ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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アニメでいうならBパート入って暫くしてからやっと出番が来る主人公みたいな。

展開はやっぱり怒涛の勢いでゴリ押し。


その4

 立て続けに舞い込んでくるその報告に、男は頭を抱えた。三十にも満たない、凡そ軍隊とも言えない集団。それも大半は住民の誘導や支援で戦闘を行っているのはわずか四人。

 たったそれだけに、ここサウスゴータの古都にいたレコン・キスタは蹂躙されているのだ。四人に、千を超える兵士達が倒される。そんなありえない光景を、男は認めることが出来なかった。

 駐屯所として使用していたかつての大貴族の屋敷を飛び出し、半壊している部下達の姿をその目にした男は、目を見開き顔を青くさせる。馬鹿な、そんなことが。誰に言うわけでもなく口を出たその呟きは、しかし傍らにいた一人のメイジがゆっくり首を振ることで肯定された。事実なのだと、これは現実なのだと。

 うるさい、と男は叫んだ。認めるものかと、こんなことがありえるものかと、そう言いながら隣のメイジに準備を行うように指示する。本当に使うのですか、という彼の言葉に、男は当然だと口泡を飛ばした。

 仕方ない、とメイジは上空に向けて魔法を放つ。信号弾のようなそれは、奇しくもルイズが行ったそれと同じように街にいるものに『何か』を知らせる役割を担い、同時に倒されていなかったレコン・キスタの兵達が顔色を変えるものであった。皆揃って動きを止め、しきりに周囲を気にし始める。

 それと同時、ドスンと何かが大地を踏みしめる音がした。それは段々と大きくなり、そしてその音の主が何かも分かるようになってくる。

 人の身の丈を優に超える巨大なその体、明らかに人間ではないその顔と肌の色。オーク鬼、トロル鬼、オグル鬼。亜人と呼ばれるそれらが、武装し徒党を組んで街へと足を進めていた。その顔は得物を前にし愉悦に歪んでおり、目の前の矮小な少年少女をどうやって壊してやろうかと舌なめずりをせんばかり。自分が勝つであろうことを疑いもしない。

 周囲に倒された同じ陣営の人間が大量に見受けられたが、それがどうした。こいつらは弱い、自分達は強い。それが大前提な亜人達は、気にせず自身の持っていた得物を振り上げた。

 その結果がどうなるかなどと考えずに。

 

 

 

 

「嘗めんなこのブタ野郎!」

 

 オーク鬼の一撃を日本刀で受け流しながら才人は叫ぶ。同時に横に飛び退くと、峰打ちにしていた刃を返した。今までは相手が人間だったから一応不殺を心得ていたが、こいつら相手ならば。

 そこまで考え、いや待てと動きを止めた。そういう差別的なのは良くないな、と一人納得したように頷くと、後ろに向き直り心配そうに見ている聖女と余裕でふんぞり返っている姫を見る。その辺りにはツッコミを入れず、こいつらはどうするのかと叫び問うた。

 

「え? どうするって、えっと……」

「人でないのです、遠慮なく殺してくださって結構ですわ」

 

 笑顔でそんなことをのたまったアンリエッタを、ティファニアは若干引いた表情で見やる。その視線を感じたのか、アンリエッタは少しだけ首を傾げ、すぐに納得がいったように手を叩いた。

 

「大丈夫ですテファ。わたくしはエルフとあのような汚らしい亜人を同一とは認めておりません」

「あ、そうなの? なら――って違う! わたしの言いたいのはそういうことじゃなくて!」

「ああ、勿論吸血鬼もある程度は例外ですわ。だから安心して下さいサイト殿」

「何で俺に振るの!? いやまあ確かにそれは有難いけど」

 

 もうどうでもいいや、と才人はオーク鬼に向かい剣を振る。持っていた棍棒を真一文字に切り裂くと、そのまま革鎧に覆われた胴を薙いだ。鎧が切り裂かれ、鮮血が舞う。それでも致命傷にはならなかったらしく、オーク鬼は雄叫びを上げながら彼に向かい突進してくる。

 それを躱し、彼は一人毒づいた。勝てないんだから逃げろよ、と。

 

「……向こうがどういう方法でこいつらを味方にしているかは知らないけど」

 

 そんな才人の横では、ルイズがデルフリンガーでトロル鬼の一撃を受け止めながら呟いた。彼女の数倍以上の体躯を持つ亜人の一撃を真正面から受け、しかしまったく揺るがないその姿に、戦意を失っていたレコン・キスタの兵士達は思わず感嘆の声を上げる。

 

「こいつらはわたし達とは価値観が違うわ。生半可な負傷では戦意なんか失わない」

 

 だから、と彼女は剣を持つ手に力を込めた。巨大な体の方が押し負けぐらつくその光景は、見るものが見れば一体何の冗談かと思うであろう。

 剣をかち上げる。トロル鬼の右腕が弾かれ後ろに流れ、そして体勢が崩れた。そのタイミングで足に力を込め跳躍したルイズは、デルフリンガーを肩に担ぎ真っ直ぐ振り下ろす。

 地面に着地すると同時、頭上から足元へ一本の線が引かれたトロル鬼は悲鳴を上げる事無く崩れ落ちた。

 

「サイト、中途半端な情けをかけると死ぬわよ」

「相棒は容赦無さ過ぎなんだよ」

 

 トロル鬼の血を振り飛ばしながらルイズはそう述べる。へいへい、とそんな彼女の言葉に同意した才人も悪いな、と目の前のオーク鬼を切り裂いた。

 倒れた自身の仲間など気にもせず、亜人の軍団はルイズ達に鼻息荒く迫り来る。その巨体は古都の狭い路地を所々破壊しながら、自分達に戦いやすい空間を作り攻撃を行おうと棍棒を振り上げた。

 その先には、戦意を失い棒立ちになっているレコン・キスタの兵達が。どうやらルイズ達の周囲に彼等がいたことで、攻撃範囲に含まれてしまったらしい。ひぃ、と悲鳴を上げた兵士達は、己の体が轢き潰されミンチになることを想像し目を瞑った。

 だが、衝撃はいつまで経っても来ず、そして自身の意識も未だある。何だ、と恐る恐る目を開けた兵士は、自身の目の前で棍棒を受け止めている人影を目にした。

 

「あーもう! 戦う気無いならさっさと下がって捕虜にでもなりなさい! 大丈夫、そこのティファニアは貴族とか平民とか気にせず接してくれるわ」

 

 危害を加えようとしなければ。そう付け足し、攻撃を受け止めていたルイズは棍棒を蹴り飛ばす。後ろのオグル鬼を巻き込んで倒れるトロル鬼を一瞥し、次、と視線を別の亜人に向けた。

 

「あらあら。優しいのですね、ルイズ」

「敵だからって、逃げ惑う人を見殺しには出来ませんよ。……死ななきゃいけない悪人ってほどでも、無いみたいですし」

「あははっ。カッコ良いわよぉルイズ」

「うん。男らしい」

「それ褒めてない!」

 

 がぁ、とキュルケとタバサに吠えると、彼女は一気に大地を駆ける。踏み潰されそうだった気絶している兵士を担ぎ上げ、その近くにいる別の兵士に持っていけと投げ渡す。すぐさま反転し、飛び上がると目の前のオグル鬼の顔面を両断した。立ったまま絶命した巨体により後方の亜人の移動が妨げられたのを確認すると、ルイズは背後に声を掛ける。先程自身をからかった二人に、追撃よろしく、と述べた。

 

「はいはい。任されたわぁ」

「ん」

 

 キュルケが炎の竜巻を生み出し、タバサが氷の竜巻を生み出す。相反する二つの竜巻は、移動にもたついていた亜人の集団の中心部で炸裂、膨大な上昇気流を生み出した。人の何倍もある巨体が、まるで紙くずのように宙を舞う。

 地面に盛大な地響きを立て、亜人の集団は墜落した。衝撃で爆発でも起きたかのようなクレーターが生まれ、全身を強く打った亜人達はうめき声を上げることなく意識を飛ばしていく。ひょっとしたら何体かは既に命も飛ばしてしまったのかもしれない。

 

「はい、一丁上がりぃ」

 

 ふふん、とキュルケは胸を張る。タバサも少しだけ口角を上げ、まあこんなものだろうとメガネを指で戻した。

 ともあれ、二人の呪文で亜人達の進撃が一旦止まった。まだ動ける亜人はいるようであり、追加の増援も待っているようだが、とりあえずは一段落である。

 

「今のうちに倒したレコン・キスタの兵士達を回収しておきましょう」

「また洗脳するんですか?」

「ええ、そうですわ。……と、言いたいところですが」

 

 ちらりとアンリエッタは背後を見る。既に回収された兵士達や戦意を失い投降した者達。それらの応急処置に走り回っているティファニアを見て、彼女は嬉しそうに目を細めた。

 くるりとルイズに向き直り、ごらんなさい、と手を振り向ける。

 

「『説得』は、必要ですか?」

「……ゴロツキ紛いの以外には、必要無さそうですね」

「恐怖を与え、絶望したところに差し伸べられる救いの手。ある意味記憶を飛ばして植え付けるよりも効果があるわ。人も動物も、調教の方法は同じですわね」

「そこでそう言っちゃうから姫さまはいつまで経っても姫さまなんですよ」

 

 住民の避難誘導に走り回っているウェールズに絶対惚れた相手間違えていると詰め寄りたくなるのをぐっと堪え、ルイズはアンリエッタから視線を外し前を見た。倒れている亜人達とは別ルートで街を壊しながら進軍してくる敵の姿を視界に入れ、さてもうひと頑張りしますかと剣を肩に担ぐ。

 行くわよ、という言葉に応と答えた才人が続き、少し離れた場所でキュルケとタバサが杖を構える。既に邪魔になるようなものはおらず、目の前の敵を倒すのに遠慮することもない。

 せーの、とルイズは思い切り剣を振るった。トロル鬼が両断されるのを尻目に、一気に間合いを詰めて二撃目を振るう。逆袈裟に切り裂かれたオグル鬼は、数歩進みながら泣き別れた肉体を地面に横たわらせた。

 

「相棒、だからやり過ぎだっての。後ろの連中引いてるぞ」

「あのねデルフ。わたしだって逃げる相手をわざわざ殺すほど非道じゃないわ。こいつらは何があっても向かってくる相手だった、それだけよ」

 

 ふん、と鼻を鳴らすと大体あっちを見ろと剣をその方向に向ける。キュルケの呪文で消し炭になっているトロル鬼や、タバサの呪文で冷凍され粉々になっているオグル鬼の姿があった。

 

「いやそうじゃなくて、今回はそういうのに耐性のない半分エルフの嬢ちゃんが」

「無駄話はここまで、次行くわよ」

 

 居合で真一文字に切り裂いたオーク鬼の体に伸し掛かられもがいている才人を助け起こすと、ルイズは再び白刃を振るった。

 大量にいた亜人が、最後の手段として総大将から用意されていたそれがあっさりと打ち倒されてしまった哀れなレコン・キスタ司令官。彼が側近であったらしいメイジに連れられ虚ろな目で投降してきたのは、それからそう遠くない時間の後である。

 

 

 

 

 

 

 それからの半月は怒涛であった。レコン・キスタの要の一つであった都市が陥落し、アルビオン軍は勢い付いた。逆に元々反乱軍であったレコン・キスタの勢力は瞬く間に弱り、気付けば最早軍とは呼べない規模にまで縮小してしまっていた。

 総大将である男の行方は未だ不明のままだが、そう遠くない内に捕縛され、此度の内乱の終結が宣言されるであろう。誰もがそう思うほどの、見事なまでの勝利であった。

 だが、同時にそれはアルビオン王家の手柄ではないことも、誰もが感じていた。膠着状態に陥ったアルビオンを救うべく現れた聖女。かつて王が切り捨てた、彼の弟の忘れ形見だと述べる一人の少女。彼女が集めた義勇軍が、この結果をもたらしたのだ。口にはせずとも、民も、兵士も、一部の貴族ですらそう思っていた。

 とはいえ、肝心の聖女の姿を見たものはそう多くない。分かっていることは、妖精に例えられるほどの美しさを持っているという一点のみ。それ以外は全て風の噂だ。曰く、一騎当千の勇者を引き連れている。曰く、その神々しさに敵ですら傅き軍門に下る。曰く、義勇軍にはアンリエッタ王女とウェールズ皇太子も参加していた。曰く、聖女は伝説の虚無のメイジである。

 そんな噂ばかりが一人歩きを繰り返した頃、アルビオンの王都ロンディニウムに聖女が訪れるという話が舞い込んできた。人々がまたそれも根も葉もない噂ではないかと疑う中、アンリエッタ王女とウェールズ皇太子の二人が揃ってハヴィランド宮殿に向かうのを目撃したことでにわかに盛り上がる。噂の通りならば、あの二人と聖女は何かしらの関係があるはず。ならば、本当に聖女がここに。

 人々の関心が最高潮に達したその日、見慣れぬ馬車がロンディニウムへと現れた。多数の兵士を伴い、真っ直ぐに宮殿へと向かうその姿を目にすると、人々はまさかとそこに向かう。聖女様、と誰かが馬車に叫ぶのを皮切りに、周囲の人々はこぞって声を掛けた。聖女様万歳、アルビオン万歳、と。

 その声が届いたのか、馬車の中を隠していたカーテンがゆっくりと開いた。そこから、少し戸惑いがちな表情で、しかし柔らかな笑みを浮かべた一人の可憐な少女が顔を出す。白い帽子を深く被ったその姿は、正に聖女。人々の歓声が一際大きくなるのに、そう時間は掛からなかった。

 

「……あうぅ」

「いい加減慣れなさいよ」

「でも……」

 

 カーテンを下ろし外から中を見えなくしたティファニアは、あわあわと慌てながら一人顔を真っ赤にして頭を抱えた。そんな彼女を同乗していたルイズが諌めるが、しかしそれでどうにかなるならばとっくに克服しているわけで。

 仕方ないだろう、と才人は肩を竦める。元々貴族のご主人様には分かんない苦労ってのがあるわけよ。そう言いながら彼はティファニアへと視線を向けた。

 

「少し前は引き篭もり状態で、ついこの間までは村娘だったんだぜ? いきなり聖女様聖女様とか言われたら、そりゃ慌てるって」

「そんなもんかしらね?」

 

 顎に手を当てながらルイズは横を見る。隣では同じようにまあ自分も分からないけどとキュルケも肩を竦めていた。

 タバサは我関せずと読書中である。話に絡むと色々父親や伯父の血が目覚めてまずいような気がした彼女なりの精一杯の抵抗であった。

 そのまま馬車は宮殿へと辿り着く。先に訪れ話を付けていたアンリエッタやウェールズのこともあり、別段問題なく一行は中へと通された。護衛の兵士達は別の場所で、近衛の騎士と聖女様はこちらへ。そんなことを言われ、ティファニアとルイズ達は謁見の間へと案内される。

 以前にジェームズ王と謁見した時は、ここではない別の場所であったことをルイズ達はぼんやり思い出す。あの時は大変だった、とこっそり苦笑する中、件の人物であるジェームズ一世は一行の前に現れた。

 ジェームズは傅いている一行を一人一人見やると、どこか困ったように髭を撫でた。ちらりと視線を横に向け、傍らにいる二人にこちらに来るように述べる。同時に、楽にしていいと彼女達に述べた。

 さて、とジェームズは呟く。自身の息子とトリステインの姪、その二人が掲げた聖女。それは自身の恥であり、後悔の証でもあった。忌まわしき種族を妾にしていた弟を、彼は今でも許していない。そうしなければ、自分の中の後悔の方が大きくなり押し潰されてしまうからだ。だが、それでも。目の前の少女を見ると、彼の中で本当にそうなのかと囁いてくるのだ。

 王の傍らで控えていた一人の老メイジが、失礼だが、とティファニアに声を掛けた。王との謁見時に帽子を被ったままなのは、いくら聖女とはいえ失礼に当たる。そう言うと、彼女の帽子を脱ぐように促した。

 その言葉にティファニアは目を伏せる。ルイズとキュルケはどうしたものかと苦い顔を浮かべ、才人はよく分からず首を傾げる。タバサはちらりとアンリエッタを見た。心配そうな顔をするウェールズの隣で、ニコニコと笑みを浮かべていた。

 やがて決心が固まったのか、ティファニアはゆっくりと帽子に手を掛ける。少しだけ隠れていたまばゆい金髪がさらりと流れ、そして同時に隠れていた耳が顕となった。普通の人間より少しだけ長い、エルフ特有の耳が。

 ざわり、と謁見の間に緊張が走る。エルフだ、と誰かが呟くのが聞こえ、そして今までとは違う視線が突き刺さるのをティファニアは感じた。それに耐えるように、彼女は目を伏せ、歯を食いしばる。

 そんな喧騒を沈めたのは、他でもないジェームズであった。やはりか、と述べると、下を向いている彼女に向かい顔をよく見せてくれと続ける。

 

「父上、彼女は」

 

 何か言い掛けたウェールズを彼は手で制する。そのまま暫くティファニアを見詰めていたジェームズは、どこか安堵したような顔で息を吐いた。

 真っ直ぐに、育ったのだな。そう言うと、彼は天を仰ぎ見る。その目は何を見ているのか、恐らく予想はついていたが、しかし誰もが分からないふりをした。

 

「……それで、愚弟の娘よ。お前は朕に何を望む」

 

 ここに来た理由はそれだろう、とジェームズは視線を再びティファニアに向けそう言い放った。父である彼の弟の汚名を返上するか、はたまた、自分を蹴落とし正当な後継者となるか。どちらにせよ、それはそれで構わないと彼は思った。年老いたこの身は、感情的になるにはいささか時が経ち過ぎている。何より、目の前の彼女は救国の英雄だ。それくらいの恩賞を与えてもお釣りが来る。

 

「……花を」

 

 そんな彼の耳に届いたのは、躊躇いがちな、しかし真っ直ぐな意思の籠もった言葉であった。こちらを見ながら、どこか泣きそうな顔で、彼の姪は言葉を紡いでいる。

 

「母さまのお墓に、花を、供えてあげてください」

「……それだけか?」

 

 こくり、と彼女は頷いた。地位や財宝などいらない、手向ける花が欲しい。目の前の聖女は、静かに、しかしはっきりとそう言ったのだ。その姿に謁見の間にいる者達は皆、彼女がエルフの血族であったことなど忘れ一様に温かな笑みを浮かべていた。

 そんな中、え、と呆気に取られた顔でティファニアを見る者が一人。隣にいたウェールズが思わずどうしたんだと声を掛けるが、当の本人はそれが耳に入っていないのかどういうことだと彼女に詰め寄る。

 

「テファ! 貴女、アルビオンの跡継ぎになる話はどうしたのですか!?」

「どうしたの、って……。やっぱり、わたし、そんな器じゃないから」

「何を言っているの!? アルビオン王家の血筋で、此度の内乱の立役者である聖女、これ以上の器がどこにいるのですか」

「ううん。わたしは聖女なんかじゃない。みんなが……ルイズが、キュルケが、タバサが、サイトが、アンリエッタやウェールズ兄さん、そしてマチルダ姉さんが。こうして、頑張ったから今があるの。わたしは、何もしてないわ」

「貴女がいたから、皆集まったのですよ。もっと自信を持ちなさい」

「ありがとう。でも、やっぱり……」

 

 尚も何かを言おうとしたアンリエッタを、ルイズが無理やり引き剥がした。諦めてくださいよ、と述べると、笑みを浮かべながら周囲に視線を向ける。

 

「ご覧になったでしょう! これが本当の聖女です! 英雄は誇らない!」

「英雄は、誇らない!」

 

 ルイズの言葉に才人が続く。何だか面白くなってキュルケも続き、まあいいかとタバサも続いた。やがてそれは謁見の間全体に広がり、ティファニアを称える歓声で満たされる。

 そんな中、ジェームズは笑った。久方振りの、心からの笑いであった。立ち上がりティファニアへと近付くと、彼女の頭をゆっくりと撫でる。

 

「近い内に、お前の母親の墓へと向かおう。約束だ、花を手向けに行く」

「……はい!」

 

 彼のかつての後悔は、目の前の笑顔を見ることで、少しだけ向き合えるような気がした。

 

 

 

 

「うぇ、ウェールズ様ぁ! 何故こんなことに!?」

「いやまあ、何故と言うか……まあこうなるだろうと薄々思っていたというか」

 

 自身の胸で泣きじゃくるアンリエッタをよしよしと慰めながら、ウェールズは苦笑する。あの娘がこの状況で王位継承権を主張することなど無いと半ば確信していた彼は、目の前の愛しい彼女よりダメージを受けていなかった。まあまた違う方法を考えればいい、とアンリエッタを撫でながら呟く。

 それに、と彼は思う。強制的にそういう方向に持っていけばいいものを、アンリエッタはやらなかった。最後の選択は、全てティファニアに委ねた。それはつまり。

 

「彼女を笑顔にさせる、か」

「はい?」

「いや、アンリエッタは素晴らしい女性だと再確認したのさ。君と恋仲になれて、本当に良かった」

「……だったらウェールズ様も新しい作戦を考えてくださいませ!」

 

 ふくれっ面でそう述べるアンリエッタに優しく口付けをしながら、ウェールズはそうだね、と微笑んだ。

 




まあ悪役の作戦は失敗してなんぼだよねエンド。

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