ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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昔の少年漫画の映画みたいなノリ。


その3

「……ここは?」

「目が覚めたかい?」

 

 は、とその方向へ視線を向ける。その拍子に、自身がどうやら拘束されているらしいということに気が付いた。杖も奪われ、身動きも取れない。どうしようもないほどの死に体であった。

 それでもアンリエッタは表情を崩さない。焦ることなく、普段通りの微笑を浮かべながらあらウェールズ様と声の主に返事をする。

 

「いきなりこんなことをされると、わたくしは困ってしまいますわ」

「すまないアンリエッタ。だが、仕方なかったんだ。僕の親愛なる友人がどうしても、と言うのでね」

 

 そう言って口角を上げたウェールズは明らかに本物とは違った。どうやらもう隠すつもりはないらしい、ということを理解したアンリエッタは、やれやれと頭を振り彼の言う親愛なる友人とやらが姿を現すのを待つ。

 ゆっくりと彼女の前に現れたその人物は、ある意味予想外で、しかしこれ以上ないほど予想通りの相手であった。恰幅のいい中年の貴族、王宮で散々顔を見ていたその名は。

 

「あらリッシュモン元高等法院。奇遇ですわね」

「相変わらずの態度ですな」

 

 ふんとリッシュモンは鼻を鳴らす。こちらが優位に立っているにも拘らず、まるで動じる気配がない。それが彼にとって堪らなく不快であり、このような行動に出た理由でもあった。

 まあいい、と彼は笑みを浮かべる。そんな表情を浮かべていられるのも今の内だけだ。そう言いながら、ゆっくりと自身の手にはめてある指輪を掲げた。

 

「それは」

「ふむ。流石はアンリエッタ姫殿下。ご存知でしたか」

「……『アンドバリの指輪』。ここラグドリアン湖の水の精霊が持つ秘宝ですわね」

「さよう。これは死者に偽りの命を与えることも出来るし、生けるものを操り人形にすることも出来る」

 

 言いたいことは分かるだろう。そう言わんばかりにリッシュモンは下卑た笑みを浮かべる。それに対しアンリエッタはええ勿論と微笑を返した。

 

「女性を無理やり手篭めにしようだなんて。殿方として失格です」

「……何とでも言うがいい。じきに何も考えられなくなるのですからな」

 

 不機嫌さを隠そうともせずに彼はそう述べると踵を返した。残りの猶予をじっくりと楽しむといいでしょう、そう去り際に述べると、入れ替わりに数人の兵士が彼女を監視するように取り囲む。

 アンリエッタはその兵士達をついと眺めた。見た目は人間と変わらないようだが、違う。決定的に何かが足りていない。

 

「人形ですか。あの年で人形遊びは、褒められたものではないですわね」

 

 やれやれ、と溜息を吐き。そしてそういえば、と思い直した。才人がこんなことを言っていたはずだ。

 男は、いくつになってもそういうもんなの! 少年の心を忘れないの!

 

「……いやいや。どうやら自分で思った以上に混乱してるようね」

 

 どうしたものか。そんなことを思いながら、アンリエッタは再度溜息を吐いた。

 

 

 

 

 リッシュモンがアンリエッタから離れた後、彼のもとに一人の人物が近付いてきていた。その男は不満気な表情でリッシュモンへと声を掛ける。何故今すぐに行わないのか、と。何を、は言わない。そんなことは言わずとも分かっているからだ。

 

「クロムウェル司教」

 

 リッシュモンはそんな男に言葉を返す。何も分かっていないのだな、と言う呆れた様子を隠そうともせずに、やれやれと頭を振りながら。

 

「いいですかな? この指輪はそちらが無計画に使用した所為で随分と力が衰えている。有象無象ならともかく、あのアンリエッタ王女をどうこうするには心許ない」

 

 少なくともそう説明されたはずだ。そう言いながら、リッシュモンはクロムウェルをジロリと睨む。その視線に気圧されたクロムウェルは少し後ずさりながら、ではどうするのですかとリッシュモンに問うた。

 だから少々時間が掛るのですよ。リッシュモンは視線を彼から湖へと向けながらそう述べた。水の精霊の力を再度ここに蓄えるには、それなりの準備が必要なのだ。

 

「そう、こちらへと水の精霊が出向いてくるように仕向けるには、準備が必要なのですよ」

 

 ククク、と低く笑いながら、リッシュモンは穏やかな水面の姿を見せる湖の中心を眺め目を細めた。

 

 

 

 

 

 

「それで」

 

 シルフィードとグリフォンによって目的地へと向かっている一行であったが、その道中で才人がぽつりと呟いた。

 本当にそこで合っているのか、と。

 

「そんなの、分からないわ」

「だよなぁ」

 

 キュルケの言葉にガクリと項垂れる。明確な手掛かりがないからこその選択なのだ。正解ならば万々歳だが、間違いでも文句は言えない。

 でも、とそんな才人に向かいタバサは言葉を返した。案外間違っていないかもしれない。そう言いながら眼下を見下ろす。

 

「つい最近、大勢が街道を通った跡がある。……旅の商人とは違う」

「と、いうことは」

「少なくとも小隊規模の何者かがラグドリアン湖にいる」

 

 そう言いながら隣を見る。少し離れたところを飛行しているグリフォンを操っているワルドが、鋭い目で街道を睨んでいた。恐らく同じ結論に至ったのだろう。人柄は正直アレだが、実力はそこそこ信用している以上、間違いはあるまい。

 

「しかし、そうなると」

 

 アニエスが眼前を睨みながら呟く。そろそろ妨害がくるのではないか、と。流石に風竜とグリフォンがタッグを組んで一直線に飛んできていれば怪しまないはずがない。それにはタバサもキュルケも同意のようで、当然と言わんばかりに杖を構えた。

 

「それは向こうも承知でしょうし。っと、そういえば」

 

 キュルケは才人に向き直る。どうして向こうに行かなかったのか。ニヤニヤと笑いながらそんなことを言いつつ、うりうりと彼の頬をつついた。

 当然ながらそんなことをされた才人は眉を顰める。分かってるくせにと不貞腐れつつ、向こうのグリフォンを睨み付けた。

 

「何であの野郎と一緒にいなきゃいけないんだよ」

「本当に仲悪いわねぇ」

「……まあ、仕方ないとは思う」

「うっさいっての」

 

 へん、とそっぽを向く才人を見て笑みを浮かべた一行は、そろそろ見えてくるはずの湖へと視線を向け。

 そこから飛び出してくる多数の飛竜を視界に入れた。

 

「来たぞ!」

「早いわねぇ」

「まあ、丁度いい」

 

 一気に突っ切るか、それとも地上に降りるか。そんなことを考えつつ接敵をしようとシルフィードに指示を出そうとしたタバサは、その中に何処かで見たような顔を見付けた。常に笑っているような細目の優男。少し前に宝物庫を強襲し、この間はコルベールを自身の仲間に勧誘しようとしていたあの男。

 

「キュルケ」

「何よ? って、あいつ!」

 

 タバサの言葉でキュルケも気付いたらしい。多数の飛竜の中でただ一点を睨み付け、杖を引き抜いて構えを取る。

 状況がよく分からない才人とアニエスは、そんな二人を怪訝な表情を見やった。ただ、あまり良い状況ではないということは分かった。

 

「タバサ、キュルケ」

「何?」

「どうしたのよ」

「適当な場所で下ろしてくれ。多分俺達は邪魔になる」

 

 何を、と言おうとしたキュルケは、タバサの分かったという言葉に遮られた。高度を下げ、適当な木々へと近付くと、後は頼んだと才人とアニエスはそこに飛び移る。乗っている二人だけになったシルフィードは、きゅいと短く鳴くと再び高度を上げていった。

 

「ちょっとタバサ」

「あの二人には地上にいる連中を任せた。わたし達が相手にするのは」

 

 飛竜が襲い掛かる。おっと、とそれを躱したシルフィードは、お返しとばかりに宙返りをして蹴りを叩き込んだ。ぐらりと飛竜の体が揺れ、しかし何事もなかったかのように騎乗者共々再度攻撃に掛かってくる。

 

「お姉さま! こいつら人間じゃないのね!」

「飛竜だから当たり前」

「ボケてる場合じゃない! 乗ってる奴も人間じゃないって言ってるの!」

 

 ふむ、とタバサは頷く。つまり未だ様子見をしているあの男以外は人ではない何かであると見ていいのだ。そう結論付けた彼女は、キュルケの方をチラリと見た。何かいいアイデアは無いか。そんな質問を込めた視線を受けたキュルケは、そうね、と少し考える素振りを見せる。

 

「あ、ちょっと前に一度試してみたかったことがあるのよぉ」

「何?」

「ねえタバサ。あなた王族よね?」

「一応。……何をする気?」

「まあまあ」

 

 薄く笑みを浮かべながら、キュルケは杖に精神力を込めた。『火』『火』『火』、自身の得意な系統を三つ重ね、しかしそれを放つことなく杖先に留め真っ直ぐに突き出す。

 それを見たタバサは半ば呆れつつ、失敗しても知らないからと自身の杖に精神力を込める。『風』『風』『風』。一応全て同系統がいいだろうと考え重ねた系統呪文を、杖先に留めゆっくりとキュルケの杖に重ねる。

 詠唱がゆっくりと重なっていき、作られる六芒星は強大な力を練り上げ。

 

「やれそうね」

「……うん」

 

 そんな軽い調子で作られた火と風の六乗は、巨大な炎の竜巻を作り出し全てを吹き飛ばさんと唸りを上げる。目の前の飛竜も、人の姿をしている何かも。周囲の空気すらも、何もかも。

 

「あ、シルフィード危ないから気を付けてねぇ」

「頭、下げて」

「その程度のレベルでどうにかなるもんじゃねーのね! っていうかシルフィの背中で何してくれてんじゃー!」

 

 ぎゃー、と悲痛な叫びが一瞬聞こえたが、すぐに轟音により掻き消されていった。

 

 

 

 

「なんじゃありゃぁ!?」

「どうせあの二人が何かやらかしたのだろう」

 

 地上に下りた才人達が見上げる中、二人が試しで作り上げたヘクサゴン・スペルで空が蹂躙されていた。迎撃に現れていた連中は尽く消し炭にされており、残っているのはある程度危険を察知したものくらいだろう。

 尚、嫌な予感がしたので低空飛行に切り替え難を逃れた味方、というのもその中には含まれている。

 

「せめてこっちに何か言いなさいよあのバカ」

 

 ったく、と空を睨むのはルイズ。危うくグリフォンの焼き鳥の添え物になりかけた彼女は明らかに不機嫌な表情でそう述べた。あはは、と乾いた笑いを上げるウェールズも、内心ではどう思っているか定かではない。

 

「さて、ではどうしたものか」

 

 とりあえずあの炎の竜巻が収まるまでは空を飛べない。幸いにして目的地であるラグドリアン湖はすぐそこなのでそこまで苦労はしないが、しかし。今は時間が惜しいのだ、こうして妨害がやってきているのだから、余計に。

 ワルドの呟きに真っ先に反応したのはルイズであった。そうね、と今いる面々を見渡すと、ワルドと才人、そしてウェールズに視線を固定させた。

 

「わたしとアニエスが殿を務めるわ。貴方達三人で姫さまを」

「俺も!? 正直こっちで残った方が俺は役に立つんじゃ」

「何だ使い魔。ルイズの采配に文句でもあるというのか?」

「んだよ髭面。っていうかお前だって俺がいても足手まといだって思うだろうがよ」

「……ふん。今更貴様の実力に疑問なんぞ持たん」

 

 いいから行くぞ。そう言って才人の首根っこを掴んだワルドは、グリフォンに飛び乗るとウェールズに声を掛けた。ああ、と頷いたウェールズも同じようにグリフォンに騎乗し、低空のまま一気に湖まで駆けていく。

 ちょっと待てこの髭面。そんな叫びが段々と遠くなっていくのがルイズの耳に届いた。

 

「さて、と」

「いいのか?」

「いいのよ。……厄介なのはこっちに固まってるみたいだし」

 

 ねえ、と視線を木々の向こう側に向ける。それに答えるように、あらそうかしらと一人の少女が顔を出した。フリルのたっぷり付いたその服装は、戦闘が起きているこの場にはどうにも場違いのように思えた。

 

「初めまして。わたくし――あ、名乗るほどのものではありませんわ」

「あ、っそう」

 

 少女の言葉に短くそう返すと、ルイズは剣を抜き放ち一気に肉薄した。それを分かっていたのか、あるいは最初から仕掛けてあったのか。それを遮るように巨大な水の壁が生み出される。攻撃を防ぐだけでなく、まるで鋭い刃のように触れるものを切り裂かんとする強烈な勢いのそれを見て尚、彼女はスピードを緩めなかった。デルフリンガーを握り締め、足に力を込め。

 どっせい、とその水の壁を真一文字に薙ぐ。な、と目を見開く少女の目の前でふふんと不敵な笑みを浮かべたルイズは、返す刀で少女に向かってその刃を振り下ろした。

 

「っち」

「っと、とと。危ない危ない。まさか力押しで破られるとは思ってもいなかったわ。貴女、強いのね」

「ま、そこそこね」

 

 躱されたデルフリンガーを肩に担ぎ直し、ルイズは笑う。少しだけ冷や汗を流した少女も、すぐに表情を戻すと微笑を浮かべた。

 まあとりあえず、と少女は指を鳴らす。それに合わせ、まるでどこからか湧いて出てきたように多数の騎士たちが姿を現した。皆一様に剣杖を構え、目の前の相手を始末せんと呪文を唱えている。

 

「雑魚散らしは私の仕事だ」

 

 そんな騎士の一体を、アニエスは問答無用で切り伏せた。試し切りでもしたかのように首が飛び、しかし血の一滴も流れることなく騎士は崩れ落ちる。奇妙な感触に怪訝な表情を浮かべたアニエスは、しかしすぐに気を取り直すと別の相手に銃を向けた。

 

「あら、向こうの人も案外やるわね。せっかくお嬢様からもらった人形達があっさり」

「人形?」

「ええ。スキルニル、とか言ったかしら。まあ戦力の水増しよ、気にしないで」

 

 それよりも、と少女は杖を構える。瞬間、周囲の水を集め作り出された水の鞭がルイズへと襲い掛かった。この程度、とそれらをステップで躱したルイズは、それと同時に間合いを詰めていた少女の蹴りをまともに食らってしまう。

 

「相棒!?」

「うっさいデルフ。平気よ」

「む。受けられた。やっぱり貴女、強いわ」

 

 ちぇ、とブーツに仕込まれていた刃を足首の動きで仕舞うと、少女は再度杖を使って呪文の詠唱を行おうとする。

 無論ルイズは黙っていない。させるか、と瞬時に間合いを詰め、剣を振るう。狙いは杖、場合によっては腕ごと。

 そう思っていたルイズは、その腕と剣とがぶつかり甲高い音を立てたことで目を見開いた。

 

「固っ! アンタ体何で出来てんのよ!」

「失礼ね。固いのは体じゃないわ、ほら」

 

 そう言って袖を捲ったそこには、ガントレットのようなものが身に付けられていた。杖を持っている腕を保護する目的か、あるいは別の理由か。どちらにしても、ルイズの斬撃で壊せないそれは相当の強度を誇っているようであった。後先考えずに全力で叩き斬ればどうにかなるかもしれないが、恐らくその隙は与えてくれまい。

 何より、そうするくらいなら脳天を真っ二つにした方が早い。

 

「何だか悪寒が」

「気の所為じゃない?」

「そう? ……まあどちらにしても、貴女とまともにやりあったらいけないってのは分かったわ」

 

 どのみち自分の役目は適当な足止め。ここで命を使うような仕事ではない。そう心の中で反芻した少女は、さてどうしたものかと顎に手を当てた。向こうが成功しようが失敗しようが知ったことではないが、サボると料金に見合ってないと文句を言われてしまう。その塩梅を見極めるのが難しい。

 

「そう言えば、上のドゥドゥー兄さまはどうしたのかしら」

 

 何となしに空を見上げる。先程の炎の竜巻は既になく、一体の風竜と自身の兄が空中でやりあっているのがチラリと見えた。頑張ってるなと呑気な感想を浮かべた少女は、仕方ないかと溜息を吐く。

 

「とりあえず、もう少しだけやりますか」

「何をよ」

「足止めよ。――さ、行くわよ剣士さん」

「フランソワーズよ」

「……ふふっ。わたしはジャネット。よろしくね」

 

 お互い名乗り、そしてお互い得物を構える。

 周囲の空気が、少しだけ変わったような気がした。




ここは俺に任せて先にいけ二連発。

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