ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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才人も頑張る決着編。


その4

 才人の斬撃を躱しながら、キュルケはさてどうしたものかと溜息を吐いた。流石にここで彼を消し炭にするという選択肢を取ることはしないし、出来ることならば正気に戻したいとも思うのだ。それは隣にいるタバサも同じようで、さてどうしたものかと難しい表情をしている。

 ルイズは――『地下水』はそんな才人の後方で嬉しそうに微笑みながら、援護を行おうと呪文の詠唱を始めた。それを見た二人は目を見開き、マズいと思わず距離を取る。

 そんな彼女達に向かい、風の刃が飛来した。え、と思わず素っ頓狂な声を上げてしまったキュルケは、その所為で一瞬反応が遅れる。呪文は頬と二の腕を掠め、それぞれに浅く切り傷を作った。

 

「ちょっと! ルイズが呪文撃ったわよ!」

「おかしい」

 

 同じように驚愕の表情を浮かべているタバサは、どういうことだと『地下水』を睨んだ。が、対する相手は何を驚いているのかといった顔で笑みを浮かべたまま、追加で攻撃呪文を繰り出す。氷柱が何本も打ち出され、相手を串刺しにせんと向かう。

 

「その程度の氷で、あたしの情熱は貫けないのよ!」

「だからキュルケの二つ名は『微熱』……」

 

 言いながら、二人は同時に呪文を放ち炎の竜巻を作り出した。氷柱はそれにより残らず溶かされ、水蒸気の雲が舞う。

 そこに紛れたのか、いつの間にか距離を詰めていた才人が刀を構えて目の前にいた。

 

「心配すんな、峰打ちだ!」

「攻撃してきてる時点で心配しかないわよぉ!」

 

 咄嗟に『ブレイド』を詠唱、炎の蛇腹剣を作り出したキュルケはその攻撃を慌てて受け止めた。タバサ、とキュルケが名を叫ぶのと同タイミングで杖を振り抜いていた彼女は、しかし才人が姿勢を低くして躱したのを見て舌打ちをする。

 

「無駄に強くなってるのがウザい」

「評価自体は同じだけど酷ぇ!?」

 

 凹むぞ、と項垂れた才人はステップで距離を取って『地下水』の隣に並んだ。やっぱり決め手に欠けるよな、と顎に手を当てながら頭を捻る。

 

「なあおい小僧。おめぇ本気であの二人と戦う気なのか?」

「ん? そりゃ、本気で戦っても負ける可能性特大なんだから、本気でやるしかないだろ?」

「そういう意味じゃねぇよ。マジで裏切ったのかって聞いてんだ」

「おいおいデルフ。俺はいつだって本気だぜ」

 

 サムズアップをし、悪戯を思い付いている子供のように才人は笑った。そんな彼を見たデルフリンガーは怪訝そうに鍔を鳴らし、もう好きにしろとぼやく。サンキュ、と返した才人は、再びキュルケ達へと突っ込んでいった。

 

「ねえタバサ」

「何?」

「よくよく考えれば、『地下水』の狙いは貴女なのよね」

「……キュルケも裏切るの?」

「何でよ!? あたしが時間稼ぐからタバサはその隙に逃げなさいって話!」

「やだ」

「即答!?」

 

 どのみちここで彼女を犠牲に助かっても追い付かれたら勝ち目がない。ならば戦力の整っている今の状態で倒す方がよっぽどいい。タバサはそう考えたのだ。

 まったく、とそんな彼女を見てキュルケは苦笑した。戦力半減しちゃってるのよ、と述べながら、タバサの隣で呪文の詠唱を始める。それをしながら、ふとそういえば気になったことを隣の親友に尋ねた。

 

「……ところで」

「何?」

「ルイズってどうやると元に戻るのかしら?」

「……」

「……」

 

 ちょっと一旦逃げようか。そう述べたキュルケの言葉に、こくりとタバサは頷いた。

 

 

 

 

 夜の帳が下りた町並みを、二人の少女が駆け抜ける。どうにかして相手を打破する方法を考えなくてはいけないのだが、しかし今のところいいアイデアは浮かんではいない。

 まずい、とタバサは呟いた。どうしたのかと彼女が見ている場所にキュルケが視線を向けると、ガリアの騎士達がタバサを捜しに歩いているのが見えた。何であれがと尋ねようとして、そういうことかと顔を顰めた。

 

「このままだとルイズが犯人として処罰されちゃうわね」

「少なくとも元に戻す方法が分からないと、最悪処刑される」

「……でもそうなると、トリステインの公爵三女をガリアが処刑したってことになって」

「戦争待ったなし。……どうしようキュルケ」

「ああもう泣かないの! 見付かる前にルイズを正気に戻せばそれでいいでしょ!」

「……泣いてない」

 

 分かった分かった、とタバサの頭を撫でながらキュルケは追い掛けてくる二人へと振り向く。こっちだ、と騎士達の捜索に見付からないように裏路地へと駆け込んだ彼女は、そのまま町外れの牧草地まで走り抜けた。

 開けた場所に出たのを確認した『地下水』は、キョロキョロと辺りを見渡し首を傾げる。別に誰かが潜んでいるようには見えないですけど、と目の前にいる二人に問い掛けたが、当たり前でしょうと返されてますます疑問を抱いた。

 

「貴女の始末はあたし達だけで済ませるのよ」

「……そっちも、その方が都合がいいでしょう?」

 

 そう言うとキュルケとタバサは杖を構えた。呪文を詠唱しながら、ちらりと視線を才人に向ける。移動の際に鞘に収めた日本刀を抜き放つと、ルイズの隣に立つように構えていた。

 タバサが牽制に呪文を放つ。それを跳んで躱した『地下水』は、一気に肉薄したキュルケへの反応が一瞬遅れた。とりあえず気絶させればと杖を突き出すが、しかしそれは割り込んだ才人に防がれてしまう。ああもう、と悪態を吐きながら距離を取ったキュルケだが、『地下水』が追撃に呪文の詠唱を完了していたのを見て目を見開いた。

 

「さっきからどうやって呪文撃ってるのよあいつ!」

 

 慌てて回避をしたキュルケは思わず叫ぶ。隣にやってきたタバサも分からないと首を横に振り、でも、と言葉を続けた。

 

「多分それがルイズを操っているのに関係している、かも」

「……情報無さ過ぎるのよねぇ」

 

 ガリガリと頭を掻いたキュルケは、忌々しげに『地下水』を睨んだ。ルイズの姿で微笑むそれを見て、彼女の中のイライラが段々と募っていく。

 そんな空気の中、どこか呑気な声が響いた。『地下水』の構えているデルフリンガーに向かい、ちょっと聞きたいことがあるんだけどと問い掛ける。

 

「ルイズって普段どうやって呪文撃ってんだ? 授業とかでは杖使ってたけど、こういう時杖持ってなかったし」

「俺っちの柄に杖が仕込まれてんだ。相棒がメイジらしく使う杖は予備で契約したやつさ」

「へー。じゃあさっきの呪文もデルフの柄を杖代わりにしてんのか?」

「あ? いや、違うな。あれは別の触媒を使ってやがる」

「……無駄話をしていないで、あの二人を戦闘不能にしなさいサイト」

 

 自身の持っている剣と会話する才人を見て、若干苛ついたように『地下水』はそう述べた。へいへい、と軽い調子で返事をした才人はちらりとルイズの体に視線を向けてから再びキュルケ達へと突っ込んでいく。

 いい加減にしろ、とキュルケはそんな彼に呪文を矢継ぎ早に放つ。が、これまでの修業の賜物なのか、回避するだけならば才人は問題なくそれを行えるらしく、攻めてはこないが当たりもしない。ひょいひょいと器用に避けるその姿を見て、キュルケのイライラは更に募っていった。

 

「落ち着いて」

「タバサ。生憎あたしは火のメイジ。クールよりホットがお好みなのよ!」

 

 がぁ、と吠えると十を超える火球を生み出した。逃げ道などないとばかりにそれを一斉に才人に放つ。それを見た彼はちょっと挑発し過ぎたかと冷や汗を流し、しかし次の瞬間表情を真剣なものに変えた。

 

「バカ! 俺ばっか見てんじゃねぇ!」

「え? ――あ」

 

 横から放たれた風の槌によりキュルケは盛大に吹き飛ばされた。地面に落ちる前にタバサが受け止めたので外傷はそれほどでもないが、しかし認識外からの攻撃は予想以上にダメージが大きかったらしい。クラクラとするする視界の中、ごめんタバサとキュルケは呟いた。

 

「立てる?」

「大丈夫。けど、ちょっと戦闘は待って欲しいかも」

「ん。なら、離れて見てて」

「そういうわけにも」

「いいから」

 

 有無を言わさぬタバサの言葉に、キュルケは思わず口を噤む。回復したらすぐ参加するからと述べると、彼女は戦闘区域から距離を取った。

 そんなキュルケを視線で追っていたタバサだったが、ふう、と溜息を吐くと『地下水』を睨む。氷のように冷たいその視線は、彼女が怒りを露わにしている証拠でもあった。

 

「ルイズの体を乗っ取って、キュルケを傷付けた」

 

 許せない。短くそう述べ、タバサは素早く詠唱を開始した。相手は悪友の体を盾にしている。自分が彼女を殺せないと分かっているから、余裕を持っている。

 ならば、やることは一つ。

 

「首ぐらいなら、折れても治せる」

 

 杖を目の前で回転させ、風と水を両端に帯びさせる。目の前の相手は悪友だけど、今は敵。とりえあえず全力でぶっ飛ばしてから後は考えればいい。そういうことよ、とピンクブロンドの少女がサムズアップしている姿を思い浮かべながら、タバサは遠慮なくその呪文を放った。

 氷の嵐が吹き荒ぶ。目の前の相手を凍らせ、粉々にせんと迫り来る。まさか、と目を見開いた『地下水』は、懐に忍ばせておいたナイフを取り出しそこに魔力を込めた。

 目の前に襲い掛かる嵐を相殺せんと、彼女自身も『アイス・ストーム』を放つ。ルイズの中にある精神力はかなりものであったようで、タバサのそれとぶつかり合った氷の嵐は勢いを失わず、逆にタバサへと襲い掛かった。

 

「……っ!?」

 

 嵐に飲み込まれ吹き飛ばされたタバサは、ギシギシと痛む体に鞭を打ち体勢を立て直す。ドサリ、と何とか両足で着地したものの、しかし立ち上がるには暫しの時間が必要そうであった。杖を支えにして何とかその時間をゼロにすると、真っ直ぐに『地下水』を睨み付ける。

 

「それが……本体ね」

「……どうやら気付かれちまったみたいだな。そう、俺が『地下水』。握った者を操ることの出来るインテリジェンス・ナイフよ」

 

 やれやれ、と肩を竦めた『地下水』は、ルイズの口ではなくナイフの方から言葉を発する。まあ気付かれたところで今更どうしようもないだろうけどな、とルイズの口角がニヤリと歪められた。

 

「……貴方の目的はわたしの暗殺?」

「まあ、そんなところさ。ガリアが混乱して欲しい輩ってのは結構いるもんなんだよ」

 

 それを知ってもどうにもならねぇだろうけど。そう続けると、『地下水』はゆっくりとタバサにナイフを突き付け呪文の詠唱を開始した。キュルケが慌てて駆け寄ってくるが、まだ万全ではないその状態では彼女を助けることが出来ない。やめて、と悲痛な叫びが木霊する中、完成された風の刃がタバサの首を落とすために放たれる。

 その直前、一閃の下にルイズの持っていたナイフが切り裂かれ吹き飛んだ。

 

「あ?」

「へ?」

「――え?」

 

 ルイズの手から離れたナイフは、『地下水』はクルクルと宙を舞う。一体何が、人間であれば驚愕の表情でも浮かべていそうなそんな声を発しながら、自身をこの状態にした人物を視界に収めた。

 居合で手から弾き飛ばし、追撃をせんと刀を振り被っている才人を。

 

「な、何で……?」

「何でも何も。俺は最初っから寝返ってなんかいないっての」

 

 べぇ、と悪餓鬼のように舌を出した才人は、そのまま『地下水』を真上に打ち上げた。天高く吹き飛ばされ、そして勢い良く落下する。柄の部分を少し残し全て地面に突き刺さった『地下水』は、とどめとばかりに才人の振り下ろしで完全に地面へ埋め込まれた。

 

「敵を騙すには、まず味方から。ってな」

 

 はっはっは、と高笑いを上げる才人を眺めながら、力の抜けたキュルケとタバサはその場でヘナヘナとへたり込んだ。

 

 

 

 

 

 

「ふえ?」

「あ、気が付いたみたいね」

 

 ルイズが体を起こしキョロキョロと辺りを見渡すと、そこはどうやらどこかの屋敷の一室のようであった。宿屋で『地下水』を撃退してからの記憶が曖昧な彼女は、一体何でこんな場所にと首を傾げる。

 ねえキュルケ、と視線を隣に向けた彼女は、そこで思わず目を見開いた。

 

「ちょっと、みんなボロボロじゃない!? どうしたのよ!?」

「あー、うん。ちょっと『地下水』と派手にやらかしたのよぉ」

「え? わたしが寝てる間に、ってこと?」

「そう。貸一つ」

「むぅ……」

 

 何だかよく分からないが、気付いたらこんな場所で寝こけていた以上真実なのだろう。護衛の依頼を碌に果たせなかったと項垂れたルイズは、タバサにごめんなさいと呟いた。

 そんな彼女をタバサは撫でる。それに続くようにキュルケもルイズの頭を撫でた。

 

「ちょ、何すんのよいきなり。くすぐったい、ってか気色悪い!」

「あ、ははははっ! 気にしないの。いいから大人しく撫でられておきなさいな」

「これくらいやっても、バチは当たらない」

「何が!? ねえちょっと状況がよく分かんないんだけど!? サイト、ちょっと説明――」

 

 撫でられながら視線を動かしたルイズは思わず止まる。両頬を赤く腫らした才人がよお、と呑気な笑顔を向けてきていたからだ。それも『地下水』にやられたのか、と問うと、まあそんなところと曖昧な答えを返された。

 

「まあ俺もキュルケ達の意見に賛成だから、今回は素直に撫でられろ」

「何よその言い方! 何かすっごいムカつくんだけど! あ、ちょっとサイト、こっち向きなさいよ! 説明! 説明しなさい!」

「その命令には従えませんねご主人様、っと」

 

 くるりとルイズから視線を逸らした才人は、ふう、と安堵の溜息を吐いた。あの後『地下水』を倒したのはいいものの、本当にこれでルイズが元に戻るか心配していたのだ。それはキュルケもタバサも同じであり、だからこそのあの態度であった。

 ちなみに才人の頬は別件で「何が敵を騙すにはまず味方からだふざけるな」と彼女等から引っ叩かれた結果である。

 さてと、と彼は体を伸ばす。今日はもう遅いし、そろそろ寝ようぜ。そう三人に述べると、それもそうねとキュルケとタバサはルイズから離れた。

 

「明日は園遊会だろ。タバサは居眠りなんか出来ないだろうし」

「心配ない。わたしは目を開けたままでも余裕で寝られる」

「そこ自慢するとこじゃなくねぇ!?」

「それに」

 

 明日はちゃんと護衛してくれるでしょ、と彼女はルイズに視線を向けた。へ、と一瞬呆けた顔をしていたルイズは、当り前じゃないと拳を突き上げる。

 それを見たタバサは微笑を浮かべ、なら何も心配はない、と述べた。

 

「じゃあ、わたしは部屋に戻る」

「ええ。おやすみタバサ」

「おう、おやすみタバサ」

「うん、おやすみタバサ」

 

 三人がそうやってヒラヒラと手を振るのを見ながら、タバサは――シャルロットはおやすみと告げて部屋を後にした。

 その顔には、最早不安の色は何もなかった。

 




終わりよければ全て良しエンド

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