ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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全然進んでいないような、進んでいるような。
そして安定のエセ推理。


その3

「よし、犯人見付けてぶっ潰すわよ」

「お、おう」

「声が小さい!」

「おー!」

 

 トリステインの王宮内。何故か既に殺る気満々のルイズのテンションに、才人はあまりついていけなかった。エルザは完全に引いている。

 そもそも、衛兵に王宮に入る許可を取るためルイズの名前を出した時から何となく嫌な予感はしていた、と才人は思う。あの微妙な表情と、マジで呼ぶのかよあの人、という呟きは忘れられない。

 まあこれを見れば納得だ。そう結論付けた才人は、なるようになれと諦めることにした。

 

「で、ルイズは何か犯人の目星あるのか?」

「へ?」

「……おいご主人」

「な、何よ。わ、わたしが悪いっていうの!?」

「いや悪いとは一言も言ってないから」

 

 駄目だなぁ、と思っただけで。そんな言葉の続きはこっそりと飲み込んだ。キュルケやタバサがいないと冷静に考えるタイミングを逃すのだろうと当たりをつけ、結局いつも通りだと思考を放棄。とりあえず自分達の持っている情報を渡しておこうと視線を自身の主からエルザに向けた。

 話を振られたエルザはビクリと肩を震わせたが、すぐに表情を戻すとこれまでの経緯を語り出す。偽物が変装に使っていたカツラの毛髪を見付けたこと。その痕跡を追った結果ここ王宮内に辿り着いたこと。ルイズに罪を着せようとしている工作と犯人の潜伏を兼ねて、恐らくまだここにいるであろうという予想も追加し、まあ大体こんな感じと彼女は述べた。

 

「ここにいる可能性が高い、ってことね」

「あくまで予想だよ?」

「まあ他にアイデアもないし、一旦その方向で行きましょう」

 

 若干冷静になったらしく、ルイズはそう言うと何かを考え込むような仕草を取った。爆発事件から二人が来るまでの時間を逆算し、大体その間の出入りを調べようと衛兵達のいる場所へと足を進める。

 これこれこういうわけだから情報を寄越せ。そんなルイズの言葉に衛兵は困ったように頭を掻いた。現在の王宮は人の出入りが激しい。常に披露宴が開催されていると言っても過言ではないため、来賓の貴族はもとより商人達による物資の運搬も頻繁に行われていた。その状況でどんな人間がここを通ったか、などと言われても答えられるはずがないのだ。

 仕方ないと頭を下げながら衛兵は素直にそう述べたが、ルイズは成程と頷くだけで別段彼等を叱責しなかった。あれ、と首を傾げた衛兵達に向かい、お前等わたしを何だと思ってんだと睨み付ける。すいません、とさっきより必死に頭を下げる衛兵をジト目で一瞥し、まあいいと彼女は才人達に向き直った。

 

「つまりはそういうわけよ」

「あー、人の出入りが多過ぎて真犯人は特定出来ないぜってやつね」

「そうなると犯人の姿が証拠になって、ルイズさんが疑われる、と」

「やってくれるわね」

 

 不機嫌そうに指をトントンとさせながらルイズがぼやく。自身に罪を着せようとした輩の手掛かりを掴みかけたにも拘らず、肝心なところで糸が切れてしまっている。彼女にとってそれは非常に気に入らない。

 せめてキュルケやタバサがいれば。ふとそんなことを思い、しかしブンブンと首を振った。こういう時、自分で解決してこそだ。そう自身を奮い立たせ、別の証拠を探そうと踵を返す。

 

「なあルイズ」

「あによ」

「キュルケやタバサに手伝い頼めないのか?」

「わたし一人でやるの! 文句あっか!」

「あ、いえ、ないです。ごめんなさい」

「……どのみちキュルケは今のとこツェルプストーとしてゲルマニアの来賓扱いになってるからそう簡単に動けないし、タバサは論外よ」

「そーなんだ」

 

 なるほど、とエルザが頷き、才人はそういやそうかと頬を掻く。そもそも現状の前提として自分で呟いていたじゃないかと心の中で続けた。

 ふと、そこであることを思い付いた。さっきの衛兵にした質問は特定の時間に出入りした人間という、あまりにも該当者の多いものであった。結果として有益ではあったが、正直悪手であることは否めない。どうせ質問するならばもっと絞り込むべきだ。

 才人は再度衛兵に尋ねる。さっきの時間帯で出入りした貴族はどのくらいか、どんな輩か。

 

「貴族?」

 

 その質問を聞いていたエルザは首を傾げた。何かそんな特定するキーワードはあったのだろうか、と。

 振り向いた才人はいや、別に、と返す。ただ、もし犯人が未だにここにいるのならば、最も楽にしていられる立場は間違いなくそれだ。

 ともあれ、衛兵はその言葉に少しだけ考え込むように視線を巡らせると、貴族様はそこまで多くなかったと述べた。ゲルマニアの貴族が数名、ロマリアの神官だと思われる若い少女、トリステインのバーガンディ伯爵とチェレンヌ徴税官。指折り名を上げ、まあ大体そのくらいだと締めた。

 

「どうだルイズ」

「ロマリアの神官の少女ってのが気になるけど、んー」

「ゲルマニアは? 三国同盟に入っていないよ?」

「この状況で非同盟国が馬鹿やったらまず確実に潰されるわよ」

 

 ロマリアみたいな特別な背景を持っていない限り。そう続けたルイズの表情は、凡そ犯人をその少女に絞り込んだものであった。衛兵に追加でその少女の話を聞き、早速行こうと息巻いている。

 どうしようか、と才人はエルザを見た。とりあえず話を聞くくらいなら問題ないかな、と頬を掻く彼女を見て、まあそんなもんかと彼は溜息を吐く。

 さっさと来なさい。そうルイズが叫ぶのを聞きつつ、はいはいと二人は後を追った。

 

 

 

 

 

 

「で」

 

 何でわたしの手を掴んでいるのか。そんなことを言いながらルイズは隣の才人を睨んだ。それに対し、彼はなんら悪びれることなくお前が暴れないようにだと言い放つ。

 殴られた。当然である。

 

「おぉぉぉ……」

「アンタわたしを何だと思ってるのよ」

 

 まったく、と頭を押さえて悶える才人を尻目に、ルイズは扉の前で待機している侍女に中へ取り次ぐよう述べた。ご用件は、と尋ねる侍女に対し、街で起きている爆弾事件について話を聞きたいと返す。

 少々お待ちくださいと侍女は頭を下げ、部屋にいる主人に許可を取る。暫くすると、どうぞ、という声が聞こえた。

 

「失礼しますわ」

 

 頭を下げ、部屋へと入る。来賓用に誂えたその一室で、一人の少女が本を読んでいた。栞を挟んだ少女は、ルイズを見てニコリと笑みを浮かべる。貴女は確か、詔を読む巫女の方でしたね。そう言いながら立ち上がり、本を仕舞うと三人に座るよう促した。

 

「それで、爆弾事件、ですか?」

「ええ。数時間前、友好街でちょっとした事件がありまして」

 

 ルイズは事件の経緯を話す。そして王宮内にいるらしい容疑者を探っていると隠すことなく言い放った。お前を疑っていると、直接ではなくともそう述べたのだ。

 

「成程。確かにわたしはその時間帯に街に出ていましたわ。そして、事件後ここに戻ってきている」

 

 うんうん、と頷くと、それで? と彼女は続けた。他の容疑者となりそうな者の中から自分を選んだ理由は何だ。そうルイズに尋ねた。

 その言葉にルイズは少しだけ言葉に詰まる。勘だ、と開き直るのは簡単だが、それをやるわけにはいかない。こんな場所で、この状況で、流石にそんな頭の悪い真似をするわけにはいかない。

 元々少し気になっただけなのですが。そう前置きをして、ルイズはゆっくりと口を開く。

 

「まず、ゲルマニアの貴族は今回の事件には関わっていないと予測しました。この状況で三国同盟に害を与える意味がないですから」

「それはロマリアも同じでは?」

「勿論。ですが、ロマリアはゲルマニアとは違い、三国より立場は上の存在です。……そして、以前聞いたのですが、教皇猊下は三国にとある提案を持ちかけ断られた経緯があるのだとか」

「それで、わたしを、ね」

 

 少女は納得いったように頷くと、しかし何が可笑しいのかクスクスと笑い出した。ごめんなさい、と謝ってはいるが、それでも笑いは収めない。

 笑みを浮かべたまま、少女は真っ直ぐにルイズを見た。その瞳に浮かぶ何かに、思わず彼女は怪訝な顔を浮かべてしまう。

 

「先程のお話を根拠とするならば、わたしは違うと明言しましょう」

「え?」

「教皇猊下の指示のもとに動くなどということはありえません。もしロマリアが動いているのならば、それは猊下とは関係ない、所属している拝金主義の神官でしょう」

 

 まるで誰か特定の者を思い浮かべるように。少女はそこまでを述べると、お役に立てなくてごめんなさいと頭を下げた。

 いいえ、と慌ててブンブンと手を振ったルイズは、コホンと咳払いを一つするとありがとうございましたと席を立つ。これ以上突っ込んだ話をすることは出来ないと判断したのか、はたまた少女の纏う雰囲気に何かを感じ取ったのか。ともあれ、それではと立ち上がると、口を挟めなかった才人とエルザを伴って少女の部屋を後にした。

 パタンと扉が閉まる。それを見ていた彼女は、ふう、と溜息を吐いた。

 

「――わたしが教皇猊下の指示で動くなんて、ありえない。だって、あの人は」

 

 わたしの大切なジュリオを取る嫌な人だもの。そう言って彼女は口角を上げる。

 

「頑張ってね、巫女さん。わたしとジュリオの幸せのために」

 

 

 

 

 

 

 結局どうだったんだと才人はルイズに問い掛ける。それに対し、彼女はとりあえず犯人ではないわねと彼に返した。

 

「ただ、怪しかった」

「どゆこと?」

「今回の事件とは関係ないかもしれないけれど、こう、もっと何か色々糸を引いているような……姫さまとかノワールおばさまの同類というか」

「あんなんがそうポンポンいてたまるかよ」

「分かってるわよ。何となくそう思っただけ」

 

 そんなことより、まずは目の前の事件だ。犯人探しが振り出しに戻った以上、新しい取っ掛かりを見付けない限りどうにも進めない。

 そう言われてもな、と才人は頭を掻く。もう一度衛兵に出入りを聞き直すとして、何に絞ればいいのやら。そんなことを思い、ううむと首を捻った。

 

「さっき」

 

 そんな折、エルザがぽつりと呟く。あの人、気になること言ってなかったっけ。思い出すように視線を上に向けながら、彼女はそのまま言葉を続ける。

 

「もしロマリアが犯人なら、やっているのは拝金主義の神官だ、とかなんとか」

「言ってたわね。でもそれがどうしたのよ。ロマリアの神官で拝金主義なんか腐るほどいるわよ。それこそ――」

 

 この間トリステインからいなくなったリッシュモンみたいなのが。そう言いかけて、ルイズの動きが思わず止まる。どうした、と尋ねる才人を尻目に、彼女の思考が一つの道を示し、そして視線が左右に動く。

 

「ねえ、サイト」

「ん?」

「さっきの神官の女の子だけど、わたしのこと巫女だって言ったわよね」

「言ってたな」

「トリステインの王族の婚儀で詔を詠む巫女って、どうやって決められるか知ってる?」

「姫さまが決めてただろ? 俺その場にいたし」

「そうね。……姫さまが直接決めた相手の不祥事なら、面目が潰れるわよね」

「あー、そうか。そういう理由で」

「そうだったんだ」

「え?」

 

 納得した、と頷いた才人の横で、エルザが知らなかったとばかりにコクコクと首を動かしている。それを見て、彼は変な違和感を覚えた。自分と彼女の納得にズレがある。それを理解し、そして一つの疑問にぶち当たった。

 

「なあルイズ」

「何?」

「さっきの巫女の話、別の国で知ってる人は?」

「伝統だから、ある程度は知ってるかもしれないわね。ただ、その辺の貴族とかは知らないんじゃないかしら」

 

 具体的には、腐るほどいるロマリアの拝金主義の神官とか。そう続けると、ルイズは握り込んだ拳を掌に打ち付けた。パァンと小気味いい音を立て打ち鳴らされたその拳を突き上げると、人差し指を立て真っ直ぐに廊下を指す。

 

「ここでやっぱりあの娘が犯人だ、はやめてくれよ」

 

 指差していた拳を才人の額に突き付けた。立てる指を人差し指から中指に変えると、てい、と彼にデコピンをお見舞いする。凡そ普通のそれでは成し得ない豪快な音が響き渡り、彼の頭が後ろに弾かれた。

 

「余計な茶々を入れる犬にはお仕置きが必要ね」

「いやマジ勘弁してください」

 

 真っ赤になった額を擦りながら才人は後ずさる。まったく、と不機嫌そうに鼻を鳴らしたルイズは、話を元に戻そうと再度人差し指を立てた。

 

「リッシュモンが糸を引いてるわね」

「誘拐事件失敗したのにまだ懲りてねぇのかあのオッサン」

「……誰?」

 

 一人この間の事件に関わっていなかったエルザに説明をしつつ、とりあえず黒幕の予想はついたとルイズは息巻く。後は、ここにいる実行犯を探し出すことだ。

 そこまで考え、大本の事件自体の進展は全くしていないことに気が付いた。

 

「あ、でも。その黒幕の痕跡を探せば分かるんじゃないかな」

「黒幕の痕跡、ねぇ」

 

 何かあるのか、と才人はルイズに目で問い掛ける。少し悩んだ素振りを見せたルイズは、ゆっくりと首を横に振った。少なくとも自分は奴の資料など集めていない。そう言いながら、まあでも姫さまに頼めば出てくるだろうと肩を竦めた。

 

「姫さまに、って……今この状況だとキツくないか?」

「まあ確かにそうね。……あ、待った」

「ん?」

「いたわ、もう一人そういうの持ってそうな相手」

 

 よし、とルイズは踵を返した。目的地は決まったとばかりに真っ直ぐ足を動かす彼女の後を、才人もエルザも首を傾げながらついていく。

 とはいえ、説明無しではどうしても納得はいかないわけで。こっちにも分かるように話をしてくれ、と才人はルイズの背中に問うた。

 

「説明も何も」

 

 アンタも分かるでしょうが。才人の問い掛けに、ルイズは振り向くことなく肩を竦める。それを聞いたエルザは疑惑の眼差しで才人を見やり、そして彼はどういうことだと一人焦った。

 

「……リッシュモンは、ダングルテールの事件の首謀者よ。忘れたの?」

「ダングル……って、あ!」

 

 そういうことか、と才人は手を叩く。そういうことよ、と溜息混じりにルイズは返し、そしてエルザの眼差しが更にキツくなった。

 ごめんなさい、と頭を垂れる。そして、コホン、と咳払いを一つした才人は隣の少女へと言葉を紡いだ。

 

「銃士隊の隊長アニエスさんなら」

 

 故郷の仇であるあいつの情報を、持っているかもしれない。そこまで述べた才人に、ルイズはよろしいと笑みを浮かべた。




事件→リッシュモンの仕業だ、がテンプレになるかならないか。

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