ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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バッドエンドの定義がまちまちだから何とも言えないけれど。

まあそこに向かっていないのは確かなはず。


その2

 拳銃の引き金を引く。撃ち出された弾は真っ直ぐにタバサへと向かい、しかし氷の障壁によって遮られた。そんなことは織り込み済みと言わんばかりにアニエスは駆け、一気に彼女との距離を詰める。タバサへと剣を振るい、それを防がれたのを確認すると同時、脇目もふらずにコルベールへと二撃目を放った。

 

「待った待ったぁ!」

 

 その斬撃を鞭が上書きする。甲高い音を立てて弾かれた剣の勢いをそのまま使い、アニエスは体を回転させ横薙ぎにコルベールの首を狙った。

 

「人の話を聞きなさい!」

「無視するな」

 

 殺った。そう思った直前、炎と吹雪の複合が飛び交い邪魔をする。流石にそれを無視したまま攻撃を続けることは出来ないため、彼女は真っ直ぐ目の前の男を睨みながら後ろに下がる。アニエスに見えているのはどこまでも仇であるコルベールであり、知人であるはずのタバサやキュルケは全く視界に入っていない。

 それでも、自分の邪魔をする余計なやつという認識であるものの、彼女は何をすると短く問うた。あくまで彼女達を見ること無く、そう述べた。

 

「何って、あなたを止めようとしているのよ」

 

 キュルケがそう言うのを聞いて、アニエスはふんと鼻を鳴らした。話にならん、そんな言葉で邪魔をするな。吐き捨てるようにそう返すと、剣を構えもう一度それを相手に突き立てようとする。

 

「復讐?」

「くどい。さっきも言ったぞ。私の故郷を焼いた火のメイジ、それがこいつだ。こいつを殺すのが、私の今生きている意味だ」

「……」

 

 タバサはそれに何も返さない。言葉では恐らく何を言っても無駄だろうと思ったのだ。どんなに説得しようとしても、きっと彼女には届かない。復讐は何も生まない、とか、それで死んだ人が戻ってくるわけではない、とか。それこそ故郷の人達は復讐を望んでいないとかそういう綺麗事を述べたところで、分かっていると言われてそれで終わりだろう。

 向こうにとって、そんなものは些末事なのだ。故郷の滅亡は復讐の原因であって理由ではないのだ。

 タバサはゆっくりと杖を構えコルベールの前に立つ。キュルケもそれに倣うように隣で杖を構えた。

 

「ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ」

「何ですかミスタ? 今は無駄話をしている場合じゃ」

「君達は、何故私を庇う?」

「は?」

「私は彼女の言った通りのことをした。彼女の故郷を、ダングルテールを焼いたのだ。女も、子供も、見境なく焼き尽くした。……そんな私を」

「ちょっと黙っていてくださるかしらミスタ」

 

 ゆっくりとそう述べるコルベールの言葉を遮り、キュルケは少しだけ苛ついたように腕組みをする。それによって強調された胸元を彼に見せることなく首だけを向け、それがどうしたと言い放った。

 

「まさか、だからアニエスに殺されるのを黙って見てろとか言う気ですか?」

「……そんなことは言わないさ。死を以って償う前に、まだやることがあるからね」

「戯言を! 貴様の罪が贖われることなど」

「ああそうだ。罪は赦されない。どれだけ人の役に立とうと研究を続けていても、私が赦されることは決してないんだ」

 

 だが、とコルベールは一歩前に出る。普段の穏やかな表情を浮かべている彼とは思えないほど真剣な顔で、真っ直ぐにアニエスを見る。

 杖を取り出した。そこに少しだけ視線を落とすと、ゆっくりと首を振って再び仕舞う。

 

「どこかで見た顔だと思うわけだ。……君を逃がすために父親が鍬でこちらに立ち向かい、そして黒焦げになった。母親は時間を稼ぐために君を庇い消し炭になった。君の隣人の姉代わりの少女は、飛んできた火球を自らの体を盾にして防ぎ灰になった」

「……っ!? きさ――」

「覚えているのだ。あの時、私が焼いた全ての人の顔を。忘れたことなど、一時もなかった。今でもあの炎の熱と、音と……人が焼ける臭いと、悲鳴が、私の中で残り続けている」

 

 顔を伏せる。ここではない何かを見るように視線を彷徨わせたコルベールは、ゆっくりと顔を上げ再度アニエスを見た。彼女の意志は変わっていない、真っ直ぐにこちらへと殺意をぶつけてくる。当たり前だ、そうでなければおかしい。

 そんなことを思いながら、コルベールは更に一歩踏み出した。

 

「すまない。だが私は、まだ、死ねない」

「……ふ、ざけ、るなぁぁぁぁ!」

 

 吠えた。その勢いのまま剣を振り上げ、そして真っ直ぐ振り下ろす。剣術もクソもない野生の一撃とも言えるそれは、しかし驚異的な鋭さで彼の脳天へと叩き込まれ。

 

「っとと。何やってんのよアンタ!」

 

 その直前、そこに割り込んだピンクブロンドの剣士によって受け止められた。

 

 

 

 

 騒ぎを聞いてとりあえず飛び出してきたルイズであったが、状況がさっぱり分からない。視線はアニエスに向けたまま、説明、と背後にいるキュルケとタバサに向かって叫ぶ。

 その口振りに流石はルイズだと明らかに褒めていない一言を述べ、そして二人はコルベールを一瞬見る。彼は何も言わず、アニエスを見るのみ。仕方ないと肩を竦めた二人は、洗いざらいをぶちまけた。

 コルベールがアニエスの故郷を滅ぼした張本人であること。アニエスがそれを知って彼を殺そうとしていること。まだ彼女に殺されるわけにはいかないと彼が言ったこと。

 それを聞いたルイズは、成程、と頷いた。そして剣を真っ直ぐ前に突き付ける。

 

「お前も、私の邪魔をするのか」

「当然でしょ」

「……所詮貴様も有象無象の貴族と、私の嫌いなメイジ共と一緒だな。平民の命などどうでもいいということか」

 

 す、とルイズの目が細くなった。突き付けていた剣を肩に担ぎ、半身に構える。明らかに敵を相手にする態度を見せたことで、アニエスはほらみたことかと鼻を鳴らした。

 左手をゆっくりと上げる。指を一本立て、とりあえず一言だけ言いたいことがあるとルイズは静かに述べた。

 

「ざっけんじゃないわよこのバカ!」

 

 が、次の瞬間には思わずアニエスが後ずさるような叫びを放つ。背後ではキィンと耳鳴りを静めるように耳を押さえている三人がいた。

 

「平民? 貴族? メイジ? そんなの関係ないわ。わたしはただ、知り合いと先生が殺し合うのが嫌なだけよ」

「……子供め」

「悪い?」

「ああ、大いにな!」

 

 剣を構え直したアニエスがルイズへと肉薄する。彼女を無視してコルベールを狙うのは流石に無謀が過ぎると判断したのだ。よしんば抜けたとしても、キュルケもタバサも控えている。となれば、まずはこの空気の中心である彼女を排除するのが最優先。そう結論付けたのだ。

 が、そんな思考で繰り出された一撃など、目標外を追い払うために繰り出された一撃など、目の前の魔法剣士に通じることなどあるはずもなく。

 思い切り振り下ろしたルイズの剣撃により叩き落とされたアニエスの剣は、そのまま地面に突き刺さった。一瞬苦い顔を浮かべ、しかしすぐさま表情を戻すと、彼女はそのまま剣を振り上げる。土が舞い上がり、相手の視界を遮った。そしてそれに紛れて追撃の一撃が。

 

「ヌルい!」

 

 ルイズは横に剣を薙ぐ。弾き飛ばされた剣ごと後ろに吹き飛ぶ腕、それに合わせて体勢を崩す自身。それを自覚しつつ、しかしアニエスは思い切り足を踏ん張り後ろに流れていく体を繋ぎ留めた。グキ、という音が右足首から聞こえたような気がしたが、構うものか。あるいは彼女にはもう自身の体が発する警告はまったく耳に届いていないのか。

 叩き付けるように剣を振り切る。同時に腰に差してあった二丁目の拳銃を引き抜き、目の前の少女の眉間に照準を合わせた。

 

「あー、駄目だな。アニエス、おめぇ相棒嘗め過ぎだ。いや、違うか」

 

 冷静さを失ってるだけか。カタカタとルイズの剣の鍔が鳴り、言葉を紡ぐ。紡ぎながら、振るわれたそれは銃弾を斬り裂き剣を砕く。

 三分の一が宙を舞ってしまった自身の剣を見ることもせず、アニエスはただ、邪魔な相手を排除せんとそれを振りかぶる。逃げる、などという言葉は彼女の頭に存在していない。引く、という戦略はとうに潰してある。

 そんな思考のもとに振るわれた攻撃を、獣にすら劣る攻撃を、ルイズは真っ直ぐに見詰めていた。見詰めて、そして。

 

「少し、頭冷やしなさい」

 

 刃を返したデルフリンガーを、遠慮なく彼女の頭に叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 アニエスの意識が戻ったのは、それから暫く経ってからである。まず自身の身動きがとれないことに気付いた彼女は視線を巡らせ、拘束されていることを知った。次に周囲を見やり、魔法学院の何処かの一室であることを確認する。

 どうやら復讐を果たす前に阻まれ、捕まえられたらしい。そう結論付けたアニエスは憎々しげに奥歯を噛み、即座に拘束を解かんともがき始めた。諦める、などという選択肢はなく、頭など冷えるはずもない。

 

「おいおい。少しは大人しくしてろよ」

 

 そんな彼女に声が掛かる。動きを止め、そちらを見ると、壁に一本の大剣が立てかけられていた。鍔がカタカタと動き、呆れるようにそこから溜息が漏らされる。

 

「相棒の一撃を脳天に食らったんだ。正直死んでもおかしくなかったんだぜ?」

「……私はまだ死なんよ」

「そういう奴は、結構早く死ぬんだ。俺ぁそういうのを腐るほど見た」

 

 どこか何かを懐かしむような、何かを慈しむような。そんなデルフリンガーの言葉を聞いて、少しだけアニエスの動きが止まる。

 まあいい。そう彼は続けると、まあ聞けと彼女に向かって述べた。

 

「俺っちはおめぇさんの監視役だ。姫さんが来るまで、何かをしでかさないように見張ってる」

「……」

「何が言いたいって面だな。別に大したことじゃねぇさ、それまでに俺っちの刃で縄を切って逃げた方がいい、ただそれだけだ」

 

 は、とアニエスは怪訝な表情を浮かべる。今こいつは何と言ったのだ。それではまるで、こちらの味方をするようではないか。

 アニエスはデルフリンガーを睨む。あの大剣のどこが顔かは分からないが、とりあえず全体を睨みながら、何のつもりだと短く問うた。

 

「いや、何。このまま姫さんに引き渡されたら、おめぇさんは酷い目に遭うんじゃないかと思ってな。場合によっちゃ処刑されちまうかもしれねぇ。それは寝覚めが悪いだろ?」

「……見え透いた嘘はやめろ」

「はぁ……少しは騙されろよ」

 

 ふん、とアニエスは鼻を鳴らす。無理に決まっているだろうと投げやりに返す。

 あのアンリエッタが、こんなことをしでかした自分を処刑などという普通の方法で処罰することなどありえないのだから。

 

「あの姫さんの護衛やってたせいか、随分とスレたな」

「元々だ」

「違いねぇ」

「……それと」

「ん?」

「フランソワーズが、そうさせないようにするだろう?」

「よく分かってんじゃねぇか」

 

 カタカタとデルフリンガーは笑う。暫しそうして鍔を鳴らしていた彼は、ふうと一息を吐いてから再度アニエスに問うた。それで、どうする、と。

 

「お前の提案に乗るさ」

「……ほう?」

 

 ゆっくりとデルフリンガーに近付く。縛られている足で鞘を蹴り飛ばすと、顕になった刃をゆっくりと腕の縄にあてがった。

 自由になった腕でデルフリンガーを掴む。足の縄も斬り裂き、自由となった彼女はゆっくりと立ち上がった。鞘を拾い、刃を収め、そして、禍々しい笑みを浮かべる。

 

「ただし、半分だけだ」

「あ?」

「私は逃げん。お前を使い、再度あの男を殺しに向かう」

「……ま、そうだろうな」

 

 やれやれ、とデルフリンガーはぼやく。人間であったのならば肩でも竦めているようなその態度のまま、だが忘れるなよと彼はアニエスに向かって述べる。

 その場合、もう一度あの連中を相手にすることになるぞ、と。

 

「構わん」

 

 短く、しかしはっきりと言い放つ。知り合いである彼女達、そして場合によっては主君であるアンリエッタ。それらと対峙することなど、構うものかと彼女は告げた。

 

「相棒も、次は擁護出来ないかもしれんぞ」

「あいつを殺した後ならば、そんなことはどうでもいい。私の命は、復讐のために残してあったのだから」

「……ああ、そうかい」

 

 なら好きにしろ。吐き捨てるようにそう述べ、デルフリンガーは黙る。

 物言わぬ大剣となった彼を抜き放つと、アニエスは躊躇いなく扉を切り裂いた。もし見張りがいたのならば、恐らく一緒に両断していたであろうその一撃。開けた視界に上半身と下半身が泣き別れした誰かがいなかったことに何の感情も抱かず、木の板となった扉の残骸を蹴り飛ばす。盛大な音を立てて廊下を転がるそれは、隠密行動などというものは端から考えていないようで。

 堂々と階段を下り、堂々と廊下を歩き。何だ何だとやってきた生徒達を睨み付ける。その視線に気圧された大半は素直に道を開け、一部のプライドだけは高い連中は平民が偉そうにと杖を取り出した。

 

「悪いが貴族様方。貴方がたに構っている暇はない」

 

 呪文を放つ前に距離を詰め、抜身のまま持っていたデルフリンガーを突き付ける。どいてもらえないでしょうか。口調だけは丁寧なそれを聞き、ほぼ全ての生徒達は彼女から離れていった。

 これで間違いなく自分は重罪人だ。自嘲気味にそう呟くと、誰もいなくなった通路をゆっくりと歩き始める。

 

「それは、どうかな?」

「何だデルフ。呆れて口を利かなくなったんじゃなかったのか」

「あぁ? 呆れてるさ。おめぇさんがさっきからずっと考え無しに動いていることをな」

「どういうことだ?」

 

 何を言っている、とアニエスは眉を顰める。いきなり何を言い出すのだと彼の言葉に耳を傾ける。

 

「おかしいと思わねぇのか? えらくあっさりと脱出出来たことを。暴れ回った輩を閉じ込めた場所の近くに生徒がやってきたことを。わざわざ敵意をむき出しにしたくせにあっさりと全員逃げていったことを」

「……?」

「なあ、お前はおかしいと思わなかったのかよ。拘束された自分の監視役が、『剣』だったってことによ」

「っ!?」

 

 そこでようやく彼女の思考が動いた。そうだ、そうじゃないか。デルフリンガーはルイズの相棒で自身の腐れ縁でもあるが、あくまで『剣』だ。武器なのだ。まずその時点で、奇妙なことに気付くべきだったのだ。

 彼の提案も、容易い脱出も、集まってきた生徒も。不自然なこれからが、全て何者かによる演出なのだとしたら。

 アニエスは駆ける。建物の出入口、そこを目指し、真っ直ぐに走る。見えてきたそこへと減速することなく走り抜け、視界が広がるのを確認し、そして。

 

「……既に、いらっしゃっていたのですね」

 

 待ち構えていたようにそこに立っている者達を見た。コルベールを後方に控えさせ、隊列を組むかのように立っている彼女達を見た。

 ルイズとキュルケとタバサ。才人にシエスタ、ギーシュとモンモランシーにケティと十号。野次馬のマチルダとティファニアとルクシャナ。

 

「待っていましたわアニエス。準備は出来ていますから、ここでゆっくりと聞かせてもらいましょうか。貴女の、お話を」

 

 その先頭で仁王立ちしているのは、他の誰でもない、彼女の君主であるアンリエッタその人であった。




安定の姫さま(黒幕)。

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