ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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気付くとみんな武闘派になっている……。


その2

「第二回、テファに友達を作ろう会議ー」

 

 パチパチパチ、と拍手が響く。何だこれ、とそんな光景を見ながら才人は一人ツッコミを入れた。

 横を見るとモンモランシーが同じ顔をしていたのが確認出来て、彼はホッと安堵をした。よかった、変なのは自分じゃないんだ。そんな謎の自信を得た。

 ちなみにノリノリなのはルイズとキュルケとタバサといういつもの面々の他に、シエスタと十号がいたりいなかったりする。

 

「サイト」

「ん?」

「ノリで拍手をしてみたものの、これは何だい?」

「……今さっき俺のご主人が言ったことが全てだよ」

 

 成程、と頷くゲストのギーシュを見て溜息を吐いた才人は、それで何を会議するんだよとルイズに問うた。それを聞いたルイズは、いい質問ね、と持っていた杖を才人に向ける。

 今までの反省を踏まえ、新たな友達作りのアイデアを生み出すのだ。自信満々にそう言い放った主を眺めながら、ああそうなんですか、と大分投げやりな返事を行った。幸いにして、彼女は気にしなかった。

 

「ってわけで。まずは前回の反省ね」

「はい」

「何? 十号」

「何を反省するんですか?」

「いい質問ね」

 

 くい、と眼鏡を指で上げる仕草を取る。曰く、エレオノールがよくやるやつらしい。才人にとって割とどうでもいいそんな知識を披露しつつ、十号の質問に答えるべく咳払いを一つ。

 尚、言うまでもないがエア眼鏡である。

 

「趣味を使って友達を作ろう作戦が見事に失敗したのよ」

「見事にって……」

「ツッコミ入れたら負けだから」

 

 モンモランシーの呟きに才人はそう返す。

 とはいえ、確かに彼女の言う通り、あの失敗は見事であった。趣味から話題を広げようと実行したのがハープの演奏。ここまではいい。問題はそこでとても濃厚な望郷の歌を奏でたことである。全寮制の学院に入学してまだそこまで経っていない子供達に望郷である。見事なまでの選択ミスであった。

 

「作戦自体は悪くなかったはずなのよねぇ」

「不思議」

「まあ、ルイズ様達に負けず劣らずアレですし、妥当かと」

 

 そうね、とシエスタの言葉に同意するように頷いたモンモランシーは、大体この集まりの趣旨を理解した。理解をして、何故集められたかも納得した。

 要はまともな意見を出してくれそうな面々が欲しいのだろう。視線を才人に向けると、こくりと頷いたことで確信を持った。

 

「と、いうわけで。ねえモンモランシー、貴女なら突拍子もないアイデアとか出してくれたりしないかしら?」

「…………」

「も、モンモランシー!? 抑えてくれ! 多分ルイズには悪気はない! そうだろうサイト!?」

「悪気ない方が質悪くね?」

「フォローをしてくれフォローを!」

 

 確かにそうなんだけれども。という言葉を飲み込みながら何とか彼女を宥めたギーシュは、しかし、と何かを考えるように顎に手を当てた。一体何故そんなに四苦八苦しているのだろうか。彼にはそこがよく分からなかったのだ。

 ギーシュという青年は、基本的にそういう人当たりは悪くない。若干女好きなのが玉にキズではあるが、それでも男女問わず仲の良い人間には事欠かないのだ。

 だから人付き合いが苦手な人間のことが分からないのかといえば、別段そういうわけでもない。隣のモンモランシーがむしろそういう側の人間であったこともあり、どちらの要素からも見ることの出来る人間である。

 では何が分からなかったのか、といえば。

 

「ミス・モードは器量も性格もいい聖女だろう? 一体何を苦労する要素があるんだい?」

「さっきも言っただろう? 行動がどうも斜め上になるんだよ」

「それは聞いたが、それだけでそんな致命的になるものか、とね」

「後は、そうね。世間知らずってのが大きいかしら」

「地位も問題」

 

 ああ成程、とギーシュは頷く。言われてみれば、色々しがらみを持っているのか。そんなことを考えながら、ちらりとモンモランシーを見た。話を聞いて考え込んでいる様子であったが、お手上げとばかりに首を横に振った。

 まあとりあえず。ここで何もアイデアが出ないというのは自身のプライドにも関わってくるので、ギーシュは再度思考を巡らせながら口を開いた。もう少しティファニアのことを尋ね、それに見合った意見を出そうと考えた。

 

「それで、一体誰と仲良くなろうとしているんだい?」

「え?」

「え?」

「え?」

「……は?」

 

 ちょっと待て何だこの反応。そう思い怪訝な表情を浮かべたギーシュは視線をルイズ達から他の面々に移した。モンモランシーも同じように訳が分からないという顔をしている。十号もそれに同じで、才人はそういやそうか、と頭痛を堪えるように額を押さえていた。

 そして。

 

「ぷ……ふふ、ふふふふふ」

「おいメイド。何笑ってんだこら」

「申し訳ありません。ルイズ様の顔があまりにも間抜けだったもので」

「謝ってない!」

「これは失礼いたしました。初歩の初歩である部分を頭から抜け落としていたルイズ様の間抜け面があまりにも滑稽でしたので」

「詳しく言えとも言ってない!」

 

 漠然と友達が欲しい、という部分が最初で躓いているのだから、ターゲットを絞る。極々当たり前の話であり、第二回会議に入る前にやっておかなくてはいけない部分であった。

 

 

 

 

 

 

 と、いうわけでまずは誰を友達にしたいか考えなさい。ルイズがティファニアに伝えた新たなアドバイスがそれであった。成程そうか、目標を定めることが何より大事なのか。彼女の言葉を聞いたティファニアはそう判断し、その意見の深さに感銘した。

 勿論とてつもなく浅い。そしてギーシュからの受け売りである。

 ともあれ、そんなことなど露知らず。ティファニアはルイズに言われた通り、『友達にしたい相手』を見付けることをし始めた。取り巻きと化している生徒達も段々と落ち着いてきたが、しかし相変わらず友達というカテゴリーに入ってきそうもない。ならば、と前回のハープの演奏により敵意は薄れたものの、相変わらず苦手意識を持たれている女生徒達を見やる。話し掛けたら逃げ出しそうな彼女達の様子を見て、ティファニアは諦めたように溜息を吐いた。

 

「友達にしたい人、かぁ」

 

 呟く。そして、改めて考えると具体的なイメージが湧いてこないことに気付いた。ただ単に友達が欲しい、という気持ちだけであったことを自覚したのだ。

 相手のことを全く見ていなかった。そのことを反省したティファニアは、改めて気合を入れ直すとぐるりと教室を見渡す。そして、いまいちピンとこない自分に愕然とした。

 

「どうしよう……わたし、どういう人と友達になりたいのか分からない……!?」

 

 ほぼ孤児院であるウェストウッドで生活していた彼女にとって、同年代は未知の領域。ことこういうことに至っては手探りだ。そして困ったことに、そんなものだろうと笑い飛ばせるほど彼女はルイズ達に中身は近くなかった。常識外れとはいえ、まだ大人しい方なのである。

 そんなこんなで午前の授業を終えたティファニアは、食堂で昼食を取るとトボトボと中庭を歩いていた。思考はぐちゃぐちゃ、碌な考えは浮かんでこない。一体全体どうすればいいのか分からない。情けなくて涙が出てくるほどだ。

 ぽたり、と涙が目から零れ落ちる。それを慌てて手の甲で拭うのと、彼女に声が掛けられるのがほぼ同時であった。

 

「あら、ミス・モードじゃない」

 

 え、と顔を上げる。小柄な金髪ツインテールの少女が胸を張りながら立っているのを視界に入れ、彼女は思わず立ち上がった。

 知っている。正直まだ殆ど名前を覚えていない他の同級生達よりかは、彼女のことを知っている。

 

「あ、クルデンホルフさん……」

「……アルビオンの聖女だろうとなんだろうと、わたしはそこまで貴女に馴れ馴れしくされる覚えはないのだけれど」

「え? あ、ごめんなさい。えっと」

 

 何て言えばいいんだろう。そんなことを少しだけ迷ったティファニアは、ルイズ達の様子を思い出し、恐る恐る言葉を紡いだ。ミス・クルデンホルフ、と。

 それを聞いたベアトリスはふんと鼻を鳴らす。淑女として、貴族として、そういう立ち振舞を覚えることはしなかったのかしら。そんなことを言いながらどこか見下すように彼女を睨んだ。

 

「ま、舞踏会で暴れてダンスホールを破壊した挙句停学になるような方ですものね。野蛮で当然、といったところかしら」

「うぅ……」

 

 馬鹿にされている、というのは分かる。が、やらかしたのは事実だったのでティファニアとしては何も言えない。反論出来ずにしゅんと項垂れた彼女を見て、ベアトリスは少しだけ気分が良くなり口角を上げた。

 いける。今回はこのにっくき聖女をギャフンと言わせられる。そんなことを思い浮かべたベアトリスは、畳み掛けるようにティファニアを罵倒した。罵倒、というと聞こえが悪いが、要は悪口である。文句、と言ってもいい。

 やれ取り巻きが鬱陶しいだの、たむろされると通行の邪魔だの、ハープの演奏が隣の教室まで聞こえてきて危うく泣きそうになっただの、胸がデカ過ぎるだの。凡そ子供の口喧嘩レベルのそれを言い終わりスッキリとした表情になったベアトリスは、ふう、と息を吐くと再度ティファニアを睨んだ。

 

「大体その帽子! 特例だか何だか知らないけれど、常に被りっぱなしとか失礼よ。肌が弱い? そんな言い訳通用すると思って?」

「あ、いや、これは、その。ぬ、脱いだら、えっと」

「――そういう態度が、気に入らないって言ってんのよ!」

 

 何だか分からないが、オロオロするティファニアの姿は彼女の逆鱗に触れたらしい。キレたベアトリスは彼女へ一歩踏み出すと、強引にひっぺがしてやると言わんばかりに手を伸ばす。

 勿論それを黙ってされるがままになるようなティファニアではない。帽子を押さえ、振り払うようにベアトリスを押しのけた。軽く、などというレベルではない村娘の一撃で、蝶よ花よと育てられた小娘は簡単にすっ転がる。きゃ、という声と共に尻餅をついたベアトリスは、先程より更に憤怒の表情でゆっくりと立ち上がった。

 

「よくもやったわねこの不良!」

「そ、そっちが先に手を出したんじゃない」

「わたしはただ帽子を取れ、と言っただけよ。それを思い切り突き飛ばして」

「嘘! 強引に取ろうとしたくせに」

「はぁ!? 言い掛かりはよしてちょうだい」

「言い掛かりって何よ。本当のことじゃない」

「はん、聖女様ともあろうお方が、そんな言い訳じみたことを」

「貴女だって、大公の娘でしょう? あんなことをしたくせに」

 

 そこでお互い息を吐く。何でこんな状態になっているのか。そんなことはもうでもよくなりかけていた。今重要なのは、原因などではない。

 目の前の憎いこいつを、どうやって黙らせるかだ。

 

「ミス・モード」

「何?」

「放課後、ヴェストリの広場よ」

「……どういうこと?」

「そろそろ午後の授業の時間でしょう。だから」

 

 この続きは、その時だ。杖を取り出し突き付けながら、ベアトリスはそう言い放った。色々溜まっていた大公の娘は、しがらみなど知らんとばかりにそう言い切った。

 紛うことなき、決闘の約束であった。

 

 

 

 

 

 

 どうしてこうなった。とティファニアは思う。時間経過である程度冷静になった彼女は、昼と全く変わらず怒り心頭のベアトリスを眺めながら溜息を吐いた。それが向こうは気に入らなかったのか、眉を顰めると杖を突き付ける。

 

「始めるわよミス・モード」

「えっと……何を?」

「何? 怖気付いたの? モード大公の娘ともあろうお方が? レコン・キスタを打ち破った聖女が?」

 

 う、とティファニアは口を噤む。あれは違う、と言い掛け、それも違うと飲み込んだ。そんなことを言ってしまえば、自分ではなく、協力してくれたアンリエッタやウェールズ、そしてルイズ達の侮辱になる。

 だから、代わりに息を吸い、吐いた。決闘、とベアトリスは息巻いているが、その実やることは喧嘩だろう。ルイズ達の姿や、この間の才人とワルドの一戦を思い出し、自分がその当事者になってしまったことを実感すると少しだけ口角を上げた。

 そうだ。よくよく考えれば、これはチャンスではないか。自分を気に入らないと思っている相手と、思い切り喧嘩をする。一番最初のルイズの案そのままの状況になっている現状は、むしろ望むところだ。

 

「やる気になったみたいね」

「ええ。……ねえ、ミス・クルデンホルフ」

「何よ」

「わたしが勝ったら、頼みを一つ、聞いて欲しいの」

「……いいわよ。そんなことはありえないでしょうけど」

 

 ふん、と鼻を鳴らすと、ベアトリスは杖を抜いた。それに合わせるように、ティファニアも杖を取り出す。行くわよ、という声と共にベアトリスは呪文を唱え、小さな火球が生み出された。

 危ない、とそれをティファニアはステップで躱す。追撃のつむじ風も同じように躱すと、彼女の足元に狙いを定め、軽く一言だけルーンを紡いだ。

 

「『エクスプロージョン』!」

「わきゃぁ!?」

 

 目の前が爆発した。その衝撃で、ベアトリスはすっ転がる。昼に押された時のように尻餅をついた彼女は、痛た、と腰をさすりながらゆっくりと立ち上がり。

 

「あ」

 

 笑顔で杖を構えているティファニアを視界に入れ、顔を青褪めさせた。やばい、これはマズい。そんなことを思いながら杖を探すが、先程の衝撃で手元から離れており、構え直すには時間が掛かる。まず間違いなく、向こうの呪文の方が早い。

 というか何であんな簡単に呪文避けられるんだ。心の中でそんな悪態を吐きながら、ベアトリスは必死で打開策を探った。今の自分は完全に死に体、目の前は悪魔のような笑顔を向けるいけ好かないライバル。家柄も負け、容姿も負け、そして呪文でも負け。そんな屈辱を、これ以上味わうわけにはいかない。

 

「……ミス・モード」

「何?」

「こういう勝負は、己の力を何でも使うものよね?」

「え? ま、まあ、多分?」

 

 その質問で少しだけティファニアの意識が逸れた。ついでに言質も取った。よし、と笑みを浮かべたベアトリスは、じゃあこれは何の問題もないわね、と勢い良く手を上に掲げた。

 

「来なさい、我が大公国が誇る力! 空中装甲騎士団(ルフトパンツァーリッター)!」

 

 その声と同時に、暴風が吹き荒れた。十人ほどの甲冑を付けた騎士達が、竜に乗って降りてくる。その風でバランスを崩したティファニアは、降りてくる竜騎士を見て慌てて後ろに下がった。

 ベアトリスを守るように竜騎士は立つ。明らかな過剰戦力に見えたが、しかしそれを指摘する者はいなかった。何だ何だと眺めていた同級生の野次馬たちは、空中装甲騎士団が乱入してきた時点で逃げ出したのだ。

 

「貴女も私も、騎士団に指示を出すことの出来る立場。ならば、こういう力を使っても文句はないでしょう?」

「……そ、そうなの?」

 

 あまりにも自信満々に言われたので、ティファニアは納得しかけてしまった。そっちも騎士団を呼び出せばいい、というベアトリスの言葉を聞いて、ああ成程、と頷いてしまった。

 

「でもわたし、今騎士の人達は連れて来てないから」

「そう。じゃあ、仕方ないわね」

 

 諦めなさい。仁王立ちして勝ち誇ったベアトリスは、騎士達の後ろで高笑いを上げた。これで勝負ありだ。そう確信し、機嫌を良くした。

 規模が桁外れになった喧嘩の決着を付けるべく。彼女の指示の下、騎士達は一斉にティファニアへと襲い掛かる。

 盛大な激突音が、ヴェストリの広場に鳴り響いた。




喧嘩(騎士団vs一人)


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