ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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今回はギーシュがメインのお話、のはず。


バッドガール・トライアングル
その1


「一体僕の何がいけなかったと言うんだ!?」

「いや、全部じゃねぇの?」

 

 昼下がり、魔法学院のテラスの一角にて、悲痛な叫びを上げたギーシュに才人はそう返して溜息を吐いた。目の前に置かれている紅茶を飲みながら、それで、と話を促す。

 

「一体どうすると絶縁状態になるんだよ。浮気でもしたのか?」

「細かいことを聞かずに君は僕が全面的に悪いと抜かしたのかね!?」

「まあこの手の会話は大抵男が何かやらかしてるって相場が決まってるし」

 

 ぐ、とギーシュが言葉に詰まる。どうやら心当たりがあったらしく、「しかし」だの「あれは」だのと文章になっていない単語を紡ぎながら頭を抱えている。

 そんな彼の様子を見た才人はもう一度溜息を吐き、傍らに置いてあるティーポットから自分とギーシュの紅茶のおかわりを注ぐ。そして、目の前の彼の名を呼んだ。

 

「とりあえず話してみろって。何かいい方法が見付かるかもしんないだろ?」

「あ、ああ。そうだね……。あれはそう、三日前の事だった」

「近いな」

「そこに至るまでの過程として更に一週間ほど遡るが、まあそれは途中で話せるからね」

「成程な」

 

 才人の相槌を聞きながら、ギーシュは何が起こったのかを語り出した。彼の言う事件は三日前、食堂での一幕らしい。

 

 

 

 

 ギーシュとその恋人――少なくとも周囲はそう思っている少女、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシがお互いに談笑しながらデザートをつついているその時の話である。彼女を薔薇に例えて褒めちぎっている彼を見ながらまんざらでもない表情を浮かべていたモンモランシーは、しかしギーシュの背後から歩いてくる一人の女生徒を見て顔を顰めた。

 あれは下級生の、確かケティとか言ったかしら。そんなことを頭に浮かべつつ、彼女は何故こちらにやってくるのか思考を巡らせた。気障な仕草が時に滑稽さを生み出しているが、目の前の男は意外と女性に受けがいいのだ。軽薄そうに見えて芯がしっかりしているのもその評価に拍車を掛けており、こうして二人でいるにも拘らず声を掛けてくる女性は一人や二人ではない。

 逆に言えばそんな評価を持っている男性が自身に熱を上げているというのは誇れることでもあったが、だからといって言い寄る女を平然と見ていられるほどモンモランシーは余裕のある少女ではない。女としての魅力もそこまで自信はないからだ。

 だからいつギーシュが自分を捨てて別の女へと走ってしまわないかと気が気ではない彼女は、思わずその少女を睨んでしまったのも不思議ではあるまい。

 そして、その視線に気付いたギーシュが振り返ったのも不思議ではないだろう。やあケティと笑顔で手を上げた彼を見て、モンモランシーの表情は益々曇った。

 そして、その笑顔を見たケティが同じく笑顔で彼へと返す言葉を聞いたことで、彼女の中の感情は爆発した。

 

 

 

 

「あの時の二人きりの遠乗りはとても楽しかったです、って言ったのよあの子! それってデートでしょ!? あいつ、私がいるのに他の女とイチャイチャしてたのよ!」

「ああ、うん。そうなんだ」

 

 激高して叫ぶモンモランシーを見ながら、ルイズは頬杖をついたまま適当な返事を述べた。その表情は明らかにげんなりしており、この状況を望んでいないことが一目瞭然である。

 ちらりと横のテーブルを見た。悪友二人が我関せずといった顔でのんびりと紅茶を楽しんでいるのを見て、頬を引くつかせながら親指を立てた右拳で喉を掻っ切るような仕草を取った。そしてそんな彼女を背後に控えていたシエスタがこっそりとお盆で叩く。唇を尖らせながら、ルイズは諦めたように視線を目の前のモンモランシーへと戻した。

 

「んで、その後どうなったの? まあ誤解だったんなら今こんなことにはなってないんでしょうけど」

「そうなのよ!」

 

 バン、とテーブルを勢い良く叩く。怒りが収まらないのか、モンモランシーは鼻息も荒く半ば立ち上がる格好になり、コツコツと右手でリズムを刻んでいた。

 どうやらそれを聞いたギーシュは慌てることなくそれは良かったとケティに述べ、また次の機会があったらなどと続けたらしい。モンモランシーの目の前で、である。

 

「……いやもうそれ」

「そうよ! 完全な浮気よ! 私というものがありながら、目の前で! 浮気の約束を取り付けるなんて!」

「え? ……ああ、うん。そうなんだ」

 

 一瞬呆けた顔を浮かべたルイズは、心底やる気のない目でそう述べた。もうそう思うのならそれでいいんじゃないかな。そんなことを心の中で考えた。

 が、モンモランシーの尚も続ける話を聞いている内に、その表情も少しずつ変わっていた。やる気のない顔から、げんなりした顔に。元に戻ったともいう。

 

「えーっと。つまり、ケティって子とデートの約束をしたその直後にアンタに愛を囁きデートの約束をして、二人に詰め寄られたらどちらもとても魅力的だとか抜かしやがった、と」

「そうよ。信じられないでしょう?」

「まあ、信じられないわね」

 

 実際やっていたらただの馬鹿だ。そう結論付けたルイズは、ギーシュを思い浮かべああそうだ馬鹿だったと納得した。隣ではキュルケもタバサもやれやれと肩を竦めており、背後では気取られないよう肩を震わせているシエスタが視界に映る。どうやら全員一致で同じ結論に達したらしい。

 ふう、と溜息を吐いたルイズは、それでどうするの、と目の前の彼女に尋ねた。別れるのか、それとも奪い取るのか。あるいは別の何かをするのか。

 が、それを尋ねられたモンモランシーは、今までの勢いが削がれたように呻くと、視線をキョロキョロと彷徨わせ始めた。その仕草から、どうやら怒りで頭に血が上っていただけでその先を考えていなかったのが窺える。

 

「……じゃあ、しばらくは様子見かしらね」

「そ、そうね。うん、ちょっと向こうに頭を冷やしてもらわなきゃ」

 

 はいはい、とモンモランシーの言葉にそう返しながら、ルイズは関わりたくないなぁと溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

「関わりたくねぇ」

 

 ギーシュに連れられ歩いている才人は思わずそう呟いた。そんなことを言わないでくれとギーシュは彼に述べるが、しかしやる気は一向に湧いてこない。大体学院の生徒の大半は貴族でもない自分を毛嫌いしているのだから、むしろ邪魔にしかならないだろうと思うし実際言ったのだが、それでも才人の目の前にいるフリルシャツの金髪は聞く耳を持たなかった。

 

「ケティはそんな子じゃないさ」

「いやまあお前がそう言うならそれでもいいけどさ」

 

 はぁ、と溜息を吐きながら頭を掻く。とりあえずこじれたら逃げようと心に決めた才人は、あそこだ、とギーシュが指差した先に視線を向けた。

 同級生らしき女生徒と談笑している栗色の髪の可愛らしい少女が彼の言うケティらしい。成程、と頷いた才人は、彼の恋人だと思われる巻き髪の少女を思い出した。ルイズと交流はあるものの、どちらかと言うと高飛車で自分を見下すタイプのモンモランシーと温和そうなケティ。もし才人が選ぶとするならば。

 

「で、どうすんだっけ? 体良くモンモランシーと別れる方法だっけ?」

「違う! ケティに誤解を解いてもらってモンモランシーの機嫌を直すのさ」

「……なあギーシュ。悪いことは言わない、あの娘の方が多分いい恋人になってくれるぞ」

 

 普段どちらかと言うと尻に敷かれているギーシュを思い出し、才人はポンと肩を叩きながらしみじみと述べた。ちなみに彼の中ではイチャイチャしているギーシュとケティに場面が切り替わっていた。

 が、そんな才人の言葉にギーシュは首を横に振る。もしそうだとしても。そう述べ、真っ直ぐ彼を見て言葉を続けた。

 

「僕はね、モンモランシーが隣にいないと駄目なのさ」

「ギーシュ、お前……」

「そう、ケティを恋人にしたとしても、僕にはモンモランシーが必要なんだ。だから、君の提案と僕の提案は打ち消し合わない」

「うん、ちょっと尊敬した俺が馬鹿だった」

 

 早い話が別の恋人を作るのは問題ないが、彼女の機嫌は直さないといけない、である。どう考えてもダメ人間の発想であった。

 そんな発言を迷いなく言い切れるギーシュを見て、才人は再度溜息を吐く。出会った時は立派な貴族だって思ったのになぁ。そんなことを呟きつつ、まあもうどうでもいいやと肩を落とした。

 

「ところで、誤解って何が?」

「君は何を言っているのかね? 僕がケティと浮気をしたということについてだ。どうするとそんな風にモンモランシーが誤解したのか分からないがね」

「俺はお前の思考回路が分からねぇよ」

 

 どう考えても恋人の前でデートの約束を取り付けた部分だろう。そうは思ったが、しかしそれを述べてもギーシュには通用しなさそうだったので言うのをやめた。とりあえず話の続きを促すだけに留め、自身の中で色々と整理しようと思考を巡らす。

 

「一番手っ取り早いのは彼女自身に証言してもらうことさ。僕は浮気などしていない、とケティがモンモランシーに訴えてくれればそれで解決だ」

「ああ、うん。そうだな」

 

 そう思った矢先、彼の発言で才人はもう考えるのをやめた。何で目の前のこの男は女性関係になるとここまで駄目になってしまうのだろうか。答えの出ないその疑問が湧き出るが、しかしそれを瞬時に沈めた。

 では早速実行しよう。そう述べるとギーシュは才人の制止も聞かずにケティの所へと足を進める。爽やかな笑みを浮かべ彼女に挨拶をした彼は、息をするように彼女を褒め称え口説き始めた。ケティ自身もまんざらではない様子で、頬を染めながらそっと彼の手を取る。

 そんな光景を談笑していた女生徒は興味津々で眺め、連れて来られた才人はげんなりした様子で眺める。そしていつの間にか才人の隣に立っていたピンクブロンドの少女はジト目でその光景を見詰めていた。

 

「……いつからそこにいたんすか?」

「あいつがあの娘を口説き始めたとこからよ。先にモンモランシーを部屋に返しておいてよかったわ」

 

 もし彼女がここにいたら血を見る羽目になっていただろうから。そう続けると、ルイズはやれやれと頭を振った。

 同意するようにうんうんと頷いた才人は、そこでふと気付く。それはつまり、ルイズの方にはモンモランシーが話をしにいったのだ、と。ならば自分がギーシュから聞いた話と合わせてもう少しいい方法が浮かぶかもしれない。そう判断し、彼は彼女の方へと視線を向けた。

 

「多分そう変わらないわよ」

「男視点と女視点って結構違うもんなんだよ」

「ふーん。じゃあ――」

 

 ルイズが話した内容の大半はギーシュと同じであった。が、才人の言う通りそれから受ける印象は大分違う。ギーシュは浮気をしたことを誤解だとしてそれを解き機嫌を直してもらう為に行動を開始し、モンモランシーは怒り心頭ではあるもののその向ける矛先を決めかねているようであった。

 

「あれ? これギーシュがこのまま行動するとヤバいんじゃね?」

「……そうね。モンモランシーが落ち着いた頃に再び怒らせる光景しか見えないわ」

 

 まあでもあの様子を見る限り大丈夫でしょうけど。そんなことを言いながらルイズはほら、と向こうを指差す。才人がそこに視線を向けると、いつの間にかテーブルでお茶をしているギーシュとケティの姿が目に映った。あの様子では完全に当初の目的を忘れているようだ、と結論付けた彼は無言で視線を隣に戻す。肩を竦める主人が見え、もう帰ろうかなと項垂れた。

 そうね、というルイズの言葉を聞き、才人はギーシュにじゃあ俺帰るからと声を掛けた。聞こえていないのか反応しない彼を見ながらまあいいかと踵を返し、隣のルイズと歩き出す。疲れた、という呟きに、わたしもよ、と返された。

 

「恋愛って面倒よね」

「いやあなた婚約者いますよね」

「別にワルドとは恋人同士ってわけじゃないもの。大体それだって親同士が決めたことで、正直そういう対象っていうより憧れていたお兄さんって感じなのよ」

「あの髭面が憧れねぇ……」

「まあそうじゃなくてもここ最近恋愛絡みで面倒なことやってるんだから、いい加減勘弁してほしいわ」

 

 王宮で高笑いを上げる幼馴染を思い出しながら、ルイズはそう述べ溜息を吐く。そういえばウェールズ殿下の胃は大丈夫なんだろうかとついでにどうでもいいことが頭を過ぎった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、ルイズ達の教室は一触即発の空気が蔓延していた。理由は言わずもがな、ギーシュとモンモランシーである。彼女の方は突付いたらすぐにでも爆発しそうな威圧感を纏い、彼はそれをどうにかして解消しようと様子を窺っているようであった。

 そんな状態を変える決心がついたのか、ギーシュは意を決したようにモンモランシーに声を掛ける。何よ、とギロリと彼を睨み付けるその姿にも負けず、ギーシュは笑顔を浮かべて彼女を褒め称えた。今日も君は美しい、そんな言葉から始まり、薔薇に例えた褒め言葉を次々と紡いでいく。

 最初こそ仏頂面であったモンモランシーも、一応まだ恋人だと思っている少年から賛辞の言葉を並べ立てられれば少しずつその気持も和らいでくる。だが表面上は機嫌が悪い体を装い、もっと彼から言葉を引き出そうとしていた。まだまだ自分が受けたショックはこの程度では許せないのだ。そう言い聞かせ、仕方ないわねと言い出しかける口を必死で塞いだ。

 やがて歌劇一本分ほど褒めちぎられたモンモランシーは、ふぅと息を吐くとゆっくりとギーシュの方へと振り向いた。そこまでいうならば仕方ない。先程からずっと喉の手前で押し留めていたその言葉を吐き出すと、自分は器の大きな女だと言わんばかりに鼻を鳴らした。

 

「まあ、貴方みたいな男の恋人をやれるような女はわたしくらいだし、今回は許してあげてもいいわ」

 

 その言葉に、ギーシュはほっと胸を撫で下ろしたような表情を浮かべた。が、それと同時に少しだけ首を傾げる。何か気になることがあったのか、ねえモンモランシー、と目の前の彼女に声を掛けた。

 

「何?」

「僕達は、恋人同士だったのかい?」

「…………え?」

 

 不思議そうにそう述べたギーシュへと一斉に視線が集中する。お前は何を言っているんだ。視線でそう語るクラスメイト達に囲まれ、理由は分からないが居心地の悪そうに彼は頬を掻いた。

 その次の瞬間。彼は目の前の少女の平手打ちにより盛大に吹き飛んだ。机の上を数回バウンドし教室の壁に激突してようやく止まったギーシュは、そのままピクリとも動かない。

 

「何よ……どういうことよ……。わたしがいないとダメだって、ずっと一緒にいて欲しいって、そう言ったじゃない……。馬鹿、バカ、ギーシュの……ばかぁ!」

 

 腕を振り切り、ゼイゼイと肩で息をするモンモランシーは、そう言って泣きながら教室から飛び出す。誰もそんな彼女を追い掛けない、追い掛けられない。どうしていいか分からず、掛ける言葉は見付からず。

 教師がやって来るその時まで、そこにいた生徒達は彼女が出て行った扉と動かないギーシュを交互に見やるのみであった。

 




決めない時にはとことん決めないギーシュ。

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