ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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色々と投げっぱなしにしていくスタイル。

あ、若干パロティ多めです。


その4

「おっかしいでしょ!」

 

 テーブルを勢い良く叩きながらルイズが叫ぶ。その隣では仮面のせいで全く表情の読み取れないアンリエッタが騒がしいですわと彼女を諌めていた。

 ちなみにタバサは無言でカードをシャッフルしている。ここは一旦考えるのをやめて流れに乗るのが正しいと判断したらしい。

 

「ミス・フランソワーズ。そんな大声を出さなくても聞こえます」

「でも」

「大体、そんなものは分かりきったことでしょう」

 

 ねえ、と目の前の支配人に同意を求めるように声を掛ける。ギルモアはアンリエッタの言葉に何のことですかなと曖昧な笑顔を浮かべた。それを見て薄く微笑んだ彼女は、ではこの状況をどう見ますかと問う。

 無論、始祖の思し召しでしょう、と彼は返した。

 

「成程。始祖の思し召し、ですか」

 

 だそうですよ、とタバサに視線を向ける。そんなわけないだろうと言わんばかりの視線をアンリエッタに返すと、タバサはゲームを再開するため手札を配り始めた。

 三対一、という状況にも拘らず向こうが勝ちこちらが負ける。ことこのカードでの勝負でそんなことがありえるとしたら、それこそ奇跡の賜物であるといえるだろう。何も含むことがない全くの偶然ならば、という前提がつくが。

 そもそも最初からイカサマであるという確信のもと行動をしている三人にとって、そんな選択肢など端から存在しない。

 

「まあ、とはいえこうも負け続けると面白くありませんわね」

「……どうするの?」

「確実なものであれば相手の不正を暴くのが一番でしょうが」

 

 現状それは難しい。そんなことを言いながらアンリエッタは自身の手札を眺める。火と水、それぞれの十三が一枚、土と水と風の三が一枚ずつ。手札の交換は必要ない、とカードを伏せ、チップを摘み場に置いた。隣ではルイズがチップを置きながらカードを数枚交換している。引いたカードを見て口角を上げているのを見ると、いい役になったらしい。

 

「さてミス・タバサ。貴女はどうされます?」

「わたしは、このままでいい」

 

 手札を見ることなく、最初に配ったまま整理もせずに、タバサはそう言い放った。チップは二人と同じだけ賭け、ただ無言でじっと時を待つ。

 あれは一体どういうつもりだ。そんなことをギルモアも思ったのか一瞬眉を顰め、しかしすぐに表情を戻すと笑みを浮かべた。どうやらそちらも始祖の奇跡を信じることにしたのですな、そんなことを言いながら自身の手札を見て数枚交換を行う。

 

「あれって……」

「どうしたのサイト?」

「いや、前に漫画でああやってハッタリで勝つのがあったから」

「つまり、ミス・オ――じゃない、ミス・タバサのあの行動はブラフだ、と」

「そうそう。で、向こうが、イカサマをしてこちらが勝っているはずなのに何であんな自信満々なんだぁーって自滅する」

「……無理だと思うわぁ」

 

 キュルケの溜息の通り、ギルモアは全く動じること無く手札を開ける。当然のごとくタバサは負け、そしてルイズとアンリエッタの役よりも勝ったものを彼は提示した。

 そんな分かりきった結末で流されていくチップを見ながら、タバサはじっとカードを眺める。裏返し、回し、そして指で弾いた。

 ギュィ、という音が聞こえた気がした。

 

「何か気付いたのですか?」

「……いや、別に」

 

 そうは言いつつ、彼女はカードを集め纏める。少し持ち上げ、上からパラパラとテーブルに散らした。

 視線をテーブルから給仕達へと向ける。トーマスを呼び寄せると、最初に選んだ新品のカードの箱と、それが置いてあった棚について教えて欲しいと述べた。コクリと頷いた彼は、箱は何の変哲もないもので、棚は基本そこにカジノで使う道具を置いておく為の場所であると話す。

 視線をギルモアに戻し、調べても? と問うた。笑みを浮かべたまま、いくらでも、と彼は返す。

 

「ではそちらはミス・タバサに任せます。わたくしは、そうですね……」

 

 最初に用意してあったカードを見せて頂けるかしら。その言葉にピクリと反応したギルモアは、しかしやはり動じること無く心ゆくまで調べてくださって結構ですと答えた。

 結果として、そこに何かイカサマの痕跡を見付けることは出来なかった。が、二人はそのことを何処か満足そうにルイズへと話した。

 

「あー。……つまり、タネは全部」

「そういうことですわ」

「これ」

 

 シャッフルしているカードを指す。余計な選択肢を潰したことで、これ一本に絞ることが出来た。それだけでも充分、そう判断したのだ。

 とはいえ、ではどうにかなるかというと答えは否なわけで。

 

「サイト、何かないかしら?」

「無茶言うなよご主人。ファンタジー世界のイカサマなんか見破れるかっての」

「ではサイト殿、貴方の故郷のイカサマ技術では如何です?」

 

 アンリエッタにそう問われて、才人は思わず素っ頓狂な声を上げる。どういうこと、と首を傾げたが、魔法でも何でもないイカサマで何かアイデアが無いかと言われ思案するように首を揺らす。

 

「自分の都合のいいようにカードをシャッフルして、いい手札が来るように配るってのが一般的だよなぁ」

「カードシャッフルはこちらで行っていますわ」

「スタンダップマジックとかだと相手に切らせてるのに望んだカードがってのがあるけど」

 

 方法さっぱり分からない。頭を掻きながらそう述べた才人を見ながら、アンリエッタはそうですかと言葉を返した。仮面でその表情は伺えないが、ひょっとしたらその答えに落胆しているかもしれない。そう思った彼はごめんと頭を下げる。

 その最中、ふと、彼の中で一つ思い付いたことがあった。タバサの先程のやり取りで丁度思い出していたとある物語での一幕、サイコロゲームで漫画家から金を稼ごうとした高校生。ちょっとこっちへ、とアンリエッタを呼び寄せると、他の面々に聞こえないように耳打ちをする。

 

「っていう話が漫画であったんだけど、どうだろう?」

「成程。もしそうならばかなり面白いですが……少し、試してみましょうか」

 

 半笑いの仮面の裏で満面の笑みを浮かべたアンリエッタは、お待たせしましたと席につく。そして、ギルモアに向かって一つの提案をした。

 曰く、交換した捨て札を全て表向きにして置いて欲しい、と。

 

「少し変則的な勝負ですが、受けて頂けますか?」

 

 少しだけ戸惑った表情を浮かべたギルモアは、それで構いませんと首を縦に振る。では、とタバサに目配せしたアンリエッタは、配られた手札を全て交換に出した。

 

「え? ちょっと何やってんの? 役出来てるじゃない?」

「ええ。だからこそ、いらないのです」

 

 貴女は普通にやればいい、とルイズに告げ、アンリエッタは再度手札を全交換する。その度に少額であるが掛け金を釣り上げ、微妙に降り辛い雰囲気も用意した。

 そしてタバサもまた、同じようにカードを全て交換する。山のように捨て札が溜まっていく中、ギルモアも浮かべていた笑みを少しだけ潜めた。

 よろしいのですか、と彼は問い掛ける。これで負ければチップをほぼ全て失うことになると思うのですが。そんな彼の言葉を、勿論とアンリエッタは笑顔で返した。

 

「この次の勝負で、決着を付けますから」

 

 今度は二枚交換を行うと手札を伏せ、準備は整ったとばかりに彼女は笑みを浮かべる。仮面のズレを直すかのようにそこに触れると、後は勝負をするだけだと佇まいを直した。

 最初に手札を公開したのはタバサ、この状況の中でもペアを一つ作っていたのは流石といったところであるが、しかし所詮最低限の役でしかない。アンリエッタに至っては全てのカードがバラバラであった。

 ふう、とギルモアは息を吐く。何か策を練っていたようですが、始祖はこちらに恩恵をくださったようです。そんなことを言いながら、火と土、そして風の十三が揃った手札をテーブルに置く。

 

「……さ、ミス・フランソワーズ。貴女の手札で勝負が決まりますわ」

「え? いや、わたしの手札あれより弱いんだけど……」

 

 やっちまった、と言わんばかりの表情を浮かべているルイズが、それでも降りていない以上開かなければいけないので恐る恐るカードを捲っていく。一枚目は水の一、二枚目は土の一、三枚目は火の一、そして四枚目は風の一。

 その辺りでルイズの手の動きが止まった。あれ、と首を傾げながら、捲ったカードを裏返し、戻しを繰り返し何度も確認を行う。何度やっても絵柄が変わらず、困惑の表情を浮かべたまま最後の一枚をペラリと捲った。

 虚無のゼロ。全てのカードになりうるワイルドカードが開かれ、これで彼女の手札は全ての属性が揃うことになる。文句のつけようのない、このゲーム最強の役であった。

 

「な!? なななななっ!?」

「何で開いてるルイズが一番動揺してんだよ」

「……多分、アンリエッタが何かやらかしたんだろう」

「でしょうねぇ」

 

 ちらりとキュルケはアンリエッタを見る。可笑しくてたまらないとばかりに腹を抱えて笑っているその姿はどう考えても淑女ではなかったが、まあこの国の姫の時点でもうどうでもいいやと彼女は諦めた。

 その対面、ディーラー役であったギルモアは明らかに動揺していた。一体何故、どういうことだ。そんな言葉が思考を巡り、しかしすぐに我に返ると頭を振った。これはいけない、と仮面の貴婦人に向かい明らかに怒気を含んだ声を掛ける。

 

「あら? 何か問題が?」

 

 あるに決まっていると彼は返す。イカサマだ、と声を荒らげたが、アンリエッタはその言葉を聞いてクスクスと微笑んだ。

 おかしな話ですわね。そう述べると、彼女は捨て札を掴み一枚一枚テーブルに置いていく。

 

「イカサマだというのならば、まずその証拠、あるいは手口を教えていただかないと。ちなみにわたくしからの反論はほらこの通り。捨て札にも、ミス・タバサの手札にも、当然わたくしの手札にも、彼女の揃えたカードはありませんわ」

 

 そんなものどうにでも出来る、と彼は返した。大体、元々カードに姿を変えているだけなのだから、絵柄なぞ証拠にならない。

 そこまで言って、しまったと彼は口を押さえた。取り繕うように乾いた笑いを響かせるが、しかしそれで場の空気は全く変わらない。この勝負が注目されていたからこそ、彼の発した言葉を聞いていた人物も一人や二人ではなかったのだ。

 無言でタバサはカードを纏める。もう大丈夫、と述べると、デッキは一瞬で多数の幻獣へと姿を変え彼女にまとわりついた。うん、と頷くと、後は任せてと幻獣達に笑い掛ける。

 

「……活躍したのはわたくしですよ?」

「人徳の差、じゃないかなぁ」

「ダメよサイト、そんなはっきり言っちゃぁ」

「ごめんよアンリエッタ。僕は反論出来ない」

 

 野次馬三人の言葉を背中に受けつつ、まあいいやとアンリエッタはギルモアを眺める。青くなったその表情と、そして周囲の彼に向けられる敵意。そんな心地よい空気を感じつつ、彼女は一歩一歩彼へと近付いた。

 彼の肩をポンと叩く。ひぃ、と体を震わせたギルモアに向かい、アンリエッタはゆっくりと被っている仮面を外した。

 

「さあ、先程の宣言通り、最後の勝負を始めましょう」

 

 賭けるのは勿論貴方の命。そう言いながら、彼女はその口を三日月に歪めた。

 

 

 

 

 

 

「皆さん、ご苦労様でした」

「……何か今回はいいように使われただけな気がするわ」

 

 茫然自失としているギルモアを衛士隊が引っ張っていく中、皆に向き直ったアンリエッタはそう言って微笑んだ。ルイズは当然のことながら不満爆発で、当たり散らせない感情を持て余しながら唇を尖らせている。

 そんな彼女を見て笑みを強くさせたアンリエッタであったが、しかし表情を引き締めるとまだ終わったわけではないと言葉を紡いだ。イカサマを行っている裏カジノを潰すことは出来たが、肝心要の黒幕に辿り着いていないのだ。

 

「高等法院、でしたっけ?」

 

 あんまり聞き覚えのない単語だったなと才人が首を傾げる。ええ、と頷いたアンリエッタはその役職と現在の人物のことを話しつつ、詳しいことはここでは出来ないでしょうねと打ち切った。

 とりあえず一度場を離れようというウェールズの言葉に皆頷き、用意された馬車で一路王宮へと向かう。そこで、少し話は変わるけれどとアンリエッタがタバサに視線を向けた。

 

「ミス・オルレアン。その幻獣達、『エコー』はどうなさるの?」

「ん。親子の再会も出来たし、離してやろうかと」

「ならば、わたくしにくださらない?」

 

 ジロリとタバサは彼女を睨む。人にいいように使われていたのに、また更に何か悪巧みに使おうというのか。そんな意味の込められた視線であったが、アンリエッタは当然のごとく何処吹く風で笑みを浮かべていた。

 

「子供を盾にして無理矢理命じる、などということはしません。それはこのアンリエッタ・ド・トリステイン、自身の誇りに掛けて約束いたします」

 

 その目に偽りはない。それが分かったタバサではあったが、しかしだからといって首を縦に振るのは抵抗があった。暫し悩んだ結果、直接エコーに問い掛ける。どうやら話を聞いていたらしく、少しだけ彼女にまとわりつくとエコー達はアンリエッタの膝へと集まった。

 

「とりあえず戦力の増強も出来ましたし、今回はこれでよしといたしましょう」

 

 膝のエコーを撫でながらアンリエッタはそう呟く。一人でめでたしめでたしと納得しているその姿はどこまでも唯我独尊であった。それでもこの場にいる面々はそんな彼女を見限りない辺り、ひょっとしたら本当に彼女なりの人徳があるのかもしれない。

 

「そういえば姫さま。あの時のわたしの手札、あれどうやったんですか?」

 

 そのまま談笑を続けていた最中のルイズの言葉。それを聞いて、ああそういえば言っていませんでしたねと彼女は笑う。笑いながら、今回ずっと被っていた半笑いの仮面を取り出した。

 

「これが、杖ですの」

「はぁ!?」

「なんてことのない、ただの『フェイスチェンジ』の応用ですわ」

 




ネタばらしエンド。

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