ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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一応それぞれの話ごとにある程度の流れとオチを考えてから書いてはいます。
本当デスヨ?


その3

 尋問の結果はシロであった。というよりも、襲い掛かってきた記憶も無ければどうしてここにいるのかも分からないという始末。そもそも今回の訪問に彼女は参加する予定ではなかったというところまできてしまった。

 まあしょうがないからこのままこちらで仕事するように言い含め宿に戻らせたタバサは、この状況について頭を抱えた。何せ、予定にない人間が紛れ込んでいても誰も指摘せず、こうして襲い掛かられてやっと分かるほどだ。管理が杜撰なのか、はたまたカステルモールが言っていたように全員『地下水』の呪文により洗脳された容疑者なのか。

 

「管理していた人間が操られていた、じゃ駄目なの?」

「……今回の訪問の人員を集めたのは、姉さま――イザベラ王女なの」

「それってつまり……」

 

 ルイズの言葉にタバサは首を横に振った。それは違う、と。流石に彼女が操られていれば分かる、そう言ってタバサはその可能性を否定した。だからもし管理を書き換えるのならば、その後指示を出した人物だと続けた。

 

「それって、あのミスタ・カステルモール?」

「そうなる。けど……」

 

 それもタバサとしては否定したかった。確かに変なところはあるし無駄に頑固だが、そう簡単に操られるほど彼は弱くはない。加えるなら、今回の移動で一番顔を合わせる回数が多かったこともあり怪しい動きをしているのならばすぐに分かる。

 あくまで彼女の推測と希望的観測なのだが、どうにも犯人は違う場所にいるような気がしてならなかったのだ。

 

「まあ、とりあえずはもう一回相手が襲って来てから考えるしかなさそうねぇ」

「そうなる」

 

 キュルケの言葉にタバサは頷く。そんな二人を見て、ルイズは楽観的ねと肩を竦めた。

 

「何言ってるのよ。貴女が普段からやってることでしょ?」

「むしろさっきのはルイズが言うべきセリフ」

「そう? そんなこといつもわたし言ってるっけ?」

 

 自覚がないのか、と二人は揃って溜息を吐く。ひょっとしたら息をするように力押しだから本当に気付いていないのかもしれない。そう結論付けまあいいやと諦めた。

 とにかく今日はもう寝よう。そう言って自身の部屋に戻ろうとするタバサであったが、そういえば窓を叩き壊したことを思い出した。窓ガラスが散乱しているベッドで寝るのは初めてではないが、もうこの際だからこのまま適当な場所で雑魚寝でもしよう。そんなことを思いながら、彼女はキュルケとルイズを見た。

 

「二人はどうするの?」

「部屋もないし、このままここで雑魚寝かしら」

「乙女の発言とは思えないわね」

「酒場のテーブルで夜を明かすよりはまだ女らしいわよ。っていうかその言葉はそのまま貴女に返すわぁ」

「確かにさっきのはルイズのセリフっぽい」

「……人の言葉取っといて文句はどうかと思うわ」

 

 違いない、とキュルケは笑う。そんな二人を見てタバサも口角を上げた。暗殺騒ぎがあっても、こうやって悪友と馬鹿をやれるなら気分を落ち着かせることが出来るし、不測の事態にも耐えられる。そんなことを思いつつ、彼女はそのまま長椅子にゴロリと横になった。

 ちなみに我に返った才人がやってきたのはもう少し経ってからである。

 

 

 

 

 

 

 アルトーワ伯の領地に着いた一行は、街全体が歓迎をしてくれているのを見て各々の反応を見せた。ルイズとキュルケはまあそんなものだろうと納得し、才人は流石お偉いさんは凄いと感心している。

 そんな三人とは別に、タバサはアルトーワ伯へと挨拶をしていた。わざわざ出向いてきた彼に、彼女はペコリと頭を下げる。こちらが招待したのですから頭を下げるのはこちらの方です、と人の良さそうな笑みを浮かべた伯はそのまま自身の屋敷まで案内を行った。翌日行う園遊会の準備は既に庭園内にされており、どうやらその時の目玉はダンスらしい。

 そんな話を聞きながら部屋に通されたタバサは、早速護衛の傭兵メイジをここへ、と控えていた兵士に命令した。ここまでの彼女とあの三人のやりとりで事情を知った兵士は分かりましたと特に疑うこと無くその命に従う。

 暫くして、ルイズとキュルケ、そして才人がタバサの部屋へとやってきた。

 

「どうしたのよ。アルトーワ伯に何かあったの?」

「違う。一人は暇」

「相談とかじゃねぇのかよ。いやまあいいけどさ」

「まあ、あたし達も暇だし、いいんじゃないかしら」

 

 じゃあちょっと街にでも行こうか、というルイズの提案に頷いた一行は、護衛を連れているから大丈夫とそのまま四人で部屋を出た。途中カステルモールがタバサに困った顔でお小言を述べたが、最終的には折れて許可を出してしまった。絶対に危険な目に遭わせないようにと三人を睨んだが、任せろと軽い調子で言われふんと鼻を鳴らす。

 

「過保護ねぇ、あの人」

「タバサは普段もっと危険なことやってるような気がするんだけど俺」

「だとしても、今回は別なんでしょ。なんてったって護衛される側だし」

 

 ねえ、とルイズはタバサを見る。こくりと頷いた彼女は、でもそれはそれで窮屈だと肩を竦めた。本音としては目の前の三人と一緒に大立ち回りをする方が精神的にも楽なのだ。

 そんな会話をしながらぶらぶらと街を歩く。トリスタニアやリュティスに比べると何も無い場所ではあったが、しかしつまらないかといえばそんなことはない。新しく見る景色というのは、何だかんだで心をワクワクさせてくれるものなのだ。特に才人は相変わらずファンタジーで新しい街に来た主人公気分を味わってはしゃいでいる。

 

「何かダンジョンとかないんだろうか?」

「普通の街なんだから、あるわけないでしょ」

「そりゃそうか」

 

 毎度の会話であるが、どうも最近はお約束として彼もわざと言っているようだ。それが分かっているから、キュルケもタバサも笑いながら才人に返す。普段はルイズが返事をするのだが、今回はまるで初めて聞いたかのような表情をしていた為に反応が遅れてしまった。結果としてキュルケに出遅れてしまったのだ。

 適当な店を冷やかし、おすすめの場所を尋ね。そんなことをしている内に、日も傾いてきた。暗くなってきた町並みを見ながら、そろそろ帰ろうかとキュルケは皆に問う。そうだな、という才人に続くようにタバサもルイズも頷いた。

 

「今日はちゃんとしたベッドで寝られるのかしらね」

 

 帰り道にキュルケがそんなことを述べる。アルトーワ伯が全員の客室を用意してあるはずだから大丈夫だとタバサが答えると、そうよね、とどこか不安げに彼女は頷いた。

 どうしたの、とそんなキュルケの態度に何かを感じたのかタバサが尋ねた。ちょっとね、と言葉を濁したキュルケは、少し困ったように頬を掻きながらルイズを見やる。

 

「ねえルイズ」

「どうしたの?」

 

 キュルケの言葉に才人と話していたルイズが振り向く。その表情に何か異常は見られず、普段通りの彼女だと自身の目は訴えかけてくる。だが、とキュルケは自分の視覚を疑った。いつものルイズなのに、どうしても彼女はそれがルイズではないような気がしてならなかったのだ。

 才人もタバサも疑問を持っていない。が、キュルケだけは、この中で一番ルイズとの付き合いが長い彼女だけは、どうしても違和感が拭えなかったのだ。

 

「昨日酒場で話してたこと、覚えてるかしら?」

「何よいきなり。何か変なこと言ってたっけ?」

「ううん、別に変な会話はしてないわ。好きなものとか嫌いなものとか、そんな会話してただけよ」

「そうだっけ? お酒も入ってたしよく覚えてないわね」

 

 首を傾げるルイズの仕草は自然だ。だが、あまりにも自然過ぎてそれがキュルケにとって不自然に映る。まるで誰かがルイズを演じているように感じてしまう。

 何か切っ掛けがあれば。そんなことを思いながらキュルケはルイズとの会話を続ける。自身の疑問を解決する糸口を探す。

 が、どうにも上手いアイデアが出てこないキュルケは、少し乱暴に頭を掻くと視線をルイズからその背中に移した。ねえデルフ、と大剣に向かって声を掛ける。

 

「あん? どうしたキュルケ」

「ちょっと聞きたいことが――」

 

 そこで彼女は言葉を止めた。ルイズがびっくりしたような表情を浮かべていたのを見たのだ。思わず背中に視線を向けている彼女は、まるで自分の背負っている大剣が喋るのを初めて知ったようで。

 

「あったんだけどまあいいわ。ありがとデルフ、おかげでよく分かったわぁ」

「ああ、相棒のことか? よく分かったんならそりゃ良かった」

 

 カタカタと鍔を鳴らしながら笑うデルフリンガーにウィンクを飛ばし、杖を引き抜く。一体何を、と怪訝な顔を浮かべるルイズに向かい、もう猿芝居はいいわよ、とキュルケは告げた。ちらりと視線を横に向けると、才人もタバサもルイズの異変に気付いたのか身構えている。

 それを眺めたルイズは、やれやれと少し困ったように頭を掻いた。

 

「まさか背中の剣がインテリジェンスソードだとは、誤算でした」

「まあ、一介の傭兵メイジが持ってるような武器じゃないものねぇ」

 

 口調を変え、正体を隠さなくなったルイズはキュルケの言葉にその通りと返す。意外と大物なんでしょうか、という問い掛けに、彼女はさあねと笑った。

 

「で、貴女が『地下水』?」

「おかしなことを聞きますね。わたしはルイズ・フランソワーズ、シャルロット様の護衛である傭兵メイジですよ」

 

 言いながら『地下水』は大地を蹴る。キュルケの懐に一気に飛び込んだ彼女は、そのまま背中の大剣を振るった。が、それをステップを踏むように躱したキュルケは、唱えていた呪文をカウンター気味に放つ。

 それを飛び退って躱した『地下水』は、体の動きを確かめるようにぐるりと首を回した。

 

「成程、流石はわざわざ護衛に雇われるだけはありますね」

「そういう貴女は、噂の割に大したことないわね」

「自惚れは、身を滅ぼしますよ」

 

 姿勢を低くし大剣を大地に付けるように構えた『地下水』は、その刃で地面を削りながら駆けた。何を、とキュルケが思う間も無く、剣を振り上げ砂を巻き上げる。

 しまった、と手で砂を防いだ時は既に相手は刃を振り上げていたところで。

 

「生憎、相手は一人じゃねぇんだよ!」

 

 割り込むようにその斬撃を弾いた才人は、ルイズの顔をした相手に向かって遠慮なく日本刀の一撃を叩き込んだ。ち、と舌打ちした『地下水』はバックステップでそれを避けると、やれやれと肩を竦めた。

 

「いきなり女性に斬り掛かるなんて、物騒ですね」

「はっ。ルイズならそんなことしても余裕で反撃してぶちのめすっての」

「……そんなことをするんですかこの体の持ち主は」

 

 意外だ、と言うような表情で『地下水』は己の体を見やった。小柄で、華奢で。確かに腕は立つが、そんなことをやれるような輩には見えなかったのだ。純粋な体術であれば男の騎士には及ばない。そういう風に思っていたのだ。魔力量は充分以上であるため、後の動きは『地下水』の知識で補えばいい程度に考えていたのだが。

 

「これは、少し認識を変えなくてはいけませんかね」

「何ごちゃごちゃ言ってんだよ」

 

 才人がそんな『地下水』へと斬り掛かる。おっと、とそれを受け止めた彼女は、ならばと力任せに相手を押し返そうとして怪訝な表情を浮かべた。先程の話では余裕であるはずのそれを行おうとして、動きを止めた。

 じりじりと鍔迫り合いに負けていく。それをチャンスだと才人の背後で呪文を唱えているキュルケが見えた『地下水』は、己の技術で彼の体勢を崩し距離を取った。

 

「……何だ、この体は? スペックは高いが運用が出来ない。思ったより厄介ですね」

 

 当初の予定通りに使うことは可能だが、先程の話を聞く限りそれではこの体を使う意味が薄くなってしまう。これからの主力にしようと思っていたが、どうやら普段通りの使い捨てになりそうだ。そこまでを考え、大剣をゆっくりと構え直す。

 

「おう、『地下水』さんよ。相棒を使いこなせてないようだな」

「何が言いたいんですか?」

「全然弱ぇ。本当に相棒操ってんのかよお前。それじゃあ相棒の姿をしただけの偽物と変わんねぇぜ」

「……うるさい剣ですね」

 

 遠回りに自身の正体についての秘密に触れられてしまった『地下水』は、そんなデルフリンガーの言葉に忌々しげに顔を歪めた。

 

 

 

 

「……あれホントに洗脳か? 違うんじゃねぇの?」

「違う?」

 

 二人のやりとりを聞いていた才人が怪訝な顔を浮かべる。タバサはそんな彼の言葉を聞いてどういうことだと問い掛けた。『地下水』は強力な水のメイジ、何かしらの手段を使ってルイズを洗脳したのだろうと思っていた彼女にとって、才人の言葉に引っ掛かりを覚えたのだ。

 

「ルイズのふりをする別人格を植え付けたとかじゃないの?」

「さらっととんでもないこと言うな。いやでも、なんて言うんだろうな。洗脳っていうより体を乗っ取ったような、そんな気がするんだよ」

「……面白い考察をする少年ですね」

 

 つい、と『地下水』は視線を才人に向けた。ふむ、と彼の近くまで歩くと、その顔をじっと見詰める。姿形はルイズなので、才人は若干照れたように視線を逸らした。

 残りの二人はまだ気付いていない。となれば、この少年をこちら側に引き入れれば少なくとも自身の秘密を暴かれる可能性は低くなる。そう判断し、『地下水』は才人に向かって言葉を紡いだ。

 

「昨日の動きやさっきの立ち回りを見る限り腕もある程度立つようですし……貴方、こちらの仲間になりませんか?」

「は?」

 

 何を言ってるんだ、と才人は逸らしていた視線を元に戻す。目の前のルイズの顔はニコリと笑い、別に悪くない取引だと思うのですがと述べた。報酬もきちんと払うし、ある程度は依頼の選り好みをしても構わない。そんな条件を次々と述べながら才人を勧誘する『地下水』だったが、どうにもいい顔をしない才人を見てふと何かを思い付いたように手を叩いた。

 

「じゃあ、この体はどうです?」

「……え?」

「こほん――サイト、わたしの体好きにしていいから、『地下水』の仲間になって」

「る、ルイって違う違う! テメェ他人の体に何を」

「ほら、わたしのここ、よーく触ってもいいから」

 

 才人の手を取り、ゆっくりと自分の胸に押し付けた。小ぶりながら形の良い胸の感触が、才人の手にむにゅりと伝わる。その柔らかさが脳に届き、彼の動きがピタリと止まった。

 そんな才人を見て少し顔を赤くしながら微笑んだルイズは、そのままゆっくりと彼の頬に顔を近付ける。唇をそっと才人の頬に触れさせた彼女は、お願い、と艶っぽい声で述べた。

 

「よーし俺頑張っちゃう!」

「きゃー素敵サイトぉ」

 

 日本刀を一振りした才人は、キュルケとタバサに向かいそれを正眼に構えた。任せろ、と気合充分に二人を見る目は、真っ直ぐでそして真剣であった。

 無論、相対する二人の目は非常に冷めたものになっている。

 

「……キュルケ」

「流石にここで色仕掛けし返してサイト取り戻しても何だかなって思うわぁ」

「確かに」

 

 はぁ、とキュルケとタバサはお互い顔を見合わせ溜息を吐いた。

 




ルイズのために仲間と敵対する才人(棒読み)

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