ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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もったいぶってさくっと終わる。


その4

 やってきた三人組を見たアニエスは顔を顰めた。一体何の用だ、とあからさまに面倒だという態度を隠さずに述べたのを見たエルザは、これは大丈夫なのかと才人とルイズの顔を見やる。

 

「ええ、協力して欲しいの」

「アニエスさんなら知ってるんじゃないかってな」

「普通に会話続けちゃうんだ」

 

 まあこの二人だし、と諦めたように溜息を吐いたエルザは、とりあえず三人の会話に耳を傾けるだけにしようと一歩引いた。

 さて、それでルイズの話した内容なのだが。当然のごとく、アニエスはその表情を更に苦々しいものに変えた。事件の内容は知っているし彼女が出張っているのも知ってはいたが、まさかここでそういう展開になるとは。そんなことを思いつつ、やれやれと彼女は肩を竦めた。

 

「私に何を期待している。まさか奴の私物を持っているとでも?」

「流石にそこまでは言わないわ。ただ、あいつの痕跡を辿ることの出来るような何かが無いかと思って」

「痕跡を、辿る?」

「ああ、ここにいるエルザがそういうの得意なんだ」

「ほう」

 

 ジロリ、とアニエスはエルザを見た。猛禽類を思わせるその視線に思わずエルザは警戒するが、しかしすぐに表情を戻すとペコリと頭を下げる。そんな彼女を見て、アニエスは成程な、と苦笑した。

 

「生憎私の持っているのはあの屑が首謀者であったという類の証拠の資料だ。あいつそのものの痕跡を辿るものは残念ながらない」

「そっか。ごめんアニエスさん、仕事の邪魔して」

「気にするな。どうせ今日の私は、というより銃士隊は暇だ。……そうだな、どうせ暇だし」

 

 そんなことを呟くと、アニエスは一人の銃士隊の女性を呼んだ。何でしょう、とやってきたその人物に、彼女等を元高等法院の部屋へ案内するよう命じる。

 命令された方は、その言葉を聞いて訝しげな視線を向けた。あの部屋に無関係な者を立ち入れていいのですか。そうアニエスに尋ねると、彼女はクククと笑い始める。

 

「心配するな。彼女達はこれ以上ないほどに『関係者』だ」

 

 はあ、と彼女の言葉に納得いかないように返事をした女性は、ルイズ達に向き直るとではこちらですと先導を始めた。まあ頑張れ、という適当極まりないアニエスの言葉を聞きつつ、一行はそのまま彼女の後を追って足を進める。

 

「ルイズ」

「何?」

「……暇ならアニエスさんで良かったのに、何で案内違う人に頼んだんだ?」

「さあ? 彼女のことだから何かしら意図はあるんでしょうけど」

 

 少しだけ顎に手を当て考えこんだルイズは、前を歩く女性に声を掛けた。せっかくですから、お名前を教えていただけませんか、と。

 ピクリとそれに反応した彼女は、少しだけ迷う素振りを見せた。が、すぐにそれを霧散させ、名乗るほどではないのですがと口を開く。

 

「ミシェル、と申します」

 

 

 

 

 

 

「うーむ」

 

 リッシュモンの執務室であったその場所に足を踏みいれた才人は、周囲を眺めてそんな声を上げた。王城の一室だけはありきらびやかな装飾が施されているそこには、おそらく仕事に使っていたであろう机と、そして本棚。

 それ以外には、殆ど何もなかった。

 

「まあ、証拠を残すようなヘマはしないか」

「あるいは、元々ここに証拠なんか残っていなかったか、かしらね」

 

 机を指でなぞりながらルイズがそう続ける。指先についた埃はそれなりの間人が立ち入っていない証拠であり、アニエスの言ったように関係ないものはそれこそメイドであろうと部屋に入っていないのだろう。

 

「……でも、姫さまならそんなことは百も承知でしょうし、なんで」

 

 わざわざ封鎖する意味がわからない。ひょっとしたら何かが残っている可能性を信じて保存しているのだとしても、流石に時間が経ち過ぎている。大体にして誘拐犯として既にロマリアには抗議の書簡が届けられているし、奴が悪人ではないとされる証拠は皆無。はっきり言ってこれは無駄以外の何物でもない。

 もっとも、当のロマリアではそんなことはありえないと抗議を突っ返したのであるが。何でも誘拐事件の起こっていた時、リッシュモンはロマリアの大聖堂で洗礼を受けていたのだとか。本当かどうかはともかく。

 

「んー。そのロマリアの意見を変えるような何かがここにある、とか?」

「あるの?」

「無さそうだよなぁ」

 

 空っぽの本棚を矯めつ眇めつ、才人はガクリと頭を垂れる。隠し部屋のスイッチもなければ秘密のメモもない。完璧なまでにただの本棚であった。

 念の為、と別の本棚も見てみるが、やはり同様に何の仕掛けもない空の本棚である。エルザも一緒に確認してみたが、何かしらの痕跡を見付けることは出来なかった。

 

「エルザのき――もとい、勘が何の反応もしないということは、やっぱりハズレなのかしら」

「かもな」

 

 入り口で待機しているミシェルをちらりと横目で見ながら、ルイズは溜息を吐く。そういえば、彼女はどのくらいまで把握しているのだろうか。ふとそんなことが頭をもたげた。

 アニエスが選んだのだから、全く何も知らないということは無いと思いたいが、果たして。少しだけ疑念に思いつつ、ルイズは彼女に問い掛けた。自分達のことを知っているのか、と。

 

「ヴァリエール公爵様の三女、ルイズ様ですよね。それが何か?」

「あ、ううん。ちょっと気になって。アニエスとは親しいから有る事無い事吹きこまれてないかなーって」

「いえ、特には。……ただ、そちらのお二方は隊長からも聞いておりませんので」

「マジで? アニエスさん薄情だなぁ……」

 

 そりゃそうだ、と納得しているエルザとは対照的に、才人は地味にショックだったらしい。よしよし、とエルザに慰められ、まったく、とルイズに頭を撫でられた。

 犬か何かじゃあるまいし、とそんな才人の扱いに少しだけミシェルが顔を顰めていたことに、彼女達は気付かなかった。

 

「ま、仕方ない。ここはハズレかしらね」

「……かもな」

「何よサイト、歯切れ悪いわね」

「いや、アニエスさんがわざわざ案内してくれたんだし、何かあるんじゃないかって」

「そりゃ、ね」

 

 自分もそう思っているが、しかし。実際本棚にも机にも何も無かったのだ。この部屋で後調べられる場所といえば天井や壁、あるいはそれらの中くらい。流石に現場保存している場所を破壊するわけにはいかない以上、調査の打ち切りは致し方ないところだろう。

 ふと、そこでルイズは思い付くことがあった。そしてまさか、と視線を巡らせた。脳裏に自称『大事なおともだち』が高笑いを上げながらウェールズに抱き付いているのを幻視し、思わず手に力が入った。

 ミシリ、と本棚に亀裂が入った。

 

「ルイズ!?」

「あ、ヤバ」

 

 しまった、と思った時にはもう遅い。横板が嫌な音を立てて割れ、本棚がゆっくりと倒壊していく。立派な調度品であったそれは、あっという間に木材の残骸に成り果てた。

 その光景を呆然と眺めた才人は、ジト目で隣の主人を眺める。何やってんだお前、と目で述べると、あははと乾いた笑いを上げつつ彼女はわざとらしく視線を逸らした。

 

「い、いやね。し、しし仕方ないじゃない。ほら、この状況もきっとあの姫さまが仕組んだんじゃないかって思ったら、つい」

「つい、で本棚破壊する人ってそうそういないと思う」

「ううぅ……」

 

 エルザにもそう言われ、ルイズは力無く項垂れた。視線を床に落とし、座り込み、そのまま『の』の字でも書きそうな空気を纏いつつ、ゆらゆらと体を揺らし。

 そんな完全無欠に落ち込んでます、拗ねてますと言わんばかりの態度になったルイズを見て、才人もエルザも苦笑してしまう。いつもなら開き直るんだけどな、とそんなことを思いながら、才人は彼女を立たせようとその隣に同じように腰を下ろし。

 

「ん?」

「……どうしたの?」

 

 才人の声にエルザが背中越しに覗き込む。傍から見ていると背中から抱き付いているような状況なのだが、生憎それを指摘する者はここにはいない。

 ともあれ、才人の視線を追ってエルザはそれを見た。崩れた本棚のあった場所の床、そこに何かメモらしきものが落ちているのを。

 

「……下に落ちてたんなら、誰も気付かなかったってことは無いよな」

「本棚の中に、隠されてた?」

 

 現場を保存して調査する、という通常の観点からすれば、調査する場所を破壊することはまずない。その盲点を突いたものだったのか、あるいは隠した本人が忘れていたものだったのか。

 

「えーっと、何々?」

「『爆弾魔』の人格を植え付けるには、ある特定の手順を踏まなければならない。そうすることで、人畜無害な人間を工作員に仕立てあげることが出来る。――『爆弾魔』?」

「これってひょっとして、今回の事件の」

「サイト!」

 

 突然のルイズの叫び。へ、と彼が顔を上げたその目の前には、今にも爆発しそうな拳大の大きさの塊が数個。

 爆弾だ、と認識するよりも早く。轟音と閃光で部屋は包まれた。

 

 

 

 

 

 

「っぷっはぁ!」

 

 瓦礫の山と化したそこからブンブンと頭を振るのはルイズ。流石というべきか、その体には怪我らしい怪我は見当たらない。煙と煤で若干咽つつ周囲を見ると、固定化の施されていた壁や天井を除く殆どが原型を留めないほどに破壊されていた。加えるのならば、その壁や天井も若干ヒビが入っている。爆弾の威力がどれほどであったのかを物語っているそれに、彼女は苦々しげに唇を尖らせた。

 

「っと、サイト!?」

「……おーう」

 

 ルイズの声に反応するように、瓦礫の一角がガラガラと崩れ下からエルザを抱きかかえた才人が這い出してくる。ルイズと違い、流石に彼は無傷とはいかなかったらしい。それでも擦り傷程度で済んでいるのは、そろそろ才人も一歩踏み出してしまった証拠なのかもしれなかった。

 

「エルザも無事ね」

「うん。……お兄ちゃんが、庇ってくれたから」

 

 才人の腕から抜け出したエルザは、赤い顔を誤魔化すように視線を彼女達から周囲に向ける。先程のメモは、どうやら爆発の際吹き飛んでしまったらしい。それを確認すると、証拠、無くなっちゃったねと呟いた。

 

「ま、あの状況なら仕方ないわ」

「流石にメモも庇うのは無理だったな」

 

 うんうん、と頷きあった二人は、そこでふと気が付いた。この場にいるのは自分達三人だけだ。あれだけの爆発が起きたのだ、普通ならば誰かしら騒ぎを聞きつけてやってきてもおかしくない。

 何より、案内役のもう一人の姿が、見当たらない。

 

「……おいまさか、さっきので吹き飛んだとか」

「血の臭いはしないわ。人の焼ける臭いもね。慌てて応援を呼びに行っているか、あるいは」

「……さっきの爆弾、少し魔法の痕跡があったよ。扉から外に続いてる」

 

 エルザの言葉に二人は頷く。それはつまりそういうことなのだ、と。

 部屋の処理は後回しだ、と三人はそのまま蝶番の外れかかった扉を蹴破り、廊下に出る。エルザが外にある痕跡を辿り、こっちだという方向に向かって駆ける。城の中でこんなことをやらかした相手だ。場合によってはとんでもないことになりかねない。

 そう判断したルイズは犯人がいるであろうその場所へ駆け込んだが、しかし。一歩足を踏み入れ、思わず動きを止めてしまった。後方の才人とエルザは、部屋に入ることも出来ずにそそくさと距離を取っている。

 何せ、その場所は諸侯の集まっている会場の中でも更に頂点。アンリエッタ達王族が集っている場所だったのだから。

 

「あらルイズ。今度はここを爆破させる気?」

「……今はふざけている場合じゃありません」

「わたくしは真面目よ。銃士隊からの報告があったわ、『ヴァリエール公爵の三女が、元高等法院の部屋を爆破した』と」

 

 アンリエッタの表情にふざけたものは見当たらない。至極真面目に、真っ直ぐにルイズを見詰めながら、淡々とそう言い放った。

 違うのか。そう無言で問い掛けている彼女に向かい、ルイズは同じように真っ直ぐ相手を見詰めながらゆっくりと首を横に振った。違う、と。爆弾犯は他にいる、と。

 

「そう。……では問い掛けます。その『犯人』とは?」

「……銃士隊の、ミス・ミシェル」

 

 ざわ、と周囲の空気が変わった気がした。当然だろう、アンリエッタが自身で編成している子飼いの部隊が、爆弾犯などという犯罪に手を染めているというのだから。

 そのざわめきを聞いて、ルイズはしまったと舌打ちをした。そういうことか、と顔を顰めた。このまま自分が犯人ならば、アンリエッタが選んだ巫女が犯罪者、実行犯を見付ければ、アンリエッタが選んだ銃士隊が犯罪者。どっちに転んでも彼女の評判が落ちるのは避けられない。

 

「ねえルイズ」

「はい?」

「わたくしが、そんなことを考えていなかったとでも?」

「……違うんですか?」

「……やれやれ、本当に貴女という人は」

 

 その単純さが癖になる。そう言って口角を上げたアンリエッタは、もう一度周囲をよく見てみなさいと彼女に言い放った。

 え、と視線を左右に向ける。着飾った貴族達はどう見ても一流で、一体何がおかしいのか分からない。

 と、そこで気付いた。その貴族達の顔ぶれがどうにも見知った顔ばかりだということに。

 

「あれ?」

「ここには確かに王族達が集まっていますが、どちらかといえばプライベートな空間よ。所謂、『そういうお話』の出来る方々ですわ」

 

 ウェールズとアンリエッタを筆頭に、ジョゼフとシャルル、ティファニアなどの三国同盟の長。ヴァリエール公爵一家とイザベラにビダーシャルとルクシャナ、色々と諦めたようなマザリーニとマチルダとシェフィールド。

 そして、毎度お馴染みタバサとキュルケ。

 成程確かにあの程度の話でどうにかなるような面々ではなかった。

 

「そこにいらっしゃるサイト殿とミス・エルザもこちらへ」

 

 アンリエッタの言葉でそっと部屋に入った二人も、ある程度見知った顔を見付けてふうと安堵の息を吐く。そのまま扉を閉めるよう言われ従うと、アンリエッタは『ロック』と『サイレント』を部屋に掛けた。

 

「まあつまりは。……ここは、蜘蛛の巣ですわ」

 

 ねえ、と背後に視線を向ける。メイド服姿の女性二人に拘束されたミシェルが、憎々しい視線で睨みながら連行されてきた。

 

「ごきげんようミシェル。そして、残念です。貴女には期待していましたのに」

「……我が両親を殺しておいて、何を」

「貴方の両親というと、リッシュモンに謀殺された方のことでしょうか」

「――え?」

 

 彼女の表情がすとんと抜け落ちる。それを知ってか、アンリエッタはどうやってリッシュモンが彼女の両親を自殺に追い込んだかと淡々と語った。次第に真っ青になっていくミシェルのその表情を見ながらも、アンリエッタは笑みを崩さない。

 一通り語り終えた彼女は、さて、と虚ろな目をしたミシェルに問い掛けた。

 

「事件のあらまし、そして背後の人物。……語ってくれますね」

 

 答えは、返ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

「ご苦労様」

 

 空気の重さに耐え切れなくなった才人とエルザは早々に城を後にし、詰め所へと戻ってきていた。胡散臭いノワールの笑みが、この時ばかりは癒しに見える、と才人は案外失礼なことを考えた。

 

「その様子だと、上手く行ったようね」

「へ?」

「銃士隊の一人、捕縛したのでしょう?」

「何でそれを?」

 

 ノワールは笑みを絶やさない。はい、と一枚の手紙を差し出すと、読めと言わんばかりに口を閉じた。

 何々、とそこに視線を落とすと、アンリエッタが書いたらしい返事の書面が目に飛び込む。

 曰く、師匠(せんせい)の情報の裏が取れました。やはりミシェルは騙されているようです。『爆弾魔』の被験者になっているかどうかはこれから調査します。

 

「……」

「……」

「どうしたの?」

 

 どうしたもこうしたもない、と二人はテーブルを叩く。このやり取りを見る限り、今回の事件は特に自分達が介入するまでもなく終了していたのではないか。そう捲し立てながらノワールに詰め寄り。

 そうよ、とあっさり返されたことで動きを止めた。

 

「事件自体は、わざわざ問題視するほどのものではなかったから、当然ね」

「だったら何で」

「何故、って。言ったでしょ?」

 

 少し見回りをしてきてもらうって。クスクスと笑いながらそう言い放った彼女を見て、才人はただ呆然と立ち尽くすのみであった。

 




骨折り損のくたびれ儲けエンド。

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