ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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大抵過去話は外伝になるけど、この物語の形式ならば一エピソードで別段問題ないな。

……ないですよね?


三【集】士(2)
その1


 年末である。ハルケギニアでは、一年を締めくくり、降臨祭と呼ばれる新年の幕開けを祝う時期である。

 

「もーいーくつねーるーと、おーしょーおーがーつー」

「何よそれ」

「俺んとこの、こっちでいう降臨祭がもうすぐだっていう歌」

「……あっそ」

 

 聞いた自分が馬鹿だった。そんな顔で才人の言葉にそう返したルイズは、整理された自身の部屋を見て一息ついた。大体こんなもんだろう、と頭に巻いていた頭巾を外す。

 しかし、と額の汗をぬぐうルイズを見て才人は呟く。貴族のお嬢様が部屋の掃除するってのも。そんなことを言いながら頬を掻いていた彼は、まあでもルイズだしと思い直した。

 

「このくらいはやっとかないと体が鈍るわ」

「そっすか……」

 

 まあでも確かに自室くらい自分で綺麗にした方がいい。うんうん、と頷いた才人は、床に置いてあった桶を掴むと入り口に足を向けた。じゃあこれ片付けてくる、そう告げ、彼は部屋から外に出る。

 寮の廊下は思った以上に静かであった。夏休みの時帰郷しなかった生徒達も、この時期は帰ってしまう。降臨祭を、自領で。誰もが、そう考えるのだ。

 

「どこの世界でも同じだなぁ」

 

 今頃街道は帰省ラッシュか。そんなどこかズレたことを考えつつ、才人は外の水場に向かった。メイド達がパタパタと忙しそうに動いており、その隙間をぬって才人は桶を片付ける。

 流石に奉公人は揃って帰郷するなどということはないらしく、年末でも変わらず働いている者が殆どだ。それでも一定数はいるようで、だからこその忙しさなのだろう。

 シエスタもその一人である。普段学院で三馬鹿のストッパーを兼ねている彼女は、その労をねぎらわれたのか、昨日から故郷へ帰っていた。

 

「割と火に油注いでる印象しかないんだけどな」

 

 とはいえ彼女がいなければもう少し学院が破壊されていた、という場面も多々ある以上そうなのだろう。まあいや、と才人は思考を打ち切って寮へと戻るため歩みを進めた。

 年末とはいえ、暦は冬に入りたてである。ハルケギニアの四季は日本と比べるとどうにも曖昧であった。外国はそんなものだ、という認識の才人は特に気にしない。むしろ、ファンタジーで四季があるという方に感心する始末である。

 再度寂しくなった寮に入る。そういえば、と少し前のやり取りを思い出した。我が主は帰らないのだろうか、そう聞いた時のことである。

 

「今年はしょっちゅう顔を合わせていたからいいやって……そういう問題か?」

 

 まあ確かに結婚祭には公爵達が揃ってトリスタニアに来ていたし、その後暇だからとルイズ達三人に説教をしに来たエレオノールもいた。ルイズ本人はあまりいい顔をしていなかったが、ノワールが王都にいたのもある意味拍車をかけているのだろう。

 ともあれ、主人が帰らない以上使い魔である自分は公爵領に行く理由は今のところ無い。どうやら学院で年を越すことになりそうだ。そんなことを彼は結論付けた。

 

「ん?」

 

 静かな廊下に、急に降って湧いたような騒がしさ。そこに目を向けると、彼のよく知る二人が喋りながら何かをしているところであった。赤い髪と、青い髪。言わずもがなの二人である。

 

「何やってんだ?」

「あらサイト」

「ん」

 

 やほ、と手を振るキュルケとタバサに手を振り返した才人は、そこに近付くと二人の手元を見た。どうやら年末掃除で要らないものを纏めていたらしく、壊れたランプや空のインク瓶、ボロボロの紙切れなどが箱に詰められている。

 

「捨てるのか」

「そうよ。一年で結構溜まるの」

「意外とバカにならない」

 

 ほれ、と視線を向けると、箱がもう一つ置いてあった。もう使えない杖の残骸らしきものと、煤で汚れたような跡のある参考書らしき書物が見える。恐らく色々とあったのだろう、ということを窺わせた。

 

「こっちはもう少し古いやつ。そろそろ片付けようかなぁって言ってたの」

「ふーん……」

「気になる?」

「へ?」

「そこの杖と、参考書」

 

 どうやら思った以上にじっと見ていたらしい。タバサに言われ、まあ少し、と彼は頬を掻いた。こういう大掃除で出てくる物品の思い出話は大好物だ。下らないものから、大切なものまで様々。それを聞いて、その物に触れるのが才人は案外好きであった。

 

「あ、でも時間いいのか?」

「時間?」

「いや、タバサもキュルケも帰るんだろ?」

 

 いや、別に。そう言って二人は首を横に振った。キュルケはこっちにいた方が気楽だと言い放ち、タバサは何故降臨祭にあの馬鹿の顔を見なければいかんのだと吐き捨てる。少ししたらイザベラのもとに行き、自身の母親と食事をするが、それだけだ。そう続け、だから問題ないと言ってのけた。

 

「……反抗期?」

「まあ、あれで親子の仲は悪くないから、いいんじゃないかしらぁ」

 

 そう言いながら、キュルケはじゃあせっかくだからと一つの部屋の扉をノックした。何か用か、という声に、ちょっと思い出話をしようと彼女は答える。

 扉が開き、ピンクブロンドの少女がヒョコリと顔を出した。

 

「あ、サイト。何処ほっつき歩いてたのよ」

「いや別に遊んでたわけじゃないぞ。帰り道にキュルケとタバサ見付けて、何かそこの箱にあるガラクタの話聞かせてくれるっていうから」

「ガラクタ?」

 

 視線をそこに向ける。壊れた杖と参考書を見付けたルイズは、ああ成程と頷いた。

 

「じゃあどうせなら食堂行きましょう。結構長話になるし」

 

 そう言いながら、彼女はその箱を持ち上げる。もう片方の箱は廊下の端に寄せ、では行こうかと足を踏み出した。了解、とその後をキュルケとタバサ、そして才人が続く。

 廊下は、再び静かになった。

 

 

 

 

 

 

 時は彼女達が入学した頃に遡る。学院長オールド・オスマンが何やら話をしている最中、我関せずと本を読んでいる青髪の少女がいた。その隣には、もう体全体でつまらんと表現している赤髪の少女がいる。

 そんな二人をジト目で見ているのは、背中に大剣を背負ったピンクブロンドの少女であった。

 

「……アンタ等、入学式くらいちゃんと受けなさいよ」

「あたしは二度目だもの。今更」

「面倒」

 

 はぁ、とピンクブロンドの剣士は溜息を吐く。まあいいや、と彼女は姿勢を正し生徒達の前に立つ教師の話を聞いていく。どうせこいつらに後で説明するのは自分だし、とまるで自分がまとめ役であるかのように考えていた。

 後にまとめ役になるのは赤髪の少女で、ピンクブロンドの少女は脳筋筆頭へクラスチェンジするのだが、この場では特に関係はあるまい。

 

「で、あんたのクラスはどこだって?」

「ソーン。タバサも一緒よ」

「ルイズは?」

「イル」

「なぁんだ、別なの」

 

 かっがりだ、とキュルケは頭を振る。が、言葉と裏腹に顔は笑顔である。まあクラス違う程度で何か不都合など起きまい、と彼女は考えたのだ。タバサは変わらず読書を続けている。が、その会話を聞いて少しだけ眉が下がったのは、生憎誰も気付いていなかった。

 それじゃあまた後で、とキュルケはタバサを引っ張ってルイズとは違う教室に向かっていく。ルイズはそんな二人の背中を見ながら、ふう、と溜息を一つ吐いた。

 

「大丈夫かしら、アイツ等」

 

 自分のことを棚の一番上に放り投げ、彼女はそんな心配をする。キュルケは色ボケだし、タバサは口が悪いし。あの二人しかいない状態だと、いつ騒動が起きてもおかしくない。そうなのだ、自分がいないと、大変なのだ。間違いない。

 棚の上にある天井を超え屋根の辺りまで自分のことを上げながら、ルイズはうんうんと一人頷いていた。

 そうこうしている内に教師がやって来る。顔見せと、これからの話をして、参考書を配り。その程度の軽い感じで一日目は終了した。

 二日目以降は実際に授業である。キュルケもタバサも公言はしていないがトライアングル、キュルケに至っては言い方は悪いが一年生二度目。正直序盤の講義などで躓く部分は何もない。そしてそれはルイズも同様であった。あくまで座学は。

 

「ぐぬぬぬ……」

「あっはははははっ!」

「笑ってないで手伝いなさいよキュルケ!」

「何でよ。教室吹き飛ばしたのはあなたでしょぉ?」

 

 それはそうだけど、とルイズはぼやく。

 呪文の実技、ということでルイズが気合入れてぶっ放した結果がこれであった。吹き飛んだ教師は医務室へと運ばれ、授業は五日目で早くも休講となったのである。

 

「でも、しょうがないじゃない。あの先生、今年の生徒は不作だな、とか言いやがったのよ」

「で?」

「だったら見せてやるってこう、思い切り呪文唱えたわけよ」

「で?」

「……我ながら、凄い威力よね」

 

 ダメだこりゃ。そう言わんばかりに肩を竦めたキュルケは、当然のごとくルイズに睨まれる。はいはい分かった分かった、と彼女の隣に立ち頭を一撫でしたキュルケは、じゃあさっさと片付けようと制服の袖を捲った。

 

「あれ? 手伝ってくれるの?」

「タバサは図書館行っちゃったもの。暇なのよ」

「ああ、通りで。……ありがと」

「どういたしまして」

 

 一人より二人。程なくして教室の片付けを終えたルイズとキュルケは、図書室でタバサを拾い昼食へと向かう。

 始まったばかりの学院生活であったが、概ね三人の行動パターンは今までとそう変わらなかった。変化があるとすれば、今まで定期的に顔を合わせていた関係から、常に顔を合わせて生活するようになったという部分か。

 冒険者として依頼を行ったり、修行と称した大暴れをしたり。それが当たり前であった今までとは、少し違う、平穏な生活を共に過ごす。その違いは小さくとも、三人の中にこれまでには無かった何かを生み出していた。

 

 

 

 

 

 

 その小さくない何かの正体は、そう遠くない内に判明することになる。ギーシュ・ド・グラモンとマリコルヌ・ド・グランドプレ。その両名と喧嘩をしたことで、である。

 あくまで喧嘩である。ギーシュはともかくマリコルヌは決闘だと抜かしていたが、喧嘩以外の何物でもなかった。

 なにせマリコルヌの場合。

 

「ゼロじゃないか。魔法もゼロ、貴族としての慎みもゼロ。おまけに胸までゼロときた」

「言いやがったわね風っぴき。表出ろ!」

 

 これである。何だ何だとルイズのクラスメイトがその騒ぎに便乗し、ちょっとした騒ぎになりかけて、そして。

 風の呪文より高くマリコルヌが吹き飛ばされたことで終わりを告げた。ぶげ、と豚を締めたような声を上げて地面に頭から落ちた彼を見たクラスメイトは、ああこれは死んだな、とどこか他人事のように感じていた。実際他人事である。

 その後命に別状はなかったマリコルヌはルイズと共に学院長室に呼ばれ、まあ喧嘩両成敗ということとなった。反省文はマリコルヌ一枚、ルイズ五枚であった。さもありなん。

 そんな騒ぎを起こした張本人が懲りるかといえば、無論そんなことはなく。

 

「アンタみたいな女性に対する礼儀がなってない奴に、貴族の礼節なんか語れるの?」

「……なんだって?」

「人にどうこう言う前に、自分を見直しなさい。そんな芝居の道化役みたいなギンギラなシャツ着てる暇があったらね」

「……成程、僕をバカにしているんだね?」

「何でよ。大体、わたしはそこまでアンタに興味なんてないわ」

 

 これである。今回は食堂での出来事であったので、キュルケもタバサもその現場をばっちり目撃していた。あちゃあと頭痛を抑えるように額に揃って手を当てた。

 見てしまったものは仕方ない。やれやれと肩を竦めながら、ちょっとルイズと騒ぎの中心人物に声を掛ける。振り向いた彼女は、何か用かと唇を尖らせた。

 

「あなた、この間喧嘩で反省文書いたばかりでしょ?」

「そうね」

「また書く気?」

「まさか。好き好んであんなのやりたくないわ」

 

 じゃあ何でギーシュに喧嘩売ってんだ。揃ってそんなツッコミをしながら詰め寄った二人は、ルイズがキョトンとした表情をしていることに気が付き溜息を吐いた。

 キュルケはギーシュに向き直る。ごめんなさい、この娘ちょっとアレだから。そう言ってルイズの手を掴み下がらせようとした。タバサもペコリと頭を下げ、これで終わりと言わんばかりにこの場を去ろうとする。ギーシュもわざわざ見目麗しい少女二人にそんなことを言われてしまえば多少なりとも怒りは静まる。そんな感じで、事態はある程度の収まりを見せた。

 友人は選ぶべきだと思うよ。そんな言葉が聞こえてくるまでは。

 

「ミスタ」

「ん?」

「あたしには自慢するものが二つあるわ。一つは自分、ツェルプストーの血。そしてもう一つは」

「友達」

 

 ギロリ、とキュルケもタバサも、その発言をしたギーシュを睨み付けていた。本気のその眼光に気圧された彼は数歩後ずさり、後ろにいた生徒にぶつかってしまう。謝ってしまおう、とそんなことが一瞬だけ頭をもたげた。

 だが、その言葉が口を付くことはなかった。彼の後ろの生徒が、何を言っているんだと彼女達に反論を始めたからだ。あんな『ゼロ』を友人だと言っていては、家名に傷がついてしまう。背後の連中は、そう言って彼女達を囃し立てたのだ。ゲルマニアの野蛮な貴族と名前を隠すようなどこぞの私生児、案外ヴァリエールの面汚しにはお似合いかもしれない。終いにはそんなことまで言う始末である。

 

「……成程、分かったわぁ」

「喧嘩売ってる」

「買ったわ。まとめてかかってこい!」

 

 あれよあれよという間にギーシュを含めた男子生徒十数人と、ルイズ達三人の決闘が形作られた。既に戦意を失っていたギーシュは、挙動不審に辺りを見渡し諦めたように溜息を吐いた。

 食堂から場所を変え、広場にて対峙した二組による勝負の決着は一瞬であった。今年は不作だ、と教師に評された有象無象は、三人が本気を出すまでもなくあっさりと薙ぎ倒されたのである。

 気付くと立っているのは二人、ヴィリエという名の男子生徒とギーシュのみ。そしてヴィリエはゼロのくせにとルイズに罵声を浴びせ、叩き伏せられた。

 

「後は」

「いや、降参だよ」

 

 杖を地面に落とす。元々やる気はなかったし、と頬を掻いたギーシュは申し訳なかったと頭を下げた。

 

「君達は、自分のことよりも友人を侮辱されたことを良しとしなかった。それが何だか眩しくて……少し、羨ましいと思ったよ」

 

 ははは、と笑うギーシュのその言葉に、キュルケは少し気恥ずかしくなって思わず顔を背けた。タバサは少しだけ口角を上げ、当然だと言わんばかりに彼を見る。

 そして、ルイズは。

 

「な、ななな何言ってんのよ。こいつらはね、腐れ縁ってやつなの! そんな羨ましがるようなもんじゃないわ!」

 

 顔を真っ赤にして手をブンブンとさせる彼女は、とても可愛らしかった。後にギーシュはそう語る。そして、彼女達と友人になりたいと強く思ったのはその時だ、とも彼は付け加えた。

 そんなわけで。三人が学院生活で再確認した友情と、平穏というのは暇なのだという間違った認識を手に入れた頃。入学して二週間ほど経ったその頃。

 ルイズ、キュルケ、タバサ。三名は揃って、乱闘騒ぎで停学となった。




才人はまだいない。

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