くロアルドロスの咆哮。それは水中を文字通り波のように伝わり、ヴァイスたちにもその威圧と共に押し寄せた。

 大きく身体を仰け反らせていたロアルドロスが体勢を立て直し、鋭い眼光でヴァイスを睨み付ける。

 ヴァイスはロアルドロスの動きに注意しつつも、クレアの方にも意識を向けていた。クレアはロアルドロスの背後に回り込むつもりのようだ。ソルジャーダガーを引き抜いたクレアが、ロアルドロスの背中目掛けて斬りかかる。しかし、狙いすました一撃は水中を空振りする。

「(っ!?)」

 想定外の出来事にクレアも動揺してしまう。

 だが、クレアもすぐさま気を取り直し、再びロアルドロスの背後から近づいていく。しかし、繰り出した一撃はまたしても空振りに終わる。

 ロアルドロスも、何度もクレアに背中を向ける程甘い存在ではない。身体を反転させ、球体状のブレスを吐き出した。

「(くっ!)」

 ロアルドロスとの間合いが近かったため、ブレスの着弾までの時間も短かった。しかし、クレアは間一髪のところでガードに成功する。

 だが、それと引き換えに、クレアは肺の中に溜めていた酸素を一気に吐き出してしまった。たちまち息苦しさを覚えたため、急いで海面を目指す。

 必死になって海面を目指すが、その距離は驚くほど遠くに思えてしまう。辺りの景色が明るくなってきた頃には、既にスタミナも酸素も切れかかっていた。

「ぷはっ……!」

 海面から顔を出すと同時に大きく息を吐き出す。直後、肺が締め付けられるような感覚を覚えた。相当な量のスタミナも消費してしまったらしい。

 呼吸を整えていると、先程の出来事を冷静になって思い返している自分がいることに気が付いた。

 あの時、間合いを見間違った感じは無かった。だが、ソルジャーダガーの刃がロアルドロスに命中することはなかった。

 どうやら、クレアの思っていた以上に、水中での片手剣の操作は難題なもののようだ。元々、リーチが短いという短所を手数で補うのが片手剣の一般的な扱い方だ。だが、水中では間合いを測るのも難しく、加えて水圧の影響も受け手数も減少してしまう。片手剣の長所が、水中では上手く生かすことが出来ないのだ。

「どうすれば……」

 しかし、頭で考えているだけでは何も解決には至らない。クレアは再び海中に身を沈め、ロアルドロスに向かって行く。

「(とにかく、やらなくちゃ!)」

 クレアは、改めて自分に活を入れる。

 最初は、地上での片手剣の操作も儘ならなかったのだ。だが、試行錯誤を繰り返すうちに、徐々にその動きも身についてきた。

 今回だってそうだ。水中戦の経験は、地上でのそれにに比べて圧倒的に経験値が足りない。だが、その経験の差を埋めることはどうやっても不可能だ。

 ならば、自分で見つけるしかない。自分で戦い方を、水中での片手剣の使い方を改めて習得するしかないのだ。

「(そうだ。あの時、師匠が……)」

 ロアルドロスとの間合いを徐々に詰めていく最中、クレアは孤島の拠点(ベースキャンプ)で持ち込んだ道具の整理をしている時のことを思い出した。

 

 

 

「師匠。今回の狩猟で、何か注意する点はありますか?」

 孤島の拠点に辿り着いた二人は、持ち込んだ荷物の整理や武器の手入れをしていた。そんな中、準備を終えて暇を弄んでいたクレアがヴァイスに問いかけた。

 しばらく思考するような表情をしていたヴァイスが、やがて口を開く。

「……そうだな、水中での武器操作だな」

「武器操作? 水中での、ですか?」

 確認のためにもう一度訪ねてみると、ヴァイスは「ああ」と頷いた。

「クレアも、水中戦の訓練は受けているんだよな?」

「はい。と言っても、訓練内容は基本的な動きが中心で、対大型モンスターの訓練は受けていないんですけどね」

 クレアもやや遠慮気味にそう話す。それを聞くヴァイスの様子も予想通り、と言った感じだった。

「それは別に構わないさ。経験が少ないのは俺にも言えることだからな。だが、俺が言いたいことはそれとは別にある」

 一旦間を置いて、ヴァイスは話を続ける。

「訓練を受けているから分かると思うが、水中での武器の操作は地上とはだいぶ勝手が違うだろう?」

「そうですね。何と言うか、身体全身に重りを付けているみたいで上手く動かすことが難しかったです」

 訓練内容を思い返しながらクレアは答える。

 地上と水中での武器の操作の勝手は、ヴァイスの指摘する通り確かに違う。だが、それに加え、水中では身体を思うように動かすことも簡単なことではないのだ。普段とはまるで違う感覚に、訓練には相当苦戦した記憶がクレアにも根強く残っていた。

「地上と違い、水中は極端に動きづらい。武器やモンスターの間合いを測るのも、まるで遠近感が麻痺していると思えてしまうほど難しく感じてしまう」

 ヴァイスの口から発せられる言葉は、クレアの気持ちを代弁しているようなものだった。

 実際、ヴァイスも水中戦の経験は少ない。ギルドナイトという職業柄、それでもクレアより多くの訓練をこなしてきているはずだ。だが、それでも。そのヴァイスでも水中戦には慣れきっていないのだろう。

 G級の、更に言えばギルドナイトのヴァイスでさえも苦労している要素こそ、この水中戦なのだ。まだ新人ハンターと呼ばれる部類に入るクレアにしてみれば、更に荷の重い要素に違いない。

「大剣や太刀と比較すれば、片手剣のリーチは相当短い。おそらく、相手に一撃を与えるのも相当苦労すると思う」

「師匠の言うとおりです。私の場合は、ゆっくりと動く小型モンスターでも攻撃を命中させるのは苦労しました」

「最初は誰だってそうさ。偉そうなことを言ってきた手前、俺も人の事は言えないんだがな」

 それでも苦労して当然だ、とヴァイスはフォローを入れる。

「ある程度モンスターの動きに慣れるか、水中戦に馴染めれば自然と身体の動きや武器の操作も分かってくるはずだ」

「結局、習うより慣れよってことですよね」

 その言葉にヴァイスは無言で頷く。

「それまではもどかしい思いをするだろう。だが、そこで急き込むのは禁物だ。苛立ち、焦りを覚えても結局何も変わりはしない。大切なのは慣れることだ。今回の狩猟では、それをクレアに覚えていてもらいたい」

 ヴァイスの言う言葉の意味は理解できる。だが、ヴァイスの言ったその意味は、自分で自分を制御しろ、ということだ。

 理解こそしているものの、それを実行できる自信が無い――と言うよりは、漠然としたものだった。

 逸る気持ちを抑えて、ロアルドロスの狩猟を行っていく。それこそ先日のアオアシラの狩猟においても経験しているが、今回はそれとはまた別の話なのだ。ロアルドロスがどんな相手なのか、そのロアルドロスに自分がどこまで食い下がれるのか。それをまだ把握していないため、その時のクレアには漠然としたもののように思えてしまったのだ――。

 

 

 

「(そうだ。今は、我慢しないと……)」

 こうしてロアルドロスと水中戦になだれ込み、ヴァイスの言った意味を本当に理解できた気がした。

 さすがは水獣と呼ばれるモンスターだ。遠目から見ていても、その動きに付いていくのは難しいと思ってしまう。そして、攻撃が命中しないという焦りも徐々に膨れ上がってくる。

 だが、今は耐える時だ。

 誰しも、最初から水中での戦闘において自在に動けるわけではない。試行錯誤して、そして慣れることで、ようやく自分の思い描く理想の立ち回りが可能になる。当然のことのようで、実際はそうではないそのことを事前に理解していなかったら。もしかしたら自分は、疾うに我慢を切らしていたかもしれない。クレアはそう思い、同時に現在はロアルドロスを惹き付けているヴァイスに感謝する。

 それを言葉で表すことは出来ない。だが、それに応えることは、今のクレアなら出来る。

「(……ッ!)」

 ソルジャーダガーを引き抜き、クレアはロアルドロスの背中に向かってその一撃を放った。


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