ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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奇蹟のカーニバル
 開 幕 だ


その2

 舞踏会までの間、ベアトリスはティファニアの現状を学院の外に置いてある大公国親衛隊に調べさせた。その結果、彼女は着の身着のままで学院にやってきていることが判明したのだ。

 これはいける、とベアトリスはほくそ笑んだ。騎士団も持たずにこんな場所にやってくるような聖女が一体どこにいるというのか。自身の身分というのを蔑ろにした行為であり、人の上に立つ者として相応しくないではないか。そんなことを結論付けたのだ。

 口には出さない。周りが同調するにはいささか弱いということを彼女なりに理解していたからだ。それでも、自分の方が優っているという優越感に浸ることは出来た。

 この調子で舞踏会は完全勝利と行こうではないか。ベアトリスは己自身をそう奮い立たせた。貴族としてしっかり育てられたわたしに、死角はない。高笑いを上げながら一人胸を張った。

 

「ごめんなさい。わたし、まだダンスとか上手く出来ないの」

 

 その後、多数の男子生徒に言い寄られているティファニアがそう言っているのを耳にした。何でも少し前まで村娘として過ごしていたのだとか。父親であるモード大公がどうなったかを知っている者はそれを聞いて申し訳ないと頭を下げたが、彼女は気にしないでと笑う。それがまた可愛らしく、男子生徒は更に彼女に熱を上げる。

 勝った。これは勝った。ベアトリスは隠し切れない歓喜でひくつく頬を必死で抑えた。舞踏会の主役はこのわたし、ベアトリスだ。そう確信を持った。

 

「見ていなさい聖女。このわたしが勝ち誇る様を!」

 

 スキップしながら寮の部屋に戻る彼女は知らない。

 ここトリステインでは常識に囚われた者は尽く碌な目に遭わないということを。

 変人共が一堂に会そうとしている舞踏会が、まともなものであるはずがないということを。

 

 

 

 

 

 

 さて、そんな何も知らない哀れな子羊のことなどお構いなしに、舞踏会の日はやってくる。朝から今までずっと騒がしい生徒達の姿を横目で見ながら、才人は隣にいるご主人に声を掛けた。どうにも気になっていたことを尋ねた。

 

「なあルイズ」

「何?」

「服装って、どうすんの?」

「正装するに決まってるじゃない」

「……変装って、服そのままなのか?」

 

 例えば少女が憧れの男子生徒になってしまった場合、絵面が物凄いことにならないだろうか。才人はそんな心配を抱いたのだ。場合によっては仮装した途端服がミチミチと弾け飛ぶ可能性だってある。

 

「アンタが何を想像しているのか知らないけど、きちんと全部変わるわよ。服装も、体型もね。というか、そうじゃないと舞踏会が悪魔の宴になるじゃない」

「そ、そうだよな。よかったー」

 

 割と本気で心配していた才人は、ルイズの言葉に胸を撫で下ろした。ぴっちぴちのドレスを着た髭面マッチョマンとタキシードのイケメンが華麗にダンスを踊る光景は繰り広げられないんだ。そんなことを呟きながら、心底安堵したような表情を浮かべた。

 

「何? アンタそういうの見たかったの?」

「見たいわけねぇだろ!」

 

 そういうのを好む一部の趣味嗜好は持っていない。そうよね、と笑うルイズに勘弁してくれと肩を落としながら返した才人は、しかしん? と首を捻った。

 服装がまともになるだけでその光景自体は普通にありえるんじゃないのか、と。

 

「かも、しれないわね」

「……マジかよ」

 

 やっぱりやめようかな、と彼はぼやいたが、しかしそれが叶わないということは自身がよく分かっていた。

 既に先程仮面を付けた変人が夫を伴って才人に念押しをしていたからだ。出ないと困ってしまいますわ、と。

 

「誰が困るんだろうな……」

「姫さまでないことは確かでしょうね」

 

 だよなぁ、と彼は諦めたように溜息を吐いた。まあ腐っていても仕方ない。こうなれば楽しむべきだ。そう考え直し、才人は勢い良く立ち上がる。

 

「あ、そうだ」

「ん? まだ何かあったの?」

「いや、服まで変わるんなら正装する意味なくねぇ?」

「あのねサイト、貴族として、そんな考えで舞踏会に向かっていいと思うの?」

 

 むう、と才人は唸る。自分はただの高校生なので貴族としてというのはそこまでであったが、しかし彼女の言う意味は何となく理解出来たからだ。まあ確かにそういう考えは日本人としてもだらしないというか、駄目というか。そんな風に思ったのだ。

 分かったらちゃんと着替えなさいよ、というルイズの言葉に頷くと、じゃあそろそろ行きますかと席を立つ。こういう時のために彼女が用意してくれたタキシードを部屋で受け取り、別の部屋で着替えを済ませた。

 着替え終わったルイズと才人は、途中で合流したキュルケやタバサとダンスホールに向かう。入り口はカーテンで仕切られ、一人ずつそこに入っていくように改装されている。舞踏会ということで教師の人々もノリノリらしく、才人はそんな姿を見て苦笑を浮かべた。

 ではお先、とキュルケがカーテンに消えていく。じゃあ次、とルイズがそこに向かい、タバサがその後に続いた。慣れている三人と違い少しだけ迷う素振りを見せた才人も、よし、と気合を入れてカーテンを潜る。

 そこにあったのは大きな鏡。布がかけられ見えなくなっているが、どうやら理想の姿を思い浮かべたらそれを外し鏡を見るらしい。

 

「理想、理想、か」

 

 誰になりたい、という明確なイメージはやっぱり沸かない。とりあえずなってみたいものを想像し、大体こんな感じかと頷いた。

 よし、と布を取る。虹色に光る鏡面が顕になり、それは彼の姿を移すと光り輝いた。その眩しさに思わず目を閉じた才人は、すぐに光が収まったのを感じ目を開ける。今のが変装のための魔法だったのだろうか、そんなことを思いながら鏡に視線を移し。

 

「……げ」

 

 ピンクブロンドの少女が自分と同じポーズを左右対称で取っているのを見て、才人はその顔を引き攣らせた。

 

 

 

 

 

 

 ダンスホールをこそこそと歩くピンクブロンドの少女。『彼女』は視線を下に向け、ドレス姿であることを再度確認し溜息を吐いた。

 

「いやまあ確かにルイズくらい強くなるのが理想って思ったさ」

 

 だからって本当にルイズにならなくてもいいじゃないか。そんなことを呟きながら才人は肩を落とす。とりあえず知り合いに見付からないようにしておこう、そんな決意をして彼は壁にもたれかかった。

 

「ふぅん。サイトはルイズになったのねぇ」

 

 よくよく考えれば当たり前のことである。四人でダンスホールに向かったのだから、最後の才人を残り三人が待ち構えていないはずがない。それを失念していた彼は、しまったとばかりにその声へと視線を向けた。声の調子からすると、恐らくキュルケだ。そんな当たりをつけて振り向く。

 

「理想って、強さかしら。それとも、うふふ」

 

 小柄な青髪の少女が非常にアンバランスで蠱惑的な笑みを浮かべていた。普段しているメガネがないのは、彼女がそれをしていなかったからであろうか。

 とりあえず外見も中身も自分の知り合いであると確信を持った才人は溜息を吐き、別にそういうのじゃないと返した。返して、それよりも、と『タバサ』を見やる。

 

「キュルケは何でタバサ?」

「可愛くない?」

「……いや、まあ、そりゃ」

 

 可愛くないというのは嘘になる。が、それを口にすると何だか余計な誤解を生みそうだったので彼は言葉を濁した。何だか歯切れ悪い、とキュルケは不満そうに唇を尖らせる。見た目はタバサのため、そのギャプが物凄いことになっていた。

 

「何か頭痛くなってきた」

 

 キュルケでこれなら他の二人はどうなるんだ。そんなことを思いつつ、才人は彼女にそれを尋ねた。ルイズとタバサはどうなってるのか、と。

 キュルケはその言葉を聞きニンマリと笑みを形作る。やはりタバサの姿ではまず見られないそれに若干引きつつ、彼は彼女の次の言葉を待った。

 

「……まあ、でも多分あたしよりはインパクト薄いわよ」

 

 ほら、と少し離れた場所を彼女は指差す。

 そこには、タバサより幾分か年上の青髪の少女が、カトレアと談笑しているところであった。

 

「あれって確か」

「イザベラ王女ね。タバサの従姉の」

「成程」

 

 つまりあの二人の理想はどちらも『姉』であったらしい。サイト来たわよ、というキュルケの言葉に振り向いた二人は、そんな彼の姿を見て目を見開く。

 つかつかと歩いてきた彼女等は、しかし反応は真逆であった。『イザベラ』はざっとその姿を見て成程と頷くに留めたが、もう一人は。

 

「何でわたしなのよ!」

「いや、そんなこと言われても……」

 

 眉尻を上げた『カトレア』は、そう言って『ルイズ』に文句を述べた。しょぼんと項垂れる『ルイズ』見て表情を戻した『カトレア』は、まあしょうがないわねと息を吐く。

 まあこれはこれで貴重な体験かも。そう言いながら、『カトレア』は『ルイズ』の頭を撫でた。優しく撫でられたそれに、『ルイズ』の顔がふにゃりと緩む。

 

「自分で自分を撫でるって新鮮ね」

「いや、今ルイズはカトレアさんじゃん」

「そうだったわね。じゃあ問題ないか」

 

 何が問題ないのだろうか。キュルケもタバサもそう思ったが、ルイズのことなので特に深い意味もないだろう。そう判断しツッコミを入れるのはやめておいた。

 

「ふふっ。ルイズは可愛いわね」

「ノリノリ!? ……えっと、じゃあ……ちいねえさま、大好き」

「…………」

「る、ルイズ?」

「――違うでしょサ、じゃないルイズ。貴女はルイズよ」

「……はい、ちいねえさま」

「ルイズ」

「ちいねえさま」

「ルイズ!」

「ちいねさま!」

 

 そうして抱き合う姉妹。ルイズ、ちいねえさま、と言いながらグルグル回るその姿は、本物の二人を知っていればいるほどドン引きしてしまう光景で。

 イベントの魔力って怖いわね、そんなことを思いながらキュルケは隣のタバサを見やった。

 

「……タ、タバサ?」

「違うでしょう? イザベラ姉さまって、呼んでくれないと。ねえ、シャルロット」

「こっちもおかしい!?」

「シャルロット!」

「え!? ちょ、待って! タバ、え? あ、いやそうじゃなくて、あー、もう! やめて! やめて!? イ、イザベラ姉さま!」

 

 

 

 

 

 

 うわぁ、と見た目仲睦まじい姉妹二組を見ながら、『アンリエッタ』は頬を掻いた。普段以上に凄いことになっているな、と苦笑しながらそんなことを呟く。そのままゆっくりとテーブルのワイングラスを手に取り、そっとそれに口を付けた。

 まるで可憐なお嬢様のようなその仕草に、舞踏会の参加者達は皆一様にこう思う。

 誰だこいつ。

 

「周囲の視線に何だか不快なものを感じますわ」

 

 眉を顰めながら、『ウェールズ』はそんな『アンリエッタ』に寄り添った。まったく、どう見ても普段通りのアンリエッタではないですか。そんなことを続けながら、『ウェールズ』はねえ、と『アンリエッタ』に同意を求める。

 

「……ああ、うん。そうだね」

「何で歯切れが悪いのですか」

「いや、僕では君の可憐さをとても真似出来ないからね」

「まあ、ウェールズ様ったら」

 

 そう言って口元に手を当てた『ウェールズ』はクスクスと笑う。どちらかというと中性的な魅力に溢れているウェールズの姿だからこそ何とか見られるものであったが、しかしそれでも本人としては自分が女性的な仕草で笑うのはちょっと、と思わないでもなかった。

 だから『アンリエッタ』は、『ウェールズ』に済まないが、と述べる。僕の姿でその仕草は控えてもらえないか。そう続けた。

 

「あらごめんなさいウェールズ様。わざとですわ」

「……ああ、知ってた」

 

 自分の夫で自国の王にオカマ疑惑を植え付ける王妃。何とも業の深いものであるが、しかし当の本人はそれを許しているのか勘弁してくれと苦笑するだけに留めていた。

 まあこれも惚れた弱みというものなのだろう。そんなことをウェールズは思う。

 

「だって、ね。ウェールズ様」

「ん?」

「貴方には、わたくしだけを見ていて欲しいもの。他の女性に言い寄られないように工夫をするのは、女として当然です」

「心配しなくても、僕はアンリエッタ以外は目に入らないよ」

「それでも、です。女というのは、案外嫉妬深いものなのよ」

 

 そう言ってアンリエッタはウェールズにしだれかかった。そんな彼女を優しく抱きとめたウェールズは、その腰に手を回すとそっと口付ける。おお、という歓声がどこからか上がった気がしたが、二人はそんなものを気にしなかった。

 ちなみに現在二人の姿は逆である。傍から見れば女性らしい仕草で『ウェールズ』が『アンリエッタ』にしだれかかり、それを抱きとめた『アンリエッタ』が『ウェールズ』にキスをするという。何だかとても倒錯的な光景が繰り広げられていた。

 

「ところで、『ウェールズ様』」

「ぷっ。……何ですか? 『アンリエッタ』」

 

 唇をお互い離した二人は、コホンと咳払いをすると姿勢を正す。その切り替えの速さは流石王族といったところであろう。とはいえ、『アンリエッタ』は変わらず可憐な乙女のような雰囲気で、『ウェールズ』はどこぞの双王のような胡散臭さが浮かんでいたが。

 ともあれ、ウェールズはアンリエッタに問い掛ける。護衛の皆もここに参加しているのか、と。

 

「いえ、恐らく外で警備をしていると思いますわ。……この空間は護衛の衛士隊より強力な味方がいますもの」

「ははは、確かにそうだ」

 

 味方になるかどうかは目の前の『自分』になっている彼女次第だが。そんなことを脇に置いてウェールズは笑う。どちらにせよ、護衛の意味はあまりない。

 あ、でも。とアンリエッタは思い出したように言葉を紡いだ。参加したかったらしてもいい、と通達はしておいた。そう続けて楽しそうに笑った。

 

「アニエスは物凄く嫌そうな顔で遠慮しておきますとか言っていましたけれど」

「あははは」

 

 その光景が容易に想像出来る。そう言って彼は笑った。口元に手を当てクスクスと笑うそれは美しく、どうやらウェールズも『アンリエッタ』を楽しんでいるようだ。それが分かるので、アンリエッタも少し姿勢を正すと『ウェールズ』らしく微笑んだ。

 

「さ、ではダンスを踊ろうか『アンリエッタ』」

「――ええ、喜んで。『ウェールズ様』」

 

 手を取り、二人は歩みを進める。周りの喧騒など気にせず、優雅な仕草で躍り出る。『ウェールズ』と『アンリエッタ』、その中身がアンリエッタとウェールズであることなど微塵も感じさせない。

 思わず周囲から感嘆の溜息が漏れた。その美しさに、ほぼ全ての生徒達が見惚れた。

 そうして二人は踊る。彼と彼女が主役であるかのように、優雅に、可憐に。

 

「そういえば」

「どうしたんだい?」

「ワルド子爵は、多分参加すると思いますわ。この場にルイズとサイト殿がいるもの」

 

 その言葉を聞いて物凄く嫌な予感が頭を過ぎってしまったウェールズは、よろけてペタンと尻餅をついてしまった。

 アンリエッタの姿で、である。いたた、と腰を擦るその姿に、男子生徒のボルテージが一気に上がったのは言うまでもない。




これってTSネタになってしまうんだろうか

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