ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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回想シーンのくせにルイズの出番が少ないっていう不具合。


その4

 さてと、と三人の少女はぐるりと辺りを見渡す。一体こんな場所で何をする気なのか。予想は付いているが口にするのが嫌でとりあえず溜息だけに留めたルイズは、一人だけ一歩下がった場所で佇んでいる男で視線を止めた。

 

「ミスタ、貴方は参加しないの?」

 

 ジロリと男はルイズを見る。欠伸を一つすると、自分の仕事は子供のお守りだからと返した。その言葉に彼女達を囲んでいた男子生徒達が男を睨み付けるが、知ったことかと動かない。

 まあ、命令があればやりますよ。そう言って男は軽く笑った。

 

「……じゃあ、と」

 

 どうしようか、とルイズはキュルケとタバサを見た。先程まで同じような行動をしていた二人は、大体の方針を決めたのか木にもたれかかりのんびりとしていた。

 まあどうでもいいや、である。

 

「向こうのオリヴァンはいいの?」

「そういうルイズこそ。本気で心配ならもう向かってるでしょ?」

「大丈夫」

 

 二人の言葉に、ルイズもまあねと返す。まあでも、応援ぐらいはしないと。そう続け、背中の剣に手を掛けた。

 じゃあ、頑張って。そう言ってヒラヒラと手を振るキュルケとタバサにを横目に、ルイズは一歩前に出る。薄く微笑むと、背中の剣をゆっくり抜き放った。

 

「さ、かかってきなさい。大勢で囲まないと女一人どうこうできないヘタれ野郎共!」

「三人よぉ」

「うっさい!」

 

 

 

 

 

 

 吹き飛んだ。体は木に打ち付けられ、灰から空気が漏れる。痛む背中をさすりながら立ち上がったそこに、追撃の呪文が放たれた。

 

「は、はははは! 何だ、威勢がいいのは最初だけか!」

 

 目の前では自分を吹き飛ばして笑うアルベールが見える。その表情は勝ち誇ったもので、もう既に捕まえているアネットをどうやって堪能しようか考えているようでもあった。

 オリヴァンはゆっくりと立ち上がる。右手の杖を構えながら、左手に持っていた参考書のページを捲った。数日の修行の際に、まず覚えろと言われたいくつかの呪文。喧嘩で勝つために必要だと教えられた呪文。それを、再度確認する。

 アルベールはそんな彼を見て盛大に笑った。決闘の最中に呪文の確認をするような素人が、自分に勝てるはずがない。そんなことを言いつつ、再度呪文を唱える。当然のようにそれはオリヴァンに当たり、彼を吹き飛ばした。ゴロゴロと転がったそこは砂利。手足に痣をつけながら、それでもオリヴァンは立ち上がった。

 大きく息を吸い、吐く。全身は痛い、が、耐えられないほどではない。あの小柄な風メイジの一撃はもっと空高く舞い上がった。美人な火メイジの炎は、もっと強烈な痣が出来た。ピンクブロンドの魔物の一撃は、割と真面目に死を覚悟した。

 

「この、程度か!」

 

 吠える。その声に一瞬怯んだアルベールに向かい、オリヴァンは呪文を唱えた。まずはアネットとあいつを引き離す。そんな意図を持って放った風は、しかし彼が彼女を盾にすることで躱された。悲鳴と、そして彼女の頬に傷が出来る。

 

「アルベール、貴様!」

「おいおい。やったのはお前だろ? 勘違いするな」

 

 笑いながら、動きの止まったオリヴァンに呪文を叩き込んだ。放物線を描いて飛んだ彼は、受け身を取れずに頭から落ちる。グシャリ、とどこか嫌な音が辺りに響いた。

 はははは、とアルベールの笑い声が木霊する。死んだのか、とまるでそれを望んでいるような言葉を紡いだ彼は、その視線を自身が捕まえている女性に向けた。どこか狂気を含んでいるようなそれは、恐らく何かの拍子に一時タガが外れてしまったのだろう。

 乱暴にアネットの胸を鷲掴む。形の良い胸が彼の手でぐにぐにと変化し、そしてその度に彼女から悲鳴が上がる。それを満足そうに聞いていたアルベールは、さっきは邪魔されたなとそのスカートに手を掛けた。メイド服のスカートが捲られ、太腿が露わになる。その先、その付け根にある場所へと、彼はゆっくり手を伸ばし。

 

「何だ、まだ生きてたのか」

 

 オリヴァンが立ち上がったことで動きを止めた。舌打ちをすると、今度こそトドメを刺してやるとばかりに杖を構え、呪文を紡ぐ。頭から血を流している相手に向かい、その頭を更にかち割ってやると呪文を唱える。

 それよりもほんの少しだけ、オリヴァンの詠唱が早かった。杖の先から炎が生まれ、真っ直ぐにアルベールへと飛来していく。

 正気か、と彼は思った。このままアネットを盾にすれば、燃えるのは彼女だ。助けると宣言した女性を消し炭にするなど、とうとう狂ったらしい。ニヤリと笑うと、アルベールは再度射線上にアネットを動かす。燃えるメイドを見て絶望するオリヴァンを想像し、その口を歪める。

 

「っ!?」

 

 その直前、火の玉は目前に出現した水の塊によって掻き消された。水は火を消しながら猛烈な勢いで蒸発していき、あっという間に周囲は霧で覆われる。

 アネットを盾にしていたことが仇になった。アルベールは、いきなり発生した霧によってオリヴァンを完全に見失ったのだ。捕まえていた彼女を突き飛ばすと、彼は先程までオリヴァンのいた場所へと駆け出す。そこか、と呪文を唱え、風で霧を吹き飛ばす。

 いない。ハッキリとした視界には、木々と石が転がっているのみ。足元には、さっきまでの呪文によりボロボロになった、オリヴァンの参考書が落ちている。

 その参考書は、『ブレイド』の呪文のページが開かれていた。

 

「アルベェェェル!」

 

 慌てて振り返るが、もう遅い。彼の眼前には、その杖を武器に変えたオリヴァンが、『ブレイド』を唱えた彼が、自身を打ち倒さんと振り上げているところで。

 斬れないなら、殴り倒せばいい。彼女の言葉を覚えていたオリヴァンは、迷うことなく、全力でそれを叩き付けた。

 

 

 

 

 

 

「うし」

「やれば出来るじゃない」

「修業の成果」

 

 ガサリ、と茂みが鳴った。そこからひょこりと顔を出している三人は、杖がへし折れるほどの勢いでアルベールの頭に『ブレイド』を叩きつけるその光景を見て拳を振り上げた。その顔は皆笑顔。うんうんと頷きながら、力尽き倒れアネットに介抱されているオリヴァンを見やる。

 ともあれ、これで一件落着か。そんなことを思いながら、ルイズは背後に視線を向けた。

 まとめて薙ぎ倒され伸びている男子生徒達がいた。もれなく一撃で昏倒させられているので、おそらく怪我の心配はそこまでないであろう。

 

「それで」

 

 タバサはそんなルイズとは別の方向に視線を向ける。手助けもせず、男子生徒がやられるのを見ていた男に声を掛けると、どうするのだと問い掛けた。

 どうする、とは? と男は逆に問い返す。指示も受けていないし、既に前金も貰っている。彼等と自分に絆があるわけでもなし。これ以上何かする義理もない。

 そんな彼の言葉にタバサは分かったと頷いた。ならもう問題ない、と結論付けた彼女は、二人に帰ろうかと声を掛ける。

 

「いや、あたし達の目的何も達成していないから」

「え?」

「え?」

 

 タバサと、ついでにルイズもその言葉に首を傾げる。おいマジかよ、と言わんばかりの表情を浮かべたキュルケは、オリヴァンを学院に通わせるようにするのが仕事だっただろうにと溜息を吐いた。

 ああそういえば。ポンと手を叩く二人を見て、彼女は頭痛を堪えるように頭を押さえた。

 

「でも、大丈夫じゃない?」

「何でよぉ」

「いじめっ子を自分で倒した。もう、部屋に閉じ籠もる理由はない」

「……確かに」

 

 ふむ、とキュルケは頷く。どちらにせよ彼の目が覚めてからだが、そうだとしたら二人の言う通り目的は達成だろう。このまま学院に帰っても問題はあるまい。

 あるとすれば、停学が解けているか否か、であろうか。

 

「今回の一件で、学院長も考えを改めてくださるわよ、きっと」

「そうねぇ。そうだといいわね」

「ん」

 

 じゃあ改めて、と三人は立ち上がる。アネットのもとまで向かうと、やったわね、とオリヴァンを見ながら笑顔を浮かべた。

 はい、と嬉しそうに気絶から睡眠に移行したオリヴァンを膝枕して撫でながら、ありがとうございましたと彼女は頭を下げた。別に大したことはしていない、とその言葉にルイズ達はそう返す。

 

「だって、友達なんでしょ」

「友達の手助けくらい、当たり前よぉ」

「当然」

 

 そう言って、アネットも、ルイズ達も笑い合った。良かったですねぼっちゃま、と満足そうな顔で眠るオリヴァンを彼女は眺めた。

 ふざけるな、という声が響いたのはその時である。どうやら一足早く目を覚ましてしまったらしいアルベールが、フラフラになりながらも憤怒の表情でこちらを睨み付けていた。

 人を散々馬鹿にしやがって。そんなことを言いながら、彼は一人の名前を呼ぶ。仕事ですか、とさっきまで暇そうに立っていた男がそれに答えた。

 

「あいつらを痛め付けろ!」

 

 了解、とそれに頷いた男は杖を抜く。まあ料金を貰っている以上、仕事をしないといけないからな。そんなことを言いながら彼はゆっくりと杖を向けた。

 眠っているオリヴァンに。

 

「っと、何しやがんのよ!」

 

 アネットとオリヴァンをまとめて抱え着弾地点から飛び退る。ついでに男に文句を述べたルイズは、男がやれやれと肩を竦めているのを見て眉を顰めた。

 何綺麗事言っているのか。そう述べながら、男は二人を抱えているルイズに呪文を飛ばす。舌打ちしながらそれを躱したルイズに向かい、その荷物を捨てたらどうだと笑いかけた。

 

「ざっけんじゃないわよ!」

 

 そうか、と男は再度呪文を放つ。その直前、いい加減にしろと飛来した炎へとターゲットを変え、ぶつけあい掻き消した。そこには、何とも面白く無いという顔をしたキュルケと、いつも以上に仏頂面をしたタバサが見える。

 

「まさか、そんなことをしないと倒せないとか言う気かしらミスタ」

 

 キュルケの挑発染みた言葉に、男はピクリと眉を動かした。が、肩を竦めるといや全くその通りと笑う。流石に三人を相手にするのは厳しいから、足手まといを狙って倒そうという魂胆さ。悪びれることなくそう述べた彼は、では改めてとオリヴァン達に狙いを定め。

 

「なら、わたしが一人でやる」

 

 相手の中で一番小柄な彼女が前に出てきたことで口角を上げた。あーあまんまと引っかかりやがって。男はそんなことを心の中で思い、ほくそ笑んだ。

 

「ちょっとタバサ」

「タバサ、あなた」

「いいから」

 

 ルイズとキュルケにそう返し、彼女は男の前に立つ。その目は真っ直ぐに男を睨んでおり、一見無表情に見えてその実しっかりと怒っていることがよく分かる。

 いいだろう、と男は述べる。それと同時に杖を振り、彼女の目の前に火球を生み出した。

 それをタバサは焦ることなく杖を振り、生み出した竜巻であっさりと掻き消す。ほう、と男から感嘆の声が漏れた。

 子供にしてはやるじゃないか。そんな言葉を述べた男の耳に、流石は騎士様というアネットの言葉が聞こえてくる。

 騎士だと、と男は目の前のタバサを見た。こんな子供が騎士だとは、ガリアも随分落ちたもんだ。そんなことを吐き捨てると、彼は再度呪文を唱える。多数の火球をひょいひょいと手鞠でも放るように投げながら、タバサの回避ルートを潰していった。

 男は笑う。まあそれも仕方ない、と。ガリアの暗部とも言える北花壇騎士を、あんな小娘に任せるほどの無能王だしな。そう言って、男は心底馬鹿にしたように笑った。北花壇騎士を統括する者を、嘲笑った。やめて正解だったな、そんなことを言いながら、男は炎の竜巻を生み出し彼女にぶつける。

 天に上るほどのそれは、瞬く間にタバサを包み込んだ。中心部の彼女の姿は見えない。男はこれで焼け跡も残らないだろうと一人楽しそうに笑った。

 あーあ、と呆れたように頭を振っているルイズとキュルケに気付かずに、一人勝ち誇った。

 瞬間、炎の竜巻は氷の竜巻に飲み込まれる。何だと、と目を見開く男の目の前に、杖を構えずれたメガネを直している少女の姿が映った。五体満足で、全く傷付いた様子もなく。

 

「わたしには自慢出来るものが二つある。一つは友達、そしてもう一つは」

 

 杖を構える。その先に渦巻く風の力は、人一人を吹き飛ばしても余りあるほどの暴力で。それを、彼女は躊躇いなく目の前の男に叩き付けた。

 飛ぶ。自分の意志ではなく、他人の暴力によって。男の体は天を舞う。

 

「大切な、家族」

 

 若干そこに入れようか迷っている男二人を脇に置いて。ドサリと倒れる男に向かい、タバサはそう言い放った。衝撃で呻く男に、聞こえていなくともそう告げた。お前がそうなったのは、自分の家族を貶されたからなのだ、と。

 お前は、と男が呟く。意識も途切れかけている彼のその問いが何か察した彼女は、杖を回し地面に立てると胸を張った。

 

「雪風のタバサ。またの名を」

 

 自分の名前を、堂々と名乗った。

 

「シャルロット・エレーヌ・オルレアン」

「逆逆!」

 

 

 

 

 

 

「締まらねぇ……」

 

 オチを聞いた才人はそう言って苦笑した。あはは、とそんな彼の感想に笑いながら返したルイズは、まあでも、と彼の鼻を軽く突く。

 

「わたし達らしいでしょ?」

「あー、うん。そうだな」

 

 確かにそうだ。うんうんと頷いた才人は、自分の前にある紅茶を一口飲む。長話のせいかすっかり冷めてしまったそれを気にすることなく、じゃあこれはつまり、と箱の中身を指差した。

 折れた杖と、ボロボロの参考書。

 

「そ。オリヴァンが使ってたやつよ」

「どっちも使い物にならなくなったから、新調したのよ」

 

 ふうん、と返した才人は、そこであれ、と首を傾げた。何で彼の使わなくなった杖と参考書がここにあるのか、と。

 そしてもう一つ。話によるとこちらに留学してきているはずなのに、そんな人物とは一度も会っていない、と。

 

「だって、彼はここに来なかった」

 

 タバサが短くそう述べる。あの後目覚めたオリヴァンは、変わらず向こうの魔法学院に通うことを選んだらしい。仕事が失敗となるのを防ぐため、事情説明の証拠品としてこの二つはこちらに持ってきたのだとか。

 

「オールド・オスマンはあっそうの一言で片付けたけど」

「……それ、多分何か色々諦めたんじゃねぇのかな」

 

 普段彼女達と接するあの老人の態度は多分その時既に出来上がったのだろう。そりゃ三馬鹿とか問題児とか言われるわけだ。全然気にした様子もない主とその悪友達を見て、才人はこっそりと溜息を吐いた。

 さて、そろそろ出ないと夕食の用意の邪魔になる。そんなことを述べながら立ち上がった一行は、だらだらと喋りながら食堂を後にする。どうやら昔話に花が咲いたらしく、若干置いてきぼりの才人はポリポリと頬を掻いた。

 

「あ、そうだ」

「何?」

「そのオリヴァンって人は今はどうなったんだ? まだ交流続いてるのか?」

 

 その言葉に、三人は顔を見合わせるとまあね、と返した。元気でやってるみたいよ。そう言いながらキュルケはペラリと一枚の紙を才人に見せる。市井の情報新聞のようなそれは、どうやら異例の速さで花壇騎士になった少年について書かれているらしかった。

 伯爵家出身のその少年の名はオリヴァン。オリヴァン・シュヴァリエ・ド・ロナル。

 

「……」

「あいつったら北花壇騎士を希望して、先輩の騎士に怒られたらしいわよ」

「流石にそれはないわねぇ」

「無謀」

 

 あっはっは、と笑いながら彼女達は歩いて行く。そしてそんな彼女達の後ろを、なんとも言い難い表情で才人は追い掛ける。まあ、幸せそうだからいいのか。そんなことを思いながら、彼はもう一度その新聞に目を向けた。

 昔話の時と比べ引き締まった肉体に変わった笑顔の少年が、赤毛のメイドの少女と共に立っている。そんな肖像画を眺めて、ふう、と彼は息を吐いた。




アントラクト(フランス語)・エンド(英語)。

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