ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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ここんとこシティアドだったので再び冒険。

ただし今回は前振りのみ。


パイレーツ・オブ・アルビオン
その1


「ジョゼフ様、お伝えしたいことが」

 

 黒髪の女性はそう述べて、執務室という名の私室にて兄弟で盤上遊戯に興じていた自身の主へと一歩踏み出した。それを見たジョゼフも一時手を止め、一体どうしたとそちらを見る。

 

「何用だ、余の女神(ミューズ)」

「はい、実は最近他の国へと輸出していた飛空艇についてなのですが。……なのですが、その前にその呼び方はやめて頂けませんか?」

「何だ? どうした余のミューズ!」

「ですから、あの……」

「何をかしこまっている? お前と余の仲ではないか、遠慮なく言うがいいミューズ! ほれ、さあ言え余のミューズ!」

「あ、イジメだ」

 

 涙目になっている女性を見ながら、シャルルはポツリと呟いた。とはいえ、まあ割と頻繁に行っていることだし、別にいいか。そう結論付け、彼は何事もなかったかのように視線を二人から盤上へと向けた。ふむ、と頷き、傍らに置いてあった箱から書類を取り出すとペラペラと捲る。

 そうこうしている内に、ようやくジョゼフは女性をからかうのを終えたようであった。

 

「して、シェフィールド。飛空艇がどうしたというのだ?」

「……新造艦を配備する際、不必要となった旧型を売り払っていたのはご存知かと思いますが、その売却先が」

「アルビオンだね」

 

 シェフィールドの言葉を続けるようにシャルルが述べる。手にしている書類を確認するように指でなぞると、そういうことだと言わんばかりにジョゼフに向き直った。

 対するジョゼフも、成程なと頷くと少しだけ表情を真剣なものに変えて髭を撫でる。そのまま視線だけで彼女に話の続きを促した。

 

「はい。お二人の予想通り、フネは『レコン・キスタ』へと譲渡されておりました。最近あの反乱軍が勢い付いているのもそれが原因かと」

「そうか。それは困ったな」

 

 言葉とは裏腹に別段何てことないような口調でそう述べたジョゼフは、今度は手でシェフィールドに話の続きを促す。が、対する彼女はそこで挙動不審に視線を彷徨わせるのみであった。

 

「報告だけか余のミューズ」

「あ、いや、その」

「そこは些細でも何かしらの案を持ってくるものだろう余のミューズ」

「一介の魔道具技師に何を期待しているんですか!? それとその呼び方やめて下さい!」

「扱いは一応兄さんの秘書だろう? そこは忘れてはいけないよ」

 

 本当に一介の魔道具技師であれば、そもそもフネの流通についての報告を持ってくるようなことは出来ないのだから。そんな話を続け、まあ仕方ないかとシャルルは肩を竦める。実際は二人の使い走り、あるいは体の良い弄られ役なのだから。

 とりあえず、と彼は箱からまた違う書類を一枚取り出す。ガリア王ジョゼフの証印がされたそれは、どうやら誰かに渡す為の物のようで。

 

「こちらとしてもそれを確認した以上、知らぬ存ぜぬを通すのは少し危険だ。となると、何かしら動きを見せた方がいい」

「そうだな。アルビオンに協力を申し出るか、あるいは」

「渦中の国は現在、ぼくらから買い取ったフネで空賊稼業をしながら王家を干上がらせようとする輩で大変らしいよ」

「おお、それはいかんな。となると」

「アルビオンの同盟国へと使者を送るのが、手軽だろうね」

 

 そこまで言うと、ジョゼフとシャルルは揃って話に付いていけなかった女性へと向き直った。その視線にさらされたシェフィールドは、困惑と、そしてこれから碌な事が起きないという確信で表情が曇る。

 

「では、頼んだぞ余のミューズ」

「ガリアからトリステインへ協力の申し出、そのための使者。責任重大だね」

「え? ……え!?」

 

 国の動きを左右するような仕事を遊びでもするかのような気安さで任された彼女は、その場で暫し固まった後絶叫をした。

 同時刻、プチ・トロワでとある人物が何かシンパシーを感じひっそりと同情をしたとかなんとか。

 

 

 

 

 

 

「あらルイズ。とてもやる気のない顔ですわね」

「当り前じゃないですか」

 

 トリステインの王宮の一角で頬杖をついたルイズがぼやく。確かに自分の不始末でこさえた大量の借金を肩代わりしてもらったが、だからといってコレはないじゃないか。そんなことを思いながら彼女は自分の格好をもう一度見渡した。

 どこからどう見てもメイド服であった。

 

「姫殿下に仕えるメイド。立派な立場でしょう?」

「そうですね。じゃあ三回まわってワンと言えとか初っ端に言われなきゃもう少しそう感じたかもしれませんね」

「場を和ませる王族ジョークよ。ミス・オルレアンも嗜んでいるはずだけれど」

 

 そう言ってクスクス笑うアンリエッタを眺めながら、ルイズは大きく溜息を吐いた。まあどうでもいいからとっとと本題に入ってほしい。そう述べると、しかし予想外と言わんばかりにアンリエッタは目をパチクリとさせる。

 

「貴女をメイドにして楽しむため、とは思わないの?」

「もしそうだったら最初の命令はお茶の用意か着替えのはずですもの。わざわざあんなジョークを抜かすってことは、この格好はあくまでおまけ。そう考えるのは自然でしょう?」

「……珍しい。ルイズが頭を使っているわ」

「ぶん殴りますよ姫さま」

 

 心底驚いたと言わんばかりのアンリエッタを見て拳を固めたルイズであったが、しかしそこに浮かべていた表情を見てそれを緩めた。視線をアンリエッタから彼女が先程まで読んでいた書類に移し、それに目を通す。立ち上がり、ゆっくりと彼女の後ろまで移動すると、まるで本当に仕えているメイドのように姿勢を正した。

 

「これで、いいんですか?」

「完璧よルイズ。あ、いや本当は全然完璧ではないのだけれど、まあこれならバレないでしょうと太鼓判を捺せる程度には出来ていますわ」

「うっさいです」

 

 微塵も敬っていないような言葉を返す。それをはいはいとアンリエッタは流す。そんなやりとりを行った後、じゃあそろそろ始めましょうかと彼女は外で見張りを行っていた兵士に客をここへ通すよう伝えた。

 

「そんなに物騒な相手なんですか?」

「そういうわけではないの。ただ、少し気になることがあったから」

 

 現在のアルビオンの周辺は、空賊の跋扈により物資もまともに運べない。『レコン・キスタ』に与するもの、あるいはそのものが行っているそれにより、すぐに終わると思われた反乱はずるずると泥沼の様相を呈している。処理に追われた王国軍は休む間もなく動きまわり、ロンディニウムは王不在の状態が今も続いていた。

 そんな現状を生み出した元凶の背後、反乱軍の支援者にはかの大国ガリアがいる。そうまことしやかに囁かれているのだ。

 

「そんなガリアからの突然の協力の申し出。疑うなと言う方が無理でしょう?」

「……でも、ガリアって」

「ええ。貴女の悪友ミス・オルレアンの伯父上が治めている国ですわね。直接お会いしたことは一度しかないけれど、掴み所のない人物だったわ」

「わたしはイザベラ王女にはお会いしたけど、なんていうか、こう……苦労してるなって感じでしたね」

 

 お互いにそんな感想を述べ、そして最後にタバサを思い浮かべる。少なくとも、こういう行いで世界を混乱させようと考えはしないのではないかとルイズは思うが、一国の王女という身であるアンリエッタはそう楽観視出来ないのだろうと同時に思った。

 ともかく、今はこれから来る大使との会談だ。そんなことを考えながら、彼女は兵士の言葉の後扉を開け入ってくる相手を見逃すまいと視線を向け。

 

「あ」

「あ」

 

 大使であろう女性の後ろに立っている何故かメイド服姿の悪友を見て、思わず間抜けな声を上げた。

 

 

 

 

 何事も無く挨拶を終え席に座ったシェフィールドは、内心で冷や汗を流しまくっていた。表面上はあくまで冷静に振舞っているが、しかしもう何を言っていいのか分からずパニック状態に陥っている。

 それもこれも、自身のサポートへとついてくれた主の姪の変装を一発で見破られたからだ。

 

「それで、ガリアは何故このタイミングで協力の申し出を――ミス?」

「え? あ、はい」

 

 しまった、とアンリエッタの言葉に慌てて意識を元に戻す。一国の王女の前で呆けるなどと、普通に考えれば即座に会談を打ち切られてもおかしくない失態だ。思わず顔を青くするが、しかし目の前の少女は別段気にすることなく先程の言葉をもう一度述べた。

 

「……フネが『レコン・キスタ』へと流れているのはこちらの本意ではありません。ガリアとしては、事態を無駄に混乱させてしまった謝罪を兼ねてという意味合いも含まれています」

「成程。それならばある程度筋は通るでしょうけれど」

 

 ジロリとアンリエッタはシェフィールドを見る。自身より幾分か年下の少女のその眼光に思わず彼女はたじろいでしまう。が、今の自分は大事な仕事中と己に言い聞かせなんとか気持ちを立て直した。

 信用して頂けませんか? そう問い掛けると、流石に鵜呑みには出来ませんと返答が来る。ガリアが『レコン・キスタ』の支援をしているという噂を払拭する為でもある以上、そこは仕方ないと割り切るしかない。そう考え、シェフィールドは相手を説得しようと口を開こうとし。

 

「まあ、いいでしょう。ガリアのご協力、感謝いたしますわ」

「へ?」

 

 えらくあっさりと承諾されたのを聞き思わず間抜けな声を上げた。目を数度瞬かせ、視線をアンリエッタと書類の二つへ行き来させる。

 そんな彼女を見て、アンリエッタはクスクスと笑った。そのままちらりと背後のメイドへと目を向ける。

 

「ねえルイズ。わたくし、何か変なことを言ったかしら?」

「存在が変なのと言動の軽さを除けば、まあ別に普通だと思いますよ」

「あら酷い。大事な『おともだち』にそんなことを言われたら、わたくし悲しくて死んでしまいそう」

「そしたらウェールズ殿下にトリステイン継いでもらいます。……そういえば、何でこれ姫さまが直接やってるんですか? 普通別の役職が担当するんじゃ?」

「マザリーニ宰相が『ほぼ骨』になってしまったの。その為ウェールズ様は向こうのサポートに走り回って。まあつまり空いている人員がいなかったのよ」

「アルビオンの前に自分の国の心配した方が良くないですか?」

 

 王女が言ってしまえば何でも屋の雑用係となっている現状はよろしくない。そうは思ったが、まあアンリエッタだし仕方ないかとルイズは思い直す。むしろこれでフラフラ出歩くことが少なくなれば個人的には万々歳だ。そう続けて考え、やっぱり大丈夫ですねと目の前の彼女に言い直した。

 

「まあ、他にも色々と思惑はあるの。ネズミの炙り出し、とか」

「……何だか物騒ですね」

「ちゃんとルイズに任せるから、安心して頂戴」

 

 無論、悪友の貴女にも。そう言ってアンリエッタは他国の王族であるはずの少女に無茶振りの視線を送る。送られた方は軽く溜息を吐きながら、まあ仕方ないかと肩を竦めた。

 

「あ、あれ? 姫殿下はシャルロット様とお知り合いで?」

「ええ勿論。わたくしの大事な『おともだち』である彼女、ラ・ヴァリエール公爵の三女ルイズ・フランソワーズとミス・オルレアンは親友同士ですもの」

「だから変装は無意味と言った」

「そうでしたね……」

 

 親しい相手以外から正体を隠す、というあまりの意味を見出せないマジックアイテムが埋め込まれた服を着せられたタバサはやれやれと頭を振る。とはいえ、まさかこの二人が出てくるとは思わなかったので、そういう意味では彼女自身も失態を演じたと言えるだろう。

 ともあれ、そのやり取りを経て、シェフィールドはようやく先程の返答に凡その合点が行った。つまり、大使として現れた相手が友人であったことでこちらを信頼に値すると判断したというわけなのだ。外交としては限りなく甘い判断であると思わざるをえないが、シェフィールドとしては手早く纏まるに越したことはないのでホッと胸を撫で下ろす。これで自分の仕事は終わりだ。そんなことを考えながら詳しいことはまた後ほどと席を立った。

 

「あら? でもこちらに渡された書類にはすぐさま行う作戦について書かれていますけれど」

 

 え、と見せられたその紙を見る。確かにそこには協力要請を承認した際に行う作戦が記されていた。作戦といえば聞こえがいいが、実際は冒険者の依頼に近いそれは、当然のようにシェフィールドがメンバーに含まれていて。

 どれどれ、とルイズもそれを覗き込む。そして、なんじゃこりゃと顔を顰めた。

 

「空賊撃退? 普通に艦隊を用意するレベルじゃない」

「いえ、向こうからの提案を見る限り、派手に戦闘を行うつもりはないのでしょう。物資の輸送艦を守るついで、といったところかしら」

 

 だとしても一石二鳥ね、とアンリエッタは口角を上げる。すぐさま外に待機していた兵士に言付けをすると、傍らにあった書類にペンを走らせた。アルビオンまでの航行ルートの確保、それを行うには誰を用意すればいいか。それを思い付く限り書き殴り、別の紙に実現可能な人員の清書を行っていく。

 

「ルイズ」

「分かってますよ。今のわたしは姫さまに逆らえませんし」

 

 ついでにキュルケも。とルイズは続け、オマケでもう一人付きますよと苦笑する。頼もしいわと微笑んだアンリエッタは、視線をそのままシェフィールドの背後に向けた。そちらの人員は、という彼女の問い掛けに、タバサは今のところ目の前の二人と述べる。

 

「つまりいつもの人員は揃っているというわけですわね。ならば、問題はないでしょう」

 

 流石に空賊が五隻も六隻も募ってくることはないだろうから。そう結論付けたアンリエッタは、決定した人員の名を記した書類に証印を捺すとそれを手に立ち上がる。準備が出来次第出発するので、すぐさま残り二人を集めるようにとルイズに伝え、彼女はそのまま部屋を出ていった。

 

「え? い、今から?」

「あの様子だと、すでに準備は出来ていたっぽい」

「……多分、この話がなかったら姫さまが自分で命令する気だったわね」

 

 既に慣れ切っているようなルイズのその態度、そして王宮でのやり取りに近い反応をするタバサ。それら二人を見て、ひょっとして王家って皆こんな感じなのだろうかとシェフィールドは一人冷や汗を流した。




戦記とか内政とかそういう小難しいことは基本ぶん投げるなんちゃってNAISEI系。

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