ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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今更だけど、原作に欠片もかすっていないこれは果たしてゼロ魔なのだろうか……。

あ、若干パロディ多めです。


その3

 ゆっくりとギーシュはその意識を奥底から呼び戻した。短くうめき声を上げながら横になっている視界を元に戻そうとするが、体は言うことを聞いてくれない。視線と首は何とか動かせたので見える範囲で自身の状態を確認したところ、どうやら縛られ転がされているらしいということが分かる。

 これは一体、と状況が飲み込めない彼は、しかし聞き覚えのある声を耳にしてそちらへと振り向いた。彼女ならばきっと助けになってくれるはず。そう信じ彼は口を開き。

 

「ケテ――」

「ちぃぃ!? ケティ十三号が殺られやがりましたか!」

 

 やはりもう少し戦闘用に改造しておくべきだった。そんなことを叫びながら一人天を仰ぐその少女を見たギーシュは、そのまま動きを止めた。

 何だ、あれは。彼の中ではそんな疑問が渦巻いている。少なくとも彼の知っているはずの目の前の少女は、ケティはあんなマッドサイエンティストのような形相で高笑いを上げるような人物ではなかったはずだ。ギーシュ様、と艶っぽく述べながら頬を両手に添えて恍惚な笑みを浮かべるような人物ではなかったはずだ。

 だが、それを問い質す勇気が今の彼にはない。自身の記憶とあまりにもかけ離れたこの現状を理解するので精一杯なのだ。落ち着いて、ある程度の自分を取り戻さない限り、ギーシュはギーシュらしく動けない。

 

「……ああ、ギーシュ様、起きたんですね」

 

 ゆっくりとケティが振り向く。そこに浮かんでいるのは笑顔。優しい、彼が好ましいと思っていた少女の笑みだ。あくまで表面上は。

 

「大丈夫。全部このケティに任せて下さい。ギーシュ様は、わたしが、ぜぇんぶ面倒を見てあげますから」

「……ケティ」

「何ですかギーシュ様。わたしはもう準備万端です」

「この縄を、解いてくれないかい?」

「だぁめです。だってそうしたら、ギーシュ様がどこかに行っちゃうかもしれないじゃないですか。わたしの傍に、ずっと、ずぅぅっと、いてもらわないと」

 

 ねぇ、とケティはギーシュの体を起こすと傍らのソファーへと座らせた。その膝の上に腰を下ろすと、彼女は躊躇いなく唇を重ねる。くちゅり、と唾液と唾液が混ざり合う音が薄暗い部屋に響き、満足そうな顔で少女は立ち上がった。

 

「愛してますわ、ギーシュさまぁ」

 

 熱に浮かされたような表情のままそう述べたケティは、しかしすぐに表情を変えるとどこかに向かい命令を飛ばした。自分の邪魔をするものを排除せよ、と。

 学園きっての問題児だとかいう女生徒三人は確定。そして、ついでに。

 

「ミス・モンモランシ。ギーシュ様にちょっかい出している路傍の小石」

 

 あくまで彼には聞こえないように、ケティはそう付け加えた。

 

 

 

 

 

 

 偽ケティの死体をとりあえず見付からないよう彼女の部屋のクローゼットの中に隠したルイズ達一行は、さてではどうするかと廊下を歩く。犯人はほぼ確定したものの、現在の状況ではだからどうしたと言わんばかりなのだ。

 

「いや、てかまあ俺もそうとは思うんだけど、これって決定なのか?」

「たまたま被害者があんな狂人だったってのも中々ない確率ね」

「狂人はちょっと言い過ぎじゃないかしらぁ」

「……変人?」

 

 まあその辺りはどうでもいい、とルイズは返し頭上を仰ぐ。何にせよ本物の居場所を見付けないことには話が始まらないのだ。当初の目的と何ら変わっていないそれは、結局現状が何も好転していないことを同時に示していた。否、予想も立てられないという意味では却って悪くなっている。

 ここで相手が何も考えずに刺客を送ってくるような輩ならば楽なのに。そんなことを思わず呟きながら寮を出たルイズの視界に人影が映る。今回の事件の発端になったその金髪の少年は、同じく発端となった金髪の少女に連れられて彼女等の前を横切った。

 

「……結局あのギーシュは偽物なのかしら?」

「さあ?」

「流石に見るだけでは分からない」

 

 どこに行くのかは分からないが、そこに乱入して確かめるというのはあまり現実的ではなさそうだ。そう判断した一行はそのままモンモランシーが視界から見えなくなるまで目で追い、改めてじゃあどうするかと視線を前に戻した。

 そんなルイズの視界の先には今にも顔面を粉砕しようと飛来する鉈が。

 

「うひゃぁ!?」

「お、真剣白刃取り」

「何それ?」

「こっちの技で……技かあれ? まあ素手で刃を受け止めるってやつ」

 

 成程、と頷いたタバサは鉈の飛んできた方向を睨む。編隊を組んで歩いてくる同じ顔の女生徒の集団を見やる。

 そのどれもが、ドロリと濁ったような瞳の色をしていた。

 

「……何も考えずに刺客を送ってくる奴みたいだな」

「っていうかアレ全部スキルニル? 金持ちねぇ」

「ん……何か違う気がする」

 

 どういうことだとルイズがタバサに尋ねると、相手が完全にコピーをしているわけではないからと向こうを指差す。確かにケティの集団の持っているものは鉈、メイジであるならばまず持たない得物であり、そして少女の細腕で扱うにはいさかか無骨過ぎる。

 つまり、と才人が腰から日本刀を抜き放ちながら言葉を紡ぐ。同じようにデルフリンガーを構えたルイズがその少し前に立った。

 

「量産型ってことだな。……女の子を量産って、よくよく考えるとヤバい表現だな」

「蹴り飛ばすわよエロ犬。いいからさっさとあれ片付ける!」

「へいへい。……あ、俺あれぶっ飛ばしてもいいの?」

「いいんじゃない? 偽物だし」

「これならもみ消せる」

 

 了解、とある程度不穏な言葉を流しつつ頷いた才人はケティの集団へと一足飛びで距離を詰める。迎撃体制に入っていた量産型ケティは目の前に現れた冴えない男を真っ二つにせんと鉈を振り上げ、そして薙ぐ。

 その斬撃を体をずらすことで躱した才人は、刃を返すと目の前の量産型ケティの腹へと日本刀を振りきった。少女の体が『く』の字に曲がり、そしてぐらりと倒れ伏す。

 

「ケ、ケティ十号!? くぅ、よくもわたしの妹を!」

「かかれ! 妹の敵を取るのです!」

「……なあこれ、前に女の子のゾンビぶった切った時とは別ベクトルでやり辛いんだけど」

 

 死んでない、とツッコミを入れるケティ十号を踏み潰しながら才人へ襲い掛かる残りの量産型ケティの攻撃をいなしつつ、彼は傍から見ても分かるほどにげんなりとした表情を浮かべた。なあもう帰っていいか、と後ろに控えるルイズ達に声を掛ける。

 弾けんばかりの笑顔で駄目、とルイズに返された才人は、盛大に溜息を吐きながら分かりましたよと半ばやけくそ気味に叫んだ。

 

「とりあえず足をどけてやれよ!」

 

 峰打ちにしてある日本刀を横に薙ぎ、十号を踏み付けていた量産型ケティを吹き飛ばした。その衝撃で二・三体の量産型ケティが地面に倒れ、頭をぶつけあって動かなくなる。

 上にのしかかるものが何も無くなった十号をとりあえず適当に引っ掴んで脇にどけると、未だ健在の残る量産型へと足を向けた。そのまま日本刀を振り抜き、立っていたケティ達を残らず地面に叩き伏せる。

 出番ないな、と判断したルイズは持っていたデルフリンガーをゆっくりと背中に仕舞いこんだ。いいのか、というデルフリンガーの言葉に、まあね、と少し笑いながら返す。

 

「まあ元々あの程度の強さに四人全員が戦闘を挑んだらただの蹂躙でしかないものね」

「どう考えてもイジメ」

「そういうことよね」

 

 一人残らず倒れて動かなくなっているケティ達を眺めながら本当に大丈夫かと挙動不審にしている才人を見つつ、彼女達はお疲れ様と彼に近付く。そしてルイズは視線をぐるりと死屍累々のケティに向けると、どれがいいかしらとキュルケとタバサに尋ねた。

 

「多分どれでも同じ」

「そうよねぇ。となると、一番ダメージの少ない奴……いや、ある奴の方がいいかしら」

「あ、じゃああの散々踏み潰されてた十号とかいう奴にしましょう」

「……あの、一応聞くけど、何をする気なんデスカ?」

 

 きゃいきゃいと楽しそうに話す三人を見て猛烈に嫌な予感を感じた才人は恐る恐る問い掛けた。予想が当たっていて欲しくない、でも多分間違いない。そんな感情がグルグルと渦巻き、しかしそれでも聞かずにはいられない。

 ルイズはそんな才人の心情を察したのだろう。大丈夫よ、と柔らかい笑みを浮かべて、優しく諭すようにこう述べた。

 

「ちょっと拷も――じゃない、尋問をね」

「やめたげてぇ!」

 

 少年の悲痛な叫びが響いたとか響かなかったとか。

 

 

 

 

 ケティは逃げ帰ってきた量産型ケティの報告を聞いて苦々しい表情を浮かべた。まさか向こうがそんなにやる輩だとは。そう呟いているのが監禁されているギーシュの耳に届き、思わず彼は笑ってしまう。

 

「ケティ、君はどうやら知らなかったようだね」

「……何をです?」

 

 振り向いた彼女に向かい、ギーシュは優しく諭すように口を開く。この学院には、おいそれと手を出してはいけない連中というのがいるんだよ、と。

 

「……あの三人の噂なら、知ってます。学院の問題児で、幾度と無く別の生徒と衝突しては怪我を負わせているとか。貴族にあるまじき振る舞い、メイジの風上にも置けない。そんな評価だって」

「うん、まあ。当事者じゃなければ僕も同じように思っただろうね」

 

 ははは、とギーシュは苦笑を浮かべる。同時に、一ヶ月程度で既に下級生にそんな評判が知れ渡っている彼女達を思い浮かべ肩を竦めた。そんな面々と親しくしようと思ってしまう自分も含めて。

 だから、憎からず思っている目の前の少女の誤解は解かなくてはいけない。そう彼は思ったのだ。心優しい彼女ならば分かってくれると、そう思ったのだ。

 

「確かに言動や振る舞いは傍から見ていると粗暴だろうね。特にルイズは、まあ、なんというか……公爵令嬢ってあれでいいのかと思うことが多々ある。でもね」

 

 力無き人々の前に立つ、という気概は学院の生徒の誰よりも大きい。そう続け、どこか自慢気にギーシュは笑った。それはまるで、大事な家族を紹介するような、愛しい相手を評価するような、そんな表情で。

 

「……ギーシュ様」

「ん?」

「どうして、そんな顔をするんですか?」

「――今の僕は、彼女達に打ち直してもらったからね。傲慢で、矮小な自分を変える切っ掛けを作ってくれた」

「……そう、ですか」

 

 顔を伏せ、ケティはそれだけを述べると。何かを小さく呟いた。ギーシュには聞こえていなかったが、それは紛れもない嫉妬と怨嗟の言葉。自分の愛しい人にこびりついた汚れを落とさなくてはいけない。そんな意味合いの台詞を述べ。

 

「突撃!」

「そこまでよ!」

「決着」

「……あー、っと。ギーシュ、無事か?」

 

 秘密研究室の扉をぶち破って入ってくる四人をギロリと睨み付けた。やはり来やがりましたか、と述べながら彼女はパチンと指を鳴らす。

 先程倒された量産型ケティがそれを合図にルイズ達へと立ち塞がった。今度は鉈の他に小振りの杖を構えている者も見える。どうやら前回と陣形を変えたらしい。前衛と後衛でバランスよく編成されたそれは、目の前の連中を打ち倒さんと得物を構える。

 

「ケティ、やめるんだ。君では勝てない」

「……ああ、ギーシュ様。すっかり洗脳されてしまっているのですね。でも大丈夫、わたしがあの薄汚い雌犬をぶち殺して貴方の目を覚まさせてあげます」

 

 ギーシュへと振り向きニコリと笑みを浮かべたケティは、そのまま濁りきった目をギロリと『薄汚い雌犬』に向けた。後で偽物と交換するから死んでも問題ない。そんなことを呟きながら量産型ケティ改に指示を出す。

 

「……何かもう、アレ実はいつの間にか偽物と入れ替えられてたとかいうオチじゃないよな?」

「……元々あんな感じだったので、多分、オリジナルなんじゃないかなぁと思いますです」

 

 うわぁ、とドン引きしている才人は隣に思わず声を掛ける。『尋問』後治療を施されたケティ十号は、そんな彼の言葉を聞いて申し訳なさそうに頭を下げた。そうか、と物凄く嫌そうな顔をした才人は、ゆっくりと腰の日本刀を抜き放った。

 

「サイト。アンタいくら女の子の前でカッコつけたいからって、そう何度も出張るのは無しよ無し」

「いやそういうつもりは全くないんだけど。っていうか女の、子? スキルニルとかいうやつって性別あんの?」

「あ、わたし劣化品なので姿はこれで固定なのです」

「だそうよ。よかったわねぇ」

「何が!?」

 

 才人の叫びを流しつつ、まあとりあえずぶっ飛ばしますかとルイズはデルフリンガーを構える。キュルケとタバサは頑張れとヒラヒラ手を振った。どうやら加勢する気は微塵もないらしい。それを分かっているのか、ルイズもそんな二人に何も言うことはなかった。

 嘗めるな、とケティは量産型ケティ改を襲い掛からせるが、案の定その攻撃は尽く躱される。前衛は近接攻撃を弾かれた後カウンターで沈められ、後衛は魔法を舞うように避けられた挙句一撃を叩き込まれた。

 あっという間に再び倒れ伏すことになった量産型を一瞥すると、ルイズはふう、と息を吐いた。気が済んだらギーシュを返してもらうわよ。そう述べると、彼女は本物のケティに向かって一歩踏み出す。

 

「ふ、ふふふふふ! まだです! まだ終わりません!」

「あん?」

「あまり使いたくなかったですが、ギーシュ様を渡すくらいなら躊躇いませんよ。ポチッとな」

 

 言葉とは裏腹に腰に差していた杖を引き抜いて呪文を唱えたケティは、倒れていた量産型がゆっくりと起き上がるのを見て口角を上げた。が、対するルイズは別段驚くでもなくその光景を見やる。まあ大体予想出来ていたし、と肩を竦めた。

 しかし、その次の瞬間彼女の表情は別のものに変わる。量産型ケティが一箇所に集まり、淡い光を放ちながらゆっくりと一つになっていったからだ。段々と巨大な何かに変化していくその姿を見ながら、なんじゃこりゃと凡そ少女らしくない声を上げる。

 

「このスキルニルの劣化コピーらしきものは、本来纏めて使用することで魔獣を超える力を引き出す事の出来るとんでもない代物なのです! って販売してた二人組の青い髪と髭のおっちゃんが言ってました」

「それどう考えても騙されてるわぁ。……って、あながち言えないのが怖いわね」

「……青い髪、青い髭……まさかそんな。いやでもあの人達なら……」

 

 ドヤ顔で説明するケティと苦笑しながら頬を掻くキュルケ。そしてそれを彼女に売り払った人物に心当たりがあったタバサが頭を抱えるのを尻目に、ルイズは量産型が合体して出来た巨大な化け物を見ながら剣を構えた。とりあえず理屈はどうでもいい、まずやるべきことは、目の前の相手を倒すことだ。そう彼女は判断したのだ。

 

「ギーシュ、もう少し助けるの遅れるわよ」

「ああ、分かってるよ。少し、だね」

 

 ルイズの言葉に笑みを浮かべたギーシュを見て更に機嫌を悪くさせたケティが化け物へと声を張り上げる。あの小娘を叩き潰せ、と。

 太い異形の腕を振り下ろす相手を真っ直ぐに睨みながら、ルイズはペロリと舌を出した。剣を構え、自身を押し潰さんと迫るそれに向かい、肩に担いだデルフリンガーを振り上げる。

 やたらと広い秘密研究所全体に、甲高い音が響き渡った。

 




合体した量産型ケティのイメージはザボエラのアレ。

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