ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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毎度毎度の短め序盤


友達を作ろう!
その1


 ううむ、とティファニアは首を捻った。周囲には相変わらず蝶よ花よと自分に接してくる男子生徒がいる。が、それに反比例するように女生徒の姿は極僅かであった。彼女から離れている女生徒の大半は男子生徒達を呆れたように見る者であったが、しかし。残りの一部は明らかにティファニアに敵意、とまではいかないが不快なものを感じているのが分かる。

 権力と美貌を傘に来て男を侍らすなんて、貴族の風上にも置けない。口には出さずとも、彼女達は概ねそんなことを思っていた。

 

「むぅ……」

 

 それに困ったのはティファニア本人である。ぶっちゃけると彼女はむしろそういう面々と話をしてみたかったのだ。何せ、ルイズが言っていたのだから。

 

「まずは喧嘩をするのが一番よ、か」

 

 間違っている。どう考えても間違っている。が、世間知らずと常識外れがハイブリッドしてしまったハーフエルフの巨乳聖女は、同年代の親友の言葉を疑うことなく心に刻みつけていたのだ。

 出した結果が、自分を嫌っていると思われる人と喧嘩をすれば友達が出来る、である。

 残念なことに、それは違うと止めてくれる友人はまだ彼女の周囲にいなかった。

 

「よし」

 

 そうと決まれば実行だ。そう勢い良く思い立ち上がったティファニアは、自分を遠巻きに見ていた女生徒に声を掛けに向かった。男子生徒は彼女のその動作で左右別々の生き物のように柔らかく形を変えたそれを目にして暫し動きを止めていた。

 

「ちょっと、いいですか?」

 

 何ですの、と女生徒達は後ずさる。別に悪口を口にはしていないはずだ。不敬だ、と処罰される謂れはない。そんなことを思った彼女達は、真っ直ぐに前を見た。ティファニアを睨み付けるようにして、次の言葉を待った。

 それを見てティファニアは口角を上げる。ああ、やっぱりだ。彼女達はこうして真っ向から自分を睨み付けてくれる。それはつまり、自分と喧嘩をして友達を作るきっかけになるに違いない。

 よくよく考えれば、ウェストウッドの子供達もそうだった。全力で喧嘩をして、そして友達になっていた。そうか、そういうことか。つまりあれをやればいいのか。流石はルイズ。自分の自慢の親友だ。

 笑みを強くさせた彼女は、若干引き気味になった女生徒を真っ直ぐに見詰め、視線と同じくらい真っ直ぐに指を突き付けた。

 

「文句あるならかかって来い!」

 

 土下座して謝られた。

 

 

 

 

 人気のない広場までやって来たティファニアは、はぁ、と溜息を吐く。噴水の縁に腰掛けた彼女は、空を見上げて再度溜息を吐いた。

 一体何がいけなかったんだろう。そう自問自答するが、明確な答えは一向に出てこない。何も間違っていなかったはずなのに。そんなことを思いながら三度目の溜息を吐いた。

 何が悪いかといえば、まあきっと環境が悪かったのだろう。もしくはタイミングか。

 

「自信、無くしちゃうなぁ……」

 

 恐らくきっと、あの舞踏会の前ならばもう少し話の展開は違ったかもしれない。ダンスホールを破壊して停学を食らう、という不良一直線の行動がなければあるいは望み通りになったかもしれない。ともあれ、木っ端微塵になったダンスホールの床と同じ目に遭いたくないと思った女生徒は、喧嘩を売られた時点で謝るという選択肢しか持ち合わせていなかったのだ。

 それ以前の問題としてアルビオンの聖女、という肩書があったのだが、こちらは学院の方針という名目である程度は気にしない方向らしい。

 

「んー……」

 

 どうしようか、とティファニアは思う。色々と世話をしてくれる人達は、どうも友達というカテゴリーに入れにくい。というか向こうがそう思っているらしく、そんな恐れ多いとか言い出してしまったほどだ。

 だから、と考えたルイズ流友達を作る方法はあっさりと暗礁に乗り上げた、近くも駄目、遠くも駄目となると、後はどうすればいいのか。

 

「あれ? テファじゃん」

 

 そんな彼女に声が掛かる。へ、とそちらに顔を向けると、才人が自身の日本刀を鞘に収めたまま弄んでいる姿が見えた。どうやらこれから鍛錬を行うらしい。

 メイド服で。

 

「ふふっ、サイト、何でそんな格好……?」

「掃除が大体終わったから、後は罰の期間が終わるまで常にこの服でいろってさ。ざっけんなって感じ」

 

 ちなみにワルドも同じ刑を受けており、ドン引きしたグリフォンがしばらく職務放棄をしているのだが、その辺りは割愛する。

 ともあれ、あまりにも間抜けな才人の格好を見たことで、ティファニアも少しだけ気分が楽になったようだ。才人も何となくそれを感じ取っていたのか、まあしょうがないな、と頭を掻いている。

 ここでやるの、とティファニアは問う。まあな、と答えた才人は、腰に日本刀を差すと鞘から抜き放った。せーの、と手近な木を蹴り飛ばし、揺れることで落ちてきた葉っぱや木の実を一瞥する。

 白刃を煌めかせた。ヒラヒラと舞う葉を両断し、それとは落ちる速度が段違いの木の実は軽く上に弾き飛ばす。再度ベクトルを変えられ舞い上がったそれは、残らず両断された葉の後に自由落下を開始し。

 

「っと!」

 

 一振り。舞い上げた木の実を、その一閃のみで切り裂いた。割るのではなく、斬る。それをなされた木の実はパラパラと地面に落ち、彼の足元には何かのアートのように真っ二つになったそれらが。

 

「うし、今日は調子いいみたいだな」

 

 地面を見渡し、才人は笑う。その光景を見ていたティファニアは凄い凄い、と拍手をしていた。

 そんな彼女を見て少しだけ自慢気に笑みを浮かべた才人は、とりあえず、と素振りを開始する。そうしながら、何かあったのか、と彼女に問い掛けた。

 

「え? ……分かるの?」

「まあな」

 

 こんな場所で噴水の縁に座って溜息を吐いていたら何かあったと思わないほうがおかしい。という言葉は口には出さなかった。カッコ付けたかったのだ。

 それで、と才人は続ける。一体どうしたんだ、そう尋ねると、ティファニアは少しだけバツの悪そうに視線を逸らした。

 そのまま、ポツリポツリと話し出す。友人が出来ない、という根本と、その方法が上手く行かない、という悩みを。どうにも皆と同じようになれない、と。

 

「やっぱり、わたしがハーフだからなのかな」

「んー。今の話聞く限りそういう感じじゃなさそうだけど」

 

 大体ご主人が悪い。才人が出した結論はそれであった。とはいえ、それを言ったところでどうにかなるわけでもなし。何か別の方法を、と悩んだところで彼の頭では思い付かないのだ。

 素振りを終える。ヒュン、と刀を一振りするとそれを鞘に収め、まあとりあえず、と視線をティファニアに向けた。

 

「モヤモヤしてる時はちょっと体でも動かしたらどうだ?」

 

 これからランニングするけど、どうだ。そう続けた才人の言葉に、ティファニアは分かったと頷いた。

 

 

 

 

 

 

「ってわけなんだけど」

 

 夕食後。食堂から戻ってきた三人にティファニアとのことを伝えた才人は、何かいい方法はないだろうかと聞いていた。

 キュルケと、タバサに。

 

「おい使い魔」

「ん?」

「わたしを見ろ」

「いや、だって」

「いいから見なさい! わたしを、見ろ!」

 

 頭を引っ掴んで強引に自分の方へ向かせたルイズは、何でこっちには聞かないんだとそのまま彼を問い質した。勿論聞くまでもなかったからなのであるが、それを言ってしまえば彼の首はこのまま一回転してしまうのは想像に難くなかったので、気のせいじゃないでしょうかと思い切りすっとぼけた。

 結果は変わらなかった。

 

「にしても、友達ねぇ」

 

 ううむとキュルケは倒れて動かない才人を見下ろしながら腕組みをする。そんな悩むようなものだっただろうかと少しだけ思考を巡らせた。彼女の場合、友達といえばタバサが真っ先に出てくるので、その時のことを思い出して参考にしようとしたのだ。

 

「ドラゴンに食べられそうになっているところでも助けに行けばいいんじゃないかしらぁ」

「どうやったらその状況になるんだよ」

「あ、復活した」

 

 タバサが床に転がったままツッコミを入れる才人を見やる。さり気なく彼の視線から離れつつスカートを押さえ、でも案としては悪くないとフォローを入れた。

 

「何か問題が起きているのを助ける、というのは案外効果的」

「そう。あたしはそれが言いたかったの」

 

 絶対嘘だ、というツッコミ入れなかった。入れても無駄だと判断したのだ。とはいえ、まあ確かにベタだがある意味王道だな、と才人はタバサの言葉にうんうんと頷く。体を起こすと、ただそれには重大な欠点があると指を一本立てた。

 問題が起きないと使えない。これ以上ないほどの簡潔な欠点であった。

 

「じゃあ、わたし達が問題を起こせば」

「そのネタこないだ村の仲裁でやったからな。姫さまっぽいから嫌だって言ったのご主人、お前だからな」

「わ、分かってるわよ」

 

 メイド服の男に諌められるという普段より無性にイラつく光景であったが、言っていることは正しいので、ルイズは不貞腐れたようにそっぽを向く。キュルケとタバサはその逆で、シリアスな顔をしたメイド服の男という光景がツボに入り肩を震わせていた。

 じゃあむしろお前はどうなのだ。そっぽを向いたままルイズが問う。え、と声を上げた才人に向き直り、そうやって色々ダメ出しするからには、何かいいアイデアがあるんだろうと指を突き付ける。

 

「……」

「無いのね」

「あったらわざわざ聞かないっての!」

「何よ、逆ギレ?」

「逆ギレはそっちだろ」

 

 がぁ、と主従がお互い吠えるのを横目に、ねえタバサ、とキュルケは尋ねる。あなたは何かアイデアはない? そう言葉を続けると、無いことはない、と彼女は頬を掻いた。

 

「同じ趣味の人を探す」

「成程。基本ねぇ」

「……その基本を誰も出さない時点で」

 

 はぁ、とタバサは溜息を吐く。う、とキュルケは視線を逸らし、聞いていたルイズと才人もあははと乾いた笑いを上げた。

 だがまあ確かに堅実で妥当なアイデアであろう。三人もそれに頷き、では早速明日ティファニアに伝えようと結論付けた。

 

「しかし趣味かぁ……」

「あによ」

「いや、確か三人ともそういうのバラバラそうだったし」

 

 彼女達はそんな堅実な理由で友達になっていないので当然ではあるのだが、改めて考えると確かにバラバラであった。才人の言葉に首を縦に振ることしか出来ないほどに。

 

「あ、ひょっとして。ルイズとキュルケの友達の作り方って」

「……ふん」

「……ま、ね」

 

 大喧嘩してキュルケと友人になったルイズは鼻を鳴らしそっぽを向き、二人でピンチを助けたことでタバサと友人になったキュルケは少し懐かしそうに笑う。

 そんな二人を見て、タバサは少しだけ楽しそうに口角を上げた。

 

 

 

 

 

 

 同じ趣味の人を探せ、という新たな方法を会得したティファニアは、今日こそと意気込んだ。昨日の失敗を糧に、自分はニューティファニアになったのだ。そんなことを心で宣言し、よし、と顔を上げる。

 

「……」

 

 ところで、自分の趣味ってなんだっけ。ぴたりと動きを止めたティファニアは、目をパチクリとさせると考え込むように顎に手を当てた。ここのところの怒涛の日々で、そういう部分を何となく忘れかけていたらしい。これはいけない、と頭を振ると、彼女は改めて気合を入れ直す。

 料理、は違う。裁縫も、ちょっと違う気がする。掃除、はもっと違う。

 

「後は……あ、ハープ」

 

 これだ。頭の中で何かが光り輝くかのごとく、降って湧いたそれに思わず彼女は笑みを浮かべる。楽器演奏、うん、何だか凄くそれっぽい。そう反芻すると、これに決めたとティファニアは立ち上がった。勢い良く上下に動いたために生み出された流体運動は、見る者の視線をも上下に動かし、とろけさせた。

 自室に戻る。棚に仕舞ってあった自身のハープを取り出すと、少しだけ弾いてみた。ポロン、と小気味いい音が流れ、調律の必要がないことを教えてくれる。

 ハープを小脇に抱え、ティファニアは教室の扉を開けた。さっきはどうしたのか、と近付いてきた男子生徒に向かい、皆に少し見せたいものがあってと返すと、椅子に座りハープを構える。

 

「わたし、ハープの演奏が得意なの。良かったら、聞いてくれないかしら」

 

 勿論、とクラスの面々は頷く。取り巻きも、昨日土下座した女生徒も、それ以外のクラスメイトも。それを断る理由など存在しなかったからだ。

 よし、と息を吸うと、彼女はハープを奏で始める。幼い頃から耳にしていた、自分が最も弾き慣れたその曲を。指が覚えていると言っても過言ではないその曲を、奏でる。

 優しく、心に染み入るような調べが、教室に広がっていく。誰もが無言で、その曲を聞き、目を閉じ、何かを感じ入るように佇んでいる。

 誰かの鼻を啜る音が聞こえた。誰かの嗚咽が聞こえた。誰かがへたり込む姿が見えた。

 寂しい。帰りたい。両親に会いたい。そんな思いが、彼等彼女等の中から溢れて、止まらなくなっていった。

 気付くと教室では皆一様に泣いていた。その誰もが、この一週間の寮生活で張り詰めていたものが切れたような顔をしている。これまでとは違う生活で我慢していたものが、零れてしまったような表情をしている。

 

「……あ、あら?」

 

 そんな光景を目の当たりにしたティファニアは、一体全体どうしたんだとオロオロしていた。ひょっとしてこれは自分のせいなのか、とあたふたしていた。

 授業を始めましょうか、と教師がやって来る。そして、クラス全体がホームシックに掛かっている状況を見て目を丸くさせた。何が起きたのですか、とまずありえない光景に首を捻っていた。

 

「何か……失敗しちゃったのかしら」

 

 ティファニアのハープ演奏の十八番は、幼い頃『始祖のオルゴール』から聞こえてきた音色である。それに加え、彼女の中でずっと、曲の思いを受け止め、凝縮していったものである。

 これでもかというくらい濃密な『望郷』の調べを奏でた彼女は、教室の惨状をもう一度眺め、どうしようかと途方に暮れた。

 授業は潰れた。

 




はっちゃけた!

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