ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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問題自体は全く解決しない解決編。


その4

 爆音と共に天高く土煙が舞い上がる。魔法学院外れの林の木々が衝撃で吹き飛び、ぽっかりと開いた穴から巨大な異形の怪物が同じように飛び出す。盛大な音を立てて地面に激突したそれは、そのままピクリとも動かない。

 

「っと、こんなもんよ」

 

 空がよく見えるようになった秘密研究室の天井を見上げながら、ルイズは胸を張りながらそう述べた。同じように怪物が吹き飛ばされた穴を眺めているキュルケとタバサはあーあと呑気な声を上げ、縛られているギーシュは可笑しくてたまらないとばかりに笑っている。

 そして、最終兵器をあっさりと撃退されたオリジナルのケティは、その光景を呆気に取られた表情で眺めていた。そんな、と震える声で呟くと、出来上がった穴から外へと飛び出していってしまう。逃げたわけではなく、どうやら吹き飛んだ最終兵器の様子を確認しに向かったようであった。

 そんな彼女を追い掛けることはせず、ルイズは縛られているギーシュの縄を切り裂く。ようやく自由になった彼は、済まない助かったと頭を下げた。

 

「まったく、誰彼構わず色香に迷うからこんなことになるのよ」

「そんなつもりはないんだが、まあ、肝に銘じておくよ」

 

 ははは、と頬を掻きながらそう述べたギーシュは、部屋の片隅に置いてあった自身の杖を拾うと呪文を唱え宙に浮かぶ。そして、そのまま天井の穴を超えて外へと飛び出していった。特に何かを言うことはなかったが、恐らくケティに声を掛けに行ったのだろう。そのことを悟った一行は、やれやれと肩を竦めた。

 

「死んでも治らないわね、あれ」

「いいじゃない。こんなことをされても気に掛けてもらえるなんて、乙女としては憧れるわよ」

「……そんなもの?」

「さあ?」

「……あなた達はもう少し色恋沙汰を学んだ方がいいと思うわぁ」

 

 特に婚約者のいるルイズ、と指を突き付けながら叫ぶキュルケと首を傾げるルイズ等二人。そんな彼女達を見ながら、才人もギーシュと同じように天井の穴から外に出るため適当な壁や棚を足場にして登ろうと辺りを見渡した。流石にないとは思うが、再び何かしらをケティがやらかさないかを懸念したのだ。

 

「あ、そうだ。十号? お前も来る?」

「……一応、姉妹の末路を確認しに行きますです」

 

 目を伏せながらそう述べたケティ十号に分かったと声を掛けた才人は、んじゃ掴まってろと彼女を抱きかかえる。うひゃぁ、と変な声を上げる十号を気にも留めず、彼はピョンピョンと器用に足場を渡って天井から外に出た。

 屋外に出た才人がまず目にしたものは、泣きべそをかくケティとそれを慰めているギーシュの姿であった。よしよしと頭を撫でる彼はおちゃらけた様子は全くなく、成程あれならばモテるのだろうと才人も頷いてしまうほどだ。

 そんな彼等の隣に倒れていた最終兵器は、それに合わせるようにうっすらと淡く光り輝くと段々と縮んでいき、やがて多数の小さな人形へと変わり果てた。恐らく動かすための呪文に込めていた精神力が尽きたのだろう。あるいは、散々歪んでいた彼女の心が折れたのかもしれない。

 

「とりあえず、一件落着、かな」

「そうみたいですね」

「……ん? あれ? 何でお前まだ動いてんの?」

 

 てっきり向こうと同じように人形に戻っていると思っていた才人は思わず視線を隣に移す。彼の不思議そうな顔を見ながら、ケティ十号はポリポリと頬を掻いた。

 多分さっき貰った外部供給で動けていると思うんですけど。そんなことを言いながら彼女は不思議そうに首を傾げる。ひょっとしたら何か問題が起きているかもしれない、と続け、出来れば早い内に後始末をした方がいいと提案する。

 

「そうだな。おーいルイズ、さっさと後片付けして帰ろうぜ!」

 

 これ以上厄介事が積み重なっても面倒だ。そう結論付けた才人が地下の秘密研究所を覗き込み彼の主人の姿を探す。が、その工程で思わず才人は目を見開いた。

 部屋の中にいた人影は、五つ。ルイズ、キュルケ、タバサの他に追加で二人の人物がいた。その片方は今現在才人の背後で事件の首謀者を慰めている少年と同じ姿をしており、しかしその目はどう見ても正気ではないのが傍からでも見て取れる。

 そしてその少年を伴っているのは、この事件の被害者であるはずだった一人の少女。

 

「成程……ここがあの女の研究所ね」

「モ、モンモランシー? ど、どうしたの?」

「あらルイズ。いや、ちょっとギーシュの様子がおかしいからクスリを盛ってみたら、ケティとかいうのが本物を拉致監禁しているって話でしょ? これはいけないと思って、わたしが、ギーシュを、助けに来てあげたの」

「ああ、それならもう大丈夫よ。あたし達が片付け――」

「嘘よ! 知ってるわ、あんた達全員グルなんでしょう? そうよ、そうに決まってるわ。わたしとギーシュの中を裂こうとする輩は、全員、始末、そう、始末してあげるわ!」

「……これはもう手遅れかもしれない」

 

 げんなりした表情でタバサがそう述べるのと同時、モンモランシーは隣にいる偽ギーシュに指示を出す。あの邪魔者を始末しろ、と。こくりと頷いた偽物は、焦点の合わない目でルイズ達を睨むと青銅の剣をゆっくりと掲げた。

 

 

 

 

 

 

「……自分と同じ顔がボコボコにされるのを見るのは気分がいいものではないね」

「そう仕向けたのはお前の彼女だけどな」

 

 天高く舞い上げられる偽ギーシュを眺めながらギーシュはそんなことを呟く。そして同じくそれを眺めていた才人は彼にそう付け加えた。

 量産型ケティの集合体ですら歯が立たなかったのに、偽物一体のみでどうにか出来るのかといえば。答えはお察しで結果は見ての通りである。ルイズの盛大なアッパーで吹き飛ばされた偽ギーシュは思い切り顔面から地面に落ち何か嫌な音を立てた。

 

「いやぁぁ!? わたしのギーシュが!?」

「そう仕向けたのはあなたじゃないの」

「そもそもその偽物は貴女のものですらない」

 

 いいからとりあえず正気に戻れ。そんなニュアンスを言外に含みながらキュルケとタバサはモンモランシーへと近付く。対するモンモランシーはそんな二人が悪魔か何かに見えているのか、来るなと喚きながら後ずさった。

 

「いや、いや! ギーシュ! 助けて、ギーシュ! ギーシュ!」

「……完全に錯乱してるわねぇ」

「どうしよう」

 

 これ以上無理矢理に近付くと正気に戻る前に精神に異常をきたすかもしれない。そんな考えが頭を過ぎった二人は足を止め、一体どうしたものかと頬を掻く。そもそも、何故いきなりこんな状態に成り果てているのか、そこが彼女等には理解出来なかった。

 

「あ、そこの偽ギーシュ様には特別製の精神汚染装置を搭載してあります。青い髪と髭のおっちゃんの部下らしき何か額に文字が浮かんでる女の人がこれでばっちりとサムズアップしてた逸品ですよ」

「何でそんなもの売ってる人がいるのよ……タバサ?」

「……これが終わったら、帰って殴ろう」

 

 ギリ、とここにいない誰かを殴る決意を固めたタバサを見て何かを察したキュルケは彼女に触れることなく視線を逸らし、ギーシュに慰められ多少落ち着いたらしいケティに向かって声を張り上げた。その精神汚染をどうにかする方法はないのか、と。

 

「あ? 知るわけ無いじゃないですか。ギーシュ様にまとわりつく羽虫は駆除する以外に選択肢なんか無いんです」

 

 ふふふふ、と怪しい笑いを浮かべているケティは再びどんよりと濁った目で周囲の面々を睨んでいる。精神力さえ回復すれば再び量産型を作り出しそうなその雰囲気は、やはりどう考えても正気には思えず。

 

「なあギーシュ、俺思ったんだけど」

「何だい? まあ多分同じことを考えたと思うが一応聞こうじゃないか」

「……ケティもその精神汚染装置とやらにやられてるよな」

「……間違いなくそうだろうね」

 

 どうすんだよ、と才人は盛大に溜息を吐いた。どうしたものだろうね、とギーシュも同じように溜息を吐いた。周囲では大体察した残りの面々もげんなりした表情を浮かべている。

 

「じゃあ何? 今回のこれ、盛大な自爆ってこと?」

「そうなるわねぇ。ギーシュとモンモランシーの一件が引き金ではあったでしょうけど」

「まあ、根本の原因は……」

 

 一人別ベクトルでげんなりしていたが、とりあえず全員一致で状況を理解した一行は、しかしその解決方法を見付けることが出来ずに頭を悩ませた。精神汚染装置搭載とやらの偽ギーシュを倒せばそれで済むのならば話は早いが、もし治らなかったり悪化したりすれば大分まずいことになる。その考えが皆の動きを鈍くさせていた。

 

「そもそもどうすればあれ倒したことになるんだ?」

「彼女の部屋にいた偽物は鉈が胸に刺さったら死んだわね」

「普通に殺せばいいってこと?」

「いやあの、僕の姿してるものを躊躇いなく殺すとか言うのはちょっと……」

「そもそも、わたし達はこの状態で死んでも人形に戻るだけなのです」

「つまり、一旦人形に戻してからぶっ壊せばいいわけね」

 

 そうと決まれば話は早い。ゾンビのように起き上がってくる偽ギーシュに止めを刺し、呪文の効果が切れ人形に戻ったところを破壊する。そこまでを順序立てたルイズはデルフリンガーを肩に担いだ。

 壊せば治るとは限らない、という前提は既に頭から抜け落ちていた。

 

「よし、じゃあ――」

 

 では行くぞ、と一歩踏み出したルイズを、横合いから体当たりでひっくり返す者がいた。予想外のその衝撃でバランスを崩したルイズは何をするとその相手を睨んだが、その人物は動じることもなく濁った瞳で彼女を見詰めるとすぐさま踵を返し、一人の人物の下へと駆けていく。

 へたり込んでいたその人物、モンモランシーを助け起こすと、ケティは真っ直ぐに濁りきった瞳を皆へと向けた。

 

「立っているものは親でも使え。ミス・モンモランシ、わたしの役に立ってもらいますよ」

「……ふん、いいじゃない。ギーシュを奪い取る前に、まずは共同戦線というわけね」

 

 ふはははは、と揃って高笑いを上げるどう見ても正気ではない二人は、何故かタッグを組んでルイズ達へと襲い掛かった。

 

 

 

 

「わたしはもう精神力がほとんどありません。だから、メインはミス・モンモランシ、こちらはサポートになります」

「大口叩いた割にそんな状態なのね。まあいいわ、で、わたしは何をやればいいの?」

「まずはあの偽ギーシュ様を回復させてください。その後、ここにあるありったけのスキルニルもどきに精神力を打ち込むのです」

「随分と軽く言ってくれるわね」

 

 ふん、と鼻を鳴らしながらモンモランシーは杖を握る手に力を込める。自身の精神力を存分に使い、満身創痍の偽ギーシュの治療と、動かなくなっていた魔法人形に新たなる力を与えていく。

 多数の魔法人形はそれに呼応するように光り輝き、偽ギーシュを中心に陣を組むかのごとく立ち上がった。本物の彼が好んで使用するゴーレム生成呪文、それを模した姿へと形を変えて。

 

「複数のスキルニルもどきを集めて作ったこの『ワルキューレ』。力こそ最終兵器に劣りますがそれ以外は文句なしです。悔しいですが、ギーシュ様のイメージを再現出来るという一点はミス・モンモランシに軍配が上がるようですね」

「だとしても、ケティ。イメージとわたしの精神力だけでは無理よ。貴女のこの魔法人形がなければこれは完成しなかった。今回は引き分けね」

 

 そういうと二人は揃って不敵な笑みを浮かべる。そして、お互いにゆっくりと目の前の敵へと向き直った。

 その、濁りきった四つの瞳をルイズ達へと向けた。

 

「……何アレ?」

「もう自分でも何やってんのか分かってないんじゃねぇの?」

「流石に気の毒になってきたわね……」

「……杖で殴ろう。父さまと伯父さまと、後シェフィールドを」

「モンモランシー! ケティ!」

 

 各々そんな言葉を発しながら、襲い掛かってくる偽ギーシュの軍団の攻撃を飛んで躱す。向こうは確かに強大な力を持っているように思えたが、いかんせん指揮官の更にそのまた指揮官が正気を失っている乙女二人である。力任せのその一撃は、それ以外の能力が先程の最終兵器より優れているという利点を完全に殺していた。

 ルイズ達にとっては、そんな相手など木偶の坊でしか無い。ルイズはデルフリンガーを構え、才人は日本刀を正眼に持ち、キュルケとタバサは杖を取り出す。

 そして、揃って一人の伊達男を見、叫んだ。

 

『ギーシュ!』

「な、何だい皆揃って」

「今からわたし達でアレをぶっ倒すから」

「後はお前に任せたぜ」

「恋する乙女を、ちゃんと元に戻してあげるのよ」

「責任重大」

 

 その言葉に思わずギーシュは息を呑む。が、すぐにその表情に笑みを浮かべると、任せておけと薔薇の杖を掲げた。そんな彼の姿を見て、一行は上等と口角を上げる。

 

「行くわよみんな! 殲滅!」

 

 飛び出しながら叫ぶルイズに、応、と残る三人は答え弾丸の如く疾駆した。

 

 

 

 

 

 

 呆然と立ち尽くす二人の少女に一人の少年が立つ。少女達はその姿を目に映すと、壊れた玩具のように彼の名前を呼び続けた。ギーシュ、ギーシュ様、と。

 

「モンモランシー。ケティ」

「ギーシュ……わたしのギーシュが」

「ギーシュ様が、わたしの、ギーシュ様が」

 

 呟くその言葉にギーシュは顔を顰める。目の前に立っているのに、その姿を映しているのに、彼女達は自分を見ても幻影の偽物にすがっている。それが何だかわからない精神汚染装置とやらの影響だとしても、彼にとっては痛ましい姿には変わりない。

 顔を伏せた。こんな二人など見たくはない、そう思い視界から外した。が、それも一瞬、真っ直ぐに顔を上げると、決意した表情でギーシュは二人の名前を呼んだ。

 それと同時、乾いた音が二つ、響いた。

 

「ギーシュ……」

「ギーシュ様……」

「……目は、覚めたかい、二人共」

 

 赤くなった頬に手を当てながら段々と目に光が戻っていく二人を見ながら、ギーシュはどこか泣きそうな表情で振り切った手をゆっくりと下ろした。ごめんよ、痛かったかい。そんなことを言いながら彼は二人に一歩近付く。

 そして、躊躇いなく彼女達を抱き締めた。

 

「僕は、自分で思っている以上に愚か者だったよ。こうやって二人のレディを傷付けてしまった」

「ギーシュ……? え? 何? 何がどうしたの?」

「ギ、ギーシュ様!? あれ? これ夢?」

 

 戸惑う二人を見て、あるいは気にせず、ギーシュは二人を抱き締める腕に力を込める。もう決して離さないとばかりに、強く。

 自分はすぐに心が移ろいでしまう軽薄な男だ。そう彼は述べ、だから、きっと二人には悲しい思いをさせるだろうと続けた。

 

「それでも、そんな僕を……君達は、好きでいてくれるのかい?」

「……そうじゃなきゃ、とっくに見限ってるわよアホ」

「わたしは、そんなギーシュ様を全て含めて愛します」

 

 ありがとう、とギーシュは小さくお礼を述べた。その言葉が聞こえていたのか、二人はゆっくりとギーシュの背中に手を回す。

 そのまま三人で抱き合う光景を見ていた露払い一行は、とりあえず一件落着だと肩を竦めた。その中で一人、キュルケはどこか満足そうに頷いているのが見える。

 

「いいわよねぇ。恋! あー、久々に燃えるような恋がしたいわぁ」

「そんなにいいものかしらねぇ、恋とか」

「何よルイズ、子爵にあれだけアプローチされて何が不満なのよ」

「え? 性格?」

「……世界って、残酷ね」

 

 まあそれはそれとして恋なのよ、とルイズに語りかけるキュルケの傍らで、タバサは同じく二人を見ながら安堵の溜息を吐いていた。どうやら最悪の事態に陥ることだけは避けられた、と少しだけその表情を緩める。

 が、一人だけ納得していない人物がここにいた。

 

「なあ、そういやあれ、何か話まとまってるように見えるけどさ」

 

 結局二股の件、解決してないよな。ポツリと才人が零したその言葉で、ルイズ達はピシリと固まった。そういえば、と視線を再び抱き合っていた三人に移すと、いつの間にかギーシュの取り合いが始まりかねない空気を醸し出している。このままあの一触即発の状態が続けば二人に左右へ引っ張られ裂けるのは時間の問題であろう。

 どうする、と誰かが呟く。どうしようもない、と誰かが答えた。

 

「ま、まあ後は当事者の問題よね」

「そうねぇ」

「異議なし」

 

 うんうん、とルイズ達は頷いて踵を返す。あれで少しはあいつの女癖も治るでしょ、とどこか無責任な一言を付け加えた。

 そんな帰る三人を目で追い、ギーシュ達に視線を向け、そして再びルイズ達の背中を見た才人は、俺も帰ろうと足を踏み出した。そういえば元々関わりたくないと思ってたんだっけ、とそんなことをついでに思い出した。

 

「……あの、帰る場所ないのでお伴させて欲しいのです」

「へ? ああ、うん。ルイズがいいって言えばまあ」

「はい! お願いします!」

 

 こうしてルイズ達四人と追加の一体は、修羅場の男女をほっぽり出して学院へと帰路につくのであった。

 

「はっ! 恋の香り!」

「どうしたのよキュルケ。頭沸騰した?」

「酷い!?」

 

 めでたしめでたし。

 




別に恋愛模様は続かないよエンド。

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