一応微エロ? 注意
その1
トリステイン臨時警備兵詰め所。そこで力無く机に体を預ける少年が一人。
そんな少年を、同じくらいの年齢の少年が困ったように眺めていた。その傍らには、一体どうしたんだと首を傾げる優男がいる。
「ああ、ミスタ・ドゥドゥー」
「やあミスタ・グラモン。今日も詰め所を見学かい?」
そう言って笑みを見せたドゥドゥーに、ギーシュはまあ半々ですねと苦笑する。もう半分はこれですと視線を机に突っ伏している少年に向けた。
それ自体にはドゥドゥーも気になっていたようで、理由を知っているのかとギーシュに問い掛けた。問われた彼は無言で首を横に振り、でもまあ、と言葉を続ける。
「何となく、予想は付きます」
「ほう」
では、その予想とは。そう述べたドゥドゥーに対し、まあ恥ずかしながら僕もなんですけどと頬を掻き、そして念の為辺りを見渡した。
幸いにして現在詰め所に女性陣はいない。見目麗しい彼女達にこのことを知られると流石のギーシュも全力で逃げ出したくなる。言ってしまえば、そういう、恥ずかしいことなのだ。
「……溜まってる、んじゃないかと」
「……そうか」
ドゥドゥーの視線が生暖かいものに変わる。いや待って、とギーシュは慌てて手をブンブンと振り、自分にはちゃんとした相手がいると言い繕った。ただ単に最近お預けを食らっているだけだと、そう言い放った。どう考えても昼間に叫ぶ事柄ではない。
「……ギーシュ、さん」
「え、エルザ、ちゃん……!?」
「……うん、大丈夫。わたしはね、そういうの寛容だから」
ましてや、女性が出入りする場所では以ての外である。ススス、と若干距離を取りながら向かい側のテーブルへと歩いて行ったエルザを見て、ギーシュは力尽きたように膝から崩れ落ちた。そんな彼の肩をドゥドゥーは優しく叩く。大丈夫だ、こういうのは誰もが通る道さ。そう言いながら、彼をゆっくりと起こし才人の隣に座らせた。
自身はそんな二人の対面に座り、それで、何でそう思ったんだと会話を続ける。この状況でそれを続けるのかよ、とギーシュは思ったが、いやこれが大人の余裕というやつなのかもしれないと思い直した。
完全なる勘違いである。
「いや、最近彼、ルイズといい感じだったんですよ」
「ああ、サイトの主のあの腕っ節の強い」
詰め所の主がノワールだということもありあまり好んで来たがらない彼女の姿を思い浮かべながら、まああれはいい女だからなぁとドゥドゥーは呟く。呟き、しかし視線をギーシュに戻すとしかしあれだろと言葉を続けた。
「使い魔と主だろう? 無理じゃないか?」
「それ以前にルイズ自身があまりサイトをそういう目で見ていないので」
「それはそれは」
つまりその『いい感じ』だったというのは極短い一瞬の出来事で、その刹那の至福により彼はここまで駄目になってしまった、と。ギーシュはそう言いたいのだ。
なんともはや、とドゥドゥーは天を仰ぐ。子供だな、とぼやき、しかしそうなるとと顎に手を当て考え込んだ。
「ちなみにミスタ、君はどうするのがいいと思う?」
「僕は、そうですね……やはり女で上手くいっていないのならば」
そこまで述べ、少しだけ言い淀んだ。エルザはこちらを見ないふりをしているが、その実聞き耳を立てているのが丸分かりである。ジャネットと『地下水』、そしてノワールがこの場にいない現状は、最良とは言わずとも悪くないのは確かだ。少女一人、まあ後から必死で言い訳してどうにかしよう。そう判断したギーシュは、息を吸った。
「女で、慰めるのが一番じゃないか、と」
「ああ、そうだ。それはいい、それが一番の特効薬だ」
ニヤリ、とドゥドゥーは笑う。幸いにしてこのお祭り騒ぎだ。『そういうこと』には事欠かない。
ガタン、と向こう側で誰かが立ち上がる音がしたが、彼は気にしない。そうだな、と何かを考えるように視線を上に向け、そしてああそうだと戻した。
「彼は既に『男』になっているのかい?」
「……さあ、どうなんでしょうか? 少なくともこちらに来てからそんなことをした素振りは無いようでしたが」
「ううむ。それはいけないな。サイトがあの状態なのはきっとそれも関係しているんだろう」
事実、君はそこまでではないからね。そう言って口角を上げるドゥドゥーから、ギーシュはさっと視線を逸らした。その辺りは答えかねます。そうとだけ述べると、ではどうするのかと彼に問うた。
決まっているだろう、とドゥドゥーは笑う。女を知らない男を女で慰める方法など、一つだ。
「『男』に、なってもらおうじゃないか」
キシャー、と飛び掛ってくるエルザを躱しながら、彼は楽しそうに笑い声を上げた。
「いやぁ、しかし君はモテるね」
「……あー、そっすねー」
「大分ダメだな……」
ゾンビのように連れられるがままの才人を見ながらギーシュは溜息を吐く。ドゥドゥーはそんな彼を気にせず、カラカラと笑いながら目的地へと二人を案内していた。
現在の場所は王都のチクトンネ街。少し人通りが少なくなり、段々と真っ当な人が消えていくような場所である。
「サイト、もっと元気を出したまえ。今からお楽しみなんだから」
「……んなこと、言われても」
「ああ、それともあれか。エルザ嬢に、慰めてもらいたかったのかな?」
「ちーがーいーまーすー! それだけは断固として違う!」
「じゃあ『地下水』かい?」
「……違うってば」
「何で言い淀んだんだ君は……」
というか何で自分も一緒にいるのだろう。そんなことを思いながら、しかしギーシュは共に歩く。何故帰らないのか、と言われれば彼は色々と言い訳をするであろう。が、まあ本音は一つである。
彼も若い少年なのだ。
そんなこんなで一行は一軒の酒場に辿り着く。『天使の方舟』亭と銘打たれたそこの扉を開けると、大柄な女性がカウンター横の椅子に座って読書をしているのが見えた。
その姿を見た才人は、思わず『魅惑の妖精』亭のスカロンを幻視する。そういえばあの店は『そういうこと』は一切駄目だったな。そんなどうでもいいことを考えた。
いらっしゃい、と大柄な女性はドゥドゥーを見て笑みを浮かべた。どうやらある程度の顔見知りらしく、やあエスメラルダさんと彼は気さくに声を掛けている。
「今日は新しい客を連れて来たよ」
そう言って才人とギーシュを前に出す。へえ、とエスメラルダと呼ばれた女性はそんな二人をジロリと眺め、そしてその大柄の姿からは考えられないほどの優しい笑みを浮かべた。
「ここは先代おかみがいたころから貴族の上客も多い場所さ。きっと、貴方達の気に入る相手も見付かるよ」
そう言うと彼女は手を打ち鳴らす。はいはい、と若い女性達が集まってきて、二人を見て微笑んだ。可愛い、いい男じゃない。そんな言葉が口々に聞こえてくる。
さて、じゃあ好きな子を選んで、好きなことをすればいい。そう言うとドゥドゥーはその中にいた一人の女性の肩を掴んで抱き寄せた。お先に、とそのまま二階に上がっていってしまう。
さて、残された二人は堪ったものではない。こんな場所に来るのは初めてなのだ。いきなり置いて行かれてどうすればいいというのか。
「ぎ、ギーシュ……」
「僕だって初めてだよ、こんな場所に来るのは。そういう君はどうなんだ?」
「十八歳未満は入れねぇんだよ俺の国では!」
オロオロする少年二人を、夜の女達は微笑ましく見守る。大丈夫よ、そんなことを言いながら、まずは気に入った女を選べばいいと続けた。
選ぶと言っても。そんなことを思いつつ、まあ当然興味はアリアリな二人は店にいる女性達を眺めていく。その誰もが蠱惑的で、一度溺れたらそのまま浮かんでこられないような、そんな妖しい魅力を放っていた。
よし、と若干震えながらギーシュは一人の女性の手を取る。僕と一晩過ごしてくれませんか。そう述べた彼に喜んでと返した女性は、じゃあ行きましょうと連れ立って二階に上がっていった。
そして残される才人。元々の理由は彼を慰めるためだったはずが、気付くと完全に置いてきぼりであった。
どうしようどうしよう。そんな思考で彼の頭は一杯である。日本の高校生でこういう経験をしている者の中に彼は含まれていなかったので、いざその場面になるとどうしていいか分からなかったのだ。視線をあたふたと動かし、店の女性達を見て、エスメラルダを見て、初心者だなと生暖かく見守る他の客を見て。
「……ん?」
喧騒に全く加わっていない少女がいるのを、見た。くすんだ銀髪と言うべきか、灰色と言うべきか。そんな長髪をくるくると弄びながら、どこか遠くを見ているような悪い目付きで一人何かを飲んでいる。一階は酒場として営業しているというのだからそちらの客だろうかと才人は思ったが、しかし。その視線に気付いたエスメラルダがあああの娘かいと述べたことでその可能性も無くなった。
曰く、一応この店で雇っているのだが殆ど仕事をしないためもっぱら雑用に甘んじている変わり者なのだとか。客を取ったことがあるのかどうかすら定かではないらしい。
「あの娘が、いいのかい?」
エスメラルダがそう問い掛ける。それにビクリと反応した才人は、えーっと、と少しだけ迷う素振りを見せた後、こくりと頷いた。
そうかい、と彼女は述べる。まあ駄目だったのならば言ってくれと続け、こちらに来いとエスメラルダはその少女を呼んだ。
「……何でしょう?」
「あんたをご指名のお客さ。精々頑張りな」
客、という言葉を聞いて反応した少女はジロリと才人を見る。それが通常なのか、ジト目で睨まれているように思えた彼は少し困ったように頬を掻くが、分かりましたと頷かれたことで安堵の溜息を吐いた。
じゃあ上で。そう言うと彼女は才人を尻目に二階に上がっていく。え、と慌ててそれを追いかけた彼を見ながら、残されたエスメラルダと夜の女達は大丈夫だろうかと眉を顰めた。
目付きでまず弾かれ、あの態度が気に入らない、と突っ返され。碌に仕事が出来ない少女だが、それでも一応は店の仲間だ。頑張って欲しいという気持ちは勿論ある。
まあでも、と皆は思った。無理だろうな、と頬を掻いた。
「元貴族の令嬢だ、って話だしねぇ」
ここに堕ちてきた経緯を考え、彼女達は少しだけ同情するように溜息を吐いた。
さてではどうしようか。才人がまず考えたのはそれであった。何となく気になってしまったので頷いてしまったが、これはこのまま進んでいいのだろうか。そう思ったのだ。
現在二人きりにされた部屋はムードのある音楽が流れ、それっぽい香りがするお香が焚かれている。紛うことなき『そういうこと』をする部屋であった。
「ファンタジーでもラブホあんだな……」
思わずそんなことを呟く。ラブホ? と隣にいる少女が首を傾げたが、いや何でもないと手を振った。
そうですか、と返した少女は、ではどうしますかと言葉少なく彼に問い掛ける。へ、と間抜けな声を上げた才人に向かい、これです、と自身の体を指差した。
「着たままですか? 脱ぎますか?」
「え? あ、いや、ちょっと待って!」
その言葉に頭を真っ白にさせた才人はブンブンと手を振りながら後ずさる。心の準備が出来ていない。そんなことを口走りつつ、大きく息を吸い、そして吐いた。
こほん、と咳払いをした彼は、その前にちょっと話をしないかと彼女に述べた。
「話、ですか?」
「そ、そうそう。ちょっと気になったことがあって」
「……構いませんが」
若干拍子抜けしたような表情を浮かべた少女は、ならばこれを、とワインを取り出す。話すならば喉を潤したほうがいいだろうとグラスにそれを注ぎテーブルに置いた。
才人はそのワインに口を付ける。あ、意外と上等なやつだ、と無駄なところを感心した彼は、改めてと彼女を見た。
薄暗い部屋だから、あまり手入れをしていないから。だから多分くすんで見えるのだろうその髪の色は、きっとちゃんとすれば木漏れ日に反射するようにキラキラと輝くであろうことを予見させた。
そしてあの目付き。ジト目とも思えるようなあの目は、普段から自分を見る時には更に見下すようなムカつく要素を加えるような、そんな気がして。
視線を少し下ろす。そういう仕事をするために体のラインが分かるようなその服は、彼が以前揉まされたその部分が同じ形であることを目視で分からせて。
「一応、聞いてもいいかな?」
「はい、どうぞ」
「『地下水』、じゃないよな?」
怪訝な顔をして首を傾げられた。何言ってるんだこいつ、と言わんばかりのその視線を受けて思わず才人は謝ってしまう。そんな彼を見て、少女も謝らないでくださいと少しだけ眉尻を下げた。
それを見た才人は少しだけ安堵した。どうやら本当に『地下水』ではないらしいと確信したのだ。流石に何度も接しているだけあり、既に向こうの擬態は見抜けるようになっていた。
それで、とそんな才人に声が掛かる。お話はそれだけですか? そう問い掛けられ、才人はえーっと、と頬を掻いた。ぶっちゃけてしまうと、彼が彼女を選んだ理由はそれだけである。自分を笑い者にするために『地下水』が潜入していた、という可能性を捨て切れなかっただけである。
だから、話が終わった後どうするかなどは全く考えていなかった。
「……では、始めますか?」
「へ?」
「その為に、私を選んだのでしょう?」
そうだった、と才人は脳内で頭を抱える。別に何か問題があるかといえば特に思い浮かばないが、しかし何だかこのまま場に流されて致してしまうのは絶対にマズいという妙な確信があった。目の前の少女に魅力がないわけではない。
「……もうちょっと、待ってもらっても、いいかな?」
「構いませんが」
自分が嫌なら言ってくれれば他の者と変わります。そう淡々と述べる少女に、いや違うと彼は言い切った。嫌なんかじゃないと力強く言い放った。思わず肩を掴んで、ずずいと近付いてそう述べた。
無気力系ジト目少女って割とアリだよね。そうサムズアップした脳内の才人を彼は脳内でぶん殴った。
「と、とりあえず今日はお互いのこともよく知らないし。もう少し絆を深めてからが、イイインジャナイカナと思っタリ?」
「……はあ」
変な人、と呟くのが聞こえ、才人は凹んだ。ああ俺って駄目だな、と落ち込んだ。
しかし、そんなことでへこたれていては異世界で今日まで生きて行けていない。そんな無駄なポジティブさで持ち直した才人は、というわけで、と彼女に向かって手を差し出した。
「ちょっと、街でも歩かないか?」
「……え?」
娼婦に何言ってんだこいつ。そんな視線が才人に刺さる。が、才人は気にしない。いいからいいからと彼女の手を取って立たせると、そのまま部屋を出て行った。
下りてきた二人を見たエスメラルダがもう終わったのかいと尋ねたが、彼は無言で首を振る。まだですけど、お願いがあります。そう言って彼女を真っ直ぐに見た。
「ちょっと彼女を連れて街を歩きたいんですけど、駄目ですか?」
「……は?」
娼婦に何言ってんだこいつ。という視線が突き刺さった。二度目である。が、少しだけ迷う素振りを見せたエスメラルダは、いいだろうと口角を上げた。ただし、と指を二本立てる。条件が二つある、そう才人に告げた。
「ヤる時はここじゃないとダメだ」
「……あ、はい。分かってます」
流石に外で致す勇気はまだ才人にはない。少なくとも彼自身はそう思っている。それも初めてをだなんて、どんなマニアだ。少なくとも今の彼はそう思っている。
それで、もう一つは。そう尋ねた彼に向かい、彼女は大きな手を突き出した。
「料金を、先に払っておくれ」
ニヤリ、と笑ったエスメラルダを見て、まあそりゃそうかと才人は自身の財布からエキュー金貨を取り出した。
※原作才人は外で前戯します