ついでに当初のオチに辿り着けるか怪しくなってきました。
「まったく、酷い目にあったわ」
「酷い目にあったのはギーシュなんじゃねぇのそれ?」
時は進み、昼休み。昼食を終えたルイズ達三人は才人とシエスタの二人と合流しカフェテラスにてそんな会話を行っていた。朝の出来事を溜息混じりに話すと、同じように溜息混じりでそんな返答が返ってくる。
そんな才人に向かい、ルイズは仕方がないだろうと肩を竦めた。何せ、ギーシュは自ら進んで死地に飛び込んだのだから。
「……でもさ。そこが気になるんだよな」
「あら、やっぱりサイトもそう思う?」
ううむ、と顎に手を当てながら呟いた彼の言葉にキュルケが同意をする。隣ではコクリとタバサも頷いた。そしてルイズもまあそこはね、と頬を掻いている。
ギーシュはモンモランシーと恋人ではない、と述べたのだ。はっきりと明言していたわけではないが、あの言い方では確定と見ていいだろう。そしてそこが彼女達には解せない部分であった。
「少なくとも、あいつは向こうからの好意を否定するような奴じゃないのは確かね」
「にも拘らず、モンモランシーからの好意を否定……とまではいかないか。疑問視したわねぇ」
「でもギーシュは昨日モンモランシーがいないとダメなんだとか俺に熱く語ってたぞ」
「色々と不可解」
彼女がいないと駄目だと語る一方で、彼女からの好意が自分に向いていたことを疑問視する。人によってはそういうものかと納得しないでもないが、ことギーシュに至ってはそれに当て嵌まるような人物像ではないのだ。本当に昨日と今日が同一人物なのかと疑わしくなるほどである。
「実際偽物だったとか」
「あれの偽物作って誰が得するのよ」
「昨日言ってたケティ、とか言う娘は? 二人の仲をこじれさせて奪う気なのかも」
「そこまでのメイジには見えなかったけど……。大体本物のギーシュとモンモランシーが出会えば一発でバレるじゃない」
「……本物のギーシュがいれば……?」
ふと、何かが引っ掛かったタバサは、思考の海に自身を沈めながら一人視線の先にある紅茶の水面を見詰めた。本物がいれば勿論ばれてしまう。なら、いなければ当然ばれない。至極簡単な話で、そして同時に恐ろしい予想である。
視線を上げる。少しだけ表情を暗くしながら、さようならギーシュ、と彼女は述べた。
「縁起でもない!?」
「何がどうなってその結論よ」
「朝見たギーシュが偽物ならば、本物はもうここにいない。……恐らく、始祖の御下に旅立った」
「勝手に殺すなよ! あんなんでも一応俺を平民だからって見下さない貴重な男友達なんだから」
「まあ、偽物が本物と変わらないのならば同じようにやっていけるんじゃないかしら」
「ドライ!? ドライ過ぎるよタバサもキュルケも! 全く同じでもそれは違う奴だから! ギーシュじゃないから」
なあ、と才人は視線を自身の主人に向ける。目を向けられた彼女は苦笑すると、彼の頭を軽く撫でながらまあそうね、と呟いた。あんなんでも学友だしね。そう続けると、目の前の紅茶を飲み干し立ち上がった。
どこから手を付けられるのですか、と彼女の後ろで控えていたシエスタが問うた。それに対し、ルイズはそんなもの決まっていると言わんばかりに胸を張る。
「正面突破でギーシュを張り倒――しても今回はしょうがないわね。じゃあどうしよう」
「ルイズ様。もう少し授業以外でも頭使ってください」
「どーいう意味よ!」
「いや、そのままの意味でしょ」
猪突猛進、という度々浮かんでいた単語が才人の頭を再度過ぎる。口に出すと確実に痛い目に遭うのでそれを押し留めながら、彼はルイズをフォローするかのごとく発想自体は悪くないと思うと皆を見た。偽物かどうかを確認するのならば、当然その対象を調べるのが一番手っ取り早い。
「ま、確かにそうよねぇ」
「でも、それには重大な問題がある」
一応二人共に同意をしたが、しかしタバサはそう続けた。朝の時点で違和感に気付けなかった以上、生半可な調査では全く分からない可能性が高い。そう述べ、アプローチを変えた方がいいと締めくくった。
「そういうからには、何か考えがあるんでしょうね」
「ない」
「ぶっ飛ばすわよ」
これが学園でもトップクラスの才女達なんですよね、と静かに佇みながらシエスタはこっそりと溜息を吐いた。
才人は盛大にそれを口にして殴られた。
まあとりあえず行動だ、というルイズの言葉に何だかんだで同意をした一行は、シエスタに見送られながら目的の人物を探すべく学園を歩く。ギーシュを見て偽物かどうかを判定するのは難しい。ならば、他にやることは一つ。
「とりあえずケティって娘を捕まえましょう」
「犯人捕縛は一番手っ取り早い」
「……それ、違ったらマズいことになんじゃねぇの?」
場合によってはこちらが悪人として糾弾されかねない。そんな不安を抱いた才人が三人に尋ねたが、まあ大丈夫だと軽く返されたことで益々心配になった。そもそもただでさえ学院での風当たりが強い彼の主人は、これを機に排斥されることだって十分ありえるのだ。
恐らく自分のいなかった頃からこの調子だったのだろうという予想は普段の行動を見ていれば分かるが、それでも、である。
「あのねサイト。何を想像しているか知らないけど、わたし達別に無理矢理力尽くで吐かせようとかそんな物騒なことは考えてないわよ」
「え? ……違うの? 拷問したりとかしないの?」
「どこの世界に同じ学院の生徒を捕まえて拷問にかける奴がいるのよ」
はぁ、と溜息混じりでそう返したルイズを見て、才人はホッと安堵した。ルイズがそんなことをしてしまえば問題になるのは確実であったので、その心配の種が潰されたことを彼は素直に喜んだ。
「多分どれだけ成績優秀な模範生徒でも他の生徒を拷問にかけたら即問題になると思うわぁ」
「時々サイトの頭はおかしい」
というか自分達はそんな目で見られていたのか。若干凹みながらキュルケとタバサは肩を竦める。まあとりあえず気を取り直して、と二人は揃って視線を上げた。
視界に映るのは下級生の集団。あそこにお目当ての人物がいるのならば、すぐさま接触して情報を聞き出さなくては。そんなことを思いながらルイズと才人に目を向けたが、二人はふるふると首を横に振る。どうやらあそこにはケティはいないらしい。
気を取り直して他の場所へと足を進めたが、結果は惨敗。どこに行っても下級生の中にケティを見付けることは出来なかった。もう他に下級生のいそうな場所に心当たりは無く、そうなると直接彼女の部屋に乗り込むしか無い。
「一応尋ねますけどね。部屋に乗り込んでどうするつもりですかね?」
「拷問」
「ほらやっぱり!?」
「冗談に決まってるでしょ。言って欲しそうだったから言っただけよ」
やれやれ、と肩を竦めたルイズは、しかし解せないと顎に手を当てた。隣では同じようにキュルケとタバサも難しい顔をしている。
そんな三人の表情が気になったのか、才人は一体どうしたんだよと尋ねた。現在の状況は、彼の中ではただ単に彼女への疑念が深まった程度でしかなかったのだ。偽ギーシュだと思われるものが現れたその日に姿を見せなくなった関係者。怪しむなという方がおかしい。
「ま、そうなんだけど」
「案外もう一つの可能性も出てきた気がするのよねぇ」
「もう一つの可能性?」
うーむと揃って頬を掻くルイズとキュルケに向かいオウム返しに問い掛けた彼だが、それに答えたのは残りの一人であった。簡単な話、と前置きをすると、眼鏡の縁を指先でクイと持ち上げた。
「ケティも被害者。そして、黒幕は別」
「ああ、そういうことか」
成程、と才人は手の平を拳で叩く。しかし同時に、そうなると益々厄介なことになるんじゃないかと表情を曇らせた。犯人の目星が全く無くなってしまうのだから。
ともあれ、どちらにせよ件の彼女の部屋に行けば分かる。そう結論付け一行は一年生の寮へと足を向けた。場所は既に聞き終えているため、そこに行って扉を開ければいい。
「……鍵、掛かってるわね」
「いないってことか?」
ドアノブは回らない。念の為と扉に耳をつけると、中に何かがいる気配は感じ取れた。少なくとも留守ではなさそうだ。そう判断したルイズは扉をノックすると簡潔に要件を伝え、ここを開けてくれるように乞う。
が、それの返答は沈黙であった。
「警戒されてるわねぇ」
「ルイズだし、仕方ない」
「アンタ達に言われたくないわよ」
ったく、と悪態を吐きながらルイズは扉から離れる。一瞬背中の剣に手を掛けたが、しかしすぐに思い直すとその手を離し頭を掻いた。ここですぐさま力押しに走っては才人との会話を肯定することになってしまう。無論彼の想像とは違い精々この場合鍵を爆破する程度で済ますつもりであったが、それでも印象は良くはないと自重したのだ。
「出直しましょうか」
「え?」
「え?」
「ルイズ、あなた正気?」
「よーしそこに立て。全員ぶん殴る」
先程とは違う理由で剣の柄に手を掛けた彼女をまあまあとキュルケは宥め、でも、と先程の反応の補足をするように言葉を紡いだ。他の手掛かりもないのにいたずらに時間を消費しても仕方がない、やるなら一気に攻め立てた方がいい、と。
そんなことは分かっているとキュルケに返したルイズは、いいから撤収と部屋から離れた。話を聞けと言わんばかりの顔をしたキュルケもそれに従い、タバサは無言で、才人は首を傾げながらそれに続く。廊下では、ルイズとキュルケが言い争いながら段々と遠ざかっていく声が響いた。
やがてそれが聞こえなくなると、一年生の寮は静寂を取り戻す。そして、それを見計らったかのようにケティの部屋の鍵が解かれ、ゆっくりと扉が開かれた。そっと廊下を窺うように顔を出し、視線を左右に向け。
「つーかまーえた」
「きゃぁぁぁぁぁ!?」
即座に伸びた三つの手により扉が固定された。軋んだ音を立てて扉は全開となり、そして地獄からの使者のような笑顔を浮かべた三人の少女が腰を抜かしてへたり込んだケティの前に立ちふさがる。
その光景を後ろから見ていた才人は、どう考えてもこっちが悪者だよなと一人バツの悪そうな顔を浮かべた。ついでにへたりこんだケティのスカートの中身をちらりと見た。
「別にわたし達はアンタを取って食おうなんて思ってないんだから、そんな顔しないでよ」
「まあルイズの顔はねぇ、しょうがないわよねぇ」
「あぁ!?」
「それ」
「アンタ等がさせてんでしょうが! ああもう、この娘怯えきってんじゃない」
目に見えるほど顔を青くさせたケティは必死で逃げようとへたり込んだままズリズリと後ずさる。が、生憎と彼女の後ろは自室であり、当然のごとく行き止まりである。それに気付いた彼女はこの世の終わりのような絶望の表情を浮かべ空を仰いだ。
そんな光景を見た三人はやれやれと肩を竦めると、とりあえず落ち着けと彼女に述べる。何か危害を加える予定は今のところないので、話だけ聞かせて欲しい。そう言いながら下がっていったケティを追い掛けるように部屋に足を踏み入れ。
そして、ピタリと足を止めた。彼女の姿に集中していて見えなかった部分が、薄暗かったせいで見にくかった部分がはっきりと確認出来て、三人は動きを止めた。
「……」
「……」
「……うわ」
ルイズとキュルケは無言で立ち尽くし、タバサは思わず声を漏らした。彼女達の視界に映るのはケティの部屋。その壁や机、そして床、寝具、家具。
そこら中一面に、ギーシュの姿絵が貼られていた。
「……ヤンデレじゃん。ストーカーじゃん」
彼女達より遅れること少し、同じように部屋へと足を踏み入れた才人はあからさまに顔を顰めてそう呟いた。ちらりと机を見ると、妄想だと一目で分かるケティとギーシュのウエディングが飾られている。
視線をケティに移す。何かを諦めたような表情をした彼女は、どこからか取り出したとあるものを握りしめてゆっくりと立ち上がった。
「ルイズ!」
「へ? うおぉ!?」
才人の言葉に我に返ったルイズはケティの振り下ろした鉈の一撃を体をずらすことで躱す。目を見開いていた彼女は、しかし相手の目が正気ではないことを悟るとすぐさま表情を鋭くさせた。
「相変わらず淑女の出す声じゃないわよねぇ。顔はいいのに、もったいないわぁ」
「残念な美少女」
「うっさい!」
いつの間にか距離を取っていた二人にそう返すと、ルイズは拳を握り半身に構えた。取り押さえようと動きかけていた才人を一喝させると、廊下の警戒を命じる。
了解と指示には従ったものの、意図がよく分からない彼は首を傾げた。
「まあどう考えても相手が有罪なんだけれど、でもこの状況でサイトが手を出すのはマズいのよ」
「使い魔で、平民で、男。庇え切れない」
「……まさかファンタジーで痴漢冤罪の気分を味わうとは思わなかった」
そう呟くものの、そういえば既にその系列で捕まっていたことを思い出した才人は表情を更に暗くさせて頭を垂れた。剣と魔法の世界でも世知辛いなぁ、とどこか哀愁を漂わせながら木目を数える。
ぶんぶんと首を振り意識を戻すと、先程言われたように廊下を見渡した。幸いまだ騒ぎは見付かっていないようで、このまますぐに終わらせれば被害は最小限で済む。そのことを伝えると、ルイズは分かったと笑顔を浮かべた。
「じゃ、さっさと片付けますか」
言うが早いかケティの懐に潜り込んだルイズは、相手が鉈をどうにかする前にその手首に裏拳を叩き込んだ。部屋に盛大な打撃音が響き、彼女の手から離れた鉈が宙を舞う。そのまま追撃とばかりに掌底を胸に叩きこむと、ケティはそのまま軽く浮きどさりと床に倒れ込んだ。
そして落下してきた鉈が彼女のそこそこの大きさの胸に突き刺さる。びくりと跳ねるように体が動き、真っ赤な鮮血が辺りに飛び散った。
「あ……え?」
自分に起きた光景を信じられないような目で見ていたケティだが、段々とその瞳から光が失われていく。何かもがくように手を動かしているが、突き刺さっている鉈まで辿り着くことなく空を切った。足も立ち上がろうジタバタとしているものの、スカートがめくれ上がり下着が露わになるだけで何の効果も現してはいない。段々とそれらの動きも鈍くなっていき、彼女の瞳から完全に光が失われると同時にその四肢も動かなくなった。
ルイズは掌底を繰り出した格好のまま動いていない。目を瞬かせ、そしてゆっくりと手を下ろし、物言わぬ屍となった下級生を見下ろすと、錆びた蝶番のような動きで後ろで同じように立ち尽くす仲間達を見た。
「……ど、どうしよう?」
「殺っちゃったわねぇ」
ふう、と溜息を吐きながらキュルケは述べる。そのあまりにも軽い物言いに、才人は怒るべきなのか嘆くべきなのか分からない微妙な表情で口を開き。
そして何かを言う前に、タバサが待ったと皆を諌めた。
「あによ?」
「どうしたの?」
「何か、あったのか?」
三人の声に答えず、彼女はゆっくりとケティの死体に近付く。見開かれたままの瞳孔を確認し、鉈の突き刺さっている胸を触り、そして床に飛び散った血液を掬った。
しばし指に付いたそれを眺めていた彼女は、成程と頷くと、ぐるりと三人を見渡す。そして、短く一言述べた。
「スキルニル」
「へ?」
「はぁ!?」
「何それ?」
三者三様の反応を見せたのを確認したタバサは、とりあえず一番分かっていない才人に合わせようと指を一本立てる。簡潔に、これは本物のケティではない、と指を死体に向けながら言葉を紡いだ。
「対象者の血を与えることでその姿を完全に模倣する魔法人形」
「……て、ことは、何か? この娘は偽物?」
「そうなるわね。良かったわねぇルイズ、まだ学園にはいられそうよ」
「あー、うん。今回は流石に本気で国外逃亡を考えたわ」
ふう、と安堵の溜息を吐きながら、しかしこれで振り出しに戻ったと彼女は唸る。ギーシュが偽物だという疑惑を調査していたら、容疑者が偽物だったのだ。最早何が何なのかさっぱり分からない。
「まあ、ただ一つ言えるのは」
少なくとも犯人は彼女よね。そう述べたルイズの言葉に異議を唱える者は誰もいなかった。
原作で死んでしまったキャラを死なないようにすることはあっても、その逆は基本やらない方向で。