ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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引き続き、らぶこめ


その3

 デートの定番とばかりに選んだカッフェで軽く食事を済ませた二人は、さてではどうするかと通りを歩いていた。お祭り騒ぎの王都では、通りに露店も多数並んでいる。そんな並び立つ屋台を眺めながら、こういうのを冷やかすのもいいかもと才人は一人頷いた。

 

「なあ、ルイズ」

「何?」

「この辺ちょっと見て回らないか?」

「ん? それが次のデートプラン?」

「ま、そんなとこだ」

 

 ふーん、と軽い返事をしたルイズと共に適当に屋台を見て回る。その手は先程と同じように繋がれており、見る人から見ればデート中のカップルだと認識するであろうことは間違いなかった。が、才人はともかくルイズはその辺りとんと無頓着である。

 

「色々あるわね」

「そうだな。なんか、俺の世界の祭りを思い出すなぁ」

「サイトの故郷もこんな感じの催しがあるの?」

「ここまでの規模はそうそうないけどな。まあでも街全体がお祭りってのは割とあるか」

 

 才人は自身がかつて体験した祭を思い出す。大小様々な屋台が立ち並び、人でごった返し、そしてそこを仲間と騒ぎながら歩く。そんな光景が頭を過ぎり、彼はどこか遠い目で空を見上げた。

 

「どうしたの?」

「ん……ちょっとな」

「……ふぅん」

 

 ぐい、と才人の腕を引っ張った。抱きつくように彼にくっついたルイズは、そのまま彼の頭を撫でる。少女の柔らかな感触と、そして頭に感じる心地よい刺激。それを同時に味わった才人は、精神的な落ち着きと肉体的な昂ぶりで望郷の念はどうでもよくなった。

 そうだ、よくよく考えれば自分は今デートしているのだ。それも可愛い女の子と。そこに至った彼にとって、優先するべきものは一つしかない。

 

「よしルイズ、露店冷やかそうぜ」

「へ? うん、いいけど。っていうか今までのとは違うの?」

「寄るけど買わない!」

「威張って言うことじゃないわよ」

 

 やれやれ、と彼女は肩を竦める。が、その表情は笑顔であった。まあよく分からないけど元気になったのならばいいか。そんなことを思いながら、彼と同じように再度屋台を見て回り。

 あら、と一つの露店に目を付けた。

 

「どした?」

「ほら、これ見て」

「アクセサリーか」

 

 いかにも祭の露店って感じ、という言葉は飲み込んだ。こういう場所ではそういう物の方がしっくりくるし、何よりルイズがわざわざ目を留めたということはある程度気に入ったのだろうと思ったからだ。デートの最中で恋人を怒らせるのは悪手でしかない。

 と、そこまで考え、恋人、というフレーズに思わず照れてしまった。いやいや何言ってんだ俺、大体これそういうデートじゃねぇし。そんなことを早口で捲し立てるがごとく高速に思い浮かべ、ぶんぶんと頭を振る。幸い、アクセサリーを眺めているルイズには気付かれなかったようであった。

 深呼吸し、意識を元に戻す。隣ではルイズと商人がちらほらと会話を続けていた。何でもここにある宝石は天然物で『錬金』の呪文で作られたものとは質が違うらしい。

 どう見ても安物の宝石だが、まあ本人がそういうのならばそうなのだろうと納得した才人は、改めてそのアクセサリーを一つ一つ眺めていく。やはりどう見てもちゃちな作りなものばかりであった。

 

「んー。あ、これ。サイト、これどうかしら?」

「ペンダント? ……うん、案外似合うんじゃね?」

「そう? そっか、似合うか……」

 

 試しに、と首に巻いて鏡を見る。着飾ったドレスには似合わないかもしれないが、普段着や学院の制服などのカジュアルなものには意外に合っているような気がした。

 いくら、とルイズは商人に尋ねる。お安くしておきますよ、と笑みを作った商人は、これだけ、と指を四本立てた。どうやら四エキューらしい。

 

「うーん。じゃあこれを――」

「ほい、四エキュー」

「え?」

 

 ポケットから財布を取り出そうとしたルイズよりも若干早く、隣から金貨を持った手が伸びた。思わずそちらに振り向くと、才人がどこか自慢気に笑みを浮かべて支払いを済ませている。まいどあり、という商人の言葉で我に返ったルイズは、どういうことだと彼に詰め寄った。まさか払えないほど自分が貧乏だと思っていたのか、と。

 

「違ぇよ。今日はデートだろ? こういう時はプレゼントするのが男の甲斐性なんだよ」

「……サイト」

「おう」

「ギーシュに何か変なこと教わったの?」

「こういうのは万国共通! 何だよもう人がせっかく」

「……ありがとう」

 

 大事にするわね。そう言って微笑んだ彼女の笑顔を見てしまうと、才人はもうそこで何も言えなくなってしまうのだ。

 当然商人はそんな目の前のカップルを生暖かい目で見ているのだが、まあ当人達には関係あるまい。

 

 

 

 

 

 

 ご機嫌で鼻歌を奏でながら街を歩くルイズの隣で、才人はどこか満足そうに笑みを浮かべていた。どうやらデートは今のところ成功らしい。これは自分の女性の扱いもまんざらではないことの証明ではないのか。そんなことを考えたのだ。

 

「ノワールさんに感謝しとこうかなぁ」

 

 呟き、いかんいかんと頭を振った。魔女に感謝を捧げるということはつまり、邪悪な契約をしてしまうのと同義だ。常に微笑を湛えている修道女の姿をした彼女、トリステインの魔王を超える魔女に、油断を見せてはならない。

 

「……ウェールズ王子も、これから大変だろうな」

「何で?」

「うぉ」

 

 独り言にルイズが反応した。急なその一言に思わず驚いた才人であったが、気を取り直すとだってそうだろうと彼女に返す。何せ、あのアンリエッタの旦那になったのだ。もう胃が何個あっても足らないくらいに穴が空くだろうことは想像に難くない。

 

「ま、確かにそうね。既にもうこの結婚祭で何個か問題起きてるし」

「大半はあなた様が関わってんじゃないですかね」

「あによ。サイトだって同じでしょう?」

「そっすね」

 

 あはは、と頬を掻く。そんな才人を見て肩を竦めたルイズは、まあでも、と空を見上げた。

 ウェールズ陛下は、凄く幸せそうだった、と。

 

「わたしは詔を詠み上げる巫女役だったから婚儀に参加したじゃない」

「うん」

「その時の陛下は、今までで一番の笑顔だったわ。……好きな人と結婚出来るって、あんなに幸せになるのね」

「まあ、そりゃそうだろ。俺だって好きな人と結婚、はまだ早いな、付き合えたら物凄い幸せになると思うし」

「いるの?」

「へ?」

「好きな人」

 

 黙った。成程確かに、好きな人がいるのか、と聞かれてすぐさま答えられるほど、才人にはっきり決めた相手はいなかった。無論ルイズもそれを分かっている、わけではなく、ただ単に気になったから聞いただけである。

 だが、それでも。才人はふと改めて自分の中で考えてみた。好きな人、好きな人、と呟くように思考を巡らせ、日本での同級生を思い浮かべ、いや違うなと頭を振り。

 ハルケギニアに来てからの女性陣達を思い浮かべた。ルイズ、キュルケ、タバサ、シエスタ。ティファニアにエルザに十号にシルフィードに『地下水』とかその他諸々。

 

「多過ぎねぇ!?」

「……いきなりどうしたのよ」

「あ、いや。ナンデモナイデス」

「あっそ」

 

 まあいないってのは分かったわ。と溜息混じりにそう述べるルイズを見て、才人はあははと視線を逸らす。酷い言われようではあったが、概ね事実だったからだ。

 とりあえず話題を変えるか何かをしようとそのまま別の方を向いた才人は、そこで一人の貴族が自分達を見ているのに気が付いた。何だ、とその男を観察するが、別段彼の中に該当する顔はない。

 どうやら向こうの貴族も、共にいた年若い貴族に訝しがられていたようで、どうしたのですかと尋ねられていた。男はその問いにふんと鼻を鳴らすことで返答とし、若い貴族をなじり始めた。

 何だあれ、と才人は首を傾げる。少なくとも見ていて気持ちのいい光景ではないが、事情も分からない以上割って入ることも出来ない。まあもしこっちに関わってきたら、その時にまとめて何か言ってやろう。そんなことを思いながら隣のルイズを見やり。

 

「誰かと思ったら、一昨日わたしにのされた貴族じゃない。仕返し出来ないから、部下をいじめて憂さ晴らし?」

「ルイズぅ!?」

 

 全方位に喧嘩を売って歩くそのスタイルもう少しどうにかしろよ。そうは思ったが、だからといって彼女の言葉を無かったことには出来ない。ああもう、とルイズの隣に並ぶと、彼女を庇うように前に出た。

 

「何よサイト。別にわたし一人でも」

「いいから。今日はそういうの無しだ」

 

 いつになく強い口調。そんな彼の言葉を聞いたルイズは、渋々ではあるが引き下がった。

 才人はそんな彼女を見て安堵の溜息を吐き、目の前の貴族にいきなり失礼だったと謝罪の言葉を述べた。ちょっと、とルイズが抗議をするが、彼は無言で首を振る。

 貴族の男はそんな才人の態度に少しだけ気を良くしたのか、まあいいと見下すような視線を向けた。行くぞ、と部下の少年に告げ、そのまま二人に背を向ける。

 振り返らず、喧騒に消えようと足を動かし。そして、捨て台詞のように言葉を言い放った。

 野蛮で醜い女にお似合いの、冴えない平民だ、と。

 

「っと、悪い。手が滑った」

 

 次の瞬間、才人は近くにあったテーブルに置いてあったカップを掴み投げ付けていた。スカン、と気持ちいいくらいの音を立て、それは貴族の後頭部にぶち当たる。

 

「サイト!? アンタ何やってんのよ!?」

「気に入らなかった」

「はぁ!? バッカじゃないの? そんな理由で? 全方位に喧嘩売って歩くつもり?」

「お前に言われたくねぇよ!」

 

 怒りに振り向き歩いてくる貴族などそっちのけ、ルイズと才人はそんなことを言い争う。やれお前の方が喧嘩っ早いだの、そっちの方が短気だの。言ってしまえばカップルの痴話喧嘩のようなその応酬は、貴族が杖を抜いても終わらない。周囲の人間が危ないと避難を始めても、である。

 

「大体、何が気に入らなかったのよ」

「そりゃあ、お前が悪く言われたからだよ!」

「は?」

「今日はデートだろ。だったら、彼女の悪口言われて怒らない奴なんか彼氏じゃねぇよ」

「……あ、うん」

 

 目をパチクリさせたルイズは、何だか自分の頭が急速に冷えていくような気がした。それとは別に、ちょっとだけ頬が赤くなるのも感じる。が、いかんいかんと頭を振った。何だこいつ、いっちょ前にかっこいいこと言いやがって。そんなことを思い、呆れたように溜息を吐いた。

 

「ねえサイト」

「何だよ」

「なら、ちゃんと最後まで彼氏を貫きなさいよ」

「当たり前だ」

 

 視線を戻す。馬鹿馬鹿しい、と怒りと侮蔑の篭った目を向けてくる貴族を視界に入れ、再度ルイズを守るように彼女の前に立った。

 貴族の背後では、駄目ですよと部下の少年が男を諌めているが、どうやら聞く耳を持っていないらしい。うるさいと吐き捨てると、そのまま杖を才人に向けた。

 

「こんなところで魔法か? 周りのことも考えろよ」

「そうですよ。大体、ただでさえ一昨日の騒ぎで隊長殿からお叱りを」

 

 才人の言葉に、部下の少年も同意するように言葉を続ける。が、そんなことは知ったことかと少年を睨み付け、大体だな、と口を開いた。

 トリステインの貴族たるもの、あのような相手に遅れを取ったとなれば誇りに関わる。そう続け、男はそのまま呪文を唱え始めた。どうやら風の槌で吹き飛ばそうと言う腹積もりらしい。一応は周囲を認識しているようであった。

 が、だとしても。こんな祭の真っ最中、人混みのど真ん中でそんなものを放ったらどうなるかなど考えるまでもない。ち、と舌打ちを一つすると、駄目ですと叫ぶ部下よりも早く、才人は貴族の懐に飛び込んだ。

 

「だから場所を考えろっつってんだろ」

 

 杖を跳ね上げる。軌道を変えられ天空に向けて放たれた呪文は、何かに当たることなく消えていった。

 貴様、と貴族は一歩下がり再度杖を構える。どうやら向こうも引く気はないらしい。再度目の前の相手を吹き飛ばさんと呪文を唱え、そして今度は地面に杖を向けさせられ余波で宙を舞った。

 当然それを行った才人も同じように吹き飛んだのだが、ダメージはほとんどなく軽い調子で着地する。貴族の男は部下の少年により落下を軽減されゆっくりと降りていた。

 

「まだやんのか?」

 

 軽い調子でそう述べた才人の態度が余程気に入らなかったのか。貴族はふざけるなと叫んだ。制止する部下を突き飛ばすと、周囲の被害を考えずに殺傷能力の増した呪文を放たんと詠唱を始める。避けるにしろ、受けるにしろ。どちらを選んでも今までのように軽く済むとは思えなかった。

 馬鹿野郎が。そう悪態をついた才人は、足に力を込める。腰に下げていた刀に手を掛けると、力を込め一気に踏み出した。

 勢い良く鞘に収まったままの刀を突き出す。柄を腹にねじ込まれた貴族は、肺に溜まった空気を無理矢理吐き出させられ呼吸を一瞬止めた。当然呪文の詠唱も止まり、杖に込められていた精神力も霧散する。グラリと揺れる男から一歩下がると、才人は先程からオロオロしていた部下に視線を動かした。

 

「で、どうする? 貴族に不敬を働いたっつって捕まえるか?」

「……あ、いや、ぼくは」

 

 言葉を濁した部下がどうしようとかと視線を逸らしたその時、騒ぎを聞きつけたらしい彼の同僚がこちらに走ってくるのが見えた。あ、まずい、と思わず声を上げてしまうが、そんなことはお構いなしに同僚はこちらに向かってくる。

 その背後には、今ここで蹲っている貴族の仲間である一昨日ルイズ達にのされた連中の顔もあった。

 あれよあれよと十数人規模になった貴族達は、当然目の前の光景のみで状況を判断してしまう。帯刀した平民らしき男が、貴族に暴力を働いている、と。ついでに後ろに立っているルイズを見付けて例の連中は更に頭に血が上った。

 丁度いい、と例の一人が杖を掲げ指示を出す。この男を叩きのめせ。そう命令された部下達は分かりましたと杖を構えた。

 

「だから周囲を考えろよ! 馬鹿ばっかか!」

「……申し訳ない」

 

 唯一事情を知っている部下の少年は一人だけ距離を取りながら頬を掻いたが、しかしだからといって状況が変わるわけでもなし。体勢を立て直した最初にいた男もその戦列に加わると、やってしまえと怒号を飛ばした。

 もうこうなっては仕方ない。やるしかないかと才人は腰の刀に手を掛ける。背後のルイズをちらりと見て、そして呆れたようにお互い笑った。どうやらデートは最後まで締まらないようだ。そんなことを思いながら、彼は鯉口を切り。

 

「お待ちなさい!」

 

 そんな声が頭上から聞こえ、思わずそちらに目を向けた。

 

「暴れたいのならば相応の場所を用意して差し上げますわ。この、マスク・ド・クイーンが!」

 

 空に浮かぶドレスを纏った仮面貴婦人。そんな怪しさ満点の人物が、自信満々に胸を張りながらこの騒ぎを見下ろしていた。

 どこをどう見てもアンリエッタであった。




※この格好でずっと見てました。

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