ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

54 / 185
ゼロの使い魔、続きが出るそうですね。

そんな原作とは光年レベルで掛け離れている本作、才人vsワルド、クライマックスです。


その4

「さて、約束の期日だが……サイト」

「んだよワルド」

 

 ヴァリエール公爵領、公爵の屋敷の練兵場。何かしら物騒なことに使われるその場所は、名前の通りならばこれ以上ないほど職務を全うしていると言えるのかもしれない。

 ともあれ、そこで二人の男が己の武器を構え対峙していた。片方はワルド、杖の切っ先を相手に向け、しかし若干困惑した表情で目の前の男に問い掛けている。

 もう片方は才人、刀を抜き放ち切っ先を下に向けた下段の構えを取りつつワルドの言葉に不機嫌そうな表情で返していた。

 

「これから、曲がりなりにも決闘を行うというのは、分かっているな」

「当たり前だろ。何だよ、怖気付いたのか?」

「馬鹿を言え。俺はただ――」

 

 ゆっくりと、しかしとてつもない速さで。傍から見ている分には、否、対峙している才人にすらそうとしか思えない動きで間合いを詰めると、ワルドは彼の胸ぐらを掴んだ。

 その状態のまま、彼は才人の全身を改めて見る。満身創痍というのが妥当なほどボロボロにされたその姿は、とてもではないが戦えるような状態とは思えなかった。が、そんな見た目とは裏腹に、その目は真っ直ぐに彼を睨み、気力や体力が限界を迎えているようには見えない。

 

「まあどちらにせよ。今の動きが捉えられない時点で無理だ」

 

 掴んでいた胸ぐらを離すと、ふんと鼻を鳴らし才人を軽く押した。おっとっと、とバランスを崩したように数歩下がった才人は、しかしワルドのその言葉など聞いていないように変わらず彼を睨み付け、そして刀の構えも崩さない。

 やれやれ、と肩を竦めたワルドは、いいか使い魔、と少しだけ見下したように彼へと言葉を紡いだ。

 

「今の俺はあの時よりも幾分か冷静だ。そして貴様は付け焼き刃の影響か前回よりバランスが悪い。これでは勝負にならん」

「……ごちゃごちゃ言ってねぇで、さっさと始めるぞ」

「聞こえなかったのか使い魔? 俺は、戦うまでもないと言ったんだ」

「聞こえなかったのか髭面? 俺は、無駄口叩くなと言ったんだ」

 

 ふん、とワルドは再度鼻を鳴らした。そしてちらりと視線を目の前の相手から観客席の方に向ける。恐らく付け焼き刃の元凶であろう公爵夫妻とカトレアの姿や、恐らく唯一普通に両者を心配しているであろうエレオノール、純粋な野次馬であるダルシニとアミアス、シエスタのメイド達。そして。

 

「ルイズ。聞いての通りだ。すぐに終わるだろうが、始めてくれ」

「もうワルド、そういうこと言っちゃ駄目。……負けるわよ」

 

 ふふん、とどこか自慢気に才人を眺めたルイズがそう続けるのを聞いて、ワルドは少しだけ怪訝な表情を浮かべた。一体目の前のあれの何処に自身が負ける要素があるのか。そんなことが頭をもたげ、しかしそれを振って散らした。

 ルイズが言うのならば、一笑に付すのは愚でしかない。

 

「よし。じゃあ……始め!」

 

 ワルドが表情を引き締めるのを確認した後、ルイズが手を振り上げそう宣言を行った。本来ならばお互い名誉とともに自身の名を名乗る場面であるが、もうそれは今更だ。彼女の合図で、双方が全力で目の前の相手を叩き潰す。今回の決闘はそういうものなのだから。

 先程の焼き増しのごとく。ワルドは瞬時に間合いを詰め、そして才人に向かって突きを放った。死にはしないだろうが、しかし当たればまず間違いなく戦闘不能になる。そう確信した一撃が、しかしあっさりと空を切ったことで彼は目を見開いた。

 同時に、眼前に才人の白刃が迫ってきているのが感じ取れ、彼は素早く距離を離す。お互いの初撃が空を切ったことで、練兵場の中心に小さな旋風が生まれ消えた。

 

「……どういうことだ使い魔」

「何がだよ」

「貴様、先程は反応出来ていなかっただろう。何故今のは」

「あ? ああ、そういうことか」

 

 ニヤリ、と才人は笑う。悪戯が成功した悪ガキのような笑みを浮かべると、刀を八相に構え直し腰を落とした。足に力を込め、そしてその勢いのまま一気に駆ける。

 

「テメェの言う付け焼き刃ってやつの成果だよ!」

 

 ルイズとは違う、小さく、そして鋭い一撃。それを杖で弾いたワルドは舌打ちをした。力任せとはまた違う、彼女の模倣とはまた違うそれは、彼が才人に指摘したことを補う、あるいは覆すようなもので。

 だが、と彼は目を細める。所詮彼女の型から抜け出そうとして別の型を求めただけに過ぎない。付け焼き刃、先程自身が言った通りのそれでしかない。

 

「嘗めるな使い魔ぁ!」

 

 踵を中心に半回転、杖で相手の得物を絡めとると同時に唱えていた呪文を解放した。全身を覆うように生まれた竜巻はバランスを崩していた才人に直撃し、彼をそのままゴムボールのように弾き飛ばす。見ていた観客達の一部も、放物線を描く才人を見ながら思わず声を上げた。

 

「浅いか……」

「浅くねぇよ」

 

 ポツリとワルドが呟く。それに答えるように空中で体勢を立て直した才人が悪態を吐き、少し離れた場所にきちんと両足で着地をした。先程声を上げていた観客の一部、主にシエスタがそんな彼を見て安堵の溜息を漏らす。

 いてぇ、と顔を歪めた才人は、しかし戦意を全く衰えさせずに刀を構えた。

 

「続けようぜ髭面」

「……ああ、いいだろう。来い、サイト!」

「ああ、行くぜワルド!」

 

 正眼に構えた才人が駆ける。それに合わせるようにワルドも足に力を込めた。風のメイジの真骨頂とも言えるその移動術は、相手の虚を突くのに事欠かない。才人も当然、カウンター気味に距離を詰められたことで反撃の手が一瞬遅れてしまう。

 が、それでも。才人はそこから繰り出される至近距離の斬撃を躱した。それも勘や偶然などではなく、しっかりと己の意志で、である。相手の攻撃後、それを狙い、一歩遅れた才人の一撃がワルドの鳩尾へと叩き込まれた。

 寸でのところで後ろに下がったらしく、ダメージを殆ど逃されたが、それでも彼は腹部を押さえ憎々しげに才人を睨む。やってくれたな、と彼に述べる。

 

「まさか、見えているのか……?」

「そういうわけじゃねぇよ。ただ、何となく分かるようになっただけだ」

 

 まあ、お前の言うように付け焼き刃だけどな。そう言いながら不敵に笑った才人は、再度攻撃を仕掛けんと刀を握る手に力を込める。

 そしてそんな才人を見たワルドもまた、自身の杖を強く握り締めた。成程、こういうことか。ルイズの言っていた言葉に合点がいったことで少しだけ口角を上げつつ、ならばこれだと彼はゆっくり呪文を唱え出す。

 何が来るのか、と才人はワルドの一挙一動を見逃さないように睨み付けた。まずは見ること、それが重要なのだと昨日散々体に叩き込まれたからだ。が、それが今回は仇となった。ワルドの唱えていた呪文は、才人へ直接影響を与えるものではなかったのだ。

 ここで彼が些細な事も覚えているような頭の持ち主であったのならば、かつてアルビオンでワルドが唱えたものと同じなことに気付いたであろう。『遍在』、自身と同じ姿を作り出す、風のメイジの最上級スペル。

 

「よもや卑怯とは言うまいな。これは俺の呪文だ。俺自身が、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドが、愛しいルイズの隣に並ぶ為に身に付けた呪文だ」

 

 本物を入れても三体。前回よりも数が少ないそれは、恐らく量よりも質を優先した結果なのだろう。それぞれが本物と何ら遜色ない威圧感を放ちながら、切っ先を才人に向けている。そこに数の上で優位に立ったことによる油断は微塵もない。ただただ全力で、目の前の相手を叩き潰さんと睨んでいる。

 

「はっ。望むところだ。そうでなくちゃ、面白くねぇ!」

 

 だから才人もそれに応えるかのように気合を込めた叫びを放ち、そして構えていた刀を鞘に仕舞った。腰だめにそれをそえると、半身に構え腰を落とす。ハルケギニアで使われている剣術のそれとは違う、日本式の居合い斬り。ルイズに習っているわけでもなければ、昨日の修業で身に付けたものでもない。これは、正真正銘、才人の中にあったものだ。

 先に動いたのは才人。どれが遍在でどれが本物なのか、そんなことはどうでもいいとばかりに三人のワルドの内一人へと間合いを詰めると、そのまま刃を抜き放った。風のメイジをしても神速と思わせるそれは、一対一であったのならばまさしく必殺であったのかもしれない。相手が並の相手三人組であったのならば、そのまま一人を切り伏せていたのかもしれない。

 寸でのところで残り二人がカバーに入り、致命の一撃を防いだワルドは表情こそ変えないものの動きに焦りが見えていた。窮鼠猫を噛む。ハルケギニアには無い諺ではあるが、今正に彼が陥っている状況はそれであろう。優位であったはずの状況を覆されようとしているのだ。

 否、とワルドは首を振る。相手が格下だと、自身が優位だと、そんな驕りを一体何時から持っていたのだと自身を叱責した。あの時、アルビオンで引き分けた時に散々思い知ったのではなかったのか。一昨日に、ほぼ模倣とはいえ更なる修業を施した自身と遜色ない動きをした相手ではなかったのか。

 

「……サイト」

「何だよ」

「俺は貴様に謝罪せねばならんな。認めよう、お前は強い」

「はっ、今更かよ」

「吠えるな。ルイズの使い魔としての器が下がる」

 

 遍在を脇に控えさせ、ワルドは一歩前に出る。その目は真剣そのものであり、今まで以上に真っ直ぐ才人を睨んでいる。が、その口元に浮かんでいるのは、紛れも無い笑み。

 強敵を前にして、楽しそうに笑うそれは、彼が隣に立とうとしている少女とも重なる姿で。彼もまた、彼女達に毒されているのだという紛れも無い証拠であった。

 

「なあサイトよ。貴族というのは、いや、騎士というのは難儀なものだな」

「俺は騎士じゃねぇって」

「そうか。だが、分かるだろう? 目の前の相手と自分、どちらが強いのか。それを一度考えてしまうと、もうどうにもならなくなる」

 

 杖を構える。才人が今まで見たこともないワルドの姿は、しかし彼にとってどこか親近感を覚えるような、そんなもので。

 ああ、そうだな。そんなことを言いながら、才人も同じように剣を構えた。

 

 

 

 

「男って、ホント馬鹿」

 

 エレオノールは呆れたように肩を竦める。どちらが強いか。その一言だけであそこまで戦うなどというのは、彼女にとっては考えられないものだ。が、ならば理解出来ないかといえば、そういうわけでもない。

 何せ、身近にそういう性格を持った家族がゾロゾロといるのだ。ここで理解出来ないようではヴァリエール家に今でも平然と所属していることなど不可能だ。

 そんな彼女を、まあまあとダルシニが苦笑しつつ言葉を返す。彼女も性根はどちらかと言えばエレオノール寄りだ。思うところがあったのだろう。

 

「でも、ジャン君、立派になったわね」

「……まあ、そうね」

 

 あの脳筋馬鹿の婚約者にしておくのは勿体無い。そんなことを言いつつ、しかしどこか嬉しそうにエレオノールは言葉を紡ぐ。ダルシニはそれには特に言葉を返さず、笑みを浮かべながら二人の戦いへと視線を移していた。

 ねえダルシニ、とエレオノールは問い掛ける。何でしょう、と彼女はそれに返し、続く質問の言葉を待った。

 

「貴女は、どちらが勝つと思う?」

「……そうですね」

 

 ワルドの強さは破格だ。ヴァリエールの魔境で暮らしているので感覚が麻痺しているが、本来ならばトリステインでも並ぶものがいない強者であることは間違いない。ならば彼が勝つのかと言えば、それも少し悩んでしまう。

 才人。ルイズの使い魔であるあの少年は、魔境の魔境たる所以の人物達と修業という名目で交戦し、そして五体満足で朝日を拝んだ上に自分の経験値として昇華しようとしている節すらある逸材だ。あるいは後数日の猶予があり、あの修業を連日こなせたのならば、ワルドを超える力すら身に付けた可能性すらある。

 

「難しいですね」

「あら。そうなの?」

 

 エレオノールが若干驚いたように声を上げた。あらあら、とダルシニはそんな彼女へと向き直ると、不思議でしたかと首を傾げる。その言葉にまあね、とエレオノールは返し、貴女ならはっきりと答えを出すと思っていたと続けた。

 

「わたしはわたしで色々思うところがあるんですよ」

 

 そう言いながら、そういうそちらはどうなんですかと彼女は問い返す。それを聞いたエレオノールは、それが分からないから聞いたんでしょうと少しだけ不満気に唇を尖らせた。

 そう言いつつ、まあでも、と彼女は視線をワルドと才人の二人から、その介添人になっている自身の妹へと視線を動かす。

 

「おちびは、きっとはっきり答えるんでしょうね」

「そうかもしれませんね」

 

 そんなことを言いながら、二人はお互いクスクスと笑った。

 練兵場の中心では、ぶつかり合った二人がそろそろ決着を付ける頃。

 

 

 

 

「流石だな……。まさか『遍在』による多重攻撃をものともせんとは」

「馬鹿言うなよ。イッパイイッパイだっつーの」

 

 お互い肩で息をしながら武器を構え直す。ワルドはそろそろ全力の遍在を維持するのが限界になっており、数の有利を取るか己の全力を取るかの決断を迫られていた。

 ふ、と薄く笑う。大きく息を吐き、そして吐いた。遍在を消し去り再び一人となったワルドは、己の杖に呪文を掛けると、その切っ先を才人へと向けた。搦手では駄目だ、やるならば、全力の一撃を。彼が出した結論は、それであった。

 対する才人も、そんなワルドの気迫を感じ取ったのか。気合を入れ直すように大きく深呼吸をすると、裂帛の気合を込めた咆哮とともに刀を構えた。今まで彼が食らいついて行けた主な理由は規格外を三人同時に相手にしたことからくる慣れ、いわゆるインターチェンジ効果であったが、あくまで一時的な正しく付け焼き刃でしかない。ここまできてしまえば、後はどれだけそれを自身の糧に消化出来たかどうか。それだけが重要となる。

 お互いが集中し、自身の得物を構える。ルイズはそんな二人をじっと見守る。その表情に不安はなく、見えるのは信頼。どちらが勝つか、どちらが負けるか。そんなことは二の次の、二人のぶつかり合いをただただ見詰めるのみだ。

 そういえば、アルビオンでの二人の対決は呆れが先行していた。そんなことを思い出し、彼女は思わず笑ってしまった。まさかあの二人が、致命的に仲が悪いと思っていた才人とワルドが、こんな風にお互いを認め合いながら決闘をするだなんて思ってもみなかった。

 そんな彼女の笑みを見ていない当の二人も、最後の激突の直前、どちらともなく笑みを浮かべていた。そういえば、アルビオンのあの時も最後は意地のぶつかり合いだった。そんなことを思い出したのだ。

 だが、と二人は思う。あの時は意地以外にも様々なしがらみや思いがあった。

 

「今は、純粋にお前に勝ちたいという気持ちが強いな」

「お前もかよ。俺もそうだ」

 

 ふ、とお互い笑い合う。その表情を引き締めると、お互い武器を持つ手に力を込めた。

 先に動いたのはやはり才人。ワルドが動き始めてからでは間に合わない、そう考えての行動である。が、それでも閃光の二つ名を持つ彼の方が勝った。杖を掲げ、そして己の全精神力を注ぎ込み、その呪文を放つ。

 

「『カッター・トルネード』!? 母さまの一撃に匹敵するわよあれ!」

 

 観客席から思わず驚きの声が上がる。自身の限界を超えたその一撃を唱えたワルドは、しかしそこで更に動いた。相手を飲み込まんとする竜巻との同時攻撃、魔法をいなしても、己が倒す。そんな覚悟を込めた追撃を敢行したのだ。

 竜巻が才人に激突する。強烈な刃の暴風は、巻き込まれたものをズタズタに切り裂く凶悪さを秘めていた。常人ならば全身を切り刻まれあっという間に戦闘不能になるであろうそれは、彼にとってはただの障壁でしかない。当然ダメージは相当のものであるし、気を抜くと意識は飛びかねない。それでも、彼はその呪文で倒れるわけにはいかなかった。

 

「やはりな……知っていたかこの呪文を!」

「昨日五回はこれで吹き飛ばされた!」

「自慢にならん!」

「んなこたぁ分かってんだよ!」

 

 ボロボロになりながらも竜巻を駆け抜け、叫び、そして追撃のワルドを迎撃せんと刀を振り上げる。既に握っているのかいないのか、足は地に着いているのかいないのか、それも定かではない。それでも、目の前の相手だけはしっかりと目に焼き付け、こいつだけはぶっ倒すと体に無理矢理鞭を打つ。

 

「ワルドォォォォ!」

「サイトォォォォ!」

 

 刀と杖。それぞれが相手へと叩き込まれる。それが当たるのは、刀が先か、杖が先か。

 あるいは、同時か、はたまた。

 

 

 

 

 

 

「はい、終わり」

 

 ペシ、とルイズは背中を叩く。ほんの少し、軽く叩く程度のそれで、才人は鶏を絞めた時のような声を上げた。目は見開き過ぎて瞳孔まで開きかけ、顔色は青を通り越して土気色になりかけている。

 ベッドで上半身を起こしたまま動かなくなった彼を見て、大げさね、とルイズは肩を竦めた。

 

「ルイズ。……流石に、それは大袈裟でも何でもないと思うぞ」

「あらワルド。もう起きてもいいの?」

 

 そんな彼女へ呆れたように声を掛けるのはワルド。左腕には包帯が巻かれ、暫くは動かせそうに無いほどに固定された彼のそれを見ながら、ルイズは苦笑しつつ声を掛けた。

 

「そっちも、手酷くやられたわね」

「ああ、これかい? ははは、君が治療してくれたんだ、すぐに動くようにしてみせるさ」

 

 そう言いながら左腕を叩く。一瞬顔を引き攣らせたが、しかし気合で乗り切った。そのままゆっくりと彼女に近付くと、しかし別段何かすること無く視線をルイズから才人に向ける。

 

「勝負は、どちらの勝ちだったのだろうな」

 

 誰にともなく呟く。あの後お互い意識を飛ばし、気付くと双方ベッドの上。一体どうなったのか、肝心の本人達はまったくもって分からなかったのだ。才人より先に治療を終えたワルドも先程まで立ち上がることも出来ず、今も正直無理矢理体を動かしているに過ぎない。

 それでもルイズの下へとやってきたのは彼女が介添人だから、ではない。彼にとって、優先順位の一番が彼女だったからだ。そしてそれは恐らく、目の前で動かなくなっているこの男も同様だろう。

 幾度とない激突で妙なシンパシーを感じてしまったのか、いかんいかんと首を振り考えを散らすと、ワルドは再度彼女に尋ねた。自分とこの男、勝ったのか一体どちらなのか。

 

「知りたい?」

「ああ、とても」

「……ふうん、そっか」

 

 クスリ、とルイズは笑う。その笑みに眉を顰めたワルドだったが、しかし彼女の次の言葉で更に表情を曇らせた。

 なら、秘密。そう言って、ルイズは人差し指を立てるとワルドの口にちょんと当てた。

 

「何故だい?」

「理由を言ったら納得する?」

「……ルイズが言うのならば。と、言いたいが。今回ばかりは無理かな」

「そう、じゃあそっちも秘密」

 

 今のところは。そう続けると、ルイズは座っていた椅子から立ち上がる。サイトも大丈夫そうだし、そろそろ行こうかしら。そんなことを言いながら、ワルドの横をすり抜け、部屋を出ようとする。

 そんな彼女の手を、ワルドは掴んだ。

 

「痛いわワルド」

「ああ、すまない。だが――」

「秘密は秘密よ。それに納得出来ないなら、もう一度戦えばいいじゃない」

「む……」

 

 ライバルってのはそういうものだ。そう彼女に言われてしまえば、ワルドとしても引下がらざるを得ない。実際同じようなことをやっているルイズの言葉は、まさに説得力が違う。

 それでも納得出来かねる。そんな表情をしていたワルドを見て、しょうがないわね、とルイズは肩を竦めた。ちょっとこっち来なさい、と彼を少し屈ませると、その顔をがしりを掴む。

 

「いい? 今回は特別だからね」

「ん? 何がとくべ――」

 

 ワルドが何かを言い終える前に、ルイズは彼の頬に口付けた。これで口止めよ。若干赤くなりながらそう言うと、今度こそ彼女は部屋を出ていく。

 暫くその部屋には、動かない才人と、動かないワルドが残されたそうな。

 




ワルドエンド(ノーマル)。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。