ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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ちなみにとっくにお気付きでしょうが、この話原作にまったくございません。
いつにもましてやりたい放題なのはそのためです。


その2

 また負けた、とわざとらしくハンカチを噛みながら悔しがるアンリエッタを、ルイズは呆れたような目で見ていた。その服装は所々焼け焦げており、しかし本人自体には大した怪我もないのが見て取れる。

 そんな二人を、ウェールズはどこか虚ろな目で眺めていた。

 

「殿下、大丈夫ですか?」

「……あ、ああ。うん、大丈夫だ。大丈夫……」

 

 乾いた笑いを上げながら視線を二人から別の場所に向ける。そこには死屍累々といった体の魔法衛士隊がトリステインの王宮のそこかしこに転がっていた。マンティコア隊とヒポグリフ隊の精鋭達であった。無論やったのはルイズであり、けしかけたのはアンリエッタである。

 そんなケンカの数日後、再び王宮に呼び出されたルイズ達一行は、アンリエッタの言葉に目を見開いた。ルイズは何でそんなこと、と食って掛かる始末である。

 

「しょうがないでしょう。ヒポグリフ隊は全滅、マンティコア隊も半数以上が病院送り。こんな状況では国の防備がままなりません」

「姫さまの自業自得でしょう。わたしは関係ありません」

「いや、やったのルイズなんじゃ」

「サイト? もっかい言ってごらんなさい」

「何でもないです!」

 

 姿勢を正しながらそう述べる才人にならいいと返し、ルイズは再びアンリエッタへ向き直った。そして、嫌ですめんどくさい、と言い切った。

 それを聞いたアンリエッタは成程、と頷き、ではこれはラ・ヴァリエール公爵に届けましょうと一枚の書簡をヒラヒラを掲げる。何やら請求書染みたことが書かれており、それによると娘が出した被害額を全て親である公爵が肩代わりするようにと記されていた。

 それを見て顔色を変えたのはルイズである。何をしようとしているのか、とアンリエッタに食って掛かったが、彼女は素知らぬ顔で言い切った。

 

「だって、貴女はやってくれないのでしょう?」

 

 拳を握り込んだ。が、ここでそれをやると前回の焼き直しが始まるだけ。それを重々承知であったルイズはぐっと奥歯を噛み締めながら耐え、やります、と短く述べた。

 それを聞いたアンリエッタは満足そうに笑い、そして述べる。

 

「ごめんなさいルイズ。聞こえなかったからもう一度お願いしますわ」

「やるって言ったのよ耳と脳味噌腐ってんのかバカ姫ぇ!」

「おほほほほ! 敗北者の言葉は気持ちがいいわ」

 

 ギャーギャーと叫ぶルイズを見下ろしたまま高笑いを上げるアンリエッタを見ながら、才人はその傍らで何やら小瓶に入った液体を飲んでいるウェールズに声を掛けた。才人の知らぬことであるが、その小瓶の中身は彼の最近の常飲薬となった胃薬である。

 

「……あの、ウェールズ王子」

「何だい?」

「……本当に、あの人と結婚するんですか?」

「サイト君。愛するが故に知らぬふりをせねばならぬ時がある、愛するが故に身を引かねばならぬ時がある。……僕はね、何も見ていない。アンリエッタは可憐な女性なんだよ……」

「ウェールズ王子!? ウェールズ王子!? 眼の焦点合ってませんよ!?」

「あらぁ、ちょっと色々あって気が抜けたのね」

「寝れば治る」

「何で二人はそんな冷静なの!?」

 

 そんなこんなでルイズはアンリエッタに無理矢理押し付けられ、才人はウェールズがあまりにも不憫で、キュルケとタバサは付き添いで。そんな理由で依頼を受けラ・フォンティーヌ領にやってきたのだ。

 

「……何でそんなこと思い出してんだっけ?」

 

 放物線を描きながら宙を舞う才人は、ぼんやりとそんなことを考えた。自分の生きてきた歴史が浮かんでは消える、そんな感覚でここに来た経緯が頭に過ぎったのだ。

 ああこれはひょっとして走馬灯というやつか。すぐ近くしか出してくれないなんてケチだな。そんなことを思いながら彼はそのまま頭から地面へと。

 

「サイト!? 首が曲がっちゃいけない方向に曲がってる!?」

「危険、まずい」

「ちいねえさま!?」

「あら?」

 

 困ったように頬に手を当て首を傾げるカトレアの姿は実に可憐であった。

 ちなみに才人が吹き飛ばされたのは彼女の攻撃で、である。

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。久しぶりのお客様に少し浮かれていたみたい」

 

 そう言ってカトレアは頭を下げる。才人は才人でそんな彼女に逆に恐縮してしまい気にしないでくださいと手を振った。結果としてこんな状態になってしまったが、そもそもカトレアと組手をしたいと言ったのは才人自身であるし、攻撃がクリーンヒットしてしまったのも彼自身の集中力が途切れたせいだ。

 何より、既に才人の体は全快している。恐らく目の前の彼女が治療をしてくれたのだろう。感謝こそすれ、憤ることなど何も無い。

 

「それにしても、何でそんなに強いんですか?」

 

 話題を変えるように才人はカトレアにそう尋ねる。言葉は足りていないが、恐らくそういう意味だと当たりを付けた彼女は、別にそんなことはないわよと優しく微笑んだ。

 ルイズに視線を向ける。その意味が分からず首を傾げた彼女は、しかし自身の姉の言わんとする所をすぐに察して頷いた。わたしが言う、と述べ、才人に向かって教師のように指を突き付けた。

 

「前にわたしが母さまと父さまに鍛えてもらったって言ったでしょ?」

「ああ、そういや言ってたな。あ、てことは」

「というより、元々ちいねえさまがやってたのをわたしにも適用したって言った方が正しいわね」

 

 カトレアは生来体が弱く、魔法を使うどころではない状態であった。幾人もの医者に診てもらっても、体の芯が悪いのか治療は出来ないとまで言われる始末。このままではまともな人生を送ることすら困難だ、と誰もが思っていた。

 そんな時にカトレアの母親のカリーヌは、ならばもう頼れるのは己のみと逆転の発想とも言うべき方法で彼女を治療しようとした。すなわち、体の芯が悪いのならば、その芯を鍛えればいい。

 

「気高く強い心は、何よりも強靭な肉体を糧とする。まあつまり体を鍛えてどうにかしようって母さまは考えたの」

「……脳筋過ぎねぇ?」

「母さまとしても、普通の方法では駄目だからという苦肉の策だったみたい。だからこそ、上手くいった時は涙を流して喜んでくれたわ」

 

 その時のことを思い出すように少しの間目を瞑り微笑んだカトレアは、おかげで今はこんなに元気になったのと軽くピョンピョンと跳ねてみせる。

 その反動で、彼女のたわわな双房がたゆんと揺れた。その無邪気な姿と美しさ、そして揺れる胸に思わず才人は釘付けになる。

 

「はーいわたしの使い魔クン? 今何処見てた?」

「いや胸だけじゃないぞ!? カトレアさんの全部が魅力的で――」

「……キュルケやシエスタならいいわ。姫さまでもまあよし。でもね、よりにもよってちいねえさま! よりにもよってちいねえさま! アンタはわたしの侵してはならない場所を汚したのよ」

「え? ちょ」

 

 すらりとデルフリンガーを抜き放ったルイズは、据わった目のまま才人を真っ二つにしようと振り被る。その目を見てしまった才人は、蛇に睨まれた蛙のごとく完全に体が固まってしまった。ああ、これは俺死ぬな、そんなことを冷静に考えるほどである。

 

「だめよルイズ」

「ちいねえさま……」

 

 その直前に掛けられた声で正気に戻ったルイズは、バツの悪そうな顔で大剣を背中の鞘に納めた。助かった、とへたり込む才人と、止めようと飛び出す準備をしていたキュルケとタバサの溜息が同時に漏れる。

 そんな三人の反応に唇を尖らせたルイズであったが、そんなことをしている場合ではないと手を叩いた。元々少し休憩してすぐに向かうつもりであったが、気付くと大分時間を消費していたのだ。

 

「それはいいんだけど。マンティコアとヒポグリフだっけか? どうやって調達すんだよ」

 

 ルイズが王宮でぶっ飛ばしていた幻獣の姿を思い出す。グリフォンと馬を足して二で割ったような幻獣は残らずルイズに倒され治療中、翼の生えたライオンのような幻獣も半分ぐらいは倒されていた。そういえば、その光景を見てケラケラと笑っていた年老いたマンティコアがいたような。と思考を若干そらしつつも、とりあえずあの二種類の幻獣はその辺を歩いていて捕まえられるようなものではないだろうと彼は結論付けた。

 が、そんな才人をルイズは何を言っているんだという目で見る。その視線の意味が理解出来ず、彼は訝しげな表情を浮かべた。

 

「ねえサイト、あたしがここに来る直前に言った言葉覚えてるかしら」

「え? えーっと、確か、ここは『ヴァリエールの魔境』だ、だっけ?」

「そうそう」

「……ん? それってつまり」

「そう」

 

 タバサの短い肯定を聞いて、マジかよ、と才人は窓の外を見る。一見すると普通の場所に思えるが、もし彼女達のいう言葉が本当なら、言葉の意味が彼の思った通りならば。

 

「じゃあ、サイトも納得したところで、行きましょうか」

「貴女達だけで大丈夫?」

「大丈夫よちいねえさま! わたしに掛かればヒポグリフとマンティコアの十頭や二十頭余裕なんだから!」

「捕獲だぞ、倒すんじゃないからな」

「分かってるわよ」

 

 ブンブンと腕を振り回すルイズを見ていると、どうも信用出来ない。そんなことを思いつつも、この場で一番弱い才人は肩を竦めて彼女についていくのであった。

 

 

 

 

「おっかしいわねぇ」

「おかしくねぇよ」

 

 動かなくなっているヒポグリフを前に首を傾げているルイズに向かって才人は思い切りそう言い放った。とりあえず死んではいないようだが、この状態で連れていったところで王宮で治療中の幻獣とそう変わりない。それはつまり大して意味が無いということだ。

 視界の向こうではキュルケとタバサが体良く気絶させたマンティコアを一頭運んでいるところであった。彼女達の手際の良さを考えると慣れていないわけでは無さそうなのだが。そう考えると確かにおかしい、と才人もルイズと同じように首を傾げつつ、とりあえず次に行こうと彼女を促した。

 

「ちょっと待って。この子もちゃんと運ばないと」

「ん? でも姫さまの依頼には使えないだろ?」

「そうかもしれないけど、このまま置いておいたら別の魔獣や幻獣に襲われる可能性もあるから」

「……熱でもあんの?」

「どういう意味よ」

 

 思わずルイズの額に手を当てた。対する彼女はそんな才人の行動が気に食わなかったのか頬を膨らませてジロリと睨む。眼光に気圧され手を離した才人は、しかしだってと述べた。

 

「普段はぶっ飛ばしたら基本放置じゃん」

「……あのねサイト。ここはちいねえさまの領地よ。言ってしまえばここの幻獣や魔獣もちいねえさまの領民なの。それを無下に出来るはずないじゃない」

「そっすね……」

 

 こういう場合も分別をわきまえていると言っていいのだろうか。そんなことを考えつつ、まあ確かにそれなら仕方ないと才人も納得するように頷いた。じゃあ運ぶぞ、とルイズと二人で幻獣の巨体を持ち上げえっちらおっちらと移動する。予め用意しておいた運搬用の馬車に積み込むと、じゃあ次に行きましょうかと再び森に視線を向けた。現在ヒポグリフ・マンティコア合わせて五頭、うち半分が要治療である。

 

「てか、さっきから思ってたんだけどさ。この手の幻獣ってこんな簡単にいるもんなの?」

「いないわよぉ。だから『ヴァリエールの魔境』なんじゃない」

「一説によると、亜人以外の全ての動物がここに集まっているとか」

「パねぇ」

「まあ、オーク鬼やトロール鬼は共存出来そうにないものね」

 

 じゃあそれ以外なら共存出来るのか、といえば答えは否であろうが、少なくとも人との線引をして生活するくらいなら出来るのだろう。事実、そんな噂があり実際幻獣が闊歩しているこんな場所でも人は集落を作り暮らしている。怯えている素振りも見せずにだ。

 

「あ、じゃあ俺達のこの行動マズいんじゃねぇの? 仕返しとかって人里襲われないのか?」

「大丈夫よ、だってここはちいねえさまの治める地なんだから」

 

 ルイズのその説明には何故か妙な説得力があった。成程確かにそれなら大丈夫だ。そんな風に思えてしまう何かがあった。

 まあそうは言っても向こうの縄張りに侵入すれば当然襲われるわよ、と続けてルイズが述べたことで、そりゃそうかと少しだけ才人は拍子抜けした。

 

「普通はそんなキッチリとは出来ないのよ。ちいねえさまだから出来ることなの」

「分かった分かった」

 

 どうやら姉について自慢出来るのが嬉しくてしょうがないらしい。そのことを理解した才人は、だから張り切り過ぎてやり過ぎたのかと納得したように頷くと、止まっていた作業を再開した。

 その時である。ルイズ達の下に、一人の男が血相を変えて走ってきたのは。

 

「どうしたの?」

 

 そうルイズが尋ねると、男は助けて欲しいと頭を下げた。何でも、この近くの村に住んでいる子供が幻獣の森に行ってしまったのだとか。その子供を助けに別の少女も向かい、未だ二人共戻ってこないとのこと。

 一体どうして、とキュルケが驚いたように尋ねると、男は少しバツの悪そうな顔で視線を落とす。何かしらの訳有りらしい。それを確認した一行はしょうがない、と溜息を吐いた。

 

「それで、その子は何処に向かったの?」

 

 男は顔を上げる。行ってくださるのですか、という言葉に、当たり前でしょとルイズは返した。ここはラ・フォンティーヌ領、ルイズの姉の治める地。そこの問題を、彼女が放置するはずがない。

 まあそうよね、とキュルケも肩を竦め、タバサもうんうんと頷く。先程の会話でそれを理解していた才人も、任せろと拳を手の平に叩き付けた。

 ありがとうございます、と頭を下げる男に、ルイズは代わりに頼みがあると述べた。自分に出来ることなら、という男に対し、彼女は笑顔でこう伝える。

 

「この捕獲した幻獣なんだけど、ちいねえさ、じゃなかった、カトレア様の屋敷まで運んでおいて欲しいの」

 

 今はまだ眠っているけど、時間が掛かると起きちゃうから。それだけ述べると、行くわよと森の奥へと駆けていった。あっという間に見えなくなるその後姿を見ながら、やれやれと残りの面々も後に続く。

 残された男は、約束を違えるわけにもいかず、しかし一人では到底無理そうなそれを見て、どうしたものかと途方に暮れた。

 




大抵その2は話が大きく動かない。

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