〝学園島〟
武偵高があるこの
南北2キロ。東西500メートルにも及ぶ広大な面積を誇るこの人工浮島は海上の学園都市と言っても過言ではないくらいの学生の街だからだ。
麻帆良学園ほどではないにしろ、この街には学生が多く住む。
もちろん、住むのは学生だけではないがそれでも学生の数が他の都市と比べて高いのは事実だ。
学生が多いということは当然ながら、様々な問題も起きるわけで。
普通の一般人に迷惑をかけないように暮らす。
残念ながら、そんなこともできない学生も中にはいて。
警察や武偵高の生徒、そして……教職員が定期的に街を見回ることも珍しくない。
〝東京都湾岸地区特別広域指導員〟
僕が持つ肩書きの一つだ。
武偵高を拠点として、湾岸地帯に潜む特定人物、魔法団体の監視、魔法生徒及び、秩序を乱す生徒の指導を都から任されている。
都からとあるが、実際は関東魔法協会のトップであるあの人に押し付けられた、といった方が正しいが。
まあ、この学校に来ると決めた時点でこうなることは判っていたから予想の範囲内だけどね。
だが、予想外といった事態は必ず起きるわけで……
「くっ、マズイぞ。なんだアレは?」
僕が見上げる遥か上空。
そこに巨大な魔力が集まるのを感じていた。
禍々しいソレは、大気を震わせ、まるで生き物が呼吸するかのように、自然と魔力を吸って増大していた。
氣と魔力の合一『咸卦法』。
その
この身体中から力が抜ける感覚は……もしかして⁉︎
最悪の事態が頭をよぎる。
相手の魔力や気力を吸い取り、奪う術式。
その術式が学園島の上空で広範囲に発動している。
高度3000メートルはあろうか……本来、羽田空港に近い学園島上空では様々な国籍の航空機や自衛隊機が飛び交うが、現在その高度で待機しているのはその建造物だけだった。
まるで、有名なアニメ映画の一コマみたいに。島が空を飛んでいた。
いや、違うな。
空を飛ぶというより、
見た目は小さな島だが、島のあちらこちらには森や小さな湖が。
中央には神殿のようなものが見える。
天空の城、空に浮かぶ島。
伝説上のものが頭上に存在している。
「廃都オスティア……ではないね」
魔法世界にある、
「……高畑先生、アレは?」
教え子の一人、桜咲刹那君が上空の島を見て尋ねてきた。
彼女の背中からは純白の翼、『白き翼』が生えている。
刹那君は見た通り、純粋な人間ではない。鳥族と人間のハーフだ。
小さな頃から混じりものと言われ差別されてきた彼女はほんの数年前まで、自分がハーフだという事実を隠して生きていた。
その為、クラスメイトや自身が主とする、木乃香君との間に壁があり、なかなかうち解けずにいたのだが、ネギ君やその仲間達との交流により今では肉体的にはもちろん、精神的にも成長して将来を期待される魔法生徒の一人。
武偵高では将来有望な『強襲武偵』として育成されている。
そんな彼女が今回、『空中戦』ができる武偵としてミツル君の呼びかけに応じてくれたのだが。
「解らない。だけどここにあっていいものじゃないのは確かだね」
「この魔力の集まり……まるで」
「うん、あの時のようだ……」
『
麻帆良の時とは違うのは……魔力を消失するのではなく。
人が持つ魔力や気力を吸い取る術式が発動されていること。
今はまだ影響はあまり起きていないようだが、放っておけば気力を吸い取られた一般人や魔法抵抗の手段がない武偵高生に被害が出るだろう。
それはなんとしても防がなければいけない。
魔法先生として。
いや、『力のあるもの』として、責任を果たさなければいけない。
力のない人を、力がある人が守る。
守りたい人を守る。
それは当たり前のこと。
当たり前のことだが、僕はさらに。
大切な人達の大切な人をも守りたい。
それが僕達『力があるものが守らなければいけない正義……責任だと思う』から。
それが……僕達魔法使いが掲げる正義の正しいあり方だと思うから。
まあ、こんなことを考えているから僕は魔法使いとしては『落ちこぼれ』だと言われるのかもしれないけど。
でも、それが僕の『正義』だ!
魔法が使えない僕は確かに魔法使いとしては『落ちこぼれ』かもしれないけど。
ナギや師匠達、ネギ君のように……正しい時に正しい力を使える人間になりたい。
だから僕はこの学園島に来た。
力があるものとして、正しい力の使い方を未来ある後輩達に教えていきたいと思ったから。
ミツル君と約束したのは、『時間稼ぎ』だけど。
大切な教え子だけに押し付けるのは一教師として見過ごせない。
「刹那君、ここは任せていいかい?」
「え、高畑先生?」
「……嫌な予感がするんだ。今すぐあの島に行かないと……手遅れになる、そんな予感が……」
魔力や気力が渦を巻くように島の神殿に集まっていく。
今すぐ止めないと。
嫌な予感がする。
「高畑先生……解りました」
僕が考え込んでいると、刹那君は頷き。
左右の手に刀剣を持ち、臨戦態勢を取る。
「先生が無事にあの島に突入できるように援護します」
「すまないね、刹那君。ありがとう」
僕は刹那君にお礼を言って、飛び出した。
今も魔力と気が渦巻く、空島へ向けて。
そもそも、どうしてこんなことになったかというと、時を少し遡ることになる。
バスジャック犯に武偵高生が人質に取られ、その犯人を捕らえる作戦を練っていると。
僕の携帯電話が鳴り響いた。
携帯電話を手に取り、画面を開くと。そこに写っていたのは同僚の蘭豹先生からの着信だった。
「もしもし? ええ、はい、ふむ……」
蘭豹先生からもたらされたのは気になる情報だった。
聞けば蘭豹先生は今朝まで居酒屋をハシゴしていたらしく、出勤前の最後の一杯を取る為に武偵高に近いコンビニへ足を向けたところ。
突然、空からロボットが落ちてきたらしく。
なんでもそのロボットは以前、
装備も装備無効化の『脱げビーム』ではなく、実弾が出る仕様のものだったらしく。
一応教師である蘭豹先生が警告するも、ロボットの反応はなし。
それどころか、突然『脱げビーム』を放った『田中さんマークV』。
酔っ払って機嫌の悪かった蘭豹先生は『田中さんマークV』を素手で無力化し、片手で持ち上げ、振り回して東京湾に沈めた。
ここまでなら蘭豹先生のいつもの日常的な光景なので笑い話で終わる話なのだが、今回はここからが本番だった。
なんと、空から降ってきたのはその1体だけではなかったのだ。
学園島で確認されただけでもおよそ1000体。
湾岸地帯を含むとおよそ1万体になる見通しだ。
そのロボットの外形は子犬型から人型まで幅広く、中には実弾仕様の兵器を搭載したものまで確認されたらしい。突然の出来事に武偵高は混乱した。
バスジャック犯が捕まっていない中での、ロボット騒ぎ。
それも実弾がいつ使われるかは誰にも解らない状況。
警察への通報も検討されたが、メンツを重んじる武偵高は独自捜査にこだわった。
バスジャック犯の捜査は一部の生徒に任せ、上級生と一部の教員はロボット騒ぎの鎮圧に駆り出されることになった。
バスジャック事件には『ケースE8』を適用。
内部犯の可能性有りの周知メールも出さない。
ロボット騒ぎには周知メールを適用。
バスジャックに関わる生徒以外には全員メールが通知された。
僕達、広域指導員もロボット騒ぎの解決を最優先事項とされ、バスジャック事件に関わることは禁止されたのだが、そこに待ったをかけた人がいた。
彼女が雪姫と名乗っているのは親しい生徒や知人を裏の世界に巻き込ませない為だ。
彼女の首には今もなお、最高の賞金がかけられているから。
彼女の過去を知っている僕はうっかり本名を言ってしまうが、ここではその名で呼ぶなと毎回怒られてしまう。それは勘弁してほしいとは思うが、まあ、裏の世界で有名になり過ぎてるから今の名で生きたいと思っている彼女の気持ちは理解できるけどね。
彼女は今のこの武偵高で過ごす日常を非常に気にいっている。
その証拠に……
ミツル君が知ったらきっと驚いただろうが、彼女は誰よりも早くバスジャック事件の資料を用意し、対応策を練っていた。アリア君を中心にした救出部隊の認可も彼女主導で行われていた。
反対する教員に掛け合い、アリア君達が動きやすいようにサポートしつつ、自分は問題が起きた時に備え現場近くに待機。
ミツル君からの電話には素っ気なく返事をしながら、影からサポートする姿を見てしまい、彼女の成長した姿にうるっときてしまう。
あの問題児だったエ……雪姫先生がこんなに変わるとは。凄いなぁ、ミツル君は!
などと思っていると。
偶然通りがかった女子寮の温室の中から、聞き覚えのある声がした。
中を覗くと、中にはミツルくんと、女生徒がいた。
その二人がしていた話は衝撃的な内容だった。
バスジャックをすでに知っていること。
僕達が知らない情報を持っていること。
中でも特に驚いたのは……
時間を〝戻す〟能力……それを持つという少女の存在。
時間を戻せる力と聞くと思い浮かべるのは、以前、超君が起こした騒動。
あの時は
英雄不在の時に超君がまた何かやらかしたのか、と心配になるが。
彼らの内容を聞く限り、超君絡みではないようだ。
いや、後々超君絡みなら良かった、と後悔することになるのだが。
その内容は最悪なものだった。
それは生徒だけで挑むには無謀な内容。
しかし。
なんとなく。
確証はないけど。
この子達に任せれば大丈夫、この時の僕はそう思ってしまった。
根拠のない安心感。
それを与えてくれるのが、ミツル君の魅力だからだ。
本人は自覚がないようだが、探偵科の遠山君と共に、
そんな評価をされているミツル君の会話を聞いた僕は……。
「僕が、どうかしたかい?」
彼らにそう声をかけてしまった。
彼らから詳しく聞かされた内容は予想より悪かったが、僕はそれを受けることにした。
武偵憲章第1条。 仲間を信じ、仲間を助けよ。
そう常日頃、生徒達に教える側として、手本を見せないと示しがつかない、というのもあるが。
なにより……僕がそうしたかったからだ。
ミツル君と別れた僕は、刹那君と共に学園島の上空を見回っていると……学園島上空に不自然な歪みがあることに気がついた。
その地点に向かうと、そこには島が浮いていて。
僕はその島に上陸したのだが。その島にある神殿。その神殿の奥。扉を開けて見えた玉座のような場所にソレはいた。
可愛いらしい幼い女の子の肉体をしているが、その女の子には本来ならあり得ないものが背中に生えていた。それは。
真っ黒な翼。
邪悪な存在を思わせる漆黒の、先端が鋭く尖った翼。
それは。最近、ミツル君の前に現れた〝天使〟の女の子と対を成す存在。
漆黒の翼、黒い瘴気を放つ異彩の存在。
僕が今まで出会ってきたものの中で、もっとも危険な存在。
「……〝悪魔〟」
そう。その見た目は悪魔そのものだ。
魔族とはまた違う。
もっと禍々しくて、気高い存在。
まるで……。
「『まるで……神のような』か?」
「ッ⁉︎」
僕の考えが読まれた?
というより、気づかれていた?
「人間の考えなぞ、読む必要すらない。
正真正銘、妾は神じゃからな。
初めまして、そして、さようならじゃ。
妾は
可愛いらしい声が響く。
僕の瞳と、彼女の瞳が交錯する。
彼女の真っ赤な瞳が。その顔が。
身体を玉座に座らせた姿勢のまま、僕に向けられる。僕を見つめる。
黄泉と名乗るその女の子の顔は歪んでいた。
笑っていた。
まるで……まるで新しい玩具を見つけた無邪気な子供のように。
やっと、新キャラ出せた。
ずっと考えていたオリキャラ。
名前は黄泉。
詳細はいずれわかります。多分。