凄いなぁ、とマチルダの姿になったティファニアはそんな騒ぎを遠巻きに眺めていた。普段学院にいる女性の姿になったからなのか、彼女がティファニアだと分かる生徒はほとんどいない。たまに首を傾げる者がいる程度だ。
少し考えれば分かりそうなものなのだが、それだけ彼女の姿のインパクトが強かったのだろう。あるいは、そんな推理をする暇がないほど周囲の空気が燃え上がっているからなのかもしれない。
当初の目的ではここで誰か友人を作る予定であったが、どうやらその望みは叶わなさそうだ。そんなことを思い、ティファニアは軽く溜息を吐く。まあでも、ゆっくりと進めばいいのだ。時間はまだ沢山あるのだから。
とはいえ、じゃあ諦めるかといえば答えは否。キョロキョロと辺りを見渡し、誰かに声をかけようと視線を巡らせる。男女の区別がつかないこの場所で、果たして見た目で判断出来る確率はどれほどであろうか。
「……うーん」
そういえばオスマン学院長も女性になっていた、というのを彼女は思い出した。無闇に声を掛けていいものか。そんなことを思いながら、ふと一人の女性に目がとまる。
「あれって、確か、クルデンホルフさん……?」
何か偉そうな態度をしていたツインテールの少女を思い出す。今彼女の視界に映っているのはその時より成長したと思わる姿だったのだが、ティファニアはあれが本人であるという妙な確信を持った。家柄を誇っていたし、おそらく跡を継いだ辺りの年齢が理想だったのだろう。そう判断した。
無駄に自信満々だったし。という一言はギリギリで浮かばなかった。
そんな偉そうなオーラを相変わらず纏っている女性は、しかしホールの中心で起きている光景にドン引いていた。何だこれ、と奇妙なものを見る目でそこを見詰め溜息を吐いている。
ティファニアはそんな推定ベアトリスを見て首を傾げた。あれくらい別に普通じゃないか。そう彼女は考えたのだ。ルイズ達が騒ぐのはいつものことだし、アンリエッタとウェールズがラブラブしているのは極々当たり前だ。見た目が変わろうが、あの面々がやることを変えるはずがない。もし変えたのならば、それは表面上そう見えるだけの仕込みか何かだ。
大分常識に囚われなくなっていたアルビオンの聖女は、だから彼女の反応はきっと入学したばかりでまだ緊張をしていたのだという判断をしてしまう。ひょっとしたら、彼女とはお友達になれるかも。そんなことを思いながらティファニアは推定ベアトリスに近付いていく。
「ここ、よろしいですか?」
「へ? ……ええ、よろしくてよ」
ニコリ、と微笑んだティファニアは、何か飲み物はいるのかと彼女に尋ねた。じゃあワインを、ということで自分と彼女の分のワインを用意したティファニアは、それを手渡しながら言葉を続ける。
「もしよければ、お話でもしませんか?」
「構わないけれど。貴女は? わたしは見ての通り、ベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフよ」
「ああ、よかった。やっぱりそうだったのね。よろしくクルデンホルフさん、わたしは――」
何だその馴れ馴れしい呼び方。そんなことを思ったベアトリスがピクリと眉を動かしたのと、ティファニアが名乗ろうとした丁度そのタイミングで。
ダンスホールに、竜巻が生まれた。
「つ、つつつ、使い魔ぁぁぁぁ!」
叫びが響く。何だ何だとその声の主へと皆が視線を向ける中、才人は冷や汗を垂らしながらゆっくりとカトレア状態のルイズから体を離した。何で離れるのルイズ、とルイズが文句を言っていたが、正直その軽口に彼は答える余裕が無い。
普段見慣れているより少し成長した『ルイズ』が、どこかで見たような剣杖を構えてこちらを射殺さんばかりに睨んでいたからだ。
「……えーっと」
分かっている。分かっているのだが、しかし。それを口に出していいものかと才人は悩んだ。もしそうならば、自分とこいつが同レベルの発想をしているということになってしまうからだ。
だがしかし、自分の中でそれを肯定する声が響く。落ち込む気分を煽るような声が聞こえる。お前もあいつと同じだな、そう言って笑う自分が見える。
ぶんぶんと頭を振って散らした。その拍子にピンクブロンドがさらりと流れ、ああやっぱルイズって綺麗だな、とある意味自画自賛のような言葉が頭を過ぎった。
「一応聞くが……ワルド、だよな?」
「他の誰に見えるというのだ使い魔ぁ!」
「ルイズに決まってんだろうが!」
お前馬鹿だろ。そう続けた才人は溜息を吐いた。頭痛を堪えるように頭を押さえると、それで一体何の用だと問い掛ける。愚問なのは分かっていたが、しかしそれでも一応聞いてみる。
当然のことながら、ワルドはふんと鼻を鳴らすと長く綺麗なピンブロンドを掻き上げた。優雅なルイズともいえるその仕草に、才人は一瞬目を奪われる。奪われ、そして中身の事を考え吐きそうになるのを必死で耐えた。
「貴様がその姿をしていること、それがこれ以上ない理由だ」
「……だよなぁ」
肩を落とし、頬を掻いた。ルイズ命のこの男の目の前でこんな格好をしていれば、こうなるのはむしろ必然。とはいえ、なろうとしてなったわけではないので、正直どうしようもないことであった。
ではそのことを説明しようか、とはならない。言っても無駄であろうし、何より『なろうとしてなったわけではない』というのは少し違う気がしたのだ。
「そういや、よく俺だって分かったな」
「ふん、当たり前だろう。その見た目がどんなに美しい姿であっても、薄汚い使い魔の臭いは隠せるものではないからな」
「……臭いってお前」
「熟練の風メイジには造作も無い」
自慢気にそう述べるルイズの姿をしたワルド。それを見たルイズの姿をした才人は視線を横にいる『イザベラ』に向けた。その視線の意味を察し素に戻ったタバサは、んなわけねぇだろと全力で首を横に振った。
だよなぁ、と肩を落とした才人は、まあいいやと視線を戻す。それで、結局お前は何をしたいんだ。そう言いながら、ゆっくりと体を半身に構えた。
「決まっているだろう。愛しいルイズの姿を真似た醜悪な貴様を、退治してやるのさ!」
「はっ! ムカつくからぶっ倒すでいいだろうが。俺はそうだぞ、テメェがムカつく!」
言葉と同時に才人は踏み込んだ。ドレス姿になっても腰に下げられたままであった日本刀の鯉口を切ると、そのまま一気に引き抜いた。真一文字に剣閃が煌めき、その剣圧で大気が震える。
そんな居合を、しかしワルドは鼻で笑うと剣杖で受け止めた。ギリギリと双方の得物がぶつかる音が響き、それに合わせるように周囲の空気が重くなる。
ちなみに、二人共ドレス姿のルイズである。
「凄い光景ねぇ」
『ルイズ』は刀を振るい、『ルイズ』はそれを受け止めながら風呪文を放つ。どちらの『ルイズ』も一歩も譲らず、一進一退の攻防を続けていた。
そんな二人を見てぽつりと呟いたキュルケは、で、どうするのかと隣の『カトレア』に問い掛けた。呆れたような表情を浮かべていたルイズは、まあなるようになるでしょうと肩を竦める。いい加減毎度のこと過ぎてどうでもよくなったらしい。
「ユビキタス・デル・ウィンデ……!」
才人の目の前で大人ルイズが五人になった。思わず目を見開いたその隙に、本物の『ルイズ』が『ルイズ』を蹴り飛ばす。盛大に吹き飛んだ『ルイズ』は、ドレス姿なので色々をおっぴろげながらホールの床を転がった。
「ってぇなこの野郎!」
「ふん。どうせ死なんだろうから問題ない」
「いてぇっつってんだろうが!」
跳ねるように起き上がった才人は、刀を握り直すと一足飛びで間合いを詰める。ワルドはそんな彼を見て舌打ちをし、遍在を盾にしながら距離を取った。邪魔だ、と才人は目の前の遍在に向かい刀を振るい、それを切り裂く。
ドレスが弾け飛んだ『ルイズ』は、そのまま肉体も切り裂かれ風に消えた。
「……ねえルイズ」
あれいいの? そんなことを思いながらキュルケは視線を再度横に動かし。
「わ、わたしがパンツ丸出しで吹き飛んで……わたしの服が切り裂かれて色々丸見えで……っ!」
「……駄目、みたいね」
「むしろ問題ないとか言ったらその方がマズい」
相変わらず鬱陶しい動きをする奴だ。そんなことを思いながらワルドは遍在に指示を出した。その命令通り、『ルイズ』は一撃離脱を繰り返しながら才人の間合いの外から攻撃を続けている。
風の刃で徐々に切り裂かれ身動きの取れない才人は、そんなワルドを見て舌打ちをした。せこい手使いやがって。そう悪態をつくが、しかしそれで戦況が変わるわけでもない。
移動を潰すためか、足を重点的に狙われたおかげで既に服はボロボロだ。長かったスカートはもはや服の役割を果たしておらず、多分才人のイメージのルイズが身に着けているのであろう左右が紐になっている下着が顕になっている。色は薄ピンクだ。
では上半身はダメージを受けていないかといえばそんなことはない。回避を続けていても受けるダメージは徐々に増え、前面は風の刃でパックリと裂かれていた。パンツと同じく薄ピンクのブラが動く度にチラチラと見えてしまう。
「無様だな使い魔」
「うるせぇよ。……スカートってこんな動きづらいもんだとは思わなかった」
「うむ、まあな。流石にこの格好だと俺も二つ名のように閃光とはいかん」
「だから遍在でジワジワってか。きったねぇな」
「ふん、負け犬の遠吠えは終わりか?」
杖を構える。遍在『ルイズ』も同様の構えを取りながら、ゆっくりとその包囲を狭めていった。距離を保ったままでは決定打とならない、そう判断したが故の行動である。当然それは才人の間合いに入ることを意味し、向こうに逆転の目を与えることにもなるのだが。
それでも、ワルドはそれを選んだ。最終的には真っ向から叩き潰すことを望んだのだ。
「ふ、死ねぇ使い魔!」
「死ぬかっ!」
四方から襲う剣杖の一撃。それをぐるりと目で確認した才人は、姿勢を低くすると滑るように一体の『ルイズ』に近付いた。刀を真っ直ぐ構え、攻撃をするのではなく、移動だけを考えて。
『ルイズ』の胸に刀が突き立てられ、そのままゆっくりと後ろに倒れた。床に体がつく前にそれは掻き消え、ポッカリと空間の隙間が出来る。
刀を瞬時に逆手に持ち替えた。一緒に倒れる寸前であった体を強引に止めると、そのまま逆手の刀を独楽のように回転させながら振り切る。隣にいた『ルイズ』の首にそれは突き刺さり、ぐらりと倒れ掻き消えた。
「わたしがドンドン死んでく……」
そんな本物の呟きなど知らんとばかりに、才人は残りの遍在に斬り掛かった。遍在は斬撃を受け止め、そしてワルドはその隙にとどめを刺さんと剣杖を振り上げる。もらった、と真っ直ぐそれを振り下ろす直前、彼は何故か猛烈に嫌な予感を覚え後ろに下がった。
腰に下げていた日本刀、その鞘を片手で掴んだ才人は、それを思い切り振り抜いた。武器をぶつけあい拮抗していたそこに不意打ち気味の一撃。遍在は吹き飛ばされテーブルに激突、勢いを保ったまま背後に追撃を行ったそれは、ワルドが一歩下がっていたために空を切った。
「ちぃ!」
「ちっ……」
お互いが同時に舌打ちをする。距離を取り、しかしもう遍在を唱える隙がないことを悟ったワルドは剣杖に風の刃を纏わせる。それを見て息を吐いた才人は、右手に刀を順手で、左手に鞘を逆手に構え、ボロボロの足に力を込めると真っ直ぐ前を睨んだ。
「何だそれは?」
「……二刀流、っぽい何か!」
「つまりただの思い付きか」
「悪いか!」
「……さてな」
薄く笑ったワルドは表情を真面目なものに変えると才人と同じように真っ直ぐに相手を睨んだ。剣杖を才人に突き付け、行くぞ、と短く述べる。来い、と彼もそれに短く返した。
水を差すようであるが、絵面は下着が見えるほどボロボロの『ルイズ』と、若干大人っぽい『ルイズ』が真剣な表情で睨み合っているという図であり、男同士の決闘らしさは欠片もない。
先に動いたのは才人。一足飛びで距離を詰めると、袈裟斬りに刀を振るいワルドの剣杖を叩き落とさんとする。場合によっては腕ごと、そんな勢いで繰り出されたそれは、しかし真正面からワルドが受け止めたことで目論見は露と消えた。
まだまだ、と左手の鞘を振るう。相手のこめかみを狙ったそれは、当たればまず間違いなく昏倒させる。それほどの一撃だ。
ワルドはそれを避けるでもなく、一歩前に足を進めた。お互いの距離をゼロにされたことで、その鞘の一撃は威力を殺され届かない。二撃を放ったことで体勢が崩れているのを確認したワルドは、今度こそもらったと左拳を目の前の相手の腹にねじ込んだ。
「がはっ」
肺の空気が一気に押し出される。思わず腹を押さえるように手を動かしてしまった才人は、その瞬間しまったと目を見開いた。
杖に竜巻を携えた『ルイズ』が、勝ち誇ったように笑っていた。
「終わりだサイトぉ!」
「な、めんなワルドぉ!」
刀を振り上げていては間に合わない。突きをするには向きが悪い。そう判断した才人は、横になっていた刀をそのまま突き出した。正確には、武器を持っている両手を相手に向かって突き上げた。
拳の一撃なのか、それとも武器の一撃なのか。そんなことも定かではないそのがむしゃらな攻撃は、当たり前だが構えているワルドのそれに及ばない。だというのに、その気迫は彼に勝るとも劣らずで。
一瞬、ワルドは躊躇ってしまった。押し負けるかもしれない、とほんの僅か動揺してしまった。
「しまっ……!」
決定的なチャンスを逃したワルドの一撃は、才人の一撃とぶつかり合う。ガチガチと二つの得物がこすれ合う音が断続的に響き、両者が拮抗していることを周囲にも感じ取らせた。
この拮抗が崩れる時、それが決着の時だ。そんなことを周りは思った。キュルケも、タバサも、ルイズですらそう思った。
だから、ゆっくりと杖を構える女性の姿に気付くのが遅れた。
「いい加減に――」
構えた杖に込められた精神力が膨れ上がっていく。ん? とルイズ達が視線をそこに向けた時には、既にそれは放たれようとしているところであった。
「え? マチルダさ――じゃない、テファ!?」
何をしているのか、とルイズが言い切る前に。
友達になるための会話に水を差され、では騒ぎが終わったらと待っていたのに一向に終わらず。段々膨れ上がっていたティファニアの怒りが、そこで爆発した。
アンリエッタから『始祖の祈祷書』を押し付けられ学ばさせられた、虚無の初歩の初歩の初歩。『忘却』では相手をぶちのめせないだろうと笑顔で叩き込まされた攻撃呪文。
「しなさい!」
エクスプロージョン。そう呼ばれる呪文により、才人とワルドによる三度目の決闘は両者が吹き飛ぶという形で幕を閉じた。
何度も言うようであるが、現在の二人の姿は『ルイズ』である。ボロボロになった『ルイズ』二人がバタリと揃って倒れる様は、青少年には案外目の毒であったとここに記載しておく。
爆発オチなんてサイテー!