ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

49 / 185
何か凄いの出てきた。


その3

 うへ、と才人は顔を顰める。が、すぐに表情を戻すと視線をノワールへと動かした。相変わらず微笑を浮かべた彼女はその場で佇んでおり、何かを行う様子は窺えない。

 それとは対照的に、数体の骨はゆっくりとその距離を詰めてきていた。

 

「とりあえず、この骨ぶっ倒せばいいってことか?」

「ええ。そう取ってもらって構わないわ」

 

 分かりやすいでしょう、とノワールは続ける。ああそうだな、と返した才人は、とりあえず手近な一体へと距離を詰めると持っていた刀を振るった。拍子抜けするほどあっけなく骨は崩れ、カラカラと音を立てて地面にパーツを散らばらせる。

 

「わぁ、流石サイトさん」

「いやぁ、それほどでも。……じゃない。こういう場合ってのは大抵」

 

 一瞬照れくさそうに頭を掻いた才人であったが、すぐに表情を戻すと距離を取った。そのタイミングで彼がいた場所に斧が振り上げられる。地面から、先程ばらまかれた骨の腕部分が持ち上がり再構成されていた。

 そこからパズルの組み上がるように他の部分が繋がり始め、やがて先程と同じようなオーク鬼のスケルトンが一体出来上がる。

 

「勘が鋭いのね。いえ、違うわ……最初から知っていた?」

「まあな。スケルトンっつったらファンタジーじゃ再生能力持ちってのがお約束だし」

 

 どうだと言わんばかりの表情で才人は述べる。ノワールはその言葉に少しだけ考える素振りを見せたが、まあいいでしょうと一人納得したように頷いた。

 では次よ。そんなことを言いながら、オークスケルトンは徒党を組んで才人に襲い掛かる。それを弾き、あるいは躱し、ダメージを食らわないようにしながら彼は骨に向かい斬撃を放つ。吹き飛びバラバラになった骨は、しかし再び起き上がると何事もなかったかのように再度襲い掛かった。

 キリがない、と彼はぼやく。この手のタイプは限界がある場合とそうでない場合に分かれるが、そうでない場合術者か何かが半永久的にエネルギーを与えているのがお約束だ。そんなことを考えつつ、しかしそうなると狙うべきなのはと骨から視線をシスターに向けた。

 

「あら、わたしを狙うの?」

「そうすればこの骨が静まるんじゃないかってね」

「面白い子ね。この状況でそんな判断が出来るなんて」

 

 ノワールのその言葉に、そうかな、と才人は首を傾げる。見た目こそインパクトがあるが、実際相対すれば土メイジのゴーレムと大差ないことがすぐに分かる。対処法もそこから考えればすぐに出てくるはずだ。

 それよ、と彼女は笑う。あのルイズの弟子で使い魔なのに、そんなことを続けながら、骨を一旦下げるように指示を出した。

 

「いや、俺あそこまで脳筋にはなれないんで」

「天性の素質ね。羨ましくないけれど」

「わたしとしては面白いので好ましいと思いますが」

 

 本人がいないからと言いたい放題である。才人とシエスタは少なくともそういう前提で話をしていた。別に陰口というわけではないが、まあ、本人には言ったらマズいような、そういう類の話である。

 だから、ノワールがある程度ルイズをボロクソに言ったところで、ちなみに、と口角を上げながら発した言葉で動きを止めた。

 

「ルイズは既に呼んであるわ」

「……」

「……」

 

 ギギギ、と軋んだ音を立てるかのような動きで背後を振り向いた二人は、そこでゆっくりと背中からデルフリンガーを引き抜いているルイズが見えた。夜の月明かりはこの場所ではあまり届かず、しかし湖面に反射する光で彼女の口元ははっきり見える。

 獲物を切り裂かんとしている獰猛な笑みが、そこから見受けられた。

 

 

 

 

「さ、じゃあ倒れたサイトに代わってわたしが行くわ」

 

 地面に倒れ伏しピクリとも動かない才人を見ること無く、ルイズは真っ直ぐノワールを見詰めてそう言い放った。頬に手を当て余裕の表情を浮かべている彼女は、そんなルイズを見ながら微笑を湛えている。

 ちなみに倒れている才人は指で地面に何かを書いていた。日本語のそれは、三文字。ルイズ。

 それはさておき、ルイズのその言葉を聞いたノワールは首を横に振った。何でよ、と文句を言う彼女に向かい、当然でしょうと言葉を続ける。

 

「ルイズでは面白くないもの」

「どういうことよ」

「だって、力尽くで破壊しちゃうでしょう、この骨」

 

 ぐ、とルイズは口を噤んだ。違うと言い切れず、むむむと唸りながら目の前の彼女を睨んだ。

 そんなルイズから視線を後ろに向け、貴女も同様よとカトレアに微笑みかける。あらあら、と困ったように笑いながら、そういうことなら仕方ないわねと彼女は素直に引き下がった。

 

「つまり、どういうことよ」

「そこの坊やしかダメよ」

「却下!」

 

 デルフリンガーを抜き放つ。それを肩に担いだ構えを取りながら、表情を引き締めると足に力を込めた。聞く耳などもたん、と言わんばかりのその態度に、ノワールはやれやれと肩を竦める。

 そういうところ、本当にカリンにそっくり。そんなことを言いながら、ゆっくりと右手を上に掲げた。

 瞬間、巨大な影が頭上に差す。何だ、と空を見上げたルイズは、そこに現れたものを見て思わず目を見開いた。

 

「ドラゴン!?」

「ええ。かつて空を舞っていた偉大な存在の成れの果て。まあでも、それだけではつまらないわよね」

 

 ゆっくりと降下してくる骨で出来た竜の顔をまるで愛玩動物と接するかのように撫でると、舞うように空へと浮かび上がった。そしてそのまま背骨しかないドラゴンの背中にゆっくりと着地する。

 

「さあ、始めましょうか。貴女相手の暇潰しを」

 

 ゆっくりと夜空に骨の竜が舞う。一種異様で、しかし月明かりに浮かび上がるそれはどこか幻想的で。一瞬それに見とれてしまったルイズは、いかんいかんと首を振ってそれを散らした。

 

「おちび」

「何ですか姉さま!」

「場所、変えなさい」

「え?」

「変えなさい」

「……はい」

 

 さあでは、と剣を握る手に力を入れたその時である。背後からエレオノールのそんな声が彼女に掛けられた。有無を言わさぬその言葉に、ルイズは一も二もなく頷くことしか出来ない。上空に向かってその旨を伝えると、勿論よという答えが返ってきた。どうやらノワールは元よりそのつもりであったらしい。

 微動だにしていなかったオークスケルトンが動き出し、こっちだと言わんばかりに一行を先導する。宿場町から離れていくそのルートは、しかし妥当とも言えた。その辺りの街道で骨で出来た竜と公爵の娘が大立ち回りをしていたら流石に問題である。

 やがて人も獣の気配もない森の一角に辿り着くと、ここならいいでしょうとノワールはオークスケルトンを下がらせた。ギャラリーはここまで下がれ、と言わんばかりのその動きに、別段文句のない才人達四人は従い距離を取る。

 

「使い魔の貴方」

「はい?」

「いいの? おちびの援護をしなくて」

「……今の状況だと、したら怒られるんで」

「あら、解ってるのね、あの娘のこと」

 

 少しだけ感心したようなエレオノールのその言葉にあははと才人は苦笑する。愛ですか、というシエスタの言葉には無言で手を左右に振った。

 でも、本当にいいの? とカトレアは問い掛ける。その言葉は、ルイズが勝つという前提で話をしていた才人にとって不安を煽るものであった。少しだけ眉を顰めながら、どういうことですかと彼女に問い掛ける。

 

「ノワールおばさま、いえ、魔女ノワールはトリステインの生きる『伝説』の一人よ。遊びとはいえ、ルイズ一人では荷が重いのではないかしら」

「生きる伝説!? いやまあ、確かにそんな感じはするけど」

「カトレア、言い過ぎよ。大体そんなものは噂に尾ひれが付いただけじゃない」

「あ、そうなんだ」

 

 ほっと胸を撫で下ろす。流石にそんなファンタジーの最上級レベルの単語を使った称号持ち相手ではルイズでも危ないと思ったからだ。そうだよな、流石にそんなことないよな。そう思いながらシエスタを見やると、露骨に顔を逸らされた。

 

「なあシエスタ」

「はい?」

「何で今顔逸らした?」

「気の所為です」

「何か知ってるの?」

「知りません」

 

 魔女と烈風、そして灰かぶり。貴族と平民双方の英雄譚で語られる伝説の二つ名のことなど、何も知りません。そう言いながら、少しだけ心配そうに空を見上げた。

 森の木を足場にし空を駆けるルイズ。骨のドラゴンの首を刈らんとしたその一撃は、しかしノワールの操縦により容易く躱された。クスクスと笑いながら、そんな直線的な攻撃ではダメよと彼女はルイズに述べる。ゆっくりと旋回しながら、ルイズが焦れて再度攻撃を行うのを待ちながら、クスクスと笑い声を風に乗せる。

 

「あーもう! 降りてきなさいよ卑怯者!」

「うふふ。そんなカリンみたいなこと言ったらダメよ。自分の有利な場所で戦えないから卑怯だ、なんて」

「うぐぅ」

 

 でも、そうね。そんなことを言いながらノワールは高度を下げる。木々を足場にしているルイズとそれほど変わらない位置まで下りてきた彼女は、これならいいでしょうと微笑んだ。

 

「あーもう! バカにして!」

「違うわ。からかっているのよ。遊びだもの」

 

 一足飛びで間合いを詰めたルイズが剣を振るうが、それに合わせるように先程とは逆の距離を詰めるという行動を行ったノワールの骨の竜によって勢いが乗り切る前に防がれた。それでも尚強烈な一撃であったはずのそれは竜の太く頑丈な腕の骨に弾かれ、体勢を崩したルイズは思わず目を見開いてしまう。それを逃さず、骨の竜のもう片方の腕が振り上げられた。

 周囲の木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいくルイズに、才人は思わず彼女の名を叫ぶ。無事を確かめるために足を動かそうとして、それを遮るようにオークスケルトンが立っていることに気が付いた。

 

「どけよ骨」

 

 骨は喋らない。ただただ彼の行く手を遮るばかり。押しのけようにも、それが命令だと言わんばかりに足を地に着け動かない。

 短く舌打ちをした。刀を抜き放ち、邪魔だと目の前の骨を一閃する。両断されたオークスケルトンは崩れ落ち、しかし別の骨が再度彼の行く手を遮った。

 

「どけっつってんだろ!」

 

 骨の顎を切り飛ばした。勢い余って頭部ごと吹き飛ばした才人は、残った体を蹴り飛ばし迫り来る残りの骨にぶつける。流れるような動きで剣を上段に構えると、その二体を縦に両断した。どうだ、と言わんばかりに左手のルーンが輝く。夜の森であることで一層目立つその輝きは、そこに目を向けたノワールが満足そうに微笑むほどのもので。

 

「流石は『ガンダールヴ』。ルイズのためならば実力以上のものを引き出すのね」

 

 脳筋娘にはいささか勿体無い。そんなことを思いつつ、ノワールは才人に声を掛けた。大丈夫だと、心配いらない、と。

 

「貴方の知っているルイズは、あの程度でどうにかなるような娘ではないでしょう?」

「へ? まあ、言われてみればそうだけど。でも、伝説相手だし……」

「伝説? 何の話かしら?」

 

 微笑みを絶やさず、ノワールは才人にそう尋ねる。その言葉に面食らった彼は、だってさっき皆が、と三人へと振り向いた。

 エレオノールは、だから噂だって言ったでしょうと呆れ顔。カトレアは、少し大げさだったかしらと苦笑していた。

 そして最後の一人は。

 

「シエスタサン?」

「はい」

「騙しましたネ?」

「いえいえ。ちょっと危機感を煽っただけで、決して嘘は言ってませんよ」

「ノワールさんと、グルなんですネ?」

「とんでもない。ただ、サイトさんの本気を引き出す手助けをしただけです」

「それを世間一般ではグルって言うんだよ!」

 

 がぁ、と才人は吠える。対するシエスタはきゃー、とどこか嬉しそうに体を縮こまらせた。何だよ、結局俺の一人相撲かよ。そんなことを言いながら、彼はどこか拗ねたように視線を逸らす。

 が、そういえばその肝心の主人が一向に現れていないことに気が付いた。

 

「ルイズは?」

「え?」

「あの程度でどうにかなる奴じゃない、けど。じゃあ何でさっさと反撃しないんだ?」

 

 そういえば、とシエスタは周囲を見渡す。見えるのは夜の森と、オークスケルトンの残骸。そして困ったように笑うルイズの姉二人。

 カトレアはともかく、エレオノールも取り乱していない。ということは心配するようなことではない。そう結論付けたシエスタは、しかしではどうしてと首を傾げる。

 その答えは、静寂をぶち壊す爆発音で判明した。

 

「もう少し、考えた反撃が来ると思ったのだけど」

「あによ、悪い!? これでも結構考えたんだから!」

 

 木を切り飛ばし、投擲槍のように投げ付けるルイズを見ながら呆れたようにノワールは笑う。それらを行いながら再度距離を詰めたルイズは、不機嫌さを隠そうともしない表情で剣を振り上げた。

 振り上げ、そして表情を笑みに変えた。彼女とノワールの距離はまだ少し遠い。剣の斬撃は届かず、丸太も尽く躱されている。その状況で、彼女は笑った。

 

「成程。少しは、考えたのね」

「はん! 余裕ぶっこいちゃって!」

 

 剣の柄に精神力を込める。それにより撃ち出された丸太は一斉に爆発した。爆音と爆風が周囲に溢れかえり、それにより骨の竜はバランスを崩して失速する。背後での爆発が特に大きかったのか、その体は自然に前へと流れていき。

 真正面で剣を構える、少女の魔法剣士の間合いに捉えられた。

 

「一発! 当ててやる!」

「うふふ。それは、させられないわね」

 

 横一文字に斬られるドラゴンからスルリと降りたノワールは、優雅に着地をすると彼女の頭をポンポンと叩き、そしてゆっくりと撫でる。

 それが自分を褒めているのだというのに気付いたルイズは、不満げな表情をしながら、しかし暫しの間されるがままになっていた。




何で戦ってんだ、というツッコミを最後までしないスタイル。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。