ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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エピソード2エンディング、みたいな。

そんなわけで短いです。


その5

 以上が、今回の顛末です。そう述べたタバサは、イザベラに綴られた書類を渡す。ご苦労、とそれを受け取った彼女は、少し何かを考えるようにそれに目を通した。

 

「まあ、概ね同じことが書かれているわね」

 

 犯人の死因は相手の過剰な魔法行使による『事故』となっていたりするが、それ以外の本筋は書き換えられてはいない。吸血鬼事件を偽装し、過去研究されていた死霊魔術を再現しようとしていた老婆のメイジは、油断から派遣されてきた騎士達に馬脚を晒してしまった。その結果、北花壇騎士七号タバサ及び、傭兵メイジのフランソワーズとフレデリカ、その従者の剣士サイトの四名により討伐された。そう記されていた。

 

「まあ、公の書類としてはこんなものかね」

「……流石に、あれは話せない」

 

 協力者はもう一人。村で隠遁、静養していた吸血鬼エルザ。老婆は彼女の存在を知り、死霊魔術の新たな材料にしようと画策したが、結果として返り討ちにあってしまった。

 正確には、彼女に食料として『食べられた』。そして、提供したのは。

 

「出来れば、ちゃんと捕縛して色々聞き出したかったところなんだけど」

「……ごめんなさい……」

「ああ、別に責めているんじゃないよ。どうせ最終的には死罪になっただろうし」

 

 ある程度の情報は集まっているのだから、気にするな。手をヒラヒラとさせながらそう続けたイザベラは、そういえばと何かを思い出すように書類に目を向けた。

 老婆の息子、アレクサンドルは一体どうなったんだ。文章を読み直しながらそうタバサに尋ねると、彼は別に特筆することはなかったと答えが返ってきた。そもそも、あの二人は親子ではなかったのだとか。

 

「じゃあ、何で一緒に暮らしてたんだい?」

「母親だと思い込ませて、自身の身分を偽装していたらしい。本物の母親はとっくに亡くなっていた」

「成程ね。シャルロット、ちょっとその部分も書いて頂戴」

「分かった」

 

 はい、と渡された書類にペンでサラサラと筆記をしていく。出来上がったそれを見て、まあこれでいいだろうと頷いたイザベラは、それらを纏めると執務室に騎士を呼んだ。ジョゼフ一世様にこれを、と書類を渡し、再び騎士が部屋を出るまで目で追った後、力尽きたように机に倒れ込む。

 

「イザベラ姉さま!?」

「大丈夫。ちょっと疲れただけよ。事の顛末を面白おかしくする為に吟遊詩人を集め出した王と宰相を包囲して、その他無駄な命令を出してたのを一つ一つ潰してただけだから」

「……父さまの馬鹿」

「シャルロット達の手際が良かったのが幸いしたわ。日数が掛かれば掛かるほど厄介になってたでしょうから」

 

 ぐだりと机に体を投げ出したまま、イザベラはそう言って笑う。笑い事じゃないと思う、とタバサはそんな彼女を見て溜息を吐いた。

 

 

 

 

「へぇ、吸血鬼と友達になったんですか」

「ああ、うん。ってか、驚かないのな。こっちの人は吸血鬼って聞くと拒否反応を示すってルイズから聞いたんだけど」

 

 だったら何でわたしに言っちゃうんですか、とシエスタは笑う。そういやそうだ、と才人も笑った。

 笑いながら、多分シエスタなら大丈夫だと思ったんだ、と彼は続ける。

 

「あら。それは、信頼の証ということですか? それとも、親愛?」

「信頼、かな? いやまあ別に親愛がないってわけじゃないけど、どっちかというならって話」

 

 なんせ、この学院でルイズを叱り付けられる唯一と言っていい存在だし。そんなことを言いながら、才人は洗い終わった洗濯物を広げて干していく。この半月である程度勝手の分かった少年は、余裕があると使用人達、というよりシエスタの手伝いに回っているのだ。

 そんなシエスタだが、彼の言葉を聞いて少しだけ心外だと言わんばかりの表情を浮かべた。まるでルイズ様が無鉄砲で考えなしな傍若無人の権化みたいな言い方じゃないですか、と彼女は続ける。

 

「そこまで俺言ってないと思うんだけど」

「あら。それは失礼しました」

「いや、この場合ルイズに失礼なんじゃ……」

「サイトさん。誤解をされては困ります。わたしは、ルイズ様をこの学院の、いえ、全ての貴族様の中で一番慕っているんですよ」

「……一番、ねぇ」

 

 チャンスがあれば全力でルイズをからかいにかかる普段の姿を見ていると、どうにもそんな風に見えない。そうは思ったが、彼女のその言葉は真剣そのもので、そう考えると成程あの普段の態度も信頼の現れなのかもしれないな、と思い直した。

 

「ほらサイトさん。手が止まってますよ」

「あ、ごめん。えーっと、次は」

「はい、これです」

 

 新たに洗い終わった洗濯籠を才人に手渡す。よし、とそれを広げ干し始めた彼を見ながら、シエスタはそれで、と述べた。

 

「その、吸血鬼さんはどうなったんですか?」

「へ? あー、うん。あの事件の関係で、エルザは村からいなくならなきゃいけなくなったんだ」

「吸血鬼だとバレてしまったから、ですか」

「正確にバレたわけじゃないけどな。でもまあ、似たようなもんか」

 

 おかげで、帰る時の空気の悪さったらなかった。そう言って才人は苦笑した。せっかく名を上げてやろうと思ったのに、とぼやきながら別の洗濯物に手をつける。

 それで結局、行き場のなくなったエルザをどうするかと皆で話し合って。そこまで言うと、才人は少し考え込むような仕草を取る。ひょっとしてもう聞いてる? と隣にいるシエスタに問い掛けた。

 

「いえ、わたしは、何も、聞いてませんよ」

「……あの、シエスタさん?」

「どうしました? 早く続きを教えてください」

「あ、はい。結局ルイズの勧めで、ヴァリエール領の住人になるように、と。殺人さえ犯さなければ、血液を提供してくれる奇特な連中がいるから、ということで……ええっと、昨日から、実家にエルザを連れて行ってるんだけ、ど」

「成程。そして、その間サイトさんはお留守番で、わたしは何も知らされずに今日やっとルイズ様が居ない理由を聞かされた、と」

 

 普段の彼女らしからぬその声色を聞いて、才人はもうこれは間違いないと確信を持った。ああ、自分は今地雷を踏み抜いたのだ、と。

 ジャブジャブと洗っている洗濯物は先程から全く変わっていない。延々と同じものを洗濯板にこすりつけている。あのままだとそう遠くない内に服に穴が開くであろうと予想出来た。

 ふ、とシエスタは薄く笑う。持っていた服を濯ぎ、お願いしますと才人に渡すと、別のものの洗濯に取り掛かった。女子生徒の下着、俗に言うパンツである。ついでに言えばその下着に彼は見覚えがあった。

 

「それって、ルイズの……」

「よくご存知ですね。やっぱり普段から見てるんですか?」

「さらっと俺を変態みたいに言うのやめてくれませんかね!」

「でも、サイトさんは依頼の最中に小さな女の子とイチャイチャしていたという噂が」

「誤解だ!?」

 

 そもそも俺は大きな胸が好きなんですよ、とセクハラ一歩手前な発言をし始めた才人に向かってそんなことはどうでもいいと言い放ったシエスタは、それよりもこれです、とルイズの下着をヒラヒラと掲げる。

 

「これに、こう、切れ目を入れたらどうなると思います?」

「……動いたら、パンツ落ちるんじゃないっすかね」

「そうですね。サイトさん、どうです?」

「え? あ、はい、いいんじゃないですか?」

「よし、言質取った。ではサイトさんの許可も頂いたので、さくっとやっちゃいましょう」

「さり気なく共犯者というか主犯にされてる!? 待って! やめて! そんなことしたら俺ルイズに殺されちゃうから! デルフに『小僧との付き合いもこれまでだなぁ』とか言われながら真っ二つだから!」

「大丈夫ですよサイトさん。首の骨くらいで済みます」

「だから首の骨折れたら死ぬの!」

 

 そうして必死で叫びながらルイズの下着を才人が取り返した頃には、昼食の準備をしなくてはいけない時間になっていたとかいないとか。

 

 

 

 

「遅くなっちゃったわね」

 

 ヴァリエール領から学院への帰路、用意してもらった竜籠の中でルイズは固まっていた体を伸ばした。陸路を馬車で進んだ場合、用事を済ませ往復するのにかなりの日数が掛かってしまう為、少々無理をして乗り込んだ竜籠であったが、これはこれで案外乗り心地がよろしくない。

 恐らく費用をケチったのが原因だろうとルイズはあたりを付け、まあしょうがないと溜息を吐いた。

 

「エルザを迎え入れるのにお父様とお母様に無理言っちゃったし、このくらいは自費でどうにかしないと」

 

 ちなみに『このくらい』程度の料金で済まない金額が掛かっているのだが、その辺りは腐っても公爵令嬢ということなのだろう。

 ともあれ、肩の荷が下りたと言わんばかりにもう一度伸びをしたルイズは、さて後は学院に着くまで一眠りしようかと壁にもたれた。その拍子に、背中の大剣がゴツンとぶつかる。

 

「相棒、もう少し俺のことも気に掛けろって」

「あ、デルフ、いたの」

「いっつも相棒の背中にいますけどね! ああもう小僧の――サイトの剣になっちまおうかな」

「サイト、か……」

 

 その言葉を聞いたルイズは、何かを考えるように天を仰いだ。背中からデルフリンガーを外し、自身の対面へと立てかける。

 ねえデルフ、と彼女は自身の剣に問い掛けた。あいつは本当に伝説の剣士なのか、真剣な顔でそう尋ねた。

 

「確かに『使い手』ではあるんだけどよ、まだまだ荒削り過ぎて分からねぇんだよな。まあ、これからに期待ってやつだ」

「適当ね。でもまあ、そうね、これからに期待してみましょう」

 

 そう言って笑うと、ルイズは改めて壁にもたれかかった。着くちょっと前に起こして、とデルフリンガーに述べると、そのままゆっくりと目を閉じる。

 俺は相棒の目覚ましじゃない、剣だ。という声を聞きながら、彼女の意識はゆっくりとまどろみに溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 さて、睡眠で元気を取り戻し魔法学院に帰ってきたルイズ嬢が自身の部屋へと足を踏み入れたその時目に入った光景といえば。

 

「おかえりなさいルイズ。お邪魔してるわよぉ」

「おかえり」

 

 既に毎度お馴染みである、キュルケとタバサが堂々と他人の部屋でくつろぐ姿であった。才人という新たなる住人も追加された彼女の部屋は、既にかなりの圧迫感となっている。そろそろ部屋を拡大する申請でも出そうかしら。そんなことを思いながら、ルイズは二人に紅茶を振舞っている更なる侵入者のシエスタに自身の分を頼んだ。

 シエスタはちらりとルイズを見ると、目を細めながらもかしこまりましたと小さく頷く。その態度に不審なものを感じた彼女は、一体どうしたんだと首を傾げた。

 ふと隣を見ると、キュルケが死者を弔うがごとく始祖に祈りを捧げているのが見えた。その横で才人も合掌しながらナンマンダブ、と呟いている。

 

「何よ二人共」

「悪友の冥福を祈っただけよ。他意はないわ」

「ルイズ、ホントごめんな……」

「何ちょっと気になること言ってるのよ特にサイト!」

 

 ふざけたこと言ってないで説明しろ、と二人に詰め寄るが、二人揃ってブンブンと首を横に振るばかり。ならば、とタバサに視線を向けたが、やれやれと言わんばかりに肩を竦められた。

 無論、そんな態度を見せられたルイズの行動は一つである。

 

「いいからきちんと説明しろぉぉ!」

「かしこまりました、ミス・ヴァリエール」

 

 静かな、本当に静かな声でルイズの動きはピタリと止まった。あれ、そういえばこんなこと前にあった気がする。と何か良くない記憶を呼び覚ましながら、背後から聞こえる人物へと振り向く前に目の前の三人を見やる。

 皆揃って神妙な顔で冥福を祈っていたので、親指を立てた拳を上から下へと向きを変えつつ振り下ろした。どう考えても公爵令嬢の仕草ではない。

 

「……ねえ、シエスタ」

 

 そんなことを行いつつ、振り向く前にと彼女は後ろの少女の名前を呼ぶ。どうされましたか、ととても優しい声色で述べられたことで、ルイズの体はピンと硬直した。

 もっとも、彼女としても先程の呼び名の時点でこうなることは半ば予想していたが。していたが、しかし。生憎その後の予想は全く立てていないわけで。

 

「わたし……何か、貴女を怒らせること、した?」

 

 トドメであった。ルイズの目前で才人がひぃ、と小さい悲鳴を上げているのが見えるほどの、確実なトドメであった。

 

「……わたし、今日、サイトさんから聞いて、初めて知ったんですよ。ルイズ様――いえ、ミス・ヴァリエールが用事で実家に戻られているなんて」

「……あ」

「あ、って言いましたね!? 完全に忘れてたんですね!? わたしはあの時からルイズ様にこの身を捧げても構わないと思っていたのに、そんな仕打ちなんですね!?」

「あ、いや、その、こう、あのね、シエスタなら、あの、その、分かってくれるわ、みたいな、こう、し、しし信頼感、みたいな、ねえ」

「わたしの信頼はガタ落ちですよぉぉぉぉ!」

「ごめんなさぁぁぁぁい!」

 

 自分の部屋でメイドに土下座を敢行する公爵令嬢。というもはや何が何だか分からない光景を目にした才人は、キュルケとタバサがいつも通りであるのを確認して、もうどうでもいいやと諦めることにした。まあそのうち慣れるわよ、というキュルケの言葉に、慣れたくないなぁ、と彼はぼやく。

 ルイズの背中の剣の鍔が、あーあ、とカタカタ鳴っていた。

 




一話と同じシチュエーションを繰り返すエンド。

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