ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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何だか珍しく原作沿いみたいな話。


その2

 アルトーワ伯の治める都市へと向かう馬車の中で、一人の男が非常に不満そうな顔を浮かべていた。名をバッソ・カステルモール。ガリア東薔薇騎士団の一騎士であり、シャルルに忠誠を誓う男の一人だ。当然その忠誠は娘であるシャルロット――タバサにも向けられている。

 そんなわけなので。

 

「つかさ、これ俺完全にただの足手まといなんじゃねぇの?」

「そんなことないわよ。サイトだって最近大分強くなってきてるし」

「自分では分かんないんだよ、その辺」

「んー。そうねぇ。タバサはどう思う?」

「とりあえずワルドと戦える時点で優秀」

「マジで!? 初対面の感想が弱そうだったタバサから優秀とか言ってもらえると何か感動するな……」

「その汚い手を離せ下郎が!」

 

 思わずタバサの手を握った才人に向かい、カステルモールは激昂しながらそう叫ぶ。その迫力に驚いた才人は手を離しおっかなびっくり彼女と距離を取った。彼のその行動を満足そうに見たカステルモールは、やり遂げたような顔でタバサへと顔を向け。

 

「……邪魔」

「シャルロット様!?」

 

 嫌そうな顔でそう返されショックで固まった。タバサにしてみれば、悪友達との会話は父親と伯父に色々と嵌められたことや従姉の仕事を任せられていることで失っている余裕を回復する手段の一つであるために、なんてことないように見えて重要な事なのだ。それを遮るカステルモールは邪魔者以外の何者でもない。

 更に言ってしまえば、現在彼女の乗っている馬車はカステルモールを除くとルイズ、キュルケ、才人しかいないので深く考えるまでもなく邪魔なのだ。が、流石にその辺りを口に出すほどタバサは王族の血に染まっていない。

 

「それで、『地下水』だけど」

 

 さらりと重要な事柄を傭兵メイジに話してしまうタバサを見てカステルモールは目を見開く。そういうことは内密に、と進言するが、彼女は別に問題無いと取り合わない。それが信頼から来ることだということに気付いた彼はその表情を悔しげに歪めた。

 

「……なあ風のメイジってあんなんばっかなのか?」

「別にそういうわけじゃないと思うわよ。ほらマリコルヌとか――は変態だから、ワルド――は変態なのよね。母さまは娘のわたしが言うのも何だけどアレだし、ウェールズ殿下はあの姫さまが好みって言ってる時点で相当精神がおかしいわ。……あれ?」

「タバサが風のメイジでしょ」

「わたしは風と水のメイジ。風特化のメイジに分類されると困る」

 

 言外に変態と一緒にするなと述べたタバサは、そんなことより話を続けようと話題を元に戻した。正体不明の傭兵メイジ『地下水』、今回の任務はそいつを撃退することも含まれているのだ。

 

「つっても、正体不明なんだろ? 対策立てられねぇじゃん」

「まあ行き当たりばったりはいつものあたし達の十八番よねぇ」

 

 そう言ってクスクス笑いながらキュルケはルイズを見やった。何か文句あるのか、と言ったような視線を返したルイズは、せめて性別でも分かればね、とぼやく。

 そんな彼女の質問に、タバサはゆっくりと首を横に振った。何せ『地下水』の噂は膨大な眉唾で出来ていて、小さな少女だというものから年老いた翁だというものまで様々なのである。そこから導き出された仮説の一つが、『地下水』は水の呪文を得意とし洗脳術に長けているというもの。

 

「ん? じゃあひょっとしてこの王女様ご一行の中に」

「その可能性は否定出来ない」

 

 マジかよ、と才人は顔を顰める。そんな彼に向かい、カステルモールが今のところ一番怪しいのはお前達三人だと述べた。

 何を言っているんだといった表情を浮かべた三人は、しかしすぐに肩を竦める。まあ確かにそれはもっともだと納得したのだ。何せ王の気まぐれで呼ばれた傭兵だ、怪しむなというのは無理がある。

 

「彼女達は違う」

「いくらシャルロット様の知己といえども、これは譲れません。同様に、この私も無論その容疑者の一人であります」

 

 つまりは全員を疑っておけということであるが、流石にそんなことをしては疲れてしまうとタバサは溜息を吐いた。そして同時に、イザベラはこういう状況で過ごしているのかと考え気分が落ち込む。成程過労で倒れるはずだと納得したように目を伏せた。

 せめて、この仕事は成功させて彼女の気分を楽にさせてやろう。そう考え、タバサはもう一度気合を入れた。

 

 

 

 

 

 

 王族の権威を示すため、そこに向かう馬車は従者や護衛などを合わせ何台も連なっている。当然時間も掛かるので、目的地には出発した日には到着出来ない。

 そんなわけでとある宿場町にて一泊となったわけだが、問題はここであった。何せ大量の人がいる。宿という宿はあっという間に埋まってしまったのだ。無論タバサはこの集団のトップであるため街一番の宿の部屋が割り当てられているが、問題は残りである。

 

「流石に増えた傭兵分の宿は無いってのは駄目でしょ」

「あの髭野郎の嫌がらせじゃねぇの? ワルドといいあいつといい、俺こっちの髭嫌いになりそう」

「と、いうか。やっぱりあのタバサの一言が問題だったんじゃないかってあたし思うのよねぇ」

 

 彼女達はわたしと一緒の部屋でいい。迷うこと無くそう述べたタバサは、カステルモールにより問答無用で連れて行かれた。残された彼女達に突き刺さる視線が非常に痛かったのは記憶に新しい。

 

「……なんというか、ちゃくちゃくと王族の血が目覚めているわね」

「それタバサに言っちゃ駄目よ。あの子本気で嫌がるから」

 

 とにかく自分達で宿を確保しなくてはいけない。そう結論付けたルイズとキュルケはどうしたものかと宿場町を歩く。どの宿を見てもシャルロットお付の者達が部屋を占領しており、ルイズ達が入り込む余地は無さそうであった。

 一通り回って全滅したのを確認した三人は、宿屋の階下にある酒場のテーブルで適当に夜を明かそうと足を進める。何だかんだで冒険者慣れしている彼女達は、この程度はどうということはないのだ。

 

「まあそういう話をすると姉さまが怒るんだけどね。公爵家ともあろうものが何事だ、って」

 

 ワインを傾けながらルイズがぼやく。そんな彼女を見てキュルケは楽しそうに笑った。

 その会話についていけないのが才人である。ルイズの姉はあの女神のオーラと修羅のオーラを同時に持ち合わせるカトレアしか思い浮かばない。そしてカトレアはルイズの現状を知っていて特に何も言ってはいなかった。そこまで考え、じゃあ一体『姉さま』とは誰なんだと首を傾げることとなるのだ。

 

「あれ? サイトに言ってなかったかしら」

「言ってない、はず。……あー、いや待った。二人の姉がいるってのはカトレアさんの領地に行く時にそういや聞いた」

「そう。今の話はその一番上の姉、エレオノール姉さまのことよ」

「へー」

 

 ルイズを見て、カトレアを思い浮かべる。そこまでを行った才人は、少し短めのピンクブロンドをした女性が困ったように怒る姿を思い浮かべた。胸は巨乳である。

 

「サイト、一応言っておくけど、エレオノールさんの胸はぺったんこよ」

「……え?」

「おい使い魔。今「じゃあこの胸もひょっとして成長しないんじゃ」とか思ったな?」

「いやいやいや! 俺の予想と違ったなって思っただけ! ルイズの胸は大きさ関係なく非常に素晴らしき絶景でした!」

 

 さらりととんでもないことを口走ってしまった才人であったが、幸いな事にルイズには気付かれなかった。キュルケは分かっているのかいないのか、じゃあその予想はどんなものかを問い掛けている。話題を逸らそうと必死だった彼は、一も二もなくそれに飛びついた。

 

「あっはははははっ!」

「姉さまは父さまに似た綺麗な長い金髪よ。ちょっとつり目気味で眼鏡を掛けてるわ。まあつまりアンタの予想は全滅」

「へぇ……イメージ湧かねぇや。ルイズの親父さんも見たこと無いからなぁ」

 

 昔三馬鹿とか呼ばれてたってことしか知らない、と続けた才人に、ルイズは少し困ったように本人の前では言わないように釘を刺した。ラ・ヴァリエール公爵的にそうやすやすと触れられて欲しくない部分らしい。

 そんな彼女の家族の話題から、やがて自身の故郷の話へ、お互いの身の上へと会話は流転していく。ワインを飲みながらの酒の席の会話だ、そこに中身はほとんどない。

 

「そうそう、わたしカエル嫌いなのよ」

「で、あたしは雨が嫌い」

「あ、意外と共通してんのね」

「そう言われてみれば、確かにそうかも」

「道理で雨の日はお互い愚痴が重なるわけねぇ」

 

 笑いながらぐいっとワインを飲む。才人は何か嫌いなものは無いの? という問い掛けに、体育の先生が嫌いだったなぁと何かを懐かしむように答えた。

 

「タイイク?」

「地球の学校の授業の一つで、強制的に運動をするのがあるんだけど。まあその先生がめんどくせぇ性格しててさ、やれ気合が足らんだの、そんな動きじゃ話にならんだの、色々と文句をつけてはしごいてくるゴリラみたいなオッサンで」

「ふぅん。ルイズに似てるわね」

「……あー、言われてみれば」

「わたしのどこかゴリラだってのよ!」

「そこじゃねぇよ」

 

 ツッコミを入れながらワインを飲む。ぷは、と酒臭い息を吐きながら、ちょっとペースを落とそうと才人はミルクを頼んだ。

 既に夜も更け、残っている客もほぼいない。恐らくそう経たない内に注文も打ち切られてしまうだろう。それをちらりと横目で確認しながら、まだ残っている目の前の飲み物に口を付ける。

 

「ん?」

 

 そんな彼女達の視界に人影が映った。窓の外、ちょうど酒場の明かりで照らされたそこから、一人の女性が歩いているのを見たのだ。こんな時間に一体何なんだ、そう思い首を傾げた三人は、思わず外に出てその背中を目で追ってしまう。

 どうやら彼女はある宿を目指しているようであった。この宿場町で一番の高級宿であるそこには、ガリア王族にしてルイズ達の悪友な今回の護衛対象、シャルロット・エレーヌ・オルレアンが宿泊している。

 

「まさか」

「可能性は無いとはいえないけど、ねぇ」

「行きゃ分かるだろ」

 

 才人の言葉にそうね、と頷いたルイズとキュルケは、酒代をテーブルに放り投げると見失わないように夜道を駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 差し出された紅茶を飲んだタバサは、目の前の侍女を眺めながら思考を巡らせた。どうやら彼女が『地下水』だというのだが、それにしてはどうも挙動がおかしい。極々自然な動きではあるが、メイジとして傭兵として洗練されているというわけでもない普通の自然さなのだ。まるで普通の人間を無理矢理そう仕立てあげたように。

 そこまで考えたタバサは、とりあえずぶちのめそうと杖を構えた。普段隣でそういう結論を出してくれる悪友がいないため、自分でそれを実行することにしたらしい。

 一気に『地下水』に肉薄したタバサは、持っていた杖を振り上げ彼女の顎を狙う。が、それを体を捻って躱した『地下水』は、お返しとばかりに蹴りを放った。杖でそれを受け止め、同時に後ろに跳んで威力を削ぐ。

 ついでに窓をぶち破って屋外に飛び出すことにも成功した。

 

「……っと」

 

 二階から地面への落下の衝撃を呪文で減らし、体勢を崩すこと無く着地したタバサは降りてくる『地下水』を狙い撃つ為に呪文を唱え窓を見やる。が、いつまで経っても相手は飛び降りてこず、ひょっとして騒ぎになるから逃げたのかと考え始めた。

 

「違う」

 

 が、すぐにその考えを振って散らし、視線を素早く下げた。宿屋の入り口、そしてその横にある窓、こちらに移動してきた可能性も充分にある。

 引っ掛かりましたね、という言葉が耳に届くより一瞬早くタバサは身を屈めた。ひゅん、とその頭上をナイフが掠める。いつのまにか背後に回っていた『地下水』が、感心したように笑っていた。どうやら彼女が別のルートを思い付き視線を外すのを待ってから飛び降りたらしい。

 聡明な方で良かったと微笑んだままの『地下水』は、呪文を唱えそれを放つ。杖も無しに魔法を使ったことに若干驚きつつも、タバサは冷静にそれらを躱した。致命傷は避けるが、適当なダメージならば気にしない。そうして相手の多数の氷柱にお返しとばかりに自身も『ウィンディ・アイシクル』を放った。おっと、と空中に浮遊してそれを躱した『地下水』は、呪文の終わりと同時に落下の勢いを利用した斬撃を放つ。

 

「そこまでよ!」

 

 タバサの目の前に見慣れたピンクブロンドが映った。大剣で相手のナイフを軽々と受け止め、そのまま蹴り飛ばす。ボールのように吹き飛ばされた『地下水』は、しかし空中で体勢を立て直すと地面に着地した。しようとした。

 

「生憎と、援軍は一人じゃないのよねぇ」

 

 着地しようとした地面が爆ぜる。バランスを崩した『地下水』が慌てて飛び上がろうとしたところに、黒髪の少年剣士が突っ込んだ。裂帛の気合と共にその剣を振り抜き、『地下水』は糸の切れた人形のようにゆっくりと倒れ伏した。

 

「安心しろ、峰打ちだ。ってか」

 

 ヒュン、と才人は持っていた自身の得物――日本刀を一振りし鞘に納める。彼の持っているそれは、つい最近新しく手に入れたとっておきの一振りであり、無銘であるが強力な『固定化』が掛けられているため繋ぎで使っていたなまくらとは比べ物にならない。そして何より、才人にとって一番馴染みのある武器であった。

 やっぱ日本人だしこれだよなぁ、と少し浮かれたようにニヤけた彼を、キュルケは少し呆れたように眺めていた。

 

「子供ねぇ」

 

 まあいいや、と彼女は倒れた『地下水』に近寄る。どうやら気を失っているようで、大した怪我もないのを確認しそのまま縛り上げた。その拍子に、カラン、と持っていたナイフが落ちる。

 

「これで終わり? あっけなさ過ぎじゃないかしら」

 

 はい、と縛られた女性をタバサに渡すと、キュルケはどうも腑に落ちないと顎に手を当てた。この程度で倒されるのならば、正体不明の傭兵メイジとして噂になどならないだろう。となると、やはり偽物かあるいは操られたかのどちらか。

 そう結論付けた彼女がタバサに視線を向けると、コクリと彼女も頷き返した。

 

「とりあえず話を聞く必要がある」

「そうね。流石にこの騒ぎで他の人も起きるでしょうし」

 

 じゃあ移動しましょう、とキュルケはルイズと才人に目を向けた。どうやら才人は日本刀での初勝利にはしゃいでいるようで、置いていってもいいかもしれないと思わせるほどである。

 一方のルイズは、『地下水』が取り落としたナイフを見て怪訝な顔をしていた。

 

「どうしたのよ」

「ん? いや、何ていうか悪趣味なナイフだなぁって」

 

 言いながらルイズはナイフを手に取る。そのまま暫しそれを見詰めていた彼女は、やがてふう、と溜息を吐くとそれを布で包んで自身の懐に仕舞いこんだ。

 

「持ってくの?」

「……まあね。案外使い勝手良さそうだったのよ」

 

 そう言って彼女は歩き出す。少しだけ違和感を覚えたが、しかし気にすることでもないかと結論付けたキュルケは、待ちなさいよとその背中を追った。

 

「うん、大分使い勝手がよさそうね、これ……」

 

 キュルケやタバサの見えない位置で、ルイズはニヤリと嗤った。彼女らしからぬ笑みを浮かべた。

 




悪堕ちダブルピース。

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