ルイズは激怒した。必ずや目の前の魔王をぶん殴ろうと決意した。
が、当然の如く止められた。無理もない。何せ今回の主賓はその魔王なのだから。
「どうどう」
挑発された。ふざけんな、と叫んだルイズは再度殴りかかろうと拳を振り上げ。
「ルイズ」
「ルイズ」
「おちび!」
「ひゃい!」
母と姉二人の声で瞬時に直立不動へと相成った。そうだった、今この場はどうしようもないほどの輩が揃っているんだった。そう彼女が思い出した時にはもう遅い。カリーヌはやれやれと頭を振り、カトレアはしょうがないわね、と微笑んでいる。
そして。
「こんな、各国の来賓がおられる中で、貴女は一体何をしようとしているの!」
エレオノールは激怒した。必ず、この愚妹を叱らねばならぬと決意した。ちょっとそこに座れと正座させたルイズに侃々諤々と説教を始める彼女は、ある意味先程のルイズよりも数段恐ろしかった。
ゲルマニアとロマリアの来賓達は、そんなヴァリエールの姉妹達を見て若干引いた。あれはきっと一生独り身だろう。そんな失礼な感想まで抱いた。
こほん、とそんな空気を変えるような咳払いが聞こえた。視線を一身に集めたアンリエッタは、自分の友人が少しふざけてしまったと笑顔で述べる。これは友人同士のちょっとしたじゃれ合いだ。そう断言し、だから何の問題もないと続けた。隣に立つウェールズもそんな彼女の言葉に何ら異を唱える様子はなく、ガリアの双王もアルビオンの聖女もうんうんと頷いている。三国同盟のトップの面々がそんな反応を見せてしまえば、そうでない連中はそうなのかと納得せざるを得ない。
ざわめきが動揺から通常の喧騒に変わるのを確認したアンリエッタは満足そうに頷き、さてルイズ、と説教が終わりげんなりしている大切な『おともだち』へと視線を向けた。
「そんなに気に食わなかったのですか?」
「気にいる奴がいたら多分変態です」
無実の罪を着せられた挙句、まあしょうがないと生暖かい目で見られるというこれ以上ない屈辱を浴びたルイズは、ジロリと半目でアンリエッタを睨んだ。その視線を笑顔で流した彼女は、まあ仕方ないでしょうとルイズに返す。
「日頃の行いですわ」
「ぐむぅ……」
どうせわたしは問題児ですよ。そんな拗ねたような返事をしてそっぽを向いたルイズを見て、アンリエッタはあらあらと頬に手を当て笑う。自分の行いに自信がないのね、とついでに煽るような言葉を続けた。
「わたくしは自信を持って自身の行動が正しいと言えますわ」
「そりゃ姫さまは言えるでしょう。そういう性格ですし」
「ルイズは違うの?」
「……少しだけ、自信がない、かな」
あはは、と少し困ったように笑いながら頬を掻いたルイズは、そこではぁ、と溜息を吐いた。自分のやったことが全て正しい、だなんて言い切れない。ただ、間違っているとは言わせない。そんな微妙な葛藤が、彼女の中で渦巻いていた。
「駄目よルイズ。そこはちゃんと自信を持たないと」
「え?」
「わたくしは、貴女の正しさも自信を持って断言してあげます。だから、無闇に人々を混乱させるような爆発事件を行う犯人などではないと、アンリエッタ・ド・トリステインの名にかけて述べましょう」
「姫さま……」
少しだけ、胸の奥が熱くなった。ああ、なんだかんだでこの人は自分の大切な友人なのだ。そんなことを改めて実感し、ルイズは少しだけ瞳の奥から込み上げてくるものが。
「つまり何か理由があったのですよね? それが分かればすぐさま公表し事態を解決させるわ」
「全っ然信じてないじゃないですかぁ!」
叫びと共に、零れそうだった涙はどこかに引っ込んだ。
「ルイズじゃない」
才人ははっきりと断言した。エルザはそんな彼を見て不思議そうに首を傾げる。何でそう言い切れるのか、と。実際最初はルイズの名を呟いたではないか、と。
「まあぱっと見はルイズっぽかったけど、あれは違う。変装か、あるいは最近よく出るスキルニルだ」
「ふーん」
よく分からない、と言った感じなエルザの頷きに、才人はまあ感覚的なものだし、と頬を掻く。なんだかんだでこの世界に来てから一番一緒にいた相手だ。本物かそうでないかくらいは。
「それにさ」
「ん?」
「あいつはあんな風に道行く人を傷付けるような真似をする奴じゃない。ルイズが剣を振るう時は、いつだって誰かを守るためだ」
「……ホントに?」
「ごめん、言い過ぎた」
実際は割と自分勝手な理由で剣を振るっている。とはいえ、最初に言った言葉は紛れも無い本心だ。理由もなしに、罪無き人々を傷付けることはない。ルイズは、そういう少女なのだ。そう、才人は自信を持って言えた。
「あそこにいた人達が気に入らない、とか。むしゃくしゃしたストレス発散、とか。そういう理由があればやるの?」
「いや、流石にその理由ではやんないと思う」
まあとりあえず、あれは偽物だという方向で調査を進めるぞ。そうエルザに述べた才人は、さてではどうするかと首を捻る。爆発現場を調べてみたものの、犯人に繋がるような証拠は見付からなかったのだ。
となると。呟きと共に彼は視線を上に向ける。先程犯人が立っていた屋根の上、そこならば何かがあるのではないかと考えたのだ。ひょいひょいと軽い調子で屋根に上がった才人は、そこに何か無いだろうかと視線を巡らした。
「あ、お兄ちゃん、これ」
「ん?」
ほれ、とエルザが彼に見せたのは毛髪であった。犯人のものらしきそれは、どうやらピンクブロンドらしい。
そんなことはさっき見た時点で分かっている、と彼は頭を掻く。確かに証拠ではあるが、DNA鑑定などという方法のないここではルイズ犯人説の裏付けにしかならない。
がくりと項垂れた才人であったが、エルザはそんな彼を見て不満そうに唇を尖らせた。一体全体どうして落ち込むのか。せっかく自分が証拠を見付けてやったのに。そんなことを思いつつ、彼女は彼に顔を近付ける。
「お兄ちゃん」
「うぉ!? 近い近い!」
思わずドキリとしてしまった才人は、何かを後悔するように頭を抱えた。俺はロリコンじゃない俺はロリコンじゃない、と呪文のように呟いた後、ふう、と大きく息を吸い、吐く。少し気持ちを落ち着けた彼は、どうしたんだエルザと問うた。
「どうしたじゃない。せっかくわたしが証拠見付けたのに、気に入らない顔してるんだもん」
「あー、いや、それはだな」
「そんなにこの髪の毛がカツラだったってのが不満?」
「ピンクブロンドだとどうしてもルイズが真っ先に犯人に疑われるから出来ればそうじゃない証拠をって、え!?」
目を見開いた。どういうことだ、とエルザに詰め寄ると、今度は彼女が顔が近いと若干顔を赤らめて彼を押し戻す。ごめん、と頭を掻きながら謝った才人は、改めてとエルザの持っている毛髪を指差した。
「カツラ?」
「うん。これ、本物の髪の毛じゃないよ。魔法で編まれた繊維」
「マジかよ。○デランスもビックリの技術だ」
ともあれ、ルイズではない証拠は案外簡単に見付かったらしい。犯人は意外と間抜けなのかもしれないなと一人頷く才人をよそに、エルザはそこから周囲を見渡した。
人ならば無理だが、自分は吸血鬼。このカツラの抜け毛に残っている魔法の残滓を辿ることが出来れば。そう思い実行したそれは、思いの外上手く行った。微かではあるが、犯人の移動ルートが見えたのだ。
「お兄ちゃん、こっち」
「へ? あ、ちょ」
才人の手を取り、一気に駆ける。気を抜くと見失ってしまいそうなほどの痕跡を、全神経を巡らせ追い掛ける。友好街を通り抜け、大通りを進み、その先にある巨大な建造物まで続いているそれを、必死で探る。
「エルザ」
「ふぇ!?」
ストップ、と体を引き寄せられた。ぽす、と小さな体は容易に才人の腕の中に収まり、抱き締められるような体勢になる。仲の良い兄妹か何かだろうか、と道行く人はそんな二人を見て顔を綻ばせた。
「な、何するの!?」
「何するはこっちのセリフだっつの。前見ろ前」
「え?」
顔を上げると、何やってんだこいつら、と言わんばかりの顔でこちらを見ている衛兵の姿が目に入った。そしてその奥には、ドドンと聳えるトリステインの王宮が見えた。
残滓はその先へと続いているのが何とか感じ取れる。つまり、犯人は。
「……ねえ、お兄ちゃん」
「何だ?」
「ルイズさんは、ここにいるんだっけ?」
「多分な」
「……わたしね、さっき犯人の痕跡を辿ってたの」
「あ、そうだったのか。って、え?」
エルザの言いたいことが分かったのか、才人も彼女と同じように目の前に聳え立つ王宮を見た。正確には、その中にいるであろう人物を見ようとした。
そのまま二人は視線をお互いに向ける。多分考えていることは同じだろう。そう思いながら、とりあえずこくりと頷いた。
「やっぱルイズが犯人なのかなぁ……」
「自信無くしちゃ駄目だよお兄ちゃん!?」
がくり、と肩を落とす才人を慰めながら、エルザはそっと王宮を後にした。
「普通に考えて、王宮にその嬢ちゃんに罪を着せようとする輩がいるんだろうよ」
「ああ、そっか」
「馬鹿なんですかお前は」
「うるせえよ」
とりあえず詰め所に戻ってきた二人は、そこにいた追加の警備兵仲間へと事の次第を話していた。一通りそれを聞いた連中は、成程と頷き、そして放った言葉がこれである。まあ確かに言われてみればその通り。単純な話であった。
「っていうか、何でお前ここにいるんだよ筋肉ダルマ」
「ジャックだ、きちんと名前で呼べ。何故も何も、おれ達もこの仕事を請けたのさ」
「お嬢様とやらのことはいいのかよ」
「お嬢様のご命令です。何の問題もない」
ここに滞在する間は、トリステインの手伝いをしてあげればいい。そう言い付かっているとメイド服の少女は述べる。その言葉を聞いてああそうかいと返した才人は、そのままジロリと少女を睨んだ。
「お前が犯人って可能性は?」
「わざわざ使い勝手のいい体があるのにそれを捨てる意味が無い。そう思いませんか?」
「……あっそ」
ふん、と才人は少女、『地下水』から視線を外す。彼女の隣ではニヤニヤと面白そうに笑っているジャックの姿が視界に入り、け、と吐き捨てるように奥に目を向けた。
ゴスロリ姿の少女に説教されている優男が見えて、彼はとりあえず見なかったことにした。こっそりシンパシーを感じたのは多分、気の所為ではないだろう。
「それで、どうする気だ?」
「どうするって?」
ジャックの言葉に視線を再び対面の二人に戻す。爆弾事件の犯人のことだ、と彼は続け、王宮の中だと色々面倒だぞと締める。
まあ確かにその通り、と才人は頷いた。ある程度の地位を持っているのならばともかく、今の自分は使い魔その一、中に入るには色々と無理がある。せっかく手掛かりがあるのに先に進めない歯痒さに、彼は一人顔を顰めた。
「侵入すればいいのでは?」
「出来たらとっくにやってるっつの」
「何だサイト、お前はそんなことも出来ないのですか」
「テメェみたいな人外と一緒にするんじゃねぇよ駄ナイフ」
何だと、と『地下水』は思わず立ち上がる。やるか、と才人もそれに応えるように立ち上がった。
そんな二人を見て、ジャックはカラカラと笑う。相変わらず仲が良いな、と。
『どこが!?』
「そういうところがさ」
同じタイミングで互いを指して同じ言葉を言ってしまった二人を見て、彼は更に笑みを強くさせる。才人と『地下水』はこれまた同時に溜息を吐くと、ふんと鼻を鳴らし椅子に座った。
「ぶー」
「……何で機嫌悪くなってんだエルザ」
「べっつにー。その美人のお姉さんと仲が良いんだなーとか思ってないですよー」
「だからあいつナイフが本体だから。あれ人形だから」
おっぱい柔らかかったけど、という言葉は既で飲み込んだ。余計なことを言って機嫌を悪くさせたら意味が無い。そんな無駄な気遣いを彼は発揮していた。
そんなことより、と彼は無理矢理話題を元に戻す。王宮にいるらしい犯人をどうにかして突き止めなければならない。そう言って、何かいいアイデアはないかと皆に尋ねた。
「素直に王宮の誰かに頼めばいいんじゃないかな?」
「それが出来たら苦労はしないって」
「ん? お前さんトリステインの姫殿下、ああいや今はもう王妃か、と仲が良いんだろう? 問題ないんじゃないのか?」
「いや、まあそうだけど今この状況じゃなぁ」
「婚儀に参加するわけではなく、犯人の捜索でしょう? お前のご主人なりなんなりに頼んでも大丈夫なくらいでは?」
「……」
言われてみれば。最初にあそこには入れない、入らないという考えが彼の頭にこびり付いていて、どうやら発想の妨げになっていたらしい。そのことを自覚した才人はがくりと肩を落とし、何だか今回は調子が出ないなと自嘲した。
そんな彼を、大丈夫だよ、とエルザは優しく撫でる。今から活躍すればいいだけだから。そう言って、彼女は優しく微笑む。
「ほら、シャキっとして。行こう、王宮に」
「……ああ、そうだな」
よし、と才人は立ち上がる。うん、とそれに続いてエルザも立ち上がった。
そんな二人を、まあ頑張れとジャックは見送り、『地下水』は無言でヒラヒラと手を振る。
「あれ? お前等ついてこないの?」
「何だやっぱりあれか。お前さん、『地下水』と一緒がいいのか」
「違うっつの」
「所詮は体目当てですか。いやらしい」
「違うっつってんだろ!」
「お兄ちゃん……」
「違うから! そんな目で見ないでエルザぁ!」
詰め所で悲痛な声を上げる才人を見ながら、ジャックは面白そうに笑う。『地下水』はしてやったりと口角を上げる。エルザはジト目で才人を睨む。
そしてそんな一行を見て、ノワールはクスクスと楽しそうに笑いながら一枚の手紙を伝書鳩に括りつけた。
人外にモテる男、平賀才人。