閲覧ありがとうございます。この作品を投稿します、作者の白雪です。
本作品は、モンスターハンター2ndG、3rd、3G、以上3つのゲームの要素を含んでいます。また、本作オリジナルの要素や独自解釈も多く含まれています。以上が苦手な方、気分を害した方などはすぐにブラウザバックを推奨します。
以上の注意を踏まえまして、本作品の閲覧をお願いします。
――霧が深い。
辺りには高い山々が連なっている。だが、それも霧が立ち込めているためほとんど見えない。視界に入ってくるのは、ただ真っ直ぐに続く獣道だけである。
無論、こんな獣道の道中には民家と呼べるものなど存在しない。辺りは静寂している。
いや、その静寂も永遠のものではなかった。静寂した空間をガーグァと呼ばれるモンスターが牽く荷車が、ガタガタと派手な音を立てながら突っ切っていく。
そのガーグァの牽く荷車には多くの荷物が積まれている。その中、一人の青年が自分の荷物であろう物に寄りかさって目を瞑っている。左右にその身を揺らされてもお構いなく体勢を維持し続けるところを見ると、どうやら眠っているわけではないらしい。
ガーグァの荷車はしばらく走り続ける。長く続く獣道を、辺りの静寂を断ち切るかのように。
すると、しだいに霧が晴れ視界がよくなってきた。上空には黎明の空が広がっているが、既に東の空には太陽が昇り始めている。
やがて、太陽が地平線の彼方からその姿を覗かせる。そして、眩い太陽の光に眩惑される。目を瞑っていた青年もやや顔をしかめ、その目蓋をゆっくり持ち上げた。
蒼眼。まるで、海の底を思わせる深い知性と冷静さを湛えた蒼の瞳。その視線の彼方には、白い煙が立ち上っている赤い建造物が映し出されている。
「あれが、ユクモ村……」
青年が囁くように呟く。
見うる限り、青年の年はおよそ二十歳ぐらいだ。直立すれば長身と言えるすらっとした体格。何よりその目を惹くのは、首元の辺りで揃えられた銀髪に均整する容姿。その印象的な容姿に映る表情から、彼の感情を読み取ることは難しい。
青年の隣に立て掛けられているのは、ハンターと呼ばれる者が扱う武器の一種である太刀。
鞘は青年の髪と同じ銀色。陽光を反射し、触れた者全てを斬り裂くようなそれは、今し方姿を覗かせる太陽のように煌めき輝く。
この太刀が鋭角なフォルムなのは、素材として使用しているモンスターの鱗や甲殻をそのまま生かしているためである。鞘から引き抜き、
空の王者、リオレウス。
そして、ハンターが扱うもう一つの特徴的な物。それが防具である。
彼のそれは、一見してただの服に見える。しかし、これは服などではない。ましてや、誰もが装備できるという物でもない。
全体は落ち着いた蒼色で統一されている。ゆったりとした作りのベストやブーツには、装甲と共に金色の刺繍が施されている。羽根飾りの付いた洒落た作りの幅広帽。そして、ベストに縫い付けられている紋章は、ギルドと呼ばれるものの紋章である。
ギルドガード
――ギルドナイト。言うなれば、ギルド直属の精鋭部隊である。その中でも、ギルドナイトの階級はいくつかに分けられる。下から順に
この青年の太刀、飛竜刀【椿】はG級と呼ばれる最上位ランクに分類される武器だ。それを手にすることが出来る者は、無論多くはない。そこから察するに彼はギルドナイトの中でも階級は上から数えたほうが早いだろう。
そう。まさしく、彼の階級は《クラス. 1st》。まさに、ハンター界、ギルドナイト界においても随一の腕を持つ実力者だ。
しかし、ギルドナイトという役職に就くだけでも険しい道のりが待ち構えている。膨大な専門の知識を身につけ、様々な条件下で過酷な演習を行う。それらの数多の鬼門を超えた先にようやくギルドナイトという座を手にすることが出来る。
だが、この青年はどうだろうか。《クラス. 1st》に属するギルドナイトは極端に限られる。そのほとんどがベテランと呼ばれる域に達する者ばかりだ。しかし彼は、若くしてギルドナイトの座を勝ち取り、そして《クラス. 1st》にまで駆け上がって来た。“もはや数十年に一人の逸材といっても過言はない”。そこまで言わしめるほどの実力者が、この青年なのである。
「ニャ。もうすぐユクモ村に到着ニャ!」
「そうか……」
御者を務めているアイルーが、朗らかな笑みを浮かべて青年に報告する。
アイルーとは獣人族に属するモンスターの一種だ。個々の力は微力ながらも、彼らは人間と同じように独自の文化を持っている。
見た目こそ愛らしい猫のように見えるが、その知能は人間にも引けを取らない。武器を扱う知恵。そして、人間社会に溶け込めば人語さえも理解する。アイルーとは、人間とは似て非なる存在なのだ。
御者のアイルーがそうであるように、町で商店を開いたり、ある村ではクエストを紹介してくれるアイルーもいたりする。考えてみれば、アイルーとは面白い生き物である。
「ヴァイスさんも大変だニャ~。任務でユクモ村へ来たんだから観光する余裕も無いんだからニャ」
ヴァイスと呼ばれた青年は「そうでもないさ」と素っ気ない様子で返した。
ヴァイス・ライオネル。それがこの若きギルドナイトの名だった。
彼がハンターになったのは、かれこれ五年近く前のことだった。ドンドルマでハンターとしての技術を学び、そしてギルドナイトへと転向した。
それからは多忙な日々が続いた。毎日のように転がり込んでくる任務。それは階級が上がるにつれ過酷なものへとなり、いつしか《クラス. 1st》まで昇格していた。
そして、今も。
ヴァイスはドンドルマから海を渡り、このユクモ村へ遥々やって来た。そう、それが今回の任務なのだ。
ドンドルマとユクモ村間は陸続きではなく、広大な海を隔てている。そのためか、ドンドルマとユクモ村間での交流は行われていなかった。ましてや、ドンドルマの位置する旧大陸とユクモ村の位置する新大陸間での交流も滞っていた。
もちろん、この間には文化の違いが存在する。未知な技術や文化が海を隔てた先に存在している。それを聞いたギルドの首脳陣達は動いた。
ギルド直属のハンター、ギルドナイト。彼らをその地に送り込み、ドンドルマに、いや旧大陸に新たな技術などを伝える。それを任務とし、ギルドナイトを遠方へ送り出した。
このヴァイスもその一人であった。《クラス. 1st》のギルドナイトともなれば上からの信頼は厚い。ギルドナイト内でも屈指の腕を持つヴァイスは、その任務において相応な人材であった。
しかし、当のヴァイスは悩んでいた。
元々ヴァイスはドンドルマを拠点として活動していた。任務で遠方の調査に赴いた経験もある。だが、そのどれもが長期的なものではなかった。今回の任務では何年かかるか分からない、まさに終わりの見えない任務なのだ。
より正確な技術や文化を伝えること。そして、未知のモンスターの生態調査。それらに要する時間は莫大なものになる。
そこで浮上する問題は、その大役が自分に務まるのかどうかということだった。
だが、自分はギルドナイトである。そう腹をくくってみれば決意は自然と固まった。今に至っては、プレッシャーなどというものは全く感じていない。むしろ、これから先の行く末がどうなるのか。そちらの方に意識が傾いていた。
ヴァイスは、傍らに置かれた飛竜刀【椿】に目をやった。
出発する寸前、ヴァイスはこちらの大陸の太刀捌きを身体に叩き込んできた。大陸間では武器の扱いが若干異なるらしい。太刀の扱いに至っては大きな変化はないが、実践経験は一度も無い。それを早く実践してみたいという自分でも子供らしいと思う思考がヴァイスの頭の片隅にあった。
そうしているうちに、目に映るユクモ村の姿が次第に大きくなっていく。
ユクモ村。ロックラックからはるか東の山岳に位置する村である。
山岳に築かれた村にも関わらずユクモ村を訪れる者は多い。それは、ユクモ村名物、温泉の影響だろう。その噂は遠方にも伝わり、湯治客が絶えないのだという。
しかし一方で、ユクモ村は専属ハンターの少なさに悩まされていた。と言うのも、ユクモ村付近にモンスターが頻繁に出現するようになったことはつい最近のことなのだ。最近では村専属のハンターをギルドに要請しているらしい。
ヴァイスもその一人であった。ギルドナイトの任務の一つとして、専属ハンターのいない村などに派遣されるというものがある。ヴァイスは、生態調査などの任務と別に、ユクモ村の専属ハンターとして派遣される任務を掛け持ちすることになったのだ。
「……それもそれでいいかもな」
ヴァイスが静かに呟いた。
普段とは違い、任務という言葉に縛られているような意識はあまり無い。重大な任務な一方、それとは反対で開放感がありヴァイスはリラックスできていた。
それに、以前からヴァイスはユクモ村に興味を持っていた。そういう意味では、今回の任務はヴァイスにとっては苦ではないのかもしれない。
「さっ、着いたニャ! ここがユクモ村ニャ!」
御者のアイルーが嬉しげに告げた。
その言葉につられヴァイスが顔を上げた。
山岳に位置する村にしては規模が大きい。それだけこの村が賑わっている証拠だろう。
そして、ヴァイスの視線の先には先ほど見えていた赤い建物の姿があった。遠くからでも分かる通り、その建物はかなりの高さを誇っている。感情豊かな人が見たならば素直に「凄い」と口にしていたはずだ。
「お疲れ様ニャ、ヴァイスさん。目的地に着いたニャ!」
「ああ、ありがとう。長い間世話になったな」
「これくらいお安い御用ニャ」
御者のアイルーが自慢のヒゲをピンと張って会釈する。
荷車から自分の荷物を下ろす。その荷物も然程嵩張るものでもない。一人で運ぶことは十分可能だ。
「ところで、これからヴァイスさんは村長に会いに行くのかニャ?」
御者のアイルーの問いにヴァイスが首肯した。
「一応、これから世話になるからな。礼儀として、それくらいは当然だ」
「なるほどニャ。たぶん、村長さんはこの石段を登った先の紅葉の木の下の腰掛けにいるはずニャ。村長さんは竜神族だから一目で分かるはずニャ」
「ああ、分かった。道中気を付けろよ」
ヴァイスが改めて御者のアイルーに礼を言う。そして、御者のアイルーは再び荷車を走りださせた。
御者のアイルーに別れを告げたヴァイスは村の入り口に向き直る。そこにある赤い鳥居がヴァイスを迎えてくれていた。
「行くか」
決意を新たに、ヴァイスは新しい生活への一歩を踏み出した。