ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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最近ルイズがチョイ役気味だったのでテコ入れ?


彼女に恋を問うのはナンセンスだ
その1


「っかぁー! やっぱこれよね」

「オッサン臭い」

「やかましい!」

「いや、でもねぇ」

「いいじゃない! ようやく終わったんだもの、少しくらい」

 

 トリステインの『魅惑の妖精』亭。そこでわいわい言いながら酒を飲んでいる三人の少女の姿があった。おっさん臭いと称されたピンクブロンドの少女とそう言い放った青み掛かった髪の小柄な少女、そしてそんな二人を見ながら笑う赤髪の大人びた少女。

 言わずもがな、ルイズ達三人である。巫女の役目が終わったということで、ようやく自由に動けるようになったらしい。とりあえずと憂さ晴らしをするかのごとく騒いでいた。

 そんな背景を知っているスカロンもジェシカも、まあ仕方ないかと苦笑している。とりあえず店を壊しそうになったら止めよう。二人はそんな結論を出していた。

 

「というわけでジャンヌ」

「……は、はい?」

「あっちのお酌頼むわね。あたし今日のフランはパス」

「え? ……え!?」

 

 じゃね、と手を上げて仲間の少女に押し付けると、ジェシカは鼻歌を歌いながら我関せずと別のテーブルへ歩いていった。少女は若干涙目でスカロンに視線を送るが、頑張れ、とサムズアップを返されたので諦めた。うう、と肩を落としながら彼女はルイズ達のテーブルへと歩いていく。追加の注文をもらい、適当にお酌をし。拍子抜けするくらいあっさりと終わったことで、思わず少女は自身の頬をつねった。

 

「ちょっとルイズ。あたし達何か期待されてたみたいよ」

「何をよ。どーっせ碌な事じゃないんだし、パスよパス」

「……酔ってる?」

「まだまだ序の口よ。いけるいける」

 

 はっはっは、と笑うルイズの顔は大分赤い。勢いで付き合っているキュルケもそこそこ飲んでいるようでその顔は上気していた。そうなると素面よりのタバサとしては困ったことになる。このままだと、酔っぱらいの介抱を自分がやる羽目になるのだから。

 ならば自分も酔ってしまうか。そう考え、しかしすぐに首を振った。普段ならばともかく、今現在は結婚祭の真っ最中。自身の父親と伯父が割とすぐ近くで手ぐすね引いて待っているこの状況で酔い潰れたらどうなるかなど火を見るより明らかだ。

 はぁ、と溜息を一つ吐いたタバサは、ゴクゴクと酒を呑む悪友を見ながら諦めたように自分のカップに口を付けた。

 

「しかし」

 

 ふと周囲を見渡す。普段の数倍は賑わっている店内には、普段よりもバリエーション豊かな客でごった返していた。お祭り騒ぎに乗じて貴族もこういう場所に来ているらしく、それもトリステイン、ガリア、アルビオンと節操が無い。

 

「何だかんだで、こういう場所に来たがる貴族も多いのねぇ」

 

 タバサの視線を追っていたキュルケがそんなことを零す。んあ、と間抜けな声を出しながら同じように辺りを見渡したルイズも、ああなるほどと頷いた。

 

「暇人ね」

「あなたがその最たるものよぉ」

「暇人」

「アンタ等に言われたくない! 特にタバサ!」

「大丈夫。イザベラ姉さまも今日は非番」

 

 ジョゼフとシャルルには触れなかった。ルイズもキュルケも分かっているので蒸し返さなかった。

 まあいいや、とだらしなく机に体重を預けたルイズは、そこでこちらを見ている連中に気が付いた。どうやら酔った勢いで女性に声を掛けようと思っているらしく、加えるならば貴族の子女がいいとほざいているようだ。

 

「何だか物好きがいるわね」

「そうねぇ」

「……自分で言うんだ」

 

 いや違うとタバサは首を振る。そういえばこいつら酔っ払ってるじゃないか、と。

 そんなこんなで物好きは彼女達の方へと歩みを進める。向こうは向こうで酔っているなりに気障な仕草で一礼をすると歯の浮くような台詞で同席を求めてきた。当然タバサは首を横に振り、キュルケは友人と飲んでいるから、と断った。ルイズは無言で手を振った。

 そうしてにべもなく振られた貴族は仲間のテーブルへと舞い戻り。散々からかわれながら、自分は悪くないと酒を呷っていた。

 曰く、あんなチンチクリンに大人の魅力は分からん。

 

「表出ろそこの唐変木!」

「ルイズ!?」

 

 今にも杯をぶん投げようとしていたルイズの姿に、酔っていたキュルケも我に返り慌てて彼女を抑えにかかる。

 そんな彼女を見ながら、タバサは別にいいじゃないかと投げやりに酒を呷った。あの口振りだと多分、そんなことを追加で思い、そして予想通り喧騒に紛れて更なる言葉が聞こえてくる。

 ゲルマニアの売女に声を掛けたのが間違いだった、と。

 

「よし、燃やそう」

「そうこなくっちゃ」

 

 立ち上がった二人が先程の貴族に喧嘩を売りに行ったのを眺めつつ、タバサは問題児担当に回されていたジャンヌに声を掛けた。ほっといていいんですか、という言葉にコクリと頷きながら、彼女はジャンヌに注文を述べる。

 

「ハシバミ草のサラダ二つ、大盛りで」

 

 

 

 

 

 

「何でお前とペアなんだよ」

「それはこちらのセリフです。何でお前と」

 

 ふん、と顔を背けながら街を歩くのは二人の男女。一人は珍しい黒髪の少年、もう一人はメイド服姿の少女で、お互い何故並んで歩いているのか分からないほどの共通点の無さであった。それを示すかのように、二人はお互いをどうにも気に入らないと言わんばかりの空気を醸し出す。

 

「てか、だったら断れよ」

「仕事に私情を挟まないのがモットーです。そもそも、そう言うならお前が断ればよかったでしょう」

「気に入らんって理由で断ったらノワールさんに何されるか分かったもんじゃねぇよ」

 

 はぁ、とお互い示し合わせたように同時に溜息を吐いた。そして、真似するな、と睨み合う。

 再度顔を背けた二人は、そこで何やら通りの向こうが騒がしいことに気が付いた。昼夜問わず騒がしい現在の状況をもってしても尚騒がしいと判断出来るほどのそれは、どうやら怒号と打撃音も混じっていて。

 

「……喧嘩か」

「この馬鹿騒ぎに乗じて暴れる輩なぞ掃いて捨てるほどいるんでしょう」

 

 それで、どうするのか。そんなことを視線に込めながら少女は少年を見る。それを受け、まあ仕方ないと肩を竦めると彼はそのままその方向へと足を進めた。

 

「お前はどうすんだ『地下水』」

「当然行きますよ。仕事ですから」

 

 涼しい顔でそう述べた『地下水』は、先を行く才人について歩みを進める。ほれどいたどいた、と野次馬を掻き分ける彼の後ろを進む姿は格好も相まってどこか蠱惑的な空気を纏っていた。

 さて、そんな二人が人混みから抜け出し辿り着いた先では。

 

「弱い! そんにゃころでこのわらしを倒せると思っれらのかしら!」

「ルイズぅ、飲み過ぎよぉ。呂律回ってないじゃなぁい」

「そういうキュルケらって、何かフラフラしれるし」

「そぉ? 自分では気付かないものねぇ」

「そうそう。よしエール追加ぁ!」

「あたしも追加ぁ!」

「……うわぁ」

 

 叩きのめされて伸びている貴族が数名と、それを行った実行犯らしき酔っぱらいが二人。加害者側がどう見ても才人の顔見知りであったが、もう知らないふりをして逃げようかと思えるほどその光景はアレであった。

 どうするのですか、と涼しい顔で『地下水』に問われた才人は思わずそちらを向く。何とも言えない彼のその表情を見た彼女は思わず口角を上げ、いい気味だと目を細めた。

 

「なあ『地下水』」

「自分でやれ。私は知りません」

「いやでもこれ」

「私はか弱いメイドですので。剣士さんに頑張っていただかないと」

「あ、おい待て、仕事に私情は挟まないんじゃなかったのかよ!」

「お前が今から挟むのであって、私は関係ない。でしょう?」

「汚ぇ!」

 

 頑張れ、と手をひらひらさせながら一歩下がる『地下水』に手を伸ばし、しかしサラリと躱されたことでガクリと肩を落とした。仕方ない、そんなことを呟きながら、トボトボと騒ぎの中心に躍り出る。

 

「あー、そのー、結婚祭特別警備兵です。喧嘩みたいなんで止めに来ましたー」

「はぁ!? らに言ってんのよ! 既にあいれはボッコボコなんだから、喧嘩なんら起きれないわ!」

「そうよそうよぉ。だから帰りなさい」

「……終わってんだったらとりあえず元気そうな方を事情聴取したいんですけどね」

 

 はぁ、と溜息を吐きながら自身の主と悪友を睨む。が、彼に全然気付かずただの酔っ払いと化した二人は知らん帰れと文句を言い続けた。

 通常はこういう場合ある程度強引にでも同行願うのだが、相手が相手である。場合によっては被害が拡大する可能性もゼロではない。むしろ大きい。

 

「こういう時は誰か助けを捜すのが一番だけど、っと」

 

 ルイズとキュルケがいる以上、ほぼ確実に彼女がいるはず。そう判断した才人は二人の背後で死んだような目で酒を運んでいるジャンヌを見、そしてその奥で我関せずと食事を続けている少女を見付けた。

 ちょっとごめんよ、と背後の店、『魅惑の妖精』亭の扉を開ける。そして自身の姿を見付けたことであからさまに顔を顰めたタバサの隣に立つと、何の飾り気もなく頭を下げた。お願いします助けてください、と恥も外聞も投げ捨てて縋り付いた。

 

「……えー」

「いやそこで迷わないで!?」

「わたしもぶっちゃけ、あれと関わりたくない」

「分かるけど。気持ちは非常に分かるけど!」

 

 涙目で自身に頭を下げる才人を見て、流石にタバサは少し気の毒になった。そういえば臨時警備兵とかいう仕事をやっているという話だったか、と同時にそんなことを思い出した。成程、これはいつものというだけではないのだな。そう判断した彼女は、仕方ないと立ち上がる。

 

「一個貸し」

「……あいよ」

 

 傍らに置いてあった杖を取った。そのまま店の外まで進むと、くるりと杖を回し呪文を唱える。

 瞬間、膨大な水が酔っぱらい二人に降り注いだ。

 

「わひゃぁ!」

「きゃぁ!」

 

 あっという間にびしょ濡れになった二人は、何だ何だと辺りを見渡す。そこで杖を振るったらしいタバサと、その隣に立っている才人に気が付いた。どうやら大量の水を被ったことで幾分か酔いが覚めたらしい。暫し目をパチクリとさせると、何でアンタがここに、と問い掛けた。

 何だじゃねぇよ、と才人は返す。周りを見ろ、と彼女等に惨状を見せると、二人はお互い顔を見合わせるとあははと笑った。どう見ても誤魔化しであった。

 

「……んじゃ改めて。特別警備兵です、喧嘩の主犯に事情聴取したいんですけどね」

「向こうが悪い」

「そうねぇ」

 

 うんうん、と頷く二人を才人はジト目で睨み付ける。う、と若干後ずさった二人は、その視線をタバサに向けた。

 同じようなジト目で見られ、観念したように頭を垂れた。

 

「でも、実際最初にちょっかい出してきたのは向こうよぉ」

「そうね。ナンパに失敗したからってこっちを罵倒してきたんだもの。そりゃぶん殴るわよ」

「選択肢少なすぎだろ」

 

 なんでこう脳筋なのか。盛大に溜息を吐きながら、まあとりあえず場所を変えようと才人は述べた。確かに周囲は野次馬でごった返しており、ゆっくりと話を出来るような状況ではない。それが分かったのか、ルイズとキュルケもこくりと頷いた。

 

「サイト」

「ん?」

「詰め所に行くのですか?」

 

 じゃあ、と踵を返した彼の背中に声が掛かる。我関せずと傍観していた『地下水』が、いつの間にか彼の後ろに立っていた。都合のいい時だけ出てきやがって、と眉を顰めた才人であったが、まあいいと彼女に言葉を返す。何か問題か、と。

 

「別に構いませんが」

「じゃあなんだよ」

「そこで伸びている貴族様連中の方は?」

「知らん。ほっときゃそのうち起きるだろ」

「……お前も主人達とそう変わりませんよ」

 

 失礼な、という才人の言葉を受け流しつつ、『地下水』はやれやれと肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 連行されたルイズ達の顔色は悪かった。酒の酔いが再度回ってきたから、というわけではない。机の対面にいる人物が笑みを消さずに座っているのが原因だ。

 

「相変わらずなのね」

「……」

「……」

 

 クスクスと笑うその女性の前で、ルイズとキュルケはバツの悪そうに視線を逸らす。そのままついでに背後で佇んでいる使い魔の少年を睨んだ。

 そんなルイズ達を、対面の女性、ノワールは駄目よと咎める。そういう時はまず苦手な相手に会わなければならなくなるほど飲んでしまった酒癖の悪さを悔やみなさい。そう続け、もしくは、と口角を上げる。

 

「その状況を作り上げたアンリエッタ、ひいてはトリステインにでも、怒りをぶつける?」

「……はいはいわたしが悪かったです!」

「よろしい」

 

 口元に手を当て、再度クスクスと笑ったノワールは、さて、と一枚の書類を取り出した。一応形式だけでも調書は取らなくてはならない。そう述べ、才人を隣に呼ぶ。任せても大丈夫かしら、という問い掛けに、彼はまあ一応と頬を掻いた。

 というわけで、と才人は二人に話を聞く。仕事の終わった開放感から少し羽目を外して酒を飲み過ぎたこと。その最中貴族の酔っぱらいに絡まれたこと。ナンパを失敗した貴族がこちらを罵倒してきたので喧嘩をふっかけ叩きのめしたこと。そのまま更に深酒をしたこと。それらを一通り話し、才人もその旨を記述すると、まあこんなもんかとペンを置いた。

 

「ノワールさん」

「どうしたの?」

「……かなりどうしようもない調書ですけど、これ」

「そうね。とりあえずカリンに渡してみようかしら」

「やめて! 死ぬから!」

「そう? ならエレオノールに」

「物理的に死ぬか精神的に死ぬかの違いしか無いじゃない!」

「自業自得でしょう? 諦めが肝心よ」

 

 頬杖をつきながら笑みを消さないノワールは、ルイズ達にとってまさしく『魔女』であった。死の宣告を楽しそうに告げるその姿は、それを逃れるためにどうすればいいのかを自分達に言わせようとしているその姿は。物語に出てくる悪役そのものであった。

 それで、どうすればいいんですか。ルイズはそう絞りだすようにノワールに問う。横ではキュルケがいいの、と彼女を見ていたが、仕方ないといったようにコクリと頷いた。背に腹は代えられない。死ぬよりは多分、魔女の甘言に乗った方が幾分かマシだ。そうルイズは判断したのだ。

 それを聞いたノワールは、少しだけ考え込むような仕草を取る。勿論ポーズなのだが、しかし少しだけ本気でもあった。どちらを優先するのが面白いか、それを数瞬だけ天秤にかけたのだ。

 

「まあ、いいでしょう」

 

 ルイズ、とノワールは声を掛ける。何ですか、と嫌そうに言葉を返したルイズに向かい、彼女は楽しそうに笑いながら口を開いた。

 

「デートをしなさい。サイト君と」

 




ラブコメ回(棒読み)。

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