ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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元々そうでしたが、もうこれホント原作ガン無視ですね。


せんせい と ふくしゅう
その1


「高等法院が、職を辞した!? の、ですか……!?」

 

 あまりのことに素のまま喋ってしまったアニエスに、別段気分を害する事無くアンリエッタはコクリと頷く。上手い具合に逃げられました、そう言いながらやれやれと彼女は頭を振る。

 そんな言葉や態度とは裏腹に、アンリエッタの表情はいつものように変わらない微笑のままであった。

 

「それで、奴は、一体何処に!?」

「私財を寄進し、ロマリアの神官になるそうよ。あれだけのお金を持っていれば、向こうでも安泰でしょうね」

「……殿下は、それをお認めになったのですか?」

「止める理由がないもの。処罰のために彼がいなくても国が回るよう根回ししていたのが裏目に出ましたわ」

 

 まったく、とアンリエッタは笑う。一体全体誰がそんな入れ知恵をしたのやら。そんなことを言いながら、机に置いてあった書類を手に取った。それをペラペラと捲り、まあ予定とは外れるが仕方ないとアニエスを見やる。

 

「リッシュモンを裁くには、ロマリアとぶつかることも視野に入れなくてはいけませんわね」

「それは……っ」

「あらアニエス。怖気付いたの? 貴女が怖気付いてしまうの?」

 

 復讐することが生きる意味であったはずの、貴女が。その言葉を聞き苦い顔を浮かべながら拳を握るアニエスを見て、アンリエッタはクスクスと笑う。大丈夫、と彼女を慰めるように言葉を紡ぎながら、その細い指を一本立てる。

 

「全面戦争だなんて愚かなことはしないわ。貴女が満足するように、あの男だけ、きっちりと首を取らせてあげるから」

「殿下……」

 

 まるで餌をぶら下げられた犬だ。そんなことを一瞬だけアンリエッタは考え、いかんいかんと首を振った。流石にこれは彼女に失礼だ。礼には礼を以って相対せねば。

 こほん、と咳払いを一つすると、ではどうするかと暫し考える仕草を取る。出来ることならば向こうから奴の身柄を差し出してくれるように仕向けるのがいいのだが。

 

「まあ、急いてもいけませんね。まずは目の前の仕事を片付けましょう」

 

 そう言って立ち上がると、アンリエッタはアニエスに声を掛ける。これから自分は師匠(せんせい)と会ってくるから、親善大使の相手を頼む。そう続け、後はよろしくとばかりにヒラヒラと手を振り執務室から出ていってしまった。

 

「で、殿下!?」

「大丈夫。ミスタ・ビダーシャルは温厚な方よ。ルクシャナの暴走にだけ気を付けていればいいから」

「いや、そういうことではなくて……!」

 

 アニエスの必死の懇願など、アンリエッタには何処吹く風。見えなくなる主君の背中を見ながら、彼女は先程とは別の意味で苦い顔を浮かべ拳を強く握った。

 一介の騎士に、自国とガリアとアルビオン三国の友好維持の重圧を乗せるんじゃない。がぁ、と吠えたものの、それを聞いている者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

「……大変ね」

「そう思うなら代わってくれミス・ヴァリエール」

「嫌よ。わたしだって学院に戻ってきたばかりで疲れてるんだもの」

 

 こっちはこっちで色々あったのだ。そう言いながら肩を竦めるルイズを見ながら、アニエスは大きく溜息を吐いた。目の前では今日も今日とて学院で生徒達と談笑をしているティファニアとルクシャナの二人が見える。ここ数日拠点を学院に置いた彼女達は、いつのまにかすっかり馴染んでしまっていた。

 正体を隠しているとはいえ、元々がエルフの美貌を持つ二人である。大人しめのティファニアと活発なルクシャナ、正反対の二人が並んでいる姿はとても絵になり、注目を集めていた。何より彼女はアルビオンの聖女とガリアの親善大使。目立つなと言う方に無理がある。

 それはつまり、お目付け役を押し付けられたアニエスの疲労が加速度的に増えていくことに他ならず。

 

「凄い顔してるわねぇ」

「死にそう」

「……死なんよ。まだ、私は死ぬわけにはいかない」

 

 キュルケとタバサの言葉にそう返しながら、彼女は唇を噛む。そうだ、自分はまだ目的を果たしていない。それまで、自分は死ねない。

 何よりこんなことで死ぬのは嫌だ。そんな彼女の意地が自身の体を奮い立たせていた。

 

「そうは言っても、疲労の色は隠せません。少し休んではどうですか?」

 

 そんな彼女の背後から声。ん? と振り向くと、一人の男性教師が苦笑しながらそこに立っていた。あ、ミスタ・コルベール。そんな声がルイズ達から聞こえ、アニエスはああこの人がそうなのかと彼を見やる。

 

「私の顔に何か?」

「いや、彼女等が時々話題に出していたのでな。気分を害したのならば、申し訳ない」

「成程。そういうことでしたか」

 

 どんなことを言われているのやら。苦笑しつつ頬を掻いたコルベールは、それで、と話題を元に戻した。今は二人も落ち着いているのだから、少し休んできたらどうか、と。

 その言葉を聞いたアニエスは苦い顔を浮かべる。そうしたいのは山々だが、そういうわけにもいかない。そう言ってコルベールの提案を辞退すると、彼女はやれやれと溜息を吐いた。

 

「私が休んでいる間の代わりがいれば、話は別なんだが」

「代わり、ですか」

「何でこっち見るんですかミスタ・コルベール」

「頑張ってねルイズ」

「ファイト」

「アンタ等は何で極自然に逃げようとしてんのよ!」

 

 だって自分達は既にやったし。そう言いながらサムズアップをしたキュルケとタバサは、そのままぐいぐいとルイズの背中を押した。ちょっと待ちなさい、という彼女の抗議など聞く耳持たず。アニエスの位置に移動させられた彼女は、後はよろしくという言葉と共に一人ぽつんと置いていかれた。

 

「後で覚えてなさいよアンタ等!」

 

 悪友の背中に中指を立てた拳を突きつけると、ルイズはガクリと頭を垂れる。自分だって帰郷している間に色々あったのだ。ノワールと戦い、使い魔の決闘に巻き込まれ。普段とは少々勝手の違うその出来事を思い出し、ああもうと頭を掻いた。

 そういえば、とその時思い出した。ワルドがラ・ヴァリエール公爵領にやってきた理由は元々とある人物をトリステインに送り届けることだと。そしてその人物は。

 

「アニエスがここにいるのに姫さまが全くここに来ない。ってことは、城で何かやってるわね。……ノワールおばさまと」

 

 今の世界情勢であの二人が揃って何かを企む理由などどこにも無いような気がするが、しかし無意味にそんなことをするような輩ではない。何かしらの意味があるのだ、それがどんなに下らないことでも。

 そこまで考え、下らないことと無意味なことがほぼ同義であると思い直した。考えていても仕方ないと結論付け、やれやれと頭を振ると意識を眼前にいる二人の厄介者に向ける。

 

「ミス・ルクシャナ。僕と二人きりでお茶でもどうですか?」

「別にいいけど。わたし、婚約者いるわよ?」

「構いません。僕も恋人がいますから」

「構えよ」

 

 唐突に頭の沸いたことを抜かす友人の後頭部にチョップを入れる才人。何をするんだと振り向いたギーシュに向かい、あれを見ろと彼は向こうのテーブルを指差した。

 モンモランシーとケティが、ゆっくりと鉈を持って立ち上がるところであった。

 

「サイト。僕はいないと言ってくれ」

「見えてるから。最初から見えてるから!」

 

 さらばだ、と食堂からダッシュで逃げるギーシュの冥福を祈ったところで、彼は自身の主が視線を向けているのに気付いた。どうした、と呑気に彼女の下へと近付くと、呆れてただけよと肩を竦められる。

 

「バカじゃないのあいつ」

「間違いないな」

 

 そう言って揃って溜息を吐くと、ああそうだとルイズは才人に向き直った。どうせだから、アンタも手伝いなさい。彼に指を突き付けそう述べると、当然というか何のこっちゃと首を傾げられる。

 が、現在の状況を顧みた才人は何となく察し、ああそういうことかと手を叩いた。

 

「テファとルクシャナの護衛、頼まれたのか」

「正確にはお目付け役ね。何かやらかす前に止める役」

 

 で、どうだ。そう目で述べたルイズに、言われるまでもないと才人は笑う。大体俺はお前の使い魔なんだから。そう言いながらルイズの隣に座った彼は、頬杖を突きながらぶうたれる彼女を真っ直ぐ見詰めた。

 

「もう少し、頼ってくれよ」

「考えとくわ」

 

 短くそう返すと、ふふん、と少しだけ機嫌の良さそうにルイズは笑った。

 

 

 

 

 

 

「どうぞ」

「ああ、すまない」

 

 静かで落ち着ける場所、というアニエスの注文に悩んだコルベールが選んだのは自分の研究室であった。よりによってここかよ、という顔をキュルケとタバサはしたが、当のアニエスが別段気にしている様子もないので何も言わないことにした。

 そもそも彼女達は別についてくる必要はないのだが、その辺りは何となくのようである。

 ともあれ、そこで出された紅茶に口をつけながら、アニエスは久方ぶりの休息に体を伸ばした。ゴキリ、と関節の鳴る音が聞こえ、相当色々溜まっていたのが自分の中でも感じられた。

 

「ミスタ。少し換気をしてはいかが?」

「臭い」

 

 遠慮ない二人の物言いに、アニエスは思わず苦笑する。が、それに気分を害する事無くあははと笑いながら窓を開けるコルベールを見て、成程と彼女は頷いた。何だかんだで慕われているのだろう、あの男は。そう思うと、少しだけ彼に興味が湧いた。

 

「どうしました?」

「いや。彼女達と仲が良いのだな、と」

「ははは。ただ体よく使われているだけですよ」

 

 そう言いながらも、満更でもない表情を浮かべたコルベールは三人と同じように椅子に座り紅茶を飲む。メイジとか、貴族とか、教師とか。そんな肩書を微塵も感じさせないような彼の態度は、非常にらしくない。アニエスにとってはルイズを筆頭にぶっ飛んでいる連中を見ているので今更だが、それでもどこか違う空気を感じさせるのだ。

 研究室を見渡す。道具や本が棚に大量に並べられ、標本や実験動物らしき檻が置かれ。一体何をしている人物なのかがさっぱり見えてこない。

 

「私の研究に興味がおありですか?」

「え? ああ、いや、そういうわけではないが」

 

 そうは言ったが、まあ似たようなものかと思い直したアニエスはそうだなと頷いた。そんなそれほど前向きでない肯定を受けたコルベールは苦笑し、大したことではありませんよと禿げ上がった頭を掻く。

 

「私は『火』のメイジなんですが、その力を破壊以外に使えないか研究しているのですよ」

「火の、メイジ……か」

「何か?」

「いや、気にしないでくれ」

 

 少し考え込むような顔をしたアニエスは首を振る。この男は違うと理解していながら、ルイズ達と出会うまで持っていた火メイジへの嫌悪は、そう簡単には拭えない。何せ自身の村を焼き払い、家族や友人達を消し炭にしたあいつは火のメイジだったのだから。

 

「だが、火といえば戦闘用途がほとんどだろう。何かあるのか?」

「あったらこの人はこんな掘っ立て小屋で腐ってないわよぉ」

「全然駄目」

「手厳しいな。だがまあ、確かに今はこの程度が精一杯だ」

 

 そう言って彼が持ちだしたのは妙な機械であった。話によると、火の力を使って車輪を動かしからくりを作動させるものらしい。今はまだ小さなものだが、このまま研究を続ければ船や馬車の動力に転化することも可能だろう。そんなことを子供のような顔で彼は語る。

 

「そうか。まあ、頑張ってくれ」

「ほらミスタ。やっぱり皆こんな反応ですって」

「これに食いつくのは……サイト、くらい?」

「サイト……あの少年か。ふむ、今度見てもらおうかな」

「その前にルイズに壊されないようにしないといけないでしょうねぇ」

「そうそう。ルイズは危険」

「ははは。君らが言っても説得力はないな」

 

 教師と生徒の会話とは思えないその気安さに、アニエスは思わず笑ってしまう。そして同時に、異物である自分がこの集まりにいつまでも長居するわけにはいかないなと考えた。

 さて、そろそろ戻るとしよう。そんなことを言いながら、彼女はゆっくり立ち上がる。

 

「もう少しゆっくりしていってもいいのでは?」

「いや、もう充分休んだ。これ以上離れていると、殿下から何を言われるか分からんのでな」

 

 そうですか、とコルベールも立ち上がる。それならば私も少し手伝いましょう。そんなことを続けながら、アニエスと同じように研究室を出ようと歩みを進めた。

 やれやれ、とキュルケとタバサも立ち上がる。別に元々ここにいる理由もないし、まあ最終的にはルイズに押し付ければいい。そんなことを考えつつ、二人の後に続いて部屋を出た。

 

「お人好しよねぇ、ミスタ」

「そんなつもりはないのだがね。ただ……彼女と、どこかで会ったような気がして」

「ナンパ?」

「ミスタって意外と……」

 

 違うと疲れたように肩を落とすコルベールを、アニエスは苦笑しながら眺める。生憎貴方は私の好みではないな。そんな言葉を続け、追撃をするのも忘れない。

 姦しい女性陣にからかわれた男性一人という一行はそのまま食堂へと辿り着いたが、そこに例の二人の姿はない。どうしたんだと首を傾げていると、シエスタがパタパタと駆け寄ってきた。どうやらルイズと共にどこかに行ったらしい。

 

「多分どこか適当に暴れているでしょうし、問題ないですよ」

「それを大問題と言うんだ!」

 

 ちぃ、と舌打ちしながら踵を返したアニエスであったが、しかし何処にいるのか皆目見当もつかない。となればついてきている面々に頼るしか無いわけで。

 手分けをしたところであの連中を止めるなりその場に留めるなりしなければ合流出来ない以上意味が無い。仕方ないとアニエスはキュルケ達に心当たりを聞き、とりあえずそこに向かうことにした。

 まずは妥当なところで、寮の彼女の部屋である。食堂から外に出て、寮のある塔までの道のりを走る。魔法や馬が必要な距離ではないのだから、何かやらかしていればここからでも分かるだろう。そんなことを思いながら一行は足を動かし。

 

「ん?」

 

 その人物とすれ違った。あ、いたいた。そんなことを言いながら、羽根帽子を被った青年が一行を呼び止める。何だ何の用だ急いでいるのに。そんな不満をあからさまに表情に出しつつ振り向くと、青年も少しバツの悪そうな顔で頭を掻く。

 

「あー、お急ぎだったかな?」

「ああ。済まないが、用事なら後にしてくれないか」

「いやこっちも急ぎなんで。それに、用事があるのはそこの男の人だけさ」

 

 そう言いながら帽子の鍔を指で弾く。そこから覗いた顔、どこか愛嬌のある顔立ちをしたその青年に、キュルケとタバサは見覚えがあった。

 

「あー! あなた、あの時の」

「お、よく見たらあの時のお嬢さん。いやいや、こんなところ会えるなんて幸運だ。どうだい? ぼくと一戦」

「嫌よ。というか、急ぎの用事だったんじゃないの?」

 

 キュルケのその言葉に、青年、ドゥドゥーはそうだったそうだったと手を叩く。視線を彼女からコルベールに向けると、貴方を雇いに来ましたと頭を下げた。

 

「……何を言っているのですかな?」

「惚けなくとも結構。『魔法研究所実験小隊』隊長ジャン・コルベール殿。こちらは既に調べが付いている。我が主が、貴方の力をご所望なのさ」

「……っ!?」

 

 コルベールの顔が苦々しく歪んだ。何故今更その肩書を掘り起こすのだ。そんなことを小さく呟きつつ、彼はゆっくりと首を横に振る。悪いが、その要望には応えられない、と。

 

「私は……もう二度と、炎を破壊に使いたくないのだ」

「あー、成程。これは見当外れかな。……仕方ない、先に副隊長の勧誘をするか」

 

 一人そんなことを呟きながら結論を出すと、ドゥドゥーは今回はこれで失礼しますと頭を下げた。次は色好い返事を待ってますよ。そんなことを笑いながら述べると、踵を返し去っていく。

 何だったんだあれは、とキュルケは呆れたように肩を竦めた。タバサも隣で訳分からんと頭を振っている。まあ何か厄介事が追加されなかっただけマシか。そんな風に結論付けると、ルイズ探しを再開しようと視線を戻す。

 その眼前で、アニエスが剣を引き抜いていた。

 

「アニエス!? 何をやってるのよぉ!」

 

 キュルケの叫びなど聞こえていないかのように、彼女は真っ直ぐに目の前の相手に向かい剣を振るう。驚愕と、そして何かを納得するような表情の、コルベールの首へと。

 甲高い音が響いた。タバサが自身の杖でアニエスの剣を弾いたのだ。ち、と舌打ちをすると、少し距離を取り腰に下げてあった拳銃を取り出す。

 その銃口を意に介さず、タバサは短く彼女に問うた。理由を教えて、と。

 

「……こいつだ」

「え?」

「こいつが! 私の故郷を焼いた! 私の、復讐の……殺す、相手だ!」




こいつは違う→こいつだ!
アニエスさんの熱い手のひら返し。

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