というわけでオチ。
「さて、何故ここに呼ばれたか分かるな?」
いつになく真剣な表情でそう述べるオスマンに対し、ルイズはとんと存じませんと涼しい顔で返した。いやだって今回本気で自分は関係ないし、そんなことを心の中で呟く。
それを眺めているキュルケとタバサも我関せずという表情、そして才人は申し訳無さそうに頭を垂れていた。隣のワルドと一緒に。
「……まあ、確かにそう言われるとそうなんじゃがのぅ」
ううむとオスマンは髭を弄ぶ。とりあえず問題の中心点であるこの連中を呼んだのはいいが、実際どのように落とし所をつけるかと考えるとどうにも迷ってしまうのだ。
何せ、彼の目の前でニコニコと微笑む王妃がいるのだから。
「オールド・オスマン、この度は」
「陛下が謝ることなどありはしませんよ。いや、本当に、マジで」
申し訳無さそうに頭を垂れるウェールズを見ると、むしろオスマンは自分の方が悪いのではないかと錯覚してしまう。紛れも無く被害者側であるにも拘らず、である。
ちなみに勿論ウェールズも被害者側である。
「え、っと、その……」
さて、そんな中オロオロしている人物が一人。視線をせわしなく動かしながら、その拍子に胸部がタプンタプンと揺れる少女が一人。
とりあえず現在加害者側であるアルビオンの聖女、ティファニアであった。
「ふむ。……ミス・モード、今回はちょっとマズいのぅ」
「あ、ご、ごめんなさい……」
「いやいや、あの二人に舞踏会を邪魔されたのじゃ、怒るのは当然じゃよ」
しかしな、とオスマンはティファニアの首から少し下に視線を向けたまま真剣な表情で言葉を続ける。流石にダンスホールに大穴を開けるのはやり過ぎだ。そんなことを言いつつ、視線は胸から逸らさず溜息を吐いた。
「ごめんなさい……つい」
ついでダンスホール破壊されたらたまったものではない。そうは思うが、しかしティファニアの横にいるあの三人組は「ついカッとなって」で宝物庫を壊した大馬鹿者だ。それに比べればダンスホールの大穴くらい軽いものではないか。
いや軽くない、どう考えても軽くない。感覚が麻痺していたオスマンはいかんいかんと頭を振ると、視線を改めてティファニアの胸に戻した。
「まあ、ともあれ。あれだけのことをしでかしたのじゃ、いくらアルビオンの聖女といえども、ここでは皆平等に処罰せねばならん。よいかね?」
「は、はい」
真剣さを含んだその声に、ティファニアも思わず姿勢を正す。ピン、と背筋を真っ直ぐにしたことで、たわわな果実は上下に揺れた。オスマンはその動きを目で追った。
「さて、その前に、だ」
少しだけ、聞きたいことがある。そう言ってオスマンはようやく視線をティファニアの顔に向けた。何ですか、と聞き返した彼女に向かい、彼は真剣な表情のまま口を開いた。
「それ、ホンモノ?」
「……え?」
それ、とはオスマンが指差しているティファニアの胸部である。目をパチクリとさせた彼女は、彼の指しているその部分を目で追い、そして顔を赤らめた。はい、と頷き、何で皆そんなこと聞くんだろうと視線を逸らす。
当たり前だとタバサは溜息を吐いた。あんちくしょうは自分の見た目をもう少し気にしろ、こちとらほぼ同じ立場なのに扱い雑なんだぞこのやろう。というのをとりあえず咳払いで誤魔化した。
「よろしい。ではちょいと確かめさせてもらおう。処罰はそれ如何で――」
「オールド・オスマン」
一歩踏み出す。そのオスマンの首に、思い切り呪文が込められた杖が添えられていた。底冷えするような声で、彼の秘書は言葉を続ける。
それ以上やったら殺す、私が、お前をだ。凡そそういう意味の台詞をのたまった。
「は、は、は……。お茶目なジョークではないかミス・マチルダ」
「そうであることを願っています」
違ったら、分かるな? そう目で述べたマチルダにコクコクと頷いたオスマンは、踏み出した足を戻すとコホンと咳払いをした。では改めて、と視線を再度ティファニアの胸に戻す。
「ミス・モードは、暫し停学じゃ」
「……はい」
しょぼん、とティファニアは項垂れる。せっかくの学院生活にいきなりケチが付いてしまった。そんなことを考え、思わず涙が零れた。そんな彼女を、マチルダはしょうがない子だね、と苦笑しながら頭を撫でる。まだ始まったばかりだから、気にするな、そんなことを言いながら視線を向こうの三人組に向けた。
「ほら、あっちに入学早々喧嘩して停学になった馬鹿もいるから」
『やかましい!』
三馬鹿の声は見事にハモったとか何とか。
で、とオスマンは視線をティファニアの胸からルイズ達に移す。当事者の処罰はどうしたものか。そんなことを言いながら困ったように髭を撫でる。
「やっぱり主人であるルイズが罰を受ける、が妥当かしらねぇ」
「ちょっと!」
「ルイズとルイズが戦っていたし、まあ」
「あれわたしの姿してたサイトとワルドじゃない! っていうか確実にあれはわたしも被害者よ被害者!」
パンツとブラ丸見えで大立回りしていたルイズの姿をした才人。大量にルイズの姿をした遍在を生み出した挙句切り裂かれて色々丸出しになっていたルイズの姿をしたワルド。確かに本人にとってはこれ以上ないほどの迷惑だろう。
ギロリ。殺すぞと言わんばかりの目で才人とワルドを睨んだルイズは、ひぃ、と二人が悲鳴を上げるのを尻目に視線をオスマンに戻した。処罰するならあのアホ二人にしてください。迷い無く彼女はそう言った。
今回ばかりは使い魔だとか、友人だとか、弟子だとか。そういうのは全く考慮しないらしい。当然である。
「ううむ。と、言われてものぅ」
才人はまだいい。生徒の使い魔は学院所属だからということでなんとかなる。幸い彼等の決闘の被害はダンスホールの爆発でほぼ全て一緒に吹き飛んだのでそこまで問題ではない。一人の少女の心に傷を負わせたことと、男子生徒に良くない影響を与えたことぐらいであろうか。一部にとっては大問題ともいう。
ちなみにオスマンはどちらかというとそこには寛容であった。理由を述べるのは愚問であろう。
ともあれ、才人は大丈夫なのだ。処罰はまあ適当に雑用を色々押し付ければそれでいいだろうと彼も思っている。オスマンが言い淀むのはもう片方だ。
「ワルド子爵は、こちらで処罰をいたしますわ」
笑顔でアンリエッタはそう述べる。実に楽しそうに彼女はそう述べる。これからどうやって処罰しようか、そんな鼻歌交じりの言葉が聞こえてきそうなほどの表情で、彼女はそう述べる。
お手柔らかにね、とウェールズが苦笑しながらそう諌めるが、しかしアンリエッタにはそこまで通用しなかったようだ。勿論ですわ、と笑顔で返され、彼はやれやれと肩を竦めた。
「さて、では話はここまでとしよう」
うむ、とオスマンは頷く。絶望の表情を浮かべているワルドを視界から外し、やーいやーいと囃し立てる才人をぶん殴っているルイズを経由し、やれやれと傍観者になっているキュルケとタバサを見やり、そんな彼女達を楽しそうに眺めているアンリエッタとウェールズを眺め。
「ミス・モード」
「え? あ、は、はい」
「そんなに落ち込むでない」
マチルダに慰められているティファニアの胸で視線を止めた。そのまま優しげな声色で彼はそう述べると、心配はいらんと言葉を続ける。
どのみち、一日二日程度だ。そう言うと、え? と顔をこちらに向けたティファニアに向かって笑顔を見せた。
「身分の関係なく対処をする、というのは先程言った通りじゃが、まあ如何せんこの学院は現在ちょいと特殊での。ぶっちゃけあの程度は割と日常茶飯事なんじゃ」
だから二年生以上は慣れ切っている。教師は別だが、とこっそり呟き、ならばお咎め無しでいいかといえばそういうわけにもいかない、と続けた。やってきた新入生がそれで何をやってもいいと勘違いされると非常に困ったことになる。元来ここは貴族としての礼節も学ぶべき場所、それを根底から覆すような所業はまずいのだ。
そこまで言うとオスマンは息を吐く。調子に乗った下級生がルイズ達の騒ぎに巻き込まれにいって塵と化すのは避けたい。口にはしないが、そう続けた。
「と、いうわけで。今回の停学は言い方は悪いが、聖女が身を持ってどうなるかを見せてくれたと、そういう意味合いで受け取ってくれ」
「はい、分かりました」
その言葉で少しだけ元気になったティファニアは、体ごとオスマンに振り向くと力強く頷いた。当たり前のようにポヨンと弾んだ。
では失礼します、とルイズ達四人とティファニアは部屋を出る。うむうむ、とオスマンはそんな一行を笑顔で見送った。
尻もいいのぅ、という呟きをしてしまったために扉が閉まった瞬間にマチルダに殴られたのは言うまでもない。
「災難だったわねぇ」
キュルケはそんなことをティファニアに述べる。対する彼女は、先程の話を聞いたからなのか幾分かすっきりした顔で首を横に振った。そんなことはない、とはにかみ、そしてルイズ達四人を見る。
「こうやって、みんなと一緒に騒げるのが凄く楽しいって、そう思えたから」
「……そっか」
ルイズはそう言って笑う。キュルケも同じように笑顔を見せた。
「……いや、これを楽しいって思うのはどうなん?」
「今更」
才人の呟きはタバサの言葉により無かったことにされた。まあ仕方ないと肩に手を置かれて首を振られた。
そもそも、辺境の村暮らしであったティファニアが外に出てまずやったことはレコン・キスタの掃討である。色々と常識を置き去りにしてきてしまっても不思議ではない。無垢な少女は染め上げられてしまったのだ。
「それに、ルイズ達も入学してすぐ停学になったんでしょ? お揃いよ」
「あ、うん。そうね」
「あなたがいいなら、まあ、それでもいいかしら」
「ん」
「よくねぇよ!」
そういう週刊少年漫画雑誌でやってる不良ものみたいな繋がりは駄目だろ。そう才人は叫んだが、生憎ハルケギニアの少女達は意味を理解してくれなかった。何言ってんだこいつ、と首を傾げられるだけである。
はぁ、と肩を落とし溜息を吐いた才人は、まあもうどうでもいいや、と蚊の鳴くような声で呟いた。
「それより、アンタはどうするのよ」
「へ?」
「処罰、あるんでしょ」
「そういやあの場ではどんな処罰か言われなかったな。……まあ、姫さまのよりはマシだろ」
売られていく仔牛のようなワルドを思い出し少しだけ同情したが、まあワルドだしいいやと才人は思い直す。あの後部屋にアンリエッタが残ったのを頭から追い出して、彼は一人安堵の溜息を漏らした。
「ま、妥当なところは学院の掃除とかかしらね」
「罰掃除か……」
「何日かかるのかしらねぇ」
「だよなぁ……ん?」
「ふぁいと」
「いや待った、何かおかしくねぇ?」
何が、と三人は首を傾げる。そんな彼女達を見てなんとも言えない表情を浮かべた才人は、じゃあテファ、と視線を動かした。
学院掃除って、つまり全部よね? 何の疑問も持っていない声色でそう述べられ、この場にまともな人間がいないことに絶望した。
「あれ? え? ち、違った?」
「間違ってないわよ」
「あたし達もそういう意味で話していたし」
気にするな、とルイズとキュルケが笑う。うむ、とタバサも頷いた。
頷き、そもそも、と才人に視線を向ける。これからの仕事に学院掃除が追加されると考えれば妥当だ。そう彼女が説明するのを聞き、ああ成程それなら確かにと彼も頷いた。
「これに懲りたら、あまり馬鹿なことしないようにするのよ」
「へいへい。ってお前が言うな!」
何でよ、何だよ、と騒ぐルイズと才人。それを見て、キュルケもタバサも、そしてティファニアも楽しそうに笑う。
笑い、しかしティファニアは一人、天を仰いだ。
「今度こそ、同学年のお友達、作らなきゃ」
翌日。ティファニア停学一日目。才人の処罰は予想通り学院掃除となったわけだが。
「あっはははははははははははっ!」
「笑い過ぎだろ!」
「いや、でも、でも……ふ、ふふふふふふふ」
「何だよもう……」
「ぷっ」
「笑うならいっそ派手に笑えよタバサぁ!」
学院廊下をモップ掛けするメイド服姿の少年が一人。それを見て大爆笑する女生徒が三人。
息が床につくほど長く溜息を吐いた才人は、もういいと肩を落としながらモップ掛けを開始した。服装こそアレだが、やることは別段変わらない。シエスタ達の手伝いでやっていたことと同じ、ただの掃除だ。
とりあえず廊下を一周。まあ生徒が通る場所なのでこの程度で終わりのはずはないが、ほぼ全域を行うのでそこまでこだわる必要はないらしい。曰く、その格好で学院中を掃除するのが罰なのだとか。その格好で、に重きが置かれているのは疑うべくもないので、とりあえず才人は諦めた。
「てか、これ姫さまのアイデアだろ」
そこは確信を持って言える。何せ、今日も今日とて彼女はここに遊びに来ているのだから。名目は『暇しているティファニアとお喋りするため』。
ああもう、とわざわざ見に来て爆笑する連中を無視しながらモップを掛け続けていた才人は、そこでん? と首を傾げた。同じようにモップ掛けをしているらしい人影が廊下を曲がるのを見たからだ。
罰掃除は自分一人のはずだが、一体誰が。そんなことを疑問に思った彼は、少しだけスピードを早めその人影に追い付こうと足を動かした。確かめるために動いてしまった。
廊下を曲がったその先に、こちらに背を向けて掃除をしているメイド服姿の人影が見える。どうやら身長は高く、そのシルエットはまるで。
「……」
そこまでを理解した才人は固まった。思わず持っていたモップを取り落とした。カラン、という音にその人影が振り向くのをぼんやりと見ながら、ああ成程、と何かを納得した。
姫さまがここに来た理由は。
「つ、使い魔……っ!? って、何だお前そのふざけた格好は」
「メイド服来た髭面に言われたかねぇよ!」
がぁ、と才人はワルドに吠える。廊下で、人が見ている中で。ルイズ達が何でいきなり走ったんだと追いかけてくる中で。
メイド服を着た才人と、メイド服を着たワルドが、廊下でお互いを見やり、そして。
「変態だな、使い魔」
「テメェもバッチリ変態だよ!」
ちなみに、ルイズ達は笑い過ぎて立てなくなったらしい。
そして思い切り遅刻した。
変態だー!! エンド