ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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個人的には第二部的な感じ。


イミテーション・ボンバー・ガール
その1


 トリステインの城下町は、もうこれ以上ないというほどの大騒ぎであった。街の人々は口々に歓声を上げ、そしてその誰もが笑顔で騒いでいる。平民も、メイジも、貴族も。それに違いは何もなく。

 

「すっげぇなぁ」

 

 そんな城下町を、才人はポカンと呆けたような顔で歩いていた。彼の主人の姿は近くに無く、どうやら一人で行動しているらしい。キョロキョロと適当に視線を巡らせ、そして見付けた屋台で何かを買い。そんなことを繰り返し、どうしたものかと首を捻る。

 

「ルイズは巫女、キュルケは実家の方の対応、タバサはそもそもこういう場合姫さま側だし」

 

 流石に当事者達と深い親交があるとはいえ、使い魔の身分であの中心部にいるわけにはいかない。自他共にそう判断した結果が現在の状況である。早い話があぶれたので暇であった。

 ボリボリと頭を掻くと、才人は目的地を決めたのかそこへと向かい足を進めた。普段冒険者の依頼を斡旋している窓口、そこで何か適当な仕事でも探してやろうと思ったのだ。何せ、この騒ぎは一ヶ月は続くのだ。一人でダラダラしていては腐ってしまう。

 

「フリークエストを受けるタイミングってやつだな」

 

 うんうんと自分だけで納得しながら、ある程度顔馴染みとなった窓口の女性から渡された依頼の紙を才人は見る。そして、なんじゃこりゃと眉を顰めた。

 

「少ねぇ!」

 

 当たり前でしょう、と女性は述べる。この現状で冒険者に依頼する仕事なぞ緊急を要するものしかなく、そして緊急のものはアンリエッタ王妃の名のもと婚儀までに片付けられている。結果として怪しい仕事か雑用かの二択であり、彼が受けるようなものはほぼないわけで。

 がくりと頭を垂れる。いきなり計画が頓挫した才人は、どうしたもんかと踵を返した。

 そんな彼に、ちょっと待ったと声が掛かる。何かあるのか、と振り返った才人に向かい、窓口の女性はもしやることがないのならばこれを受けておけと一枚の依頼書を差し出した。

 

「城下町の臨時警備兵?」

 

 そこに書かれていることを読み、成程と彼は一人頷く。まあ確かに現在ここはトリステインだけでなくアルビオン、ガリアの三国同盟にゲルマニアとロマリアの二国まで加わった世界の要人が集まっていると言っても過言ではない場所である。勿論正規の騎士達が警備をしているのだろうが、いかんせん手が足りない。その為に傭兵や冒険者を臨時で雇い入れているのだろう。

 さっきのリストになかったのは、ある程度信用出来る相手に個別に渡しているからだと言われてしまえば、才人としても断り辛い。まあどのみち他にやることはないので、断る理由もないのだが。

 よし、と頷くと、才人はこれ受けますと女性に述べた。了解、と手続きの紙と地図を追加で差し出した女性は、詳しいことは向こうで聞いてくれと続ける。どうやらこの仕事用に用意された詰め所で統括者が待っているのだとか。

 何だか嫌な予感がしてきた才人であったが、まあいいやと開き直り地図を頼りに街を歩く。どうやら最近開発された三国同盟の友好街にあるらしい。

 

「あそこ碌な思い出ないんだけどな」

 

 はぁ、と溜息を吐きながら足を進めていた彼であったが、そこでふと見慣れた背中を見付けた。普段であれば絶対に一人で声を掛けないであろうその相手だが、しかしどうにも嫌な予感が拭えていなかった彼はその背中に呼びかけた。

 

「ん? 何だお前か」

「俺で悪かったな。てか、こんなとこ見回りしてていいのか? 隊長だろ?」

 

 才人のその言葉に、その相手はふんと鼻を鳴らす。詰め所でふんぞり返っているのが隊長の仕事だと思ったら大間違いだ。そんなことを言いつつ、それでお前はどうしたんだと彼に尋ね返した。

 

「ルイズ達は姫さまの方に行ってるから、俺は俺で仕事を、ってな」

「使い魔にしてはいい心がけだな」

「けっ。んで、臨時警備兵だか何だかでそれ用の詰め所がこの辺にあるらしいんだけど」

「……臨時警備兵? 詰め所?」

 

 才人の言葉に相手――ワルドは怪訝な表情を浮かべる。暫し考えるように視線を巡らせると、肩を竦め溜息を吐いた。まあそんなものか。そう呟くと、彼は踵を返してしまう。

 

「おいちょっと待てワルド。意味深に不安煽ってどっか行くなよ!」

「まあ、お前にとってはいつものことだろう。気にするな」

「気にするわ!」

 

 ヒラヒラと手を振るワルドの背中に、才人は力一杯罵倒の言葉をぶつけた。

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと扉を開ける。最近開発された区画だけはあり建物は小奇麗で、一見するとどこも怪しいところは無いように思えた。一瞬だけ才人はそのことで安堵し、そして奥の机に座っている統括者らしき人物を見てすぐにその考えを打ち消す。

 修道服を纏ったその女性は、笑みを絶やさずやってきた彼を眺めていた。待っていたわ、とその口から言葉が発せられ、こちらへ、と促されたことで思わず無意識に足が動く。

 指定された場所に腰を下ろした才人は、そこでようやく我に返った。

 

「騙されたぁぁ!」

「あら、人聞きが悪いわね」

 

 頬に手を当て、その肘をもう片方の手で支えるようにしながら小首を傾げるシスター。その格好が彼女の豊満な胸を強調するようにしていたが、才人はそこに目を奪われている余裕は少ししかなかった。

 彼女は尚も笑みを消さず、別に騙してなどいないと彼に述べる。やってもらうことは確かに臨時の警備兵なのだ。そう続け、まあただし、とその笑みを少しだけ強くさせた。

 

「対処する相手が『何か』は、保証出来ないけれど」

「ですよねこんちくしょー!」

 

 ヤケクソ気味に才人は叫ぶ。気分はまるで魔女の家に捕らえられた哀れな子供、そんなことを一瞬考え、ぶんぶんと頭を振って散らした。

 そもそも。まるで、などではなく、正に魔女の家なのだ。目の前にいる相手はトリステインでまことしやかに囁かれるらしい伝説の一人、『魔女』ノワールなのだから。

 

「っていうかノワールさん、姫さまの結婚式行かなくていいのかよ。師匠なんだろ?」

「いいのよ。わたしはそういうことをする人間じゃないもの」

 

 それは、どういう意味で言ったのか。少しだけ尋ねてみたい衝動に駆られたが、才人はぐっと堪えた。そうですか、とだけ返し、そして何故こんなことをしているのかという理由を何となく察した。

 素直じゃないんだな。そう思い、彼は少しだけ苦笑した。

 

「勿論、わたしが向こうに行くとカリンが王宮を破壊しかねない、というのもあるけれど」

「……あの人どんだけだよ」

 

 呟き、ああそういえばルイズの親だったと思い直した。王宮で姫殿下をアッパーカットでぶっ飛ばしていた娘の母親だ。それくらいわけない。

 まあそういうわけなので、とノワールは視線を才人に戻す。少しばかり厄介なことをやってもらうことになるけれど。そう続けた言葉に分かりましたと彼が頷いたのを見て、彼女はよろしいと満足そうな笑みを浮かべた。

 

「それはいいんですけど、俺一人で?」

「違うわ。他に声を掛けている相手もいるからもう少し増えるでしょうけれど、今のところは貴方と」

 

 そう言って彼女が指差した向こうでは、猫耳のような装飾のついたフード付きの外套を纏った小柄な少女が不機嫌そうに足をブラブラとさせているところであった。才人はどうやらノワールを見付けた時点で周囲に意識を向けるのを失念していたらしく、あ、ホントだなどと間抜けな返事を口にした。

 が、しかしその表情はすぐに怪訝なものに変わる。ノワールが集めたのだから恐らくある意味で間違いはないのだろうが、しかし。いささか小柄過ぎやしないか、と思ったのだ。才人よりも幾分か年下、子供のよう、というよりも完全に子供である。

 

「ノワールさん」

「そう思うのならば、ほら、声を掛けてあげなさい。そうすれば分かるわ」

 

 む、と才人は口を噤む。まあ確かに直接話した方が早いかと席を立った。その少女のもとへと歩みを進め、こんにちは、と挨拶をする。そのまま自己紹介をしようと笑みを浮かべながら視線を彼女に合わせようと腰を落とし。

 

「気付くのが遅い!」

「うわっぷ!?」

 

 がばぁ、と彼に飛び付いてきた少女の勢いに押されて床に転がった。馬乗りの状態にされた才人が何だ何だと少女の顔を覗き込むと、いかにも不機嫌ですといわんばかりの表情が飛び込んでくる。セミロングの金髪、まだ多少の幼さが残る顔立ち、そして、口元に少しだけ見える普通とは違う牙のような歯。

 

「エルザ!?」

「そうよ。覚えていてはくれたのね」

 

 むぅ、とまだ多少不機嫌そうではあるが、自身の名前を呼ばれたことで少女は、エルザは少しだけ気を良くしたらしい。まったくもう、とむくれながら彼の上から移動する。

 倒した椅子を戻しそこに座ると、改めて、と彼女は笑みを浮かべた。

 

「久しぶり、お兄ちゃん」

「ああ、久しぶり。元気だったか?」

「元気でしたよーだ。わたし知ってるんだよ、少し前に公爵領に来てたでしょ? でも会いに来てくれなかった」

「……あー、えっと、それはですね」

 

 色々あったから仕方ない。そう言うのは簡単だが、それはちょっと違う気がした。全く余裕が無かったわけではないし、会いに行く理由だって簡単に作れたはずだ。それでも行かなかったのは、彼の落ち度に他ならない。

 ごめん。そう言って素直に頭を下げた才人を見て、エルザはクスクスと笑いながら相変わらずだね、と彼の頭をポンポンと叩いた。見た目年下からそういう扱いを受けるのは彼としては何とも言えない気分であったが、まあ悪いのは自分だからとされるがままだ。

 そんなやり取りが終わり、さてでは最初の話題に戻ろうかと思い立った才人は、そこで少しだけ考え込むような仕草を取った。ノワールに視線を向けると、何も問題ないという表情で笑みを浮かべている。まああの人に期待するだけ無駄かと溜息を吐いた彼は、視線を彼女からエルザに戻した。

 

「大丈夫なのか?」

「何が?」

「これからやるのは多分厄介事だぞ。俺はともかく、エルザは」

「馬鹿にしてる? これでも数ヶ月『あの』公爵領で過ごしたんだよ」

 

 ふふん、と自慢気に胸を反らすエルザを見ると、何故か謎の説得力が生まれているように見えるから不思議だ。そんな感想を抱きつつ、まあそれならばいいかと才人は頬を掻いた。最悪、自分が盾になって彼女を安全な場所へ逃せばいい。

 

「サイトくん」

「はい?」

「駄目よ。そういう自分が上位だという自惚れは」

 

 バツの悪そうに視線を逸らした。確かにノワールの言う通り、ここ最近の騒ぎでルイズ達には及ばなくとも相当鍛えられたという自信があったのは紛れも無い事実だからだ。誘拐騒ぎの際、以前苦戦した『地下水』を一人で退けたのも大きかったのだろう。

 そんな彼の心情を知ってか、ノワールは笑みを浮かべたままそう言い放った。自惚れだと、まやかしだ、と。そもそもあの時の『地下水』戦で苦戦した理由の半分以上はルイズが操られていたからだ。人によっては心に閉まっておくであろうそんな追い打ちを、彼女はついでに彼に言ってのけた。

 

「あ、あの……ノワールさん、そこまで言わなくても」

「あら、優しいわねエルザちゃん。サイトくんを庇ってあげるなんて」

 

 守られちゃったわね、と笑みを浮かべるノワールによってトドメを刺された才人はガクリと項垂れた。分かり切っていたことだったけれど、と一人呟いた彼は、しかし大分目が死んでいたが顔を上げる。

 その行動を見てクスクスと笑ったノワールは、では仕事を頼みましょうかと二人に告げた。

 

「とはいっても、まだ人も集まっていないし、少し見回りをしてきてもらう程度だけれど」

 

 大丈夫です、と才人もエルザも頷く。気分転換にもなるし丁度いい。そんなことを思いながら、では行ってきますと二人は扉を開け建物を後にした。

 行ってらっしゃい。そう言って笑顔のまま手を振っていたノワールは、二人の姿が見えなくなると腰を下ろす。さて、と机の上に置いてあった書類を一瞥すると、そこに視線を向けることなく新たな来訪者に声を掛けた。

 

「いらっしゃい。臨時の魔女の館に、何の御用かしら?」

「ええ。――少しばかり、雇われに」

 

 背後に三人の人影を控えさせた少年。そんな風貌の男性は、そう言って彼女に負けず劣らず胡散臭い笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「んー」

「どうした? エルザ」

 

 見回り、と称した気分転換の散歩の最中。最初こそキョロキョロと辺りを見渡していたエルザは、しかし暫くすると何かを考え込むような仕草で立ち止まった。別段何か気に食わない、というわけではなさそうなのだが、しかし。才人としては先程までのやり取りもあってどうにも過剰反応してしまう。

 

「あ、ううん、違うの。立派な街なんだけど、向こうと比べるとやっぱり普通だなーって」

「比べる対象間違ってるから」

 

 普通の街と魔境を比べればそうもなる。そうは思ったが、よくよく考えるとこの街も普通の範疇に入れていいのか若干怪しいと才人は思い直した。何せ、治めている人間筆頭がアレである。街そのものは普通でも、中身を割ってみれば案外。

 

「あー、でも。これからはウェールズ王子が王様になるんだよな」

 

 トリステイン新国王、ウェールズ一世。今回の祭はアンリエッタの婚儀に加え、新王樹立の祝も兼ねている。騒がない理由はどこにもないし、探す必要もないほどだ。人によってはようやくか、と安堵の息を漏らす者までいる。

 が、それはあくまで自国民、あるいは友好国の人々の話だ。そうでない輩は全くいないなどということはなく、だからこそ才人達はこうして厄介事予定に巻き込まれているのだから。

 

「つっても」

 

 うーむと唸る。よくよく考えると、今この街にはトリステインを除いても、アルビオン、ガリア、ゲルマニア、ロマリアの重鎮がやってきているわけで、当然そのお偉方を守るだけの戦力を伴っている。警備の手が足りない、というレベルとは別の、それこそ普段才人たちが巻き込まれている厄介事になるような事態になればそれこそ多大なる戦力であっさりと押し潰されるであろうことは想像に難くない。

 何せ、通常の騎士達とは別に、集結している者もいるのだから。

 

「公爵様とカリン様とカトレアさんがいる時点で無理ゲーだろ」

「ノワールさんもいるしね」

「……で、ルイズ達も勿論いる、と。七万人の軍勢くらいならワンパンだな」

 

 正面切って何かをするのはほぼ不可能。そう判断した才人は、つまりそういうことなのかと結論付けた。まあ確かにこういう場所で一番警戒するのはテロだ。そんなことを思いながら一人頷く。

 

「テロ?」

「そう。俺の住んでた場所で、何かこう、爆弾事件とか立てこもりとか毒を撒いたりとかそういうことをやってるのをテロって呼ぶんだ」

「それは、何でそんなことするの?」

「……何でだっけか? えーっと、今の政治が気に食わないとか、その国が力を持っているのが不満だとか、そこに弾圧されてるとか、あとは宗教?」

「んー。……よく分かんない」

「まあ、改めて考えると俺もよく分からん」

 

 とりあえず迷惑なのは間違いない。そう続けた才人は、そういうわけだからその辺の警戒をしようかとエルザに向き直った。

 分かった、と頷いたエルザは、しかしではどうするのかと首を傾げる。一体全体何を警戒すればいいのかよく分からなかったのだ。

 

「そうだな。飲食物に毒とか入れらないように警戒、とか」

「……二人じゃ無理かな」

「だよなぁ」

 

 ガクリと肩を落とした才人は、仕方ないと頭を振った。結局普通の警備をしようとエルザの手を握る。街は端から中心部に近づくにつれて人混みが増えていく。こうでもしないとはぐれてしまいかねない。

 ふぇ、といきなりの行動にビックリした表情を浮かべたエルザであったが、少しだけ赤くなった顔で才人を見やると笑みを浮かべた。離さないでね、と彼に述べ、その手を強く握る。

 

「じゃあ、行こうかお兄ちゃん」

「あいよ。まずは――」

 

 何処に行こうか。そう続けたであろう才人の声を突如生まれた轟音が掻き消す。何だ、と弾けるにようにそこへ顔を向けると、モクモクと煙が上がっているのが視界に映った。

 音と、煙。その二つから導き出される答えは、丁度先程話していた。

 

「爆弾!?」

「え!? さっき言ってた、テロって奴?」

「それは分かんねぇけど、ほっとくわけにはいかねぇよな」

 

 行くぞ、とエルザの手を握ったまま才人は走る。待ってよ、と言いつつもそう変わらない速度で走る彼女と共に煙の上がる場所まで駆け抜けた。逃げる人々は魔法衛士隊が誘導しているようで、その手慣れた様子は何かで鍛えられたであろうことを窺わせた。

 辿り着く。その空間だけポッカリと人がいなくなった友好街の一角、そこで吹き飛んだ石畳の破片が散乱する中心部から煙は生まれていた。魔法か、あるいは道具か。どちらにせよ、爆発が起こしたものであるのは間違いなさそうであった。

 犯人らしき人物がまだそこに残っている、などと甘い考えは持っていなかった才人は何か手掛かりが無いかと視線を巡らせたが、それらしきものは無し。そりゃそうか、と天を仰ぐように顔を上げると、近くの建物の屋根が目に入った。

 

「――え?」

 

 その屋根の上に、フードを目深に被っている人影が一つ。見覚えのある魔法学院の女子制服と、マントを纏い、フードから零れるピンクブロンドのその姿は。

 

「ルイズ?」

 

 彼の主人に、良く似ていた。




犯人は本当にルイズなのか(棒読み)。

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