無事にアオアシラの狩猟を終えた二人は、数日をかけてユクモ村へと帰還した。二人が村に到着した頃には、既に日が傾き始めていた。
「ヴァイスさん、クレアさん。お疲れ様でした!」
カウンターで手続きを済ませ、受付嬢から二人分の素材と報酬金をそれぞれ受け取る。
ヴァイスは報酬金が入った麻袋のうちの一つをクレアに渡す。ヴァイスにしてみれば、この程度の報酬は今でこそ簡単に集められる。だが、クレアにしてみれば、これは大きな報酬なのだ。
加えてこの報酬の他にも、狩猟中に入手したジャギィやアオアシラの素材、鉱石などもある。今回は上々の収穫と言っていいだろう。
「師匠、今回はお疲れ様でした。また次回も、よろしくお願いします!」
「ああ、お疲れ。次も期待しているからな」
「はいっ!」
今回の狩猟で、このクレアという新人ハンターには強い意志があるのだとヴァイスは理解した。次の狩猟でも苦戦を強いられることになるだろうが、再び粘り強い執念と意志を見せて欲しいとヴァイスは密かに思っていた。
「さて、その次回の狩猟についてだが……」
そうして言いかけた言葉をヴァイスは途中で静止した。
集会浴場にある人物たちがやって来た。いや、正確に言うならば三人のハンターと、二匹のアイルーだ。別にそれだけならヴァイスも必要以上に気に留めることはない。だが、その内の一人の女性がこちらに向かって来ているためにヴァイスは言葉を止めたのだ。
その女性が纏っているのはクレアと同じ、ユクモノシリーズ。否、見た目はそれこそユクモノシリーズと変わらない。だが、それを纏うこの女性から感じられる雰囲気から察するに、この防具はユクモノシリーズの一つ上――ユクモノ
そして、彼女の武器はヴァイスと同じく太刀。その太刀の外見もユクモノ太刀とは違いないが、これも新人ハンターの使うそれとは一味も二味も違う。その太刀の銘を
「シュット先生、こんにちは!」
クレアが女性を見るや否や突然頭を下げた。するとクレアの様子を見たシュットと呼ばれた女性が満足げに頷いた。
「ああ、久々だね。その様子だと、どうやら初陣は無事に成功したようだね。おめでとう」
そうして女性――シュットがクレアと握手を交わす。
しかし、ヴァイスには目の前の状況が把握できていない。すると、シュットは改めてヴァイスの方に向き直って口を開いた。
「あなたがヴァイス、……でいいかな?」
「ああ、俺がヴァイス……、ヴァイス・ライオネルだ。しかし、どうして俺の名前を?」
ヴァイスは至極当然の疑問を口にした。シュットはヴァイスの問いかけに肩を竦めて答える。
「何でも、この村に凄腕のギルドナイトが専属ハンターとして配属される……。そんな噂を耳にしていたからね。そこでヴァイスの名を聞いたわけだよ」
ヴァイスもそれを聞いて納得する。
そんな中、ヴァイスの隣にいたクレアが思い出したように突然口を開いた。
「師匠。この人は、私が訓練所で研修を受けていた時に教官役を務めていたシュットさんです」
「自己紹介が遅れたね。改めて、私がシュットだ。クレアの言う通り、以前はここの訓練所の教官を務めさせてもらっていたよ」
それを聞くとクレアがシュットのことを「先生」と呼んだ理由も理解できる。
そこまで聞いて、ヴァイスは改めて、シュットの後方にいる二人のハンターの存在に興味を示した。
「そうすると、後の二人も教え子という訳か?」
「いや、彼らは教え子と言うよりかは愛弟子と言った方がいいかな。ともかく、紹介しようか」
シュットが後方にいた二人を手招きする。
今一度その二人の姿を確認してみる。二人ともまだ若い。おそらく、ヴァイスよりも二つ三つ年下くらいの年齢だと推測できる。
「リリーとハリスだ。先程も言った通り、私の一番の愛弟子たちなんだ」
二人が揃って頭を下げる。そのうちの一人――リリーと呼ばれた少女がクレアに駆け寄る。
「クレア、久しぶり! 元気にしてた?」
「はい! リリーさんもお久しぶりです!」
クレアはリリーとの面識もあるらしい。クレアがリリーに敬語を使って話しているところを見る限り、リリーの方がクレアよりも年上らしい。
この二人とクレアが親しい仲ならば、残りの一人――ハリスとも親しいと思ったのだが……。
「何だよ。オレのことは無視かよ」
「本当に久しぶりですね、ハリスさん」
妙に“本当”という単語を強調してクレアが言う。彼女は笑みを浮かべていたが、その笑みもどこか引きつっているようにも見える。
「嫌味ったらしい挨拶をどうもありがとう」
と、ハリスの方も皮肉を皮肉で返す。
ヴァイスは、チラリとシュットの方へ視線をやる。その視線に気が付いたシュットは呆れたように肩を竦めた。
どうやら、クレアとハリスの仲は決して良いとは言い難い様子である。シュットの様子を見る限り、これが数日間だけの話ではなかったことが窺える。
「確か、ハリスさんは私には興味無いとか言ってましたよね? それなら、私に突っかからなくてもいいと思うんですけど」
「あぁ。俺も子供みたいなお前には興味ないさ」
「な、なっ!? そこ鼻で笑うところですか!?」
「おっと、悪い。そのつもりはなかったんだが……」
互いに煽り合い、二人の言い争いが激化していく。
顔立ちこそ、ハリスは整っていると思う。だが、こうして二人の言い争いを外野から聞いていると、意外と口が悪いのかもしれない。
「先生やリリーさんは良い人なのに、それに比べてハリスさんは……」
一方のクレアも、ハリスをまるで残念な人だとでも言いたげな口調になる。そんな彼女の言葉を受けて、ハリスが初めて悔しそうな表情を浮かべた。
「くっ、お前にオレの何が分かるって言うんだ! 俺は強い……! 誰よりも強いんだ!」
この言葉を聞いて、ヴァイスにはハリスという少年がどんな人物なのか分かったような気がした。
それもそうである。まるで、過去の自分に瓜二つなのだから。シュットやリリーという存在がいるからこそ、ハリスはこのような感情を――それこそ焦りに近いものを抱いているのかもしれない。
「さて、二人とも。そこまでだよ」
シュットがタイミングを見計らって二人の間に制止に入る。ヴァイスもそれに乗じ、さっさとクレアを回収した。
「ところで、三人ともどうしたんだ? 装いを見る限りだと、これから狩猟に向かうのか?」
三人の装いを改めて眺めてみてヴァイスは口を開いた。
リリーはブラッドクロスという毒属性を持つ太刀に、身軽さを追求して作られたナルガシリーズを纏っている。
ハリスが使用する武器はスラッシュアックスと呼ばれる特殊な武器だ。
「実は、ある人から手紙をもらって村を出て行こうか迷っていてね。そうしたら、丁度そこにヴァイスが来るということを耳に挟んだんだ。だから、これで心置きなく村を出て行けると思って、私の愛弟子と一緒に行こうとしていたわけなんだ」
「その口ぶりだと、俺が教官役を引き継ぐみたいな感じなんだが?」
「それに関しては心配無用だよ。既に代わりが来ているからね」
「なるほど」
さすがのヴァイスでも、今の状態で教官役まで引き受けることは不可能だ。代わりの教官を呼んでくれた方がヴァイスとしては大いに嬉しい。
だが、そこまで考えて、ヴァイスは疑問を抱く。
「教官役を代わりを呼んでおいて、俺がこの村に来ることを理由に村を出ていくのか?」
シュットが教官の代わりを呼んだというならば、それで心置きなく村を発つことができるはずだ。だが、彼女はヴァイスが来ること耳にして、村を発つ決意をした。
普通に考えれば、そこにヴァイスがユクモ村に来る来ないかは関係が無いように思える。
「最近、この辺りでもモンスターの出現頻度が上昇したのはヴァイスも知っていると思う。それを考えると、頼れる人が村に居てくれた方がいいと思ってね。この村は、専属ハンターの少なさに悩まされていることだから、尚更の事だよ」
「ああ、そういうことか。俺の方も、どうやら考えが浅かったらしい」
悪いな、とヴァイスは肩を竦めつつもシュットに理解を示す。
この村が専属ハンターが少ないことで悩まされていることは承知している。だからこそ、こうしてヴァイスがこの村に派遣されることになった。シュットは教官であると同時に、この村の数少ない専属ハンターだったのだ。その自分が村を離れるとなれば、彼女の考えも納得できる。
考えてみれば、単純かつ簡単なことだった。
「私は、ヴァイスのように凄いハンターじゃない。既に前線を離れてから時間も経ってしまった……」
囁くようにシュットは言う。だが、そんな彼女の様子も、ヴァイスには謙遜しているように見えた。
「……シュット=ドゥフードゥル=サンダーボルト。かつて『落雷』と呼ばれた凄腕太刀使い。俺もギルドナイトである前に太刀使いだ。同じ太刀使いの名前くらい、簡単に覚えられる。ましてや、名の知れた奴の名なんて尚更さ」
ヴァイスの口にした言葉に外野が、啀み合っていたクレアとハリスさえもが食い付いた。
二つ名を持つハンターとなれば、その大半が実力者であると容易に認識できる。無論、シュットとて例外ではないはずだ。
自分の尊敬する人、あるいは教官が名の知れたハンターだということを理解し、改めてシュットという人物が凄い人だと認識したのだろう。三人は――特にリリーは嬉しそうな表情でもある。彼女の様子を見ると、どうやら彼女はその異名を耳にしたことがあるように思える。
「……じゃあ、後を頼むよ」
照れ隠しにそう言い残し、シュットたちは村を発って行った。
クレアが最後に「またいつか帰ってきて下さい」と言った時、シュットもまた無言で頷いた。また、必ず帰って来ると。
「落雷、か……」
彼女の二つ名の意味を、ヴァイスは噛み締める。
シュットは一度もこちらを振り向くことはなかった。その背中が勇ましくもあり、どこか悲しげなものにもヴァイスは思えてしまった。
「行っちゃいましたね……」
「またいつか帰って来るさ。シュット自身も、お前の言葉にそう答えていただろう?」
「そうですね。またいつか、帰って来る……」
シュットたちが村を出ていく理由は定かではないが、彼女は旅先の村でも多忙な日々を送ることだろう。ユクモ村に再び帰って来るまでは長い年月が経つかもしれないが、それでも彼女はまたユクモ村に戻って来るだろう。
ヴァイスには、シュットという人物がそんな風に思えたのだ。
「クレア、お前は先に帰ってくれてもいいぞ。俺は爺さんと話がしたいんだ」
「いえ、外で待ってますよ。いいですよね?」
「別に構わないが、俺を待ってどうするんだ?」
ヴァイスが疑問に思っていると、当のクレアは嬉しそうな表情で「付いて来てほしい場所があるんです」と言う。クレアはそれだけを言い残すと、相変わらず上機嫌で集会浴場を後にした。
クレアを見送ったヴァイスは改めてギルドカウンターへと向かった。今日は珍しく、酒仙であるギルドマネージャーが酒を呷っている光景は見られなかった。
「よう。狩猟が成功したようで何よりだ。王立書士隊の奴らも喜ぶだろうぜ」
ひょっ、ひょっ、と大仰に笑いながらギルドマネージャーは言った。
「どうだ? クレアと共に狩猟に出た感想は?」
「なかなか粘り強い信念の持ち主だとは思いました。まさか、あそこまで真っ直ぐな性格だとは正直思いませんでしたよ」
ヴァイスが苦笑いを浮かべるのとは対照的に、ギルドマネージャーは尚も高らかに笑い声を上げる。
「ひょっ、ひょっ、ひょっ。そいつは楽しみなことだぜ!」
ギルドマネージャーは「これからも期待しているぜ」とやや乱暴にヴァイスの肩を叩いた。
クレアを一人前のハンターに導くのは無論のこと、ヴァイスにはギルドナイトとしての任務がある。その両方に、ギルドマネージャーが望む期待に応えてみせる。ヴァイスは自然と、そんな強い想いを抱いていた。
「ところでチミ。一つ、ある用事を頼まれてくれないか?」
「用事ですか?」
ヴァイスが聞き返すと、ギルドマネージャーは「うむ」と頷き、懐から一枚の便箋を取り出した。
「チミには、この便箋を届けてほしいのさ。
「分かりました。構いませんよ」
ヴァイスは嫌な顔を一つせず、ギルドマネージャーから便箋を受け取った。
いくら飄々とした爺さんだとはいえ、仮にもギルドマネージャーを務めているような人だ。ヴァイスよりも忙しことも少なくはないだろう。
それに、届け先は村内だ。五分もかからずに届けられることだろう。ヴァイスが断る理由は無かった。
「いやぁ、すまないなぁ。紅葉荘の場所は分かるか?」
「ええ、大体は」
「そうか。それじゃあ、よろしく頼むぜ」
ヴァイスは軽く会釈し、集会浴場を後にする。
外に出ると、近くに設置された横長の木製椅子に腰を下ろしているクレアの姿が目に入った。
「悪いな。こんな所で待たせて」
「いえ、全然大丈夫ですよ。それよりも師匠」
「付いて来てほしい場所がある、だったか?」
ヴァイスが確認すると、クレアは嬉しそうに頷いた。
クレアは椅子から立ち上がると、足早に石段を降りて行った。ヴァイスも付いていかないわけにはいかず、クレアの後を追いかけた。
しばらくしてやって来たのは、露店が立ち並ぶ広場だ。クレアはそのうちの工房に向かって行く。それを見たヴァイスが「なるほどな」と理解したように呟いた。
ハンターにとって、武器とは欠かすことの出来ない狩猟道具の一つだ。愛用の武器を強化する際、ほとんどのハンターは胸の高鳴りを感じるに違いない。
新たな武器の性能を確かめてみたいという気持ち。早く狩猟に向かいたいという気持ち。抱く思いは人それぞれである。
そして、武器の強化というものは、クレアのような新人ハンターにとって大きな一歩である。武器の強化を行うということは、それだけ自分が力を付けた証であり、また自分がどれだけ努力したのかという証明にもなる。クレアが上機嫌になるのは無理もない。
「おう、クレアか。いよいよ、お前さんの片手剣も強化させる時が来たのか」
槌を振るっていた小柄な爺さんが感慨深そうに言う。
「はい! それで、私のユクモノ鉈をソルジャーダガーに強化したいんです」
「よし、ソルジャーダガーだな? 三日ほど掛かるが構わないか?」
「はい、お願いします!」
強化に必要な素材とゼニーを爺さんに渡し、そしてユクモノ鉈も共に預ける。
助手が素材とゼニーを確かに確認すると、工房裏にユクモノ鉈が運ばれていった。次にここを訪れるのは三日後。その時には、クレアの新たな武器が仕上がっていることだろう。
「いやぁ、楽しみです!」
工房を後にしたクレアが笑顔を浮かべながら言う。ちなみに、ヴァイスが寄る所があると言ったところ、クレアも付いていくと言いだし今に至るわけだ。
「そんなに喜ぶことか?」
ヴァイスが苦笑いしながら訪ねると、クレアは「当然ですよ!」と即答した。
まあ、当の本人が嬉しいと言っていることだ。ヴァイスが首を突っ込むところではないだろう。
「ところで、師匠はギルドマネージャーから何か用事を引き受けたんですよね?」
「ああ。この便箋を届けてほしいということらしいんだが」
そうしてヴァイスたちは石段を降りていく。
そして、村の入り口にある赤い鳥居が見えてきたところでヴァイスは視線を左横に向けた。そこには“紅葉亭”と書かれた赤い暖簾が吊り下げられている建物が目に入った。
「師匠。もしかして、その手紙の届け先って……」
「爺さん曰く、この紅葉荘という宿屋らしい」
ヴァイスは便箋の宛名を見ながら言う。
実際、ヴァイスはこの時気が付いていなかった。クレアが今までの嬉々とした雰囲気から一転、嫌悪に満ちた表情をしていたということを。
暖簾を潜り、宿屋の扉を開ける。
中に足を踏み入れてみると、そこは落ちついた雰囲気の宿屋だった。内装も落ち着いた紅葉色に統一され、村の雰囲気に実に合っている。
「少しお待ちください。今向かいますね~」
扉を開ける音が奥にも聞こえたのだろう。若い女性の声がカウンターの向こうから聞こえてきた。
しばらくして現れたのは、女性と言うよりは少女だった。茶色がかった黒髪を後ろで一つに結っている。服装は村人のそれとほとんど変わらないが、宿屋に務めていることもあるのか若干見た目が違う。
「こんにちは。宿屋紅葉荘にようこそ。お泊りですか?」
「いや、そういうわけではないんだ。ギルドマネージャーから手紙を預かっていて、それを届けに来たんだ」
「あぁ、そうだったんですね。わざわざありがとうございます」
ヴァイスが便箋を渡すと、少女が律儀に頭を下げた。見た目から察するにクレアとほぼ変わらない位の年齢だろうが、宿屋で接客をしているだけあって丁寧かつ礼儀正しい所作を身に着けている様子だった。
「ところで、あなたはハンターですよね。この村には、どういった経緯で来たんですか?」
少女が興味ありげに尋ねてくる。
この宿屋にはハンターも多く宿泊するのだろう。そのハンターたちの話す武勇伝などにこの少女が興味を示しているとすれば、ヴァイスからも話を聞きたいと思っているのかもしれない。
「俺はギルドの任務でこの村にやって来たんだ。この村の専属ハンターになることも兼ねてな」
ヴァイスは事の経緯を簡単に話す。すると、少女が納得したかのように手を叩いた。
「なるほど。では、あなたがヴァイスさんですね?」
「知っているのか?」
「ええ、お父さんから聞きました。この村に、ギルドから専属ハンターが配属されると」
少女曰く、村人たちにもヴァイスがやって来るということは知れ渡っていたらしい。
この村は、専属ハンターが少ない。だからこそ、ギルドから派遣されることになったヴァイスに村人たちも期待を寄せているに違いない。
「じゃあ、知っているだろうが改めて。ヴァイス・ライオネルだ。ギルドナイトの任務でこの村にやって来た。しばらく長居することになるだろうし、これから世話になると思う。よろしく頼むな」
「私はレーナ・セレナーデと言います。こうして、この紅葉荘で宿主である父の手伝いをしています」
「そうらしいな。それじゃあ、俺もここに屯していると仕事の邪魔だな。帰らせてもらうよ」
ばつが悪そうにヴァイスが言う。
紅葉荘も、この時間帯では営業しているようだ。見たところ繁盛している様子のため、宿泊客がやって来るのは時間の問題だろう。そこでヴァイスがレーナと話していては、彼女の仕事の邪魔になるだけである。
「いえいえ、大丈夫ですよ。手紙を届けてもらったわけですし。何かお礼をしたいんですけど、また今度紅葉荘に来てください。と言っても、私には料理を振る舞うとかそれくらいのことしか出来ないんですけどね」
「いや、むしろその気持ちだけでも十分だ。……だが、時間が空いたらまた来させてもらうよ」
「ええ。楽しみにしていますね。その時には、ギルドナイトのお仕事のこともぜひ聞かせてくださいね」
レーナが笑顔に見送られ、ヴァイスは紅葉荘から表に出た。すると、何とも嫌そうな表情をしたクレアがヴァイスを待っていた。
「ど、どうしたんだ?」
先程までとは打って変わったクレアの雰囲気に若干気圧されながらヴァイスが尋ねてみる。クレアは「別に、何でもないです……」と、途轍もなく不機嫌そうに言う。何でもないとは言うものの、この様子を見る限り何でもないということはないだろう。
思い返してみても、クレアが不機嫌になる理由が見当たらない。別にヴァイスが、彼女の気に障ることを言ったわけでもないのだから。
ヴァイスは思わず溜め息を吐く。そして、背中から感じる重いオーラの発生源からはあえて気を逸らして歩き始めた。
その後もクレアの機嫌が戻ることはなく、ヴァイスは変な疲れを感じながら一日を終えることとなった。