由々しき事態だ、と教師の一人は二人を睨みつけながら呟いた。それに同意するように一人また一人と口々に何かしらの文句を述べる。
それについて何か反論をする、ということをせずただ黙って聞いている二人は、珍しく暗い顔で視線を落としていた。本人達も分かっているのだ、この状況で悪いのは一体誰なのかを。
そんな教師陣の文句が暫く続いた後、事情聴取に使われている部屋に一人の老人がやってくる。学院長、という誰かの言葉にうむと頷いたオスマンは、それで状況の説明は聞いたのかと教師達に問うた。
その言葉に、全員が全員彼から視線を逸らす。
「お主らはさっきまで何をしておったのじゃ」
やれやれ、とオスマンが頭を振るのを見て、ルイズとキュルケは思わず口元が緩む。が、ジロリと教師陣に睨まれ慌てて姿勢を正した。
では改めて、と彼は彼女等に視線を移す。まあ大体知っているがと前置きをしたが、この状況に至る経緯を話してくれと問い掛けた。無論ここで知らぬ存ぜぬと述べるはずがなく、ルイズもキュルケも包み隠さず決闘という名の喧嘩でこうなったと揃って述べる。
そんな二人の言葉を聞いて、馬鹿げたことだと誰かが述べた。貴族にあるまじき野蛮な行為、魔法学院の生徒に相応しくない。そんな言葉が誰かしらの口から漏れる。困った、と本気で二人のことを考えているのは極々僅かの教師のみであった。
もっとも、ルイズもキュルケも言われても当然と半ば開き直っている為、その程度でどうにかなるような性格はしていなかったが。
「まあ待て。そのような愚痴を零したところで、事態は好転せんわい」
とりあえず教師を黙らせる。が、しかしそれでどうしたものかとオスマンはポリポリと頭を掻いた。彼にしても強力な『固定化』の呪文が掛けられた宝物庫を生徒がたった二人で廃墟に変えてしまうなどと想像だにしていなかったからだ。幸いにして中身は無事であったので、精々建物を直すだけで済むのだが、それでも被害は普通の問題児とはスケールが違う。
ロングビルと話していた通りの、世の中の大半の瑣末事に当てはまらない一大事であった。
「ん? そういえばミス・ロングビルの姿が見えんの?」
「……彼女なら宝物庫の倒壊に巻き込まれ現在医務室で治療を受けています」
「ああ……そういえば『眠りの鐘』の準備をしに行っておったな」
巻き込まれたのが彼女だったのは幸いだろう。他の一般メイジでは最悪命に関わっていた可能性もある。やれやれ、と肩を竦めると、オスマンはその旨をルイズ達に伝えた。流石にそれには彼女等も堪えたようで、申し訳ありませんと深く頭を下げる。
「謝罪は後で本人に言うがええ。で、だ」
これからどうするか。それだけを述べると、オスマンはぐるりと周囲の教師を見渡した。お咎め無しには無論出来ないが、ならばどの程度の罰を与えるのかとなると。
退学だ、という呟きが聞こえた。普通の善良な生徒と共に生活させるべきではないと誰かが述べた。流石にそれは、と反対の声を上げた女性教師はギロリと睨まれ口を噤んだ。そしてそのまま、問題児不要論が教師達の中に蔓延していく。
「成程」
オスマンはそう呟くと、一人の教師に視線を向けた。君はどう思うかね、そう尋ねられた自信満々な態度の教師は、勿論厳しく罰するべきですと言う。
それに頷いた彼は、別の教師にも目を向けた。
「ではコルベール君。どのくらいが厳しい処罰となるかな?」
「……宝物庫の再建費の弁償、でしょうか」
「それは何とも厳しい罰じゃ。よし、採用」
待って下さいと先程の教師が食って掛かる。何じゃとオスマンがそちらを向くと、そんなことで済ませてはいけないと彼は息巻いた。あくまでここから追い出すのを主目的にすべきだという考えらしい。それに同意するように数人の教師が同じようにオスマンへと一歩踏み出す。
が、そんな彼等を見てオスマンは溜息を吐いた。何でもかんでも排除すればいいというものではないだろう、と。
「いやまあ確かに学院を破壊するような問題児じゃし、お主らの気持ちもよく分かる」
ぶっちゃけ自分も巻き込まれたくないし、と心の中で続けながら、しかしとオスマンは続けた。
「彼女達は、貴重な『分かっている』生徒じゃ。それを追い出すのは忍びない」
は? と教師達は首を傾げる。まあそういう反応だろうと思っていたオスマンもそれについては特に何かを述べることなく、それにな、と更に言葉を続けた。この二人を追い出すということは、必然的にもう一人も追い出すことになるぞ、と。
「ガリアの姫君を追い払う魔法学院というのは、ヤバくないかのう?」
「物凄く俗っぽい言い訳で丸め込みにかかりましたね学院長」
「コルベール君、人聞きの悪い事を言うでない。これは純然たる事実じゃよ」
確かにそうですけど、とコルベールは苦笑する。実際効き目は充分であったようで、教師達もそれを聞いて苦虫を噛み潰したような表情になりながらも引き下がっていく。
同時に、その言葉は当の本人達にも効き目があったらしい。しまった、という顔を浮かべたルイズとキュルケは、慌てたように頭を下げながら許してくださいとオスマンに乞うた。
だからその方向で動いているではないかと返したオスマンは、では先程の案を採用しようかと皆に述べる。渋々ではあるが教師陣は賛成し、うんうんと満足そうに頷いたオスマンはそういうわけだと二人に向き直った。
「と、いうわけで宝物庫の弁償じゃぞ」
「……ちなみに、どのくらいですか?」
このくらい、と一枚の見積書を二人に見せる。どれどれと覗き込んだキュルケはピシリと固まり、ルイズはうげ、と頬を引き攣らせた。当然のごとく、彼女達のポケットマネーでどうにかなるような金額ではない。すぐさまどうにかするためには、ほぼ確実に実家に頼る必要がある。
そして、自分達だけでどうにかしようとするならば。
「……卒業してもここに縛られるわね」
「進路が決まったわねぇ」
ははは、と乾いた笑いを上げながら、二人はガクリと肩を落とした。
自業自得じゃしな、とそんな彼女等を眺めていたオスマンであったが、ふと部屋の入口の方から喧騒が聞こえてくるのが耳に入る。一体全体どうしたのだとそちらに意識を集中させると、どうやら何者かがこちらにやってくるようであった。
心当たりはある。今ここにいない三馬鹿の最後の一人、先程教師の説得に使ってしまった小柄な少女。だが、それだけではあんなざわめきは起きるはずがない。そこまで考えたオスマンは、何だか猛烈に嫌な予感がして思わず顔を顰めた。
「話は聞かせていただきました!」
「ほらやっぱり」
無駄に自信満々な声が部屋に響く。同時に、教師達は海が割れるようにその声の主に道を開けた。ゆったりとした動作でその出来た道を歩いてきたその人物は、オスマンに会釈をすると視線を騒動の元凶に向ける。
その後ろで、タバサがもう知らんとばかりに本を読んでいた。
「まさか彼女に捕まるとは」
「あら、ミス・オルレアン。先程はわたくしを捜していたのでしょう?」
「……騒動をどうにかする人なら誰でも良かった。けど、貴女はその中でも最悪の部類」
「おだてても何も出ませんわ」
そう言って白磁のような指を口元に当てクスクスと笑ったその人物、言わずもがなアンリエッタ王女は、コホンと咳払いを一つした。ウェールズ様を置いてきているので手短に、と述べると、オスマンに現在の状況の説明を求める。
一通り、ルイズ達への処分までを聞いた彼女は、それはそれはと顔を綻ばせた。
「では、その宝物庫の費用はわたくしが捻出いたしましょう」
「え?」
「幸いにして、わたくしはトリステインの王女。ポケットマネーも潤沢に持ち合わせていますわ」
どうだと言わんばかりの顔でそう述べると、では話は終わりとばかりに踵を返した。詳しいことはまた後ほど。そう言いながら部屋を後にしようとしたアンリエッタに、ルイズは待ったを掛ける。どうしましたかと振り向いた彼女に、ルイズはどうにも信用出来ないと疑惑の目を向けていた。
「あら、大切なおともだちになんて目を向けるの?」
「姫さまに向けるのはこのくらいが丁度いいで……あー、っと。それで姫殿下、一体どういうおつもりですか?」
「またいきなり堅苦しく――ああ、そうでしたわね。どういうつもりも何も、今言ったでしょう? ルイズはわたくしの『大切なおともだち』だと。それの手助けをするのは当然ではないですか」
微笑み、そしてその笑顔を教師達にも向ける。これで彼女の処分は終わったのだから、もうこの集まりは必要ないだろう。と、そう言わんばかりのその笑みは、その場にいた者のほとんどを追い払うことに成功していた。分かりましたと口々に述べると、教師達はそれぞれの仕事に戻っていく。
オスマンとコルベール、そしてルイズとキュルケとタバサ。五人のみになったその場を満足そうに眺めると、アンリエッタは今度こそと踵を返した。
「――で、姫さま。本音は?」
「何の憂いもなくルイズに借りを作れるなんて美味しい場面を逃すはずないじゃない! これで当分はわたくしの下僕よルイズ! おーっほっほっほ」
「あーもう予想通りよこんちくしょう!」
さて何をやらせようか、とスキップしながら去っていくアンリエッタの後ろ姿を眺めながら、ルイズはギリギリと歯ぎしりをした。
「うう、酷い目にあったわ」
「自業自得」
ガクリと肩を落とすルイズに、タバサは短くそう返す。そうよねぇ、と笑うキュルケに向かい、貴女も同罪と杖で軽く小突いた。
そうして、二人揃って肩を落としてトボトボと歩くのを視たタバサは、まあでも、と少しだけ口角を上げる。
「何とかなって、よかった」
「……まあ、ね。せっかく進級出来たのに別の理由で退学になるところだったし」
あはは、と苦笑しながらルイズは頬を掻く。ごめんねタバサ、と彼女に謝罪し、そしてありがとうとお礼を述べた。隣では、キュルケが同じように謝罪とお礼を同時に行いながら彼女に抱き付いている。
「まあ、そこで姫さまってのはどうかと思ったけど」
「あれは事故。該当者を探そうとしてすぐに彼女に捕まった」
どうやら魔法学院へ冷やかしに来る途中だったらしく、その為に状況を何とか出来る他の誰よりも早く今回の騒動を察知出来たようであった。とはいえ、処罰を実質的に無効にしてくれたのは紛れもない事実であり、結果としては最適な部類であったのは間違いない。それが分かっているからこそ、ルイズもこんな態度なのだ。
「あ、ちなみに他なら誰を呼ぶつもりだったのかしら?」
「エレオノール女史」
「わたしにとっちゃ姫さまとどっこいよ!」
物理的に涙目になるか精神的に涙目になるかの違いしか無い。そんなルイズの反応を見てケラケラと笑ったキュルケは、ああでも自分も怒られるかと眉尻を下げた。
「ヴァリエールとツェルプストーの因縁がどうだの言うくせに、何であの人あたしに親身になるのかしらねぇ」
「わたしも意外と怒られる」
「そりゃ、基本わたしとセットでいたからでしょ」
おちび三人、と纏めて数えられていたのを思い出しながらルイズはそう述べる。そしてそれを聞いた二人も、まあそれなら仕方ないかと肩を竦めた。もう随分と長い付き合いになるのだ、こうして三人で一緒にいるのも。
「懐かしいわね。最初はわたし一人」
「すぐにあたしがそれに加わって」
「あの時から、わたしも一緒になった」
それから様々な出会いを重ね、今はこうしてシエスタや才人が近くにいる。そんなことを思い出し、少しだけ三人は感傷に浸った。
が、それもほんの少し。すぐに調子を取り戻すと、まあこれからもそれは変わらないと揃って笑みを浮かべる。何せ、自分達は三馬鹿なのだから。
「さっきのお説教を聞く限り、学院でも完全にセット扱いだったわねぇ」
「今更」
「ま、そうよね。学院長やミスタ・コルベール辺りだとサイトやシエスタもそこに混ぜてる気がするけど」
事実、オスマンは才人も十分問題児としてマークしている。あの三人の使い魔にして『ガンダールヴ』、これで警戒しないほうがおかしいとは本人の弁だ。
そのまま他愛もない話をしながら部屋へと足を進めていた三人は、そういえばと声を上げた。結局噂話は払拭できたのだろうか。そんなことが頭を過ぎったのだ。
「宝物庫を倒壊させた時点でもう誰も覚えていないんじゃないかしらぁ?」
「確かにそうね。よし、結果オーライ」
「多分、絶対良くはない」
まあこの二人がいいならもういいや、とタバサは一人溜息を吐いた。どうせ何かしら被害を受けるのは二人だし、と同時に考え、そしてやはりぶんぶんと頭を振って散らす。わたしは違うわたしは違うと誰にも聞こえないように自分に言い聞かせた。
そんな自身のガリアの血に悩む彼女は、話題を変えるように二人に問い掛ける。結局どちらが勝ったのか、と。
「わたし」
「あたし」
迷うことなく同時に自身を指差した二人は、そのまま無言でお互いを睨んだ。譲る気はないようで、場合によってはもう一戦だとその目が雄弁に語っていた。
無論、それを黙ってい見ているタバサではない。先程の葛藤を吹き飛ばすかのごとくすぐさま二人の頭を杖で小突くと、いい加減にしろと短く述べた。原因を作ったのは自分の一言だということは頭から抜け落ちている。
「ま、引き分けね」
「そうねぇ。そうしましょうか」
痛た、と後頭部をさすりながらルイズとキュルケはそう述べ笑った。お互いの実力を知っているからこその遠慮ないそれらのやり取りは、三人の中に確かな絆を感じ取れて。
どうせまた姫さまの無茶振りがすぐ来るだろうから、とルイズは言う。キュルケとタバサ、二人の顔を見やり、そして不敵な笑みを浮かべた。
「今度はお互い喧嘩じゃなくて。ちゃんと背中、守りなさいよ」
「誰に言ってるのよ。当たり前でしょ」
「むしろルイズを引っ張る」
上等、と拳を突き出したルイズに向かい、キュルケもタバサも同じように拳を突き出した。三つの拳がぶつかり合い、コツン、と小気味いい音を立てた。
「ルイズ様の背中をあの二人が守る……! な、なんてこと!? 理想の殿方はいないのに女性はいるだなんて!?」
こっそりと覗いていたシエスタは驚愕した。ルイズの恋愛観の話に出てきた理想像、それに当て嵌まる人物がすぐ近くに二人もいたのだ。
同性だけれども。
「る、ルイズ様はそういう趣味!? だからワルド子爵にも靡かないし、サイトさんも興味なし!? そ、そんな非生産的な! あ、でもそれはそれでアリかも」
何かそんな小説を読んだ気がするし。そんなことを思いながら一人妄想の海にたゆたうシエスタは、ルイズ達の姿が見えなくなるまで悶え続けるのであった。
「……何やってんだ? シエスタ」
才人の言葉に全く反応しなくなるくらいに。
┌(┌^o^)┐ユリィ… エンド。
もしくはキマシエンド(妄想)。