ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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大立ち回りをしない話だとどうも地味に……。


その2

 ジロリ、と村人はその集団を睨む。

 男女四人、それもまだ年若い。そんな連中が吸血鬼事件を解決に来たなどと言ったところで、信用してくれる確率は限りなく低い。大体、村の要望は騎士であったのだ。未熟な冒険者などお呼びではない。

 

「何かすっげぇ空気悪い」

「ま、そんなもんよ」

 

 才人が頬を掻きながらそう述べるが、ルイズは特に気にすることなく足を進めている。隣のキュルケもタバサも、同じような反応であった。

 今までは割と歓迎ムードだったのに。そんなことを思いながら才人も三人に続く。村の入口でいってらっしゃいとばかりにタバサの使い魔である風竜がきゅいと鳴いた。

 

「サイト」

「ん?」

「今までのはね、アンタの修業も兼ねてたからある程度顔馴染みの依頼を受けていたの。でも、今回のは違うわ」

「まだ名が知られていない、ってことか」

「そういうこと」

 

 ついでにいうと、とルイズはタバサに目を向ける。こくりと頷くと、彼女はルイズに代わり言葉を紡いだ。普通にこちらから受ける依頼とはまた違うから、と。加えて、これはガリアからの厄介事なのだ、と。

 

「成程な。イベントクエストみたいな感じか」

 

 そういうことなら仕方ないな、と才人は納得したように頷く。名前が知られていないのならば、見事に解決して胸を張ればいい。そんなことをついでに考えた。

 一行は村長の家の扉を開ける。よくぞいらっしゃいました、と中にいた老人は四人を歓迎し、互いに挨拶を終えると何から話せばいいのやら、と顔を伏せる。そんな彼の様子を見た一行は、とりあえず簡単な説明をして欲しいと告げた。

 最初は年若い少女で、二ヶ月で犠牲者は九人。その中には、前任の騎士も含まれているのだとか。夜出歩く者も減り、家の扉を固く閉ざしても尚犠牲者は増えていく。そんなことを涙ながらに語った村長は、ぜひともお願いしますと頭を下げた。

 

「では、まず一つお尋ねしたいのですが」

 

 ルイズが口を開く。何でしょう、という村長に向かい、この村で顔立ちの良い人間はどれだけいるのかと問うた。いまいち質問の意図が分からなかった村長であったが、特に拒否する理由もないので素直に答える。

 その名前と家の場所をメモし、じゃあとりあえずそこに向かいましょうとルイズは席を立った。え、と呆けた顔をする村長に対し、彼女はこれはある噂なのですが、と笑みを浮かべた。

 

「吸血鬼というのは、顔立ちがよく魅力的な体付きをしているそうなのです」

 

 キュルケとタバサが何言ってんだこいつ、という目でルイズを見、そして才人を睨んだ。俺のせいなのか、と思わず自分を指差す才人に、勿論だと言わんばかりに二人は頷く。

 いやでも来る前にしょうがないって納得してたじゃないか。そう目で訴えると、まさかこんな直球で聞くとは思わなかったと目で返される。確かにそれは彼も思っていたので、ここは素直に汚名を被ろうと頭を垂れた。

 村長の家を出た一行は、早速メモの家へと足を進めるルイズに待ったをかける。何よ、と振り返った彼女に向かい、それだけで吸血鬼の判別をするのは無茶だと三人揃ってそう語った。

 

「え? 別に怪しいやつをとりあえずぶっ飛ばせば当たりに行き着くでしょ」

「……足引っ張ってる俺が言うのもなんだけど、それは、流石にどうかと……」

「その理論だと、吸血鬼を倒す頃には村が全滅してそうね」

「もう少し、頭を使った方がいい」

 

 口々にそう言われ、ぐ、とルイズは口を噤む。しょうがないわね、と三人から視線を逸らすと、ならもう少し情報収集しましょうと述べる。まあ、それが妥当よねというキュルケの同意により、三組に分かれて村を回ることとなった。

 

「じゃあ、二時間ほどしたら再びここね」

 

 そう告げ、四人は別れる。キュルケとタバサが犠牲者の家へと向かった為、ルイズと才人は先程のメモを頼りに顔立ちのいい村人の家へと足を運んだ。一軒一軒訪ねて話を聞いてみると、成程確かにある程度整っているのだろうと思われる住人なのはよく分かった。

 だが、しかし。

 

「ねえ、サイト」

「ん?」

「わたし、このメモの家全部ハズレだと思うの」

「……まあ、そうだな」

 

 ルイズの評価は「平民にしては」という枕詞が付き、才人の評価はコレジャナイ、であった。狭い村で顔が良い悪いなど、そうそうあてに出来るものではなかったようだ。

 とはいえ、それとは別に一つ有力な情報を貰った。なんでも三ヶ月ほど前に村の外れにやってきた占い師の老人は、全く外に出ないのだとか。加えて、息子の首筋には二つの赤い点が見受けられたらしい。

 

「その赤い点って、何か有力情報なのか?」

「吸血鬼は『屍人鬼(グール)』っていう自分の下僕を一体作り出せるの。相手の血を吸ってね」

「ああ、成程な」

 

 その話が本当ならば、確かにこれ以上ないほど怪しい。だが、と才人は考える。怪し過ぎではないか、と。ここまで分かりやすいとミスリードを疑ってしまう。

 とはいえ、今のところ手掛かりになりそうなものはそれしかない。キュルケとタバサの情報にもよるが、その村外れに行ってみるのがいいだろうと二人は揃って頷いた。

 

 

 

 

 その村外れの建物は、見事なまでにあばら家であった。人が住むには最低限の機能しか備えていなさそうなその場所を、目が血走った村人が松明を持って取り囲んでいる。出てこい吸血鬼、と叫びそれらを振り回す姿は、どちらが狂人なのか分かったものでなかった。

 

「完全にパニックホラー状態だな」

「何それ?」

「地球の、んー、こっちでいうなら演劇かな、の人気ジャンルの一つ。化け物が人を襲って、人は逃げ惑う話」

「……面白さが見出だせない」

「そうねぇ。それ、本当に人気なの?」

「まあ、最後は化け物倒して終了とか、そういうのだし。ほら、今の状況に似てるだろ?」

 

 言いながら、その場合この四人の誰か、あるいは全員が死ぬ、というお約束を思い出して顔を顰める才人であった。が、いかんいかんと頭を振ってその考えを散らすと、そんなことよりあれだよあれ、と村人達を指差す。

 あのままでは持っている松明が明かり以外の用途に使われるのは時間の問題であろう。その場合、あのあばら家がどうなるのかなど想像に難くない。

 

「止めようぜ」

 

 言いながら才人が前に出る。まあそうね、とルイズとキュルケがそれに続いた。タバサは少し何かを考えるように三人より少し後ろを歩いている。

 何だお前達、と村人が四人に目を向けた。一瞬驚いたような表情を浮かべるが、しかしすぐにその表情を顰めると、どこか諦めたような溜息を吐き始める。やはりこんな若い者じゃ期待出来ない、そんな言葉が耳に届いた。

 

「……さっきから聞いてりゃ好き勝手言いやがって」

 

 吐き捨てるように才人がそう呟く。まあまあ、とキュルケはそんな才人をなだめ、とりあえず調査はこちらでやるから解散して欲しい、と述べた。述べようとした。

 その途中で、彼女は口を開いたまま言葉を止め目を見開いた。タバサも額を押さえ呆れたように頭を振っている。

 

「グダグダグダグダ抜かしてないで、文句があるなら、はっきり言いなさい!」

 

 村人の集団へと一足先に突っ込んだルイズが、胸を張りながら堂々と仁王立ちしていた。その迫力に、さっきまで不満を呟いていた村人達が気圧され数歩後ずさる。

 ふん、と鼻を鳴らすと、とりあえずその火を片付けなさいと彼女は続けた。それに数人の男は従い慌てて松明を消したが、しかし残る連中は不審な目でルイズの背中を眺める。彼女の身の丈程の大剣を、である。

 話によれば彼女達はガリアから派遣された騎士であるらしい。だが、目の前の少女はどうにもそれらしくない。背負っている剣がより一層それを際立たせた。

 貴族様、と村人の一人がルイズに尋ねた。何、と彼女が聞き返すと、男は本当に依頼を受けた騎士なのか、と問う。その質問に目を細めると、ルイズは短く何かを呟きながら背中の剣に手を掛けた。

 瞬間、質問をした男の松明が縦に切り裂かれる。ゆっくりと割れ、そしてその次には八つ裂きにされていくそれを見ながら、ルイズは小さく口角を上げた。その手は剣の柄を握ったまま、背中の鞘に納まっている。

 

「どう?」

 

 彼女の言葉に、村人は申し訳ありませんでしたと頭を下げる。何と見事な風魔法だ、そう口々に述べながら、この騎士様ならきっと大丈夫だと表情を明るくさせた。

 

「え? 風魔法? あれ超速い居合い斬りじゃねぇの?」

「察しなさいな」

「常人に見切るのは、無理」

 

 じゃあ後はこっちで調べるから帰れ、と指示を出しているルイズの背中を見ながら才人は状況が分からず首を傾げ、残る二人はやれやれと肩を竦めた。

 まあでも、とキュルケは一人ほくそ笑む。あれで注目がルイズに集まってくれるのならば、こちらとしても動きやすくなる。そんなことを考えつつ、ちらりと隣のタバサを見た。どうやら同じ考えに至ったようで、こくりと頷くと視線を前に戻す。

 がらんとした空間に残ったのはルイズ達四人と、家に入れまいとしていた住人である老婆の息子アレクサンドルのみ。村人を追い払ったのは感謝しているようであったが、しかしその表情には警戒の色が滲み出ていた。

 出来ることならこのまま帰って欲しい、という彼の言葉に、ルイズは首を横に振った。一応名目だけでも調べないわけには行かないから、そう述べると、彼女はあばら家の中へと入っていく。待ってくれ、という言葉を背中に受けつつ、才人達もそれに続いた。

 

「どうだ?」

「んー」

 

 中にいたのはベッドに横たわった痩せこけた老婆であった。失礼します、と頭を下げたルイズが、老婆に近付きその顔を覗き込む。外の騒ぎを中で聞いていたのか、その顔には若干の怯えがあった。

 老婆のベッドから離れ、才人達へと向き直る。とりあえず、歯は無かったわ。そう言うと、振り返りもう一度頭を下げあばら家を後にした。

 

「あのお婆さんが吸血鬼、とは思えないけれど」

「何より、証拠がない」

「んー。……サイト、アンタはどう思った?」

「俺!? えーっと、そうだな」

 

 吸血鬼っていうより、魔女っぽかった。そんな彼の感想を聞いて、三人はやれやれと肩を竦める。どうやら皆の望んでいた答えとはかすりもしなかったらしく、まあアンタに聞いてもしょうがないか、というルイズの溜息混じりの言葉を聞いて才人はガクリと肩を落とした。

 

「まあ少なくとも、吸血鬼ではないと判断したわけね」

「へ? あー、そう、なるのかな?」

 

 ならばとりあえずあの老婆はシロだ。そう結論付け、再び振り出しに戻ったことを確認した一行は首を捻った。有力な情報がこれ一つだけだった以上、何か犯人に繋がるようなものを再び探すところから始めなくてはいけないのだ。

 

「とりあえず、もう一回情報を整理しましょう」

「そうね。じゃあ、あたしから」

 

 村人は吸血鬼騒ぎでどんどんと出ていく人が増えているらしい。もうここに残っているのは昔から住んでいた年寄りか、今のところ犠牲者の対象に入っていない独身の男衆がほとんど。若い娘のいる家族もいることはいるが、毎日怯えて暮らしているのだとか。

 

「タバサは?」

「侵入経路を調べた。鍵を掛け、扉や窓を打ち付けても中に入られるらしい。……煙突からならば、入れるかもしれない」

「サンタクロースかよ」

 

 あの赤い服は犠牲者の血で出来ていたのか、と物凄くどうでもいい想像をしながら一人震えている才人を尻目に、三人はううむと考えを巡らせる。どう考えても情報が少な過ぎた。

 

「あ、とりあえず俺達のあの情報も伝えといた方が」

「ああ、美形を調べたのだったっけ。どうだったの?」

「吸血鬼だってほどの美男美女はいなかったわ」

「……そう」

 

 やはり情報が少な過ぎる。もう一度そう結論付けた一行は、とりあえず村長の家へと戻ろうと足を進めた。時刻は夕方、そろそろ今日一日の成果を報告しようと思ったのだ。

 扉を開けると、村長がどうでしたかと顔を向けた。が、ルイズ達が気になったのは村長よりも扉が開いた途端慌てて逃げていった人影であった。

 

「今のは?」

 

 ルイズが尋ねると、この家に住んでいる少女だと村長は述べる。両親をメイジに殺されたらしく、寺院に捨てられていたのを彼が招き入れたのだとか。そんな経緯もあり、メイジを嫌っており、三人もメイジがいるこの空間から逃げ出したらしい。

 

「メイジに両親を、ね……」

「貴族がそんなことすんのかよ……」

 

 才人がギリ、と奥歯を噛みながらそう呟く。表情を曇らせたキュルケは思わず彼から視線を逸らし、タバサも少しだけ視線を落とした。

 ルイズはそんな彼を見て、サイト、と声を掛ける。どうした、と彼女の方を向いた才人に向かい、ちょっと用事を頼みたいのと続けた。

 

「わたし達は報告を続けるから、アンタ、あの娘とちょっと話してきて」

 

 

 

 

 お邪魔します、と才人は部屋の扉を開けた。中は暗く、そこに誰がいるのかよく分からない。入り口にあったランプを灯すと、ぼうっと辺りの空間を明るくさせた。

 

「あ、いた」

 

 ビクリと少女は体を震わせる。まだ幼い、綺麗な金髪をしたその少女は、入り口に立っている才人を警戒しベッドへと逃げ込んだ。シーツから顔だけを出し、何の用なのかと問い掛ける。

 

「えーっと、何の用かっていうと」

 

 何の用なんだ? と才人は首を傾げた。ルイズに言われ少女と話そうとやって来たのはいいものの、一体何を話せばいいのかを聞き損ねていたのだ。えーっと、だの、その、だの言いながら、特に言うことが見付からなかった彼は手を上下に動かし滑稽な動作をひたすら続ける。

 それを見ていた少女はクスリと笑った。どうやら警戒を緩めてくれたらしく、彼女はシーツを取るとベッドから降りる。

 

「お兄ちゃん、変な動き」

「え? あ、おう、変だぞ」

 

 自分で言ってみてそれは違うんじゃないかと思ったが、とりあえず目の前の少女が笑ってくれたのでよしとしよう。そう前向きに考えながら、才人はゆっくりと少女に近付いた。

 

「俺、才人。そっちは?」

「……エルザ」

「うし、んじゃエルザ、よろしく」

 

 そう言って才人は手を差し出す。暫くそれを見詰めていたエルザは、ゆっくりとその手を握った。邪気の全くない彼の笑顔を見て、思わず彼女の表情も緩む。

 

「お兄ちゃんは、さっきのメイジの人に命令されてここに来たの?」

「へ? あー、うん。実はそうなんだ」

 

 誤魔化しようがなくなった才人はアハハと笑いながら頭を掻く。でもそれ以外何も言われなかったから何していいのか分からない、と素直な言葉を続けた。

 その発言に少し目を瞬かせたエルザは、吸血鬼の話を聞きに来たんじゃなかったんだ、と呟く。その表情はどこかほっとしたようで、しかしすぐに顔を曇らせた。

 

「吸血鬼の仕業みたいなこの事件で、村は危険だってみんな言ってて。だからそれを解決する為だってお爺さんが騎士様を呼んで……。一階には、大嫌いなメイジが一杯いるの。メイジなんか顔も見たくないのに……」

「……そっか。そうだよな……」

 

 膝を抱え顔を埋めるエルザを見ながら、才人はそう呟く。両親を殺されているのだ、好きになる方がおかしい。それは至極当然だ。

 だが、と才人は思う。あの三人は、違う。少なくとも、何の罪もない相手を殺すような輩じゃない。

 

「お兄ちゃん?」

 

 気付くと才人はエルザの頭を撫でていた。大丈夫だ、そう言いながら、彼は笑顔を見せる。

 

「あいつらはエルザの嫌いなメイジとは違うってのを、見せてやるよ。この事件をパーッと解決してな」

「……ほんとう?」

「おう、任せとけ。約束だ」

 

 そう言って彼は小指を立てた拳を見せる。首を傾げたエルザに向かい、才人は残った手で彼女の手を同じ形にした。後はこうやって、とお互いの小指を絡ませ合う。

 

「ゆーびきーりげんまんうーそつーいたらはりせーんぼんのーます」

「針、千本?」

「おう。これで俺は嘘を吐いたら針千本飲む羽目になるわけだ」

「出来るの?」

「無理に決まってんだろ」

 

 だから、絶対に約束を破れないのさ。そう言って笑いながら、才人は指切った、と絡ませ合った小指を離した。

 小指の先は、少しだけ温かかった。

 

 




バッドエンドは望んでいない。

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