ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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王族が何かしらやらかす始まりがテンプレ化しつつある今日このごろ。

あ、勿論展開は強引な力技です。



進め! 魔法聖女ジャスティス・アルビオン
その1


 そろそろ寝ようかと自身の肩を揉みながら廊下を歩いていたロングビルがその人影に気付いたのは、凡そ必然といえるだろう。明らかにこの魔法学院にいるような輩ではない長身の黒マント、そしてその顔には白い仮面。気にせず通り過ぎることなど出来はしなかった。

 何より、向こうがこちらに声を掛けてきたということもある。それも、その呼び方はロングビルではなく、『土くれ』。

 

「……私はここ魔法学院の学院長オールド・オスマンの秘書ロングビル。土くれのフーケを探したいのならば他をあたっては?」

「いや、私はお前と話をしにきたのだ、土くれ……いや」

 

 マチルダ・オブ・サウスゴータ。その名を聞いたロングビルの表情が変わった。目を鋭くさせ、男の胸ぐらを掴み上げる。一体どこでその名を聞いた。そう言いながら、空いている方の手に持った杖に精神力を込めた。

 そんな彼女に向かい、仮面の男は待てと告げる。質問には答えるから、少し落ち着けと彼女の手をゆっくりと解いた。その気はなかったにも拘らずあっさりと男を掴んでいた手を引き剥がされたことに少しだけ目を見開いたロングビルであったが、しかしすぐに表情を戻すとフンと鼻を鳴らす。相手との実力差を感じ取ったが、だからといってそれで態度を変える気はさらさらなかった。

 彼女とそこそこ深い関わりのあるピンクブロンドの少女を筆頭にした一行の影響なのだろうと、彼女はそんなことを思う。

 

「まずは謝罪をしよう。先程の名は我が主からの指示だったのだが、まさかそちらの気分を著しく害するようなものだったとは…………まあ、薄々予想はついていたのだが、こちらとしても立場上逆らえないもので、水に流してもらえると幸いだ」

「……あ、うん。こっちこそ少し乱暴だったね」

 

 仮面で表情は見えないが、しかし思い切り苦労してそうなその言葉を聞いたロングビルは怒りをあっさり霧散させ、むしろどこか同情するような表情で男を見た。というか、よくよく考えるとどこかで見たような、と首を傾げる。

 話を続けていいだろうか。そんな男の言葉に、思考を切り替えたロングビルは首を縦に振った。とりあえず正体は後回しでいいだろう。そう彼女は判断した。

 

「アルビオンのとある場所に向かう為の案内を頼みたい」

「……何故私に? どこか特別な場所か何かかしら?」

「サウスゴータの森にある小さな集落。名前は、ウェストウッド」

 

 再び胸ぐらを掴みかけ、しかし寸前で踏み止まった。恐らく先程言ったように目の前の男は主の用件を伝えているだけだろう。それでも自分の気は収まらなかったが、しかし何の考えなしにぶつけるほど自分は無鉄砲な誰かさんではない。どういう意味だと睨むピンクブロンドの少女を幻視しつつ、ロングビルは続きを促した。

 

「そこに住むとある少女と面会したいというのが、話が主の要望だ」

「案内で、面会、ね。それはつまり、あんたらが向こうに行くということで間違いないかい?」

「私は違うがな。彼女は行くのに……あの使い魔も行くというのに、私が同行出来ないのは……非常に不本意だが!」

 

 仮面の奥で血の涙でも流していそうな声で絞り出すようにそう述べた男は、コホンと咳払いを一つすると再び彼女に向き直った。依頼を受けてもらえるだろうか、そう続けた男の言葉に、ロングビルは少しだけ迷う素振りを見せる。

 今の会話で大体予想は出来た。目の前の男の正体も見当がついたし、必然的に主が誰かも理解出来た。ついでに先程の会話で案内する相手が誰かも分かった。恐らく知らされておらずここで自分が了承をしてから伝えるであろうことも感付いた。

 そこまで考え、ああもう迷う必要ないじゃないかと彼女は項垂れた。というか、ここで断った場合ほぼ確実にウェストウッド村が襲われる。悪い意味ではなく、酷い意味で。

 

「一つ、条件があるわ」

「何だ?」

「案内をする前に、アンリエ――じゃない、そちらの主と話がしたい。出来ることならばミス・ヴァ――じゃなかった、同行者も一緒に」

「それは構わない、と思うが……疲れるだけだと思うぞ」

「あら、大分あんたもやさぐれてきたのねワルド子爵」

「何故私は伏せない!?」

 

 

 

 

 

 

「アルビオンの跡継ぎを用意したいの」

 

 とっさにぶん殴ろうと飛び出したロングビルを責めることは誰も出来まい。そして、それでも彼女を止めようとその場にいた全員が飛び出したのはそれだけの信頼の賜物であろう。無論、ロングビルの方に、である。

 アンリエッタへの信頼など、少なくともロングビルを全力で押し留めているルイズには欠片もない。

 

「離せ! このアーパー姫を一発ぶん殴らないと気が済まない!」

「分かるから! その気持はひっじょーによく分かるから思い留まって! ここ王宮! 姫さま殴ったらただじゃ済まないわよ!」

「……あれ? こないだルイズ姫さまアッパーでぶっ飛ばしてなかったっけ?」

「サイト? 余計な一言は命を縮めるわよ」

「ごめんなさい!」

 

 その生命を縮めさせるのは無論私だと言わんばかりの目で睨まれた才人は一も二もなく謝った。気のせいだったなハハハとわざとらしい棒読みも追加する始末である。

 ともあれ、そんな二人のやり取りを見たロングビルは幾分かやる気を削がれたのか力を抜いた。やれやれ、と溜息を吐くと一歩下がる。ただ、その目は未だ睨みを利かせており、傅かず立っているのが彼女の心情をこれ以上なく表していた。

 そんな彼女の態度に異議を唱えるものは誰もいない。むしろ当然だと頷く者がいる始末である。勿論その者とはルイズであった。

 

「で、姫さま」

「あら、どうしたのルイズ?」

「何でミス・ロングビルの故郷に行くのがアルビオンの跡継ぎに繋がるんですか?」

「何故って、それは勿論、そこにアルビオン王家の血を引く者がいるからよ」

 

 は、とルイズは呆けた声を出す。が、そういえばとすぐに思い直した。ロングビルの故郷と言われるサウスゴータは、現アルビオン王ジェームズ一世の弟であるモード大公が治めていた地の一つ。わざわざアンリエッタが言うからには、恐らく正式な血統ではない妾か誰かの子供がいるのだろう。そう当たりをつけ表情を元に戻すと話の続きを待った。

 が、アンリエッタはそれで答えは終わりだと言わんばかりにこれからのことを話し始めようとしたので、ルイズは流石に待ったをかける。

 

「どうしました?」

「どうしたもこうしたも。もう少し詳しくお願いします」

「ウェストウッド村にアルビオン王家の血を引く者がいるから、その人物を迎えに行く。これ以上何か必要?」

 

 返事に詰まった。成程確かにルイズの質問の答は既に出ておりこれ以上必要ないことはよく分かった。分かったが、彼女としては納得いかないので恨みがましい目でアンリエッタを睨む。その目を見て満足そうに微笑んだアンリエッタは、改めて、とその場にいた面々を見渡した。

 ルイズと才人、ロングビルの他にはキュルケとタバサといういつもの面々。そしてロングビルに心底申し訳無さそうな表情を浮かべているのはある意味当事者ともいえるウェールズ。

 

「あらウェールズ様、どうなさったの? そんな顔をして」

「……いや、何。僕の我侭で大勢の人達に無理を強いているのが心苦しいだけさ」

「お気になさってはいけませんわ。王という存在は大なり小なりそういうことを積み重ねていくものです。その代わり、無理を通してくれた臣民の信頼を裏切らないようにしなければなりませんけれど」

「ああ、そうだね……」

 

 アンリエッタの言葉に頷いたウェールズは、一歩ロングビルの前へと踏み出した。真っ直ぐに彼女を見詰めると、そのまま目を伏せ頭を垂れる。すまない、という短い言葉にどれだけの感情が篭っていたのか。それは本人と、投げ掛けられた彼女にしか分からないだろう。

 

「それは、何に対して?」

 

 ロングビルは短くそう問うた。それに対し、ウェールズは短く一言、全てにと返した。

 そのまま暫し動きを止めていた両者は、ふう、というロングビルの溜息でお互いに顔を上げた。そのどちら共に、解決はしていないと顔に書いてある。

 

「まあ、あんたに当たるのはお門違いだってのは私でも分かる。納得は出来ないけれどね。……でも、あの娘は優しいから、きっと許してしまうんだろうね」

「……そうか。ならば、その優しさに応えなくてはいけないね」

 

 困ったような顔で笑ったウェールズは、アンリエッタへと向き直った。若干不満そうな顔をしている彼女に近付くと、彼はそっと口付ける。そのまま暫し接吻を続けていた二人は、名残惜しそうにお互いの唇を離した。

 

「もう、ズルい。ズルい方……」

「すまないアンリエッタ。これは僕の我侭だ」

「ふふっ。愛しい方の我侭を受け止められない程、わたくしは狭量な人間ではありません」

 

 それ以外の人間にはとことん暴君だけれど、というルイズの心の呟きは幸いにして彼女に感付かれなかった。

 

 

 

 

 では話を元に戻しましょう、とアンリエッタは彼女達に視線を向ける。既にいつものことだと半ば諦めて傍観している才人、キュルケ、タバサを順に眺め、突っかかってきそうなルイズとロングビルを見やった。

 

「ミス・ロングビル」

「……何ですか?」

「わたくしはそろそろウェールズ様と婚儀を行いたいのですが、それには一つ大きな問題がありまして」

 

 アルビオンの後継者がいなくなる、それが目下彼女達の課題であった。現アルビオン王のジェームズ一世は既に高齢であり、乱暴なことを言うとアンリエッタとウェールズが子供を作りある程度の年齢になるまで在位出来るか微妙である。逆に言ってしまえば、その間だけでもアルビオンを治める者が現れれば少なくとも二人が結ばれるのに何ら問題はないといえるのだ。

 そこで白羽の矢が立ったのがアルビオン王の弟であるモード大公の血筋である。とある事件で大公の家系は途絶えているが、それでも一族郎党皆殺しにされたかと言われれば答えは否。

 

「まあその辺は大体さっき聞いた話ですよね」

 

 ルイズが二人の会話に口を挟む。別段それについてどちらも文句を言うことはなかったので、そのまま会話の中心は三人となり話は進んだ。

 

「姫殿下。……本当にあの娘をアルビオンの跡継ぎにする気なんですか?」

「ええ。とはいっても、現アルビオン王を打ち倒し新たな君主として迎えるという意味ではありませんよ。あ、そちらがお望み?」

 

 限りなく物騒なことをさらりと述べるアンリエッタに、流石のロングビルも若干引く。アンリエッタの隣では勘弁してくれとウェールズが頭を抱え、彼女の横ではレコン・キスタの黒幕はコイツなんじゃないかと言わんばかりの目で自国の君主を見やるルイズがいた。

 そんな二人の視線を知ってか知らずか、アンリエッタはクスクスと笑う。ほんの冗談、と口では言うものの、どこかその目にはきな臭いものが溢れていた。

 

「私はあの娘を傷付けるような場所に出したくない」

 

 ぽつりとロングビルがそう述べる。が、それでも、と彼女は続けた。いつまでも籠もった世界に押し込めていることもしたくない。そう言いながら、ガシガシと少し乱暴に頭を掻いた。

 

「姫殿下」

「はい」

「私はまだ納得出来ないし、したくもない。けれど、あの娘を日の当たる場所に連れ出せるというのならば」

「ええ、勿論。このアンリエッタ・ド・トリステイン、自身の誇りに掛けて、彼女を笑顔にさせると約束しますわ」

 

 優しく微笑む。それは先程までの何かを企んでいたような笑みではなく、純粋な、心からの笑顔に思えて。

 思わずウェールズは笑っていた。ルイズも口角を上げながら肩を竦めた。そしてロングビルも――マチルダも少しぎこちなく、しかし作り物ではない笑顔を向けた。

 

「では話も纏まったところで、そろそろ作戦の概要を説明いたしましょう」

「は? 作戦?」

 

 ルイズが素っ頓狂な声を上げる。人を迎えに行くだけで何故そんな作戦などという単語が出てくるのか。そんなことを思った彼女は、即座に理解した。ああ、これはきっと何かをやらかす気だ、と。

 

「モード大公はとある事件によりアルビオン王家から断絶されています。となると、彼女がアルビオンの血統を名乗るためにはそれ相応のお膳立てが必要。ここまでは分かりますね?」

「分かりたくないです」

「結構。そして丁度おあつらえ向きにレコン・キスタなるアルビオンに反旗を翻す賊軍がおり、王家は未だ鎮圧出来ていない。後はもう分かりますわね?」

「だから分かりたくないですってば」

「突如現れた救国の英雄! それもかのモード大公の血を引く聖女! ジェームズ様の面目丸潰れ、彼女の評価うなぎ登り!」

「あ、アンリエッタ……?」

「そして立場の逆転した元アルビオン王家は皇太子をトリステインの姫と結ばせることでその権力を保つのですわ! これでウェールズ様はわたくしのモノ! おーっほっほ! わたくし大勝利!」

「……もうダメだこの姫」

「選択間違えた……」

 

 心底疲れたような顔でがくりと肩を落とす二人を見ながら、傍観者の才人達三人はまあそんなことだろうと思ったと肩を竦めるのであった。そして同時、どうせ自分達はその際の戦力に組み込まれているんだろうなと達観した表情を浮かべた。

 

「まあ、あたしまだ借金あるし仕方ないけど」

「俺もルイズの使い魔だしなぁ」

「わたしは別に関係が……あ、その為にガリアと同盟組んだのか」

 

 高笑いを上げるアンリエッタを眺める。どう見ても英雄というより悪役な彼女を見て、少しだけ正義について考えたくなった三人であった。




もうアンリエッタ姫がルイズの倒すべき敵でいいんじゃないかな。

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