ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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ら、らぶこめ……。


その2

「よ、よお」

「……ん」

 

 トリスタニアの中央広場。そこでぎこちなく挨拶をした才人は、先に来て待っていたあからさまに不満ですと言わんばかりのルイズを見て溜息を吐いた。服装こそ普段の学院制服や飾り気も素っ気もない冒険者の格好とは違うワンピースにベレー帽とデートらしいものであったが、表情を見れば彼女の心情など丸分かりだ。

 とはいえ、じゃあやめようとならないのは事情がある。ルイズが酒場の一件でノワールに弱みを握られているのはその一つであるし。

 何だかんだで才人がデートに期待していたのもその一つだったりするのだ。

 

「待った?」

「別に。今来たところよ」

 

 あれ、これ男女逆じゃね? そんなことを心の中で思いつつ、才人はじゃあ行こうかと手を差し出す。それをじっと見ていたルイズは、はぁ、と諦めた様子でその手を取った。

 

「ところで、デートって何するの?」

「……ああ、やっぱり決めるの俺なのね」

「あによ。何で無理矢理させられてるわたしがデートプラン考えなきゃいけないのよ」

「いやまあそうなんだけど。はっきり言われるとちょっと傷付く……」

 

 がくりと項垂れた才人を見て、ルイズは自分が不機嫌に任せて言うべきではない事を言ってしまったことに気が付いた。そういう意味じゃないの、と言い繕うが、何をどう考えても『そういう意味』でしか取れない一言である。分かってる分かってる、と肩を落としたままヒラヒラと手を振った才人は、まあいいから行こうと彼女の手を握ったまま歩き出した。

 

「サイト」

「いいって。ちゃんと分かってるからさ」

「……あーもう!」

 

 ぐい、と手を引っ張られた。それに少しバランスを崩した才人はルイズの方へと一歩踏み出し、密着するほどの距離になった二人はそのまま腕と腕とを絡ませ合う。何だかとっても恋人らしい格好になったルイズは、驚きで固まっている才人を見ながらクスリと笑った。さあ、行きましょう。そう言いながら、改めて目的地へと足を踏み出す。

 

「エスコート、お願いするわよミスタ」

「うぇ!? あ、お、おう。えーっと、こちらですレィディ」

 

 我に返った才人は、予め決めていたデートプランに則って動こうと彼女をエスコートする。と言えば聞こえがいいが、実際はぎこちない動きでぎくしゃくと歩くのみであった。普段の彼であれば考えられないようなその行動は何故かといえば。

 

「……ルイズ」

「どうしたの?」

「俺、女の子とデートするの初めてなんだ」

「あら、そうなの? 意外ね」

「リアクション薄っ」

「何を期待してたのよ。そんなんじゃ碌にエスコートも期待出来ないわね、ふん。とか言って欲しかったわけ?」

「やめてください心に来ます」

「ならいいじゃない。別にわたしは気にしないわ」

 

 そもそも、彼を召喚してからほぼ毎日といっていい頻度で一緒にいるのだ。今更何を意識することがあるのか。ルイズの考えは概ねこうであった。デート、という単語は彼女にとって別段特別な意味を持たなかったらしい。

 それを感じ取ったのか、才人もはぁ、と溜息を吐いた。気にしていた自分が少しだけ馬鹿らしくなって、いつも通りでいいかと開き直るように空を見上げた。

 

「うし、行くか」

「はいはい」

 

 いつも通りに戻ったな、と笑みを浮かべたルイズは、組んでいた腕を少しだけ密着させた。まだ昼前だが、相変わらず街は人でごった返している。出来るだけ近い方が動きやすい。理由はその程度である。

 微妙に才人の腕に胸が当たっていることなど、彼女は全く以て意識などしていないのだ。

 

 

 

 

 

 

「もがー! もがー!」

「ねえタバサ」

「わたしじゃない」

 

 そんな二人を見守るという名目で出歯亀をしていたノワールの刺客は、簀巻になっているグリフォン隊隊長を見下ろしながら溜息を吐いた。まあ確かにこのデートを面白おかしく見守るためには彼の排除は最優先事項ではある。

 が、まさか真っ先に現れてあっさりと倒されてくれるとは思いもよらなかった。

 

「で、ワルド子爵」

「ぷはぁ! ……何だねキュルケ嬢、私は急ぎの用事があるのだが」

「簀巻で路上に転がっている状態で格好をつけられても……」

「やったのは君達だろうが! ええい、いいから解け! 俺はあの使い魔を倒し愛しいルイズをこの手に――」

「てい」

「むがー!」

 

 再びワルドに猿轡をしたタバサは、さてではどうするかとキュルケを見やる。いい加減ルイズを追いかけないと見失ってしまうからだ。

 とはいえ、ならここにワルドを放置していけばいいかといえば。

 

「ワルド子爵」

「あんあえはばはほう!」

「何言ってるか分からない」

「はえのへいはほ!」

 

 まあいい、とタバサはワルドに述べる。今回のデートの趣旨と経緯、自分達が何をやっているのか。そして、彼に何をやって欲しいのか。

 一通りを聞いたワルドは暫し黙る。そしてゆっくりと首を縦に振ると、視線で拘束を解けと述べた。

 

「自由になったら即サイトを抹殺に行ったりしないわよねぇ」

「……腐っても騎士だ。そこは違えんよ」

 

 とりあえず猿轡を再度外し問い掛ける。その言葉に頷いたキュルケは彼を縛っていた縄を解くため杖を振った。それにより自身の意志で動けるようになったワルドはゆっくりと立ち上がり、マントについていた埃を払う。

 

「認めたわけではない。それだけは忘れるな」

「分かってるわよぉ」

「むしろここで身を引いたら逆に怪しむ」

 

 ふん、と二人の評価を聞いて鼻を鳴らしたワルドは視線を人混みに消えようとしているルイズへと向ける。上から下までじっくりと風の呪文で強化した視覚により観察をした彼は、どこか満ち足りたように口角を上げた。

 ああ、今日もルイズは美しい。そんな呟きが聞こえ、キュルケとタバサは若干引いた。

 

「キュルケ」

「ゲルマニアの貴族の愛はね、もっとこうストレートなの」

「……割と直球だと思うけど」

「……まあ、確かに」

 

 認めたくないなぁ、と溜息を吐きながら、とりあえずルイズを追おうとキュルケは足を踏み出した。が、それを二人の風メイジが捕まえる。

 こちらの気配を悟られてはまずい。そう言うと、タバサとワルドは自分達の音を消すために呪文を唱えた。これでよし、と三人は改めてルイズ達の後を追う。

 

「ところで、ルイズとオマケは何処に向かっているんだ?」

「あの方向だと、劇場じゃない?」

「確か、今流行りの恋愛物が開演中のはず」

「……恋愛物、か」

「……恋愛物、ねぇ」

 

 似合わねぇ、と誰もが思ったが、決して口にはしなかった。

 

 

 

 

 

 

「お芝居?」

「そ。映画館や劇場ってデートの定番だろ?」

「エイガカンってのは知らないけど、まあ確かに劇場はそうかもしれないわね」

 

 ふうん、とルイズは才人を見る。何だ、意外と考えているじゃないか。そんなことを思い、思わず口角を上げた。

 それで、何を見るの? そう問い掛けてきた彼女を見て、才人は少し照れくさそうに頬を掻く。こういう時に見るものは大抵決まっている。そう言いながら、ほらあれ、と劇場の入口横の看板を指差した。

 

「えーっと、『トリスタニアの休日』?」

「そうそれ。多分タイトル的にローマの休日っぽい話だと思う」

「何処よローマって」

「俺の住んでた世界の街の一つ。真実の口とかコロッセオとかが有名かな」

「ふーん」

 

 単語で説明されてもイマイチぴんとこないルイズはそんな生返事をする。勿論それを才人も分かっているのか、どんな場所かをかいつまんで追加説明を行った。

 そんなことをやりながら、二人は指定された席に座る。そういえば前回来た時はあの辺だったな、と才人は視線を上に向けた。当然ながら特別席には本日は誰も座っていない。

 

「なあ、ルイズ」

「何?」

「前もここで芝居見ただろ? あの時聞いてなかったけど、ルイズって案外こういうの見ない派?」

「へ? ……別にそういうわけじゃないわよ。というか、公爵領には無かったし」

「あ、そうなんだ」

「だから、案外楽しみにしてたりするのよ、これでも」

 

 そう言ってルイズはクスリと笑った。その仕草はとても可愛らしく、普段大剣を振るって敵を薙ぎ倒している人物とは思えないほど可憐な少女で。

 

「……そうか。そいつは、よかった」

「何で顔逸らすのよ」

「気の所為、じゃ、ないっすかね」

 

 可愛かったので思わず見とれていました。そんな歯の浮いたセリフを吐けるほど才人は気障ではなかったのだ。ましてや初デート、これで上手く何か出来ると思う方がおかしい。

 変なサイト、とルイズが首を傾げた辺りで開演の鐘が鳴る。幕が上がり、音楽が奏でられ、そして街の背景に合わせて現れた役者が、くるりと踊りながら言葉を紡ぎ始めた。

 物語の舞台は題名から分かるようにトリスタニア。そこでこっそりと城を抜け出したとある姫が、同じく身分を隠しこの国にやってきた王子と出会うところから物語は始まる。姫は息苦しい宮廷生活から解放され嬉しそうに街を歩き、王子はこれから先の不安に押し潰されそうな気持ちを隠し足を進める。

 そして、噴水広場でぶつかってしまった二人は、一目で恋に落ちるのだ。

 

「『いや、申し訳ない。ただ、あまりにも貴女が美しかったから』」

「『ふふ、冗談がお上手ね』」

「『冗談なんかじゃないさ。僕は、これまでに嘘を吐いたことなど一度だってない』」

 

 セリフの後、王子の独唱が始まる。嘘だ、自分は今まさに嘘を吐いている。身分を隠し、己を偽って。でも、これは嘘じゃない。彼女を愛しいと思う気持ちは、嘘じゃない。

 そのまま場面は二人が街を歩く箇所へと変わる。お互いの本当を知らないまま、二人は段々と恋を深め、お互いを必要としていく。しかし二人の身分が分かれば、この恋は終わってしまうのだ。

 だから、姫は。

 

「……何かどっかで聞いたぞ」

「えーっと、何でも、脚本が昔と変わってるらしいわよ」

 

 劇場に入った際に貰った紙を見ながらルイズがそう述べる。へぇ、とそれを覗き込んだ才人は、ふわりと香る彼女の髪に思わず目を見開いた。何で女の子ってこんないい香りするんだろう。そんな疑問が頭をもたげ、いかんいかんと首を振る。少女の髪を嗅ぐとか変態じゃないか。

 じゃあ髪じゃなきゃいいのか。そんなことを一瞬考え、余計に変態だろと悶えた。

 

「……何やってんのよ」

「え!? いや、何でもないデス、はい」

 

 ジト、とルイズに睨まれる。そんな彼女へどう考えても誤魔化せていない一言を返した才人は、ほら芝居見なきゃと舞台を指差した。

 ルイズはそんな才人を見て溜息を吐く。まあ所詮サイトはサイトか。思わずそんなことを考え、ちょっとだけデートの雰囲気に流されそうになった自分に活を入れるように額をトントンと叩くと、彼の言う通り舞台の方に視線を戻した。

 どうやら姫は王子を諦めないことにしたらしい。自分よりも一回り年上の他国の王との婚約を蹴り、彼女は一人愛する男性のもとへと向かう。

 やっぱり何か聞いたことのあるような行動してるぞこの姫さま。そんなことを思いながら、才人は『アン姫殿下』の恋の行方を見守った。

 

 

 

 

 

 

「恋愛物も、案外いいものね」

「……いや、あれ恋愛物だったか?」

 

 序盤と中盤は確かに恋愛物だったが、途中から何か色々混じったB級映画になってなかっただろうか。一人首を傾げながら才人は先程の『トリスタニアの休日』改訂版を思い返した。

 でもまあいいか、と隣を見る。一番の目的は彼女を楽しませることだ。それが達成出来ているのならば問題はない。

 

「んー。ちょっとお腹空いたわね」

「あー、そうだな」

 

 じゃあ次の目的地はあそこだ。そう言いながら、才人は再度ルイズの手を取る。極々自然に行われたそれを、ルイズは流されるままに受け取る。手と手を絡ませあい、普通に手を繋ぐものとは違うその形は、俗に言う恋人繋ぎというもので。

 ついでに言ってしまえば、そんな状態でもルイズは上機嫌でしかも笑顔なわけで。

 

「……どうしたのサイト?」

「何でもない。何でもないってば」

 

 何でこんなに動揺してるんだ俺、と彼は一人心の中で悶え続けた。

 

 

 

 

「こ、ここここ殺す! 使いむぐぅ!」

「タバサ」

「ん」

 

 閃光の二つ名を持つメイジといえども、流石に行動パターンを読まれていては手も足も出なかったらしい。彼が杖を取り出す直前にキュルケに口を塞がれ、タバサの一撃により地面に倒れ伏す。そうして再度物理的に手も足も出ない状態にされたワルドは、キュルケの『レビテーション』により簀巻状態でふよふよと浮きながら恨みがましい視線を才人に送り続けていたのだとかなんとか。

 たまたまそれを見掛けたとある女剣士は、成程あれが血の涙を流すというやつか、と一人納得して頷いていた。勿論助けなかった。

 




ワルドの残念さがマッハ。

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