ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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あれだけ言っておきながらルイズの出番が少ない。

そしてキリがいいからって短い。


その3

「魔法凄ぇ……」

 

 広場で大の字になった才人がポツリと呟く。現在の彼の姿は五体満足で傷一つ無い。先程まで散々ルイズから木剣による攻撃を受けたにも拘らず、である。始まる前に彼女が言っていた通り、タバサによる治癒魔法でズタボロの体は綺麗さっぱり修復されたのだ。

 とはいえ、あくまで治るのは傷のみ。失った体力は戻らず、全力で動かした体はもう暫く彼の言うことを聞いてくれそうにない。仕方ない、とそのままの体勢でゆっくりと目を閉じた才人は、さらさらと流れる風の音を聞きながら睡眠へと移行した。

 尚、ルイズ達は午後の授業へと既に向かっている。お疲れ様、今はゆっくり休みなさい。そう優しい笑顔で述べられたのを思い出しながら、彼はゆっくりと夢の中に入り込む。

 そんな才人を遠くから観察する人物が二人。魔法学院のトップ、オスマンと才人の召喚時に立ち会っていた教師ジャン・コルベールである。学院長室から遠見の鏡と呼ばれる魔道具により先程までの彼の模擬戦を見ていた二人は、ううむと何かを考えるように首を捻った。

 確かに彼の動きはあの若さからすれば相当のものであり、コルベールが持ってきた資料と説を裏付けるものではあるだろう。だがしかし、とオスマンは呟く。同じようにコルベールも困ったような表情を浮かべている。

 

「ミス・ヴァリエールに手も足も出てなかったぞ」

「そうですね……」

 

 コルベールの資料によれば、才人の左手のルーンは『ガンダールヴ』。『神の盾』とも呼ばれあらゆる武器を使いこなすとされる伝説の使い魔の証である。始祖の時代の、伝説の使い魔。その響きは世界を変える力すら持ち合わせているように思えた。

 

「……伝説、の、はずなのですが……」

「よしんばそうだとするとだ、コルベール君。ミス・ヴァリエールは」

「伝説、超えてしまいますね……」

 

 やはり勘違いだったのか。そんなことを考えながら溜息を吐いたコルベールを見ながら、オールド・オスマンは何かを考え込むように机の上で手を組み口元を隠した。

 どちらにせよ、まだ確信の持てない状態で動くのはまずい。そう結論付け、彼はコルベールにこのことは他言無用だと釘を差した。勿論ですと頷いたのを確認すると、もう一度映しっぱなしになっている遠見の鏡を眺める。太陽の光を浴びながら昼寝をしている少年を暫し見ていたが、やがて肩を竦めると通常の鏡へとそれを戻した。

 

「ところで、だ」

「はい」

「ミス・ヴァリエールは、優秀なメイジなのかね?」

「……ざ、座学は優秀です」

「ふむ、そうか。……では質問を変えよう」

 

 彼女はきちんとした魔法の使用で揉め事を解決したことがあったのかね? そう尋ねたオスマンの言葉に、コルベールは無言で視線を逸らすことで回答とした。

 

「せめて、若い頃の母親に似てくれれば良かったのにのぅ……。何をどうして全盛期の彼女みたいな……」

「え?」

「こっちの話じゃ」

 

 やれやれ、とオスマンはもう一度肩を竦め溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

「んあ?」

 

 目が覚めると既に夕刻であった。慌てて飛び起きた才人は、自分の体に毛布が掛けられているのに気付く。どうやら誰かが風邪を引かぬようにと用意してくれたらしい。

 

「ルイズ、かな?」

 

 授業が終わって尚爆睡している使い魔の身を案じてくれる。そう考えると何だか照れくさくなり、無駄に気合を入れながら毛布を畳んだ。持ち運びやすくなったそれを持ち、傍らに置きっぱなしになっていた木剣を腰に差すと、彼はそのまま学院へと足を進める。既に寮に戻っているかもしれないが、一応念の為。そんなことを思ったのだ。

 体力も大分回復したようで、軽く走る程度ならば特に問題はない。武器を持っている時ほど動けるわけではないが、とりあえずは充分だと駆けていた彼は、その途中で一人の男子生徒とぶつかってしまった。うわ、と男子生徒がバランスを崩したのが視界に映った才人は、危ない、とその少年を受け止める。放り投げてしまった毛布が二人の横にバサリと落ちた。

 

「あ、と、すんません」

「まったく、気を付けてくれたまえ」

 

 ペコリと頭を下げた才人に向かい、男子生徒は少し眉を上げながらそう返す。前方不注意であったのは確かなので、特に言い返すこと無く申し訳ないと再度頭を下げた。

 そのまま男子生徒は去ろうと踵を返す。才人も再び毛布を持ち上げようとそこに目を向ける。と、その時、毛布の上に小瓶が落ちているのが目に入った。どうやら先程ぶつかった時に男子生徒が落としたらしい。才人はそれを掴むと、まだ声の届く位置にいる少年へと声を掛けた。

 

「……まだ何か用かな?」

「いや、これ、そっちの落し物かなぁと」

 

 小瓶を差し出すと、少年は目を見開き懐を探った。どうやらポケットから落ちていたらしいというのを確認すると、ふう、と安堵の溜息を吐いてそれを受け取る。

 

「本当に、気を付けてくれよ使用人君」

「あー、ホントすんません……使用人?」

「ん? 違うのかい? 使用人用の毛布を運んでいたからてっきりそうだと思ったんだが」

 

 え、と才人は後ろを振り返る。先程持っていたそれは、少年の話が確かなら使用人が使うものらしい。てっきり自身の主人のものだと思っていた彼にとって、その言葉はまさに青天の霹靂である。

 対する少年も、才人の腰に差してある木剣を目にして眉を顰めた。学院で働く者がそんなものを持っているはずがない。そこに考えが至ったところで、そういえばと思い出した。

 

「君は、ミス・ヴァリエールの例の使い魔か」

「あれ? 俺有名なの?」

「まあ……あまりいい意味ではないけれどね」

 

 人を使い魔にするだなどと前代未聞。落第を恐れて雇った平民なのではないか。無能にはふさわしい使い魔。他の生徒が言っていたその言葉を思い出し、彼は少しだけ困ったように頬を掻いた。

 

「まあ、君が気にすることではないさ。それより、毛布を運んでいる最中なんだろう?」

「あ、そうだった。使用人用ってことは、そっちの人達のところに行けばいいのか。うし、サンキュー何かフリフリ付いた貴族の人」

「……ギーシュ・ド・グラモンだ」

 

 頭痛を抑えるように頭に手を当てながらそう述べた少年に改めて礼を述べ、才人は再び毛布を持って走り出した。才人はそれ以上彼に何かを語らず、ギーシュも再び彼の方へと振り返ることはなかった。

 たまたま、偶然の出会い。特に理由もない以上、そうそう会うことはないだろう。お互いに反対方向へと歩きながら、二人は揃ってそんなことを考えた。

 

 

 

 

 夕食後のデザートの配膳を手伝いながら、才人はキョロキョロと辺りを見渡す。桃と赤と青の三人組を見付けた彼は、よっしゃと気合を入れながらそこへと向かった。

 

「お嬢様、デザートはいかがでしょう」

「……何やってんのよ?」

「手伝い。昼寝してる時シエスタに毛布掛けてもらっちゃったからさ」

「成程、ね」

 

 そう言ってキュルケは笑う。ルイズもそういうことならと才人の持っているワゴンを眺め、自身の好物をよこせと告げた。タバサは我関せずである。

 はいはい、と才人はそれらを三人の前に起き、んじゃもう少し仕事してくるとその場を去る。頑張りなさいよ、というルイズの言葉に、任せろとサムズアップを見せた。

 

「しかし」

 

 目の前に置かれたクックベリーパイをつつきながら、彼女は背後にいる人物へと声を掛ける。サクリと切り分けたパイを一口、差し出された紅茶を一口、あくまで視線を向けずにルイズは言葉を紡いだ。

 

「義理堅いのね、あいつ」

「良いことだと思いますよ」

 

 背後の少女はそう言って微笑む。まあそうなんだけど、ともう一口パイを食べると、ねえ、と今度は首を背後へと向けた。いつもと変わらぬ微笑を浮かべたシエスタが、ティーポットをトレイに持ちながらそこに佇んでいた。

 

「というかシエスタ。あんまり甘やかしちゃダメよ。ああいうのは少し厳しいくらいが丁度いいんだから」

「毛布持って行ったら既に掛けられていたものね。あの時のルイズの顔ったら」

「うう、うるさいわよ! べ、別にわたしはそんなんじゃ」

「あらあら。それは、差し出がましいことをしてしまいました」

 

 あくまで笑みを崩さずペコリと頭を下げるシエスタを見て、ルイズはぐぬぬと顔を顰める。こんちくしょうめ、キュルケとタッグで人をからかいやがって。そんなことを思ったが、決して口には出さない。

 こほん、と咳払いを一つすると、ところで、とシエスタを含む三人の顔をぐるりと眺めた。

 

「相変わらず、誤魔化すのが下手」

「うっさい!」

「駄目ですよルイズ様、公爵令嬢がそのような言葉遣いをなさっては」

「誰の所為だと思っ……って、るのよ」

「あ、耐えた」

 

 ふん、と鼻を鳴らすとルイズは紅茶を一気に呷る。丁度いい温度に調節されたそれは素晴らしい味と香りを演出していたが、生憎と現在の彼女にそんなものを楽しんでいる余裕などはなかった。

 と、向こう側から派手な物音が聞こえ、四人は思わずそちらへ振り向いた。人垣で見えないが、どうやら何かを揉めているようだ。そう結論付けた一行は、やれやれと肩を竦めて視線を戻す。

 

「一体全体どこの野蛮人なのかしら。食堂で揉め事を起こすなんて」

 

 理解出来ない、と言わんばかりのルイズの言葉に、キュルケもタバサもシエスタも思わず彼女を見詰めてしまう。何よ、と三人を睨み返したが、別に何もと皆惚けたように言葉を返した。

 

「でも本当に何があったのかしらね。ちょっと見に行きましょうか」

「野次馬はみっともないわよ」

 

 そうね、とキュルケはルイズの言う通り浮かしかけた腰を再び下ろす。まあどうせそのうち誰かが騒ぐから分かるだろう。そんなことを考えつつ、残っていたケーキをフォークで突き刺し口に入れた。

 

「もう一個食べようかしら」

「わたしも」

「同じく」

 

 空になった皿を前に三人が三人共同じ考えに至ると、じゃあ、と先程のワゴンを探し始めた。別に他の給仕でもいいのだが、どうせならば才人がいいと思ったのだ。

 が、視線を巡らせども目的の人物は見当たらない。視界の中にいない、しかし食堂の中にはいるとするならば、残るは一箇所。

 

「……まさか」

 

 シエスタがそう呟くのと同時、先程より一際大きな音が響いた。椅子が倒れる音と皿が割れる音が同時に聞こえ、そこから向こうの状況がおおよそ予想出来る。

 

「悪ぃな。左手の手袋持ってないから直接ぶつけちまった」

「つ、使い魔君!」

 

 そして聞こえる少年の声。そしてその少年を咎めるような諫めるような声。決定的なのは、使い魔、という単語。

 

「何やってんのよ!?」

 

 奇しくも先程才人が彼女へとデザートを運んできた時と同じ言葉を紡ぎながら、ルイズは勢い良く立ち上がると人垣へと走った。

 

 

 

 

 

 

 夜であるにも拘らず、その広場は異様な熱気に包まれていた。三人の少年を取り囲むようにマントを付けた貴族の子女が立ち並び、しかし凡そ貴族らしくない野次を飛ばす。一部の生徒はそんな空気に不快感を示していたが、それもやがて多数に淘汰されていった。

 中心に立っているのはマントを付けた者が二人、この場では明らかに浮いているパーカー姿の少年が一人。

 

「……使い魔君。もう一度だけ言うよ。馬鹿な真似はよすんだ」

「……巻き込んじまったグラモンさんには悪いけど、それは嫌だ。俺は、こいつをぶっ飛ばさないと気が済まない」

 

 真っ直ぐに才人は目の前の少年を睨む。ふん、と明らかに見下した視線を彼に向けたその少年は、少し赤くなっている頬を撫でながら腰に差していた杖を抜いた。

 

「悪いが、ミスタ・グラモン。こちらもあのような無礼な行いを許せるほど寛大ではない」

「ああ、そうだろうな。タバサにもキュルケにもルイズにもボッコボコにされて、陰口叩いて俺に八つ当たりするような奴だもんな。猫の額よりないんじゃねぇの?」

「あくまでぼくを愚弄するか……!」

 

 杖の切っ先を才人へと突き付ける。彼はその先端を一瞬だけ見、そしてはんと鼻で笑った。腰に差していた木剣を抜き放ち、同じように目の前の相手に突き付ける。

 

「先に馬鹿にしたのはそっちだろ」

「ふん、事実だろう? ミス・ツェルプストーやミス・タバサのメイジとしての格を笠に着て、さも自分は立派であると見せ掛けている『ゼロ』、それが彼女だ」

「だったらゼロに負けたテメェはマイナスだな」

「ああもう! 二人共落ち着いてくれ!」

 

 ギーシュが叫ぶ。その言葉にお互い口を閉じると、ふん、と鼻を鳴らし一歩下がった。

 一応は大人しくなった二人を眺め、溜息を一つ吐くと、しょうがないと彼は頭を振る。

 

「では、この決闘の介添人はギーシュ・ド・グラモンが務めさせてもらう。双方、文句はないね?」

 

 頷く。それを見たギーシュは二人から少し距離を取り、苦虫を噛み潰したような表情のまま言葉を続けた。相手が降参するか、あるいは自身の得物を取り落とすか。それがルールだと述べると、マントの少年が待ったをかけた。

 

「後半部分は必要ないんじゃないかな? 向こうは平民だ。取り落とす誇りなどありはしない」

 

 少年の言葉にそうだそうだと周りが同意の野次を飛ばす。何を言い出すんだとギーシュは少年に反論したが、周囲の熱気に圧され段々と声を小さくしていった。

 

「別にどっちでもいいから、さっさと始めようぜ」

「使い魔君!?」

 

 何を言っているんだ、とギーシュが才人に視線を向けるが、当の本人は大丈夫だと言わんばかりに笑みを浮かべた。頭痛が酷くなってきたように感じたギーシュはもう一度盛大に溜息を吐くと、どうなっても知らないからなと半ば自棄になって叫ぶ。

 

「ふん。まあ平民相手に名乗るいわれもないが、これも決闘、作法は守らなくてな。ヴィリエ・ド・ロレーヌ、躾のなっていない犬に罰を与えてやろう」

 

 言葉と同時、杖の先から呪文が放たれる。相手を吹き飛ばす風の呪文、一直線に才人へと向かうそれは、当たれば当然ただでは済まない。吹き荒ぶ風は見た目通り強力で、メイジ同士だとしてもそれに対抗する呪文を紡ぐにはそれなりの時間を要する程だ。

 才人はそんな迫り来る風を見て、笑った。今日の修業では一度も見ることが出来なかった魔法を見て、笑った。

 ふと、ルイズが言っていた言葉を思い出す。その辺のメイジには余裕で勝てる程度には、強かった。そう述べて笑っていた光景が頭に浮かぶ。

 

「なっ!?」

 

 足に力を込め、迫り来る風を跳んで、躱した。その勢いを利用して剣を振り上げ、着地地点にいるヴィリエに向かって振り下ろす。左手のルーンが、どうだと言わんばかりにチカチカと瞬いた。

 

「ルイズの攻撃の方が百万倍怖かったっての! 食らいやがれ!」

 

 咄嗟に庇うように前に出した彼の杖ごと、才人は目の前のいけ好かない貴族を叩き斬る。

 気持ちいいくらいの打撃音が、夜のヴェストリの広場に鳴り響いた。

 




ギーシュは既にルイズにボコされて丸くなってます。

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