原作沿いダヨネ。
その1
「愛よ! 燃え上がる恋の情熱が足りないの!」
「あーはいはい」
立ち上がりそう宣言する赤毛の悪友に向かい、ルイズは物凄くどうでも良さそうにそんな言葉を返した。そんな彼女の隣では親友のはずのキュルケをまるでいないもののように扱い読書に勤しんでいるタバサが見える。
唯一、反応に困るという表情をしている才人だけが、この空間の雰囲気を十分に味わっていた。
「だったらまた適当に男捕まえてくればいいじゃない」
「ふぅ。何言っているのよルイズ。彼等じゃ今のあたしの情熱に耐えられないわ」
「あっそ。んじゃ、そうね。先生との禁断の恋とかでいいんじゃない?」
「んー、それもいいけど、今日は同年代の気分なのよねぇ」
まるで食事のメニューを決めるような気安さでそう述べたキュルケは、ままならないものだと肩を竦めた。そんな彼女を見てふんと鼻を鳴らしたルイズは、まあ相手がいないなら諦めなさいよと視線を外す。
確かにそうだと思いつつも、しかしどうも不完全燃焼なキュルケは渋々ながらもその言葉に同意しながら視線をひょいと横に向け。
何だかな、と苦笑している少年と目が合った。
「サイト」
「ん?」
「ちょっとあたしと愛を語らわない?」
「お色気満載の美女からの告白にここまで色気を感じなかったのは生まれて初めてだ」
「あら、その口ぶりからすると意外とモテたのねぇ」
ニヤリと口角を上げながらそう述べたキュルケを見て、しかし才人はごめんなさいと頭を下げた。顔を伏せたまま見栄張ってましたと涙ながらに語る少年は何だかとても寂しく見えた。
ルイズはシャキッとしなさいよとそんな才人の背中を叩き、タバサは掛けられる言葉が見付からなかったのか一瞬だけ彼を見てすぐに本に視線を戻す。
「ふふ。じゃあ丁度いいじゃない」
そして、悪友と親友のその反応を一通り眺め終わったキュルケは先程とは違う優しげな笑みを浮かべて、そんな突如降って湧いた傷心の才人へと一歩踏み出した。お互いの吐息が掛かるくらいの距離で、彼女はそっと彼の頬に手を伸ばす。
「あたしが、あなたの初めてになってあげるわぁ」
「初めぇっ!?」
「あらあら、赤くなっちゃって。可愛い」
更に近付く。キュルケの強烈に自己主張している女性の魅力的な二つの膨らみが、それによって思い切り才人の胸元へと押し付けられた。柔らかく弾力のあるその感触を服越しとはいえ味わった彼は、こちらに来てからほぼずっと一緒に馬鹿をやってきた相手だというのに思わず体を固くしてしまう。
彼も年若い少年なのだ。そういうのには、とても弱い。
「さ、一緒に燃え上がりましょう?」
「……ウン。ボク、モエアガル」
誘蛾灯に誘われる虫のごとく、キュルケの言葉にコクコクと頷いた才人は本能のままに彼女の服へと手を伸ばし。
おいこら、という言葉でハッと我に返った。弾かれたように声の主へと視線を向けると、腕組みし仁王立ちした彼の主人の姿が見える。ジト目で才人を見詰めるルイズは、贔屓目に見ても機嫌が良さそうには思えなかった。
「いや、あの、そのですね。俺は、こう、なんていうか」
「キュルケ」
とりあえず何かを言わなくては。そんな思いで全く文章になっていない言葉を発していた才人であったが、ルイズはそんな彼を一瞥すると密着している少女に声を掛ける。勿論才人には無反応である。
何よ、とそんな彼女に言葉を返したキュルケを見て、ルイズはやれやれといった風に肩を竦めだ。何よじゃないだろう、と述べると、周囲を見渡せと言わんばかりに手を横に振る。
「ここは、わたしの部屋よ」
「そうね。そんなこと知ってるわよ」
「アンタは人の部屋で盛るのを何とも思わないわけ?」
「見られるのも、意外といいわよ」
「わたしが見たくないの! いいからやるなら自分の部屋行きなさい」
しっし、と手を振るルイズを見て、しょうがないなとキュルケは髪をかき上げた。じゃあ行きましょうか、と才人の腕に自分の腕を絡ませると、そのまま連れ立って部屋を出ていこうとする。その途中で、ああそうだった、と何かを思い出したようにキュルケはルイズに声を掛けた。
「サイト、借りてくわよぉ」
「ちゃんと返しなさいよ」
俺の扱い軽いな、という使い魔の少年の叫びに反応してくれる殊勝な人物は、生憎一人もいなかった。
「それで、どうするんだ?」
「あら? もう正気に戻ったの?」
絡められているキュルケの腕を振りほどく事こそしなかったが、しかし才人は普段通りの様子で若干げんなりしながらもそう述べた。彼女はそんな彼の態度が気に入らなかったのか、つまらないといった表情で唇を尖らせる。
あんなやり取りの後で桃色な想像をする方がおかしいだろ、と肩を落としながらそう述べる才人を見て、確かにとキュルケは笑った。
「でも、あたしとしてはそれでもいいのよ。さっきも言ったけど、最近恋がご無沙汰だもの」
「恋ってそんな拾っては捨て拾っては捨てってするもんだっけか?」
「そういうものよ。心を昂ぶらせて、熱く燃え上がって、冷めたらポイ」
「女って怖ぇ」
男も一緒よ、とにべもなく返すキュルケは、とりあえず場所を移そうと足を進めた。無論腕を組んでいる才人もそれに伴い移動する。このまま自分の部屋に行ってもいいけれど、などと予定を呟く彼女を見て、彼はどことなく巣を張り巡らせる女郎蜘蛛を幻視した。
視線をキュルケの唇から少し下に移す。胸元の開いている制服を押し上げているたわわな膨らみは、ここにいない彼女の悪友と親友には到底真似出来ない代物であった。対抗できるのは彼の知る限りルイズの姉の実際見た方くらいであろう。シエスタは少し足りない。
「触る?」
「え? あ、いや、え? いいの?」
「そこで否定したり言い訳がましいことを言わないのはサイトの美点よねぇ」
「そうか? 俺のクラスの女子からはデリカシーが無いってボロクソだったぞ」
「人によりけりよ。ルイズに同じ反応したら殴られるわ」
「あー。そういや前パンツ見てたら踏み潰されたっけ」
「何やってるのよ……」
まったく、と肩を竦めたキュルケは、それでどうするのと才人に問い掛ける。問われた才人は、少しだけ悩んでから何かを振り払うようにブンブンと首を横に振った。彼女の顔を見て、困ったように頬を掻き、やめとく、と短く述べる。
「あら? 意外」
「そりゃ俺だって触りたいけど、そのままズルズルと取り返しの付かないことになりそうだったし」
「別にいいわよ。サイトなら」
何てことないようにそう述べるキュルケを、才人は目を見開きまじまじと見詰めてしまう。見詰められた彼女は笑いながら、そんなに驚くようなことだっただろうかと言葉を紡いだ。
そもそも彼女は彼を嫌ってはいないし、先程も言ったように恋多き少女である。むしろこれをきっかけに本気の恋が出来るかもなどと考えてもいる。
が、そんな彼女の心情を完全に才人は理解出来ない。彼は彼でこちらに来てからそういうことをさっぱり頭から追い出していたので余計にである。
「あ、ひょっとしてもう心に決めた相手がいるのかしらぁ?」
「へ? いや、別にそんな……」
キュルケはそれを察し、話は終わりと彼をからかうことにシフトチェンジした。その急激な話題変化はいつものことであったが、少しだけ悩んでいた才人はそれに乗るのが一瞬遅れた。それは見る人によっては図星を指された時の反応に見えて。
「エルザとか、シルフィードとか、十号とか、その辺りが濃厚かしらねぇ」
「人外限定!?」
「なら、やっぱりルイズかしら?」
「その流れだとルイズが人外ってカテゴリみたいなんですけど!?」
叫び、ツッコミを入れつつも、よくよく考えると別に間違っていないかもしれないと本人がいたら確実に殴られるであろうことをこっそりと才人は思うのだった。
「この学院の生徒はバカばっかなのかしら」
「……ええ、そうかもしれませんね」
「今わたしを含めたわねシエスタ」
「めっそうもない」
笑顔で首を横に振ると、空になっていたカップに紅茶を注ぐ。ふん、と鼻を鳴らしたルイズは、スコーンを齧りながら少し離れた場所のテーブルを眺めた。
彼女のよく知る悪友が、彼女の使い魔とイチャイチャしている光景が目に映る。ぴったりと寄り添いながらスコーンを才人の口へと運ぶキュルケ、その姿は紛うことなき恋人同士であった。
ちらりと視線を横に向ける。開け放たれた窓の向こうには、ピクリとも動かない男子生徒の屍が多数晒されていた。比喩表現である、実際はただ気絶しているだけだ。
彼等は、あの二人を見て「ヴァリエールは使い魔をツェルプストーに奪い取られた」と囃し立ててきた命知らずであった。ああなるのは分かっているのにどうしてやるのだろうか、と彼女の隣で同じように紅茶を飲んでいたタバサは一人思う。
「立場上、わたしの口からは憚られます」
「それもう言ってるも同然よ」
まあつまり馬鹿なのだということを理解したタバサはそりゃそうかと納得し、シエスタにスコーンの追加を所望した。かしこまりましたと離れていくのを少しだけ横目で見、そして視線をキュルケに移す。
普段通りにしか見えないが、どうやら第三者はあれを恋人同士の逢瀬だと思うらしい。
「まあ、わたしが言うのもなんだけど。タバサもある程度は恋愛に興味持ってもいいかもしれないわね」
「そう?」
「そう。恋人同士ってのは、ギーシュやワルドのやってるあればっかじゃないのよ」
「でも、父さまと母さまも割と」
「……まあうちもそうだけど。でもほら、他にもいるでしょ?」
「ウェールズ殿下とアンリエッタ姫?」
「アレを参考にしちゃ駄目よ」
どうやら彼女達の回りでまっとうな恋人はいないようであった。そのことを結論付けたルイズも、それならしょうがないかと一人溜息を吐く。そのタイミングで追加のスコーンをテーブルに置いたシエスタを見て、こいつならどうなのだろうと口を開いた。
生憎と浮いた話は一つもなくて。そう述べ苦笑したシエスタは、代わりといってはなんですがと一冊の本を取り出した。
「メイド達の間で流行っている本です。これを参考にしたらいかがでしょう?」
「成程……ってこれ官能小説じゃない!? 何をどう参考にするのよ!」
「違いますよルイズ様、これは普通の小説です。とある貴婦人と相手の男性との蜜月を赤裸々に綴っただけの普通の小説ですわ」
「蜜月を赤裸々に綴ったらもう普通じゃないわ」
「第二章はもっと凄いですよ?」
「やっぱり官能小説じゃない」
勢い良く本を閉じそれをシエスタに投げ返したルイズは疲れたように息を吐いた。そして投げ返された本を何事もなかったかのように受け止めたシエスタは、そんな彼女とは対照的な笑みを浮かべてならばこちらはいかがでしょうと別の本を取り出す。
もういい、と視線も合わせないルイズに代わりそれを受け取ったタバサは、表紙に書いてある文字を見て思わず動きを止めた。
「『メイドの午後』……?」
「もう字面だけで駄目だと判断出来るわ」
「貴族様の館で働くメイドが、無体な主人に夜な夜なお仕置きされるという健全な小説です」
「どこが健全よ。っていうかそれでどう恋愛観を養うのよ」
ルイズの言葉にそれはうっかりしていましたとシエスタは手を叩く。やっぱりコイツ自分をからかいたかっただけじゃないかとルイズは彼女を睨み付けたが、やはり何処吹く風で空のカップに紅茶を注いでいた。
「しかし真面目な話、お二人はそういうことに興味がおありなのですか?」
「へ? んー、一応婚約者がいる身としては、無いとはいえないわね」
ワルドと一緒になるという自分が想像出来ないけれど、とルイズは笑う。まあそうでしょうねと中々に酷い返しをしたシエスタは、ではと笑顔のままタバサを見た。
「分からない」
簡潔に、しかし素直にタバサは答えを述べた。本の虫でもある彼女はそういうことを題材にした物語も多数読んでいる。恋愛感情が何か分からないなどというつもりはなく、それが何か、どうすればいいのかという知識もある。
だが、それを踏まえても。自分がそこに興味があるかと問われれば、『分からない』のであった。
「まあタバサは王族だしね。そういうのとは無縁の縁談とか待ってるって考えるとそうなっちゃうのかも」
「身分が高いというのも、色々大変ですね」
「……トリステインで一番身分の高いはずの人物は好き勝手に恋愛しているけれど」
「アレはほっといた方がいいわ」
まあともあれ、現状では視線の先にいる彼女のような姿を自分達が見せることは無さそうだ。そう結論付け、そろそろあれをどうにかしようかと二人は頷く。そもそも、ああやって二人離れてイチャつくのを許可したのは他でもない二人であり、ある程度気が済んだらこっちに来いと言い含めてもいるのだ。
とどのつまり、あの光景を見て彼女等が何か余計なことを考えているということ自体が、ただの邪推なのだった。
「何か無駄に疲れた」
ルイズに言われいつもの面々となったテーブルで、才人は椅子に体を預けながらそうぼやく。あたしは楽しかったわよとキュルケはそんな彼に微笑みかけた。
「ねえサイト、いっそこのまま恋を続けない?」
「んー。まあ後少しくらいなら」
いいかもしれない。そんな言葉を続けようとした才人は、こちらに歩いてくる男子生徒を見て言葉を留めた。杖を抜きズンズンと歩いてくるその姿は、どう見ても友好的には感じられない。表情が歪んでいることからもそれが分かる。
あら、とその男子生徒の顔に見覚えのあったキュルケは声を上げた。そして同時にこちらに来る理由が思い当たり、ニヤリと笑みを浮かべると見せ付けるように才人を抱き寄せた。
「うぉ!? キュルケ、いきなり何を」
「そんなつれないこと言わないで、『ダーリン』」
顔を寄せ、耳に吐息を掛けながら、キュルケは才人にそんなことを述べる。思わず固まってしまった彼を更に強く抱き寄せると、愛してるわ、とこれみよがしに言葉を紡いだ。
決闘だ、と叫ぶ男子生徒。それに呼応するように一人また一人と遠巻きに見ていた男衆が席を立つ。わらわらと二桁になったキュルケにフラれた男達は、殺気の籠もった目で才人を睨んだ。
「もう少し付き合ってくれるんでしょ?」
「……そっすね」
「頼りにしてるわよぉ、ダーリン」
楽しそうに笑うキュルケと、それを眺めて肩を竦めるルイズ達。そして今にも襲い掛かってきそうな男共。
それらを順番に眺め、才人はガクリと項垂れた。
短めになる、ような気がする。