ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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今まで以上にぶっ飛んでます。
だ、大丈夫かな……?


そんなルイズの故郷(くに)のねーちゃんの話。



魔境の姫君
その1


 シルフィードの背に揺られながら、ルイズは盛大な溜息を吐いた。何でわたしがこんなことを、と呟いているところからしても、今現在の状況に乗り気ではないのは確かであろう。

 とはいえ、では他の面々はそうでもないかといえば。キュルケもタバサも、才人すらまあ仕方ないと言わんばかりの表情で溜息を吐くルイズを見やっている。結局のところ全員乗り気ではないが、諦めているかいないかの違いがあるらしい。

 

「でもルイズ、今から行く場所がそんなに嫌なのか?」

 

 才人がそう彼女に尋ねると、ルイズはそんなはずないでしょうと言い切った。むしろ、行くのは望むところだ。そう続けて、けど、と肩を落とした。

 

「向かう理由が大暴れの後始末でしょ……流石のちいねえさまもいい顔しないわよ」

「気にし過ぎでしょ? あの人ならしょうがないわねで済ませてくれるわよぉ」

「手伝ってくれないことは絶対にない」

「まあ、そうなんだけど……」

 

 でも、と落ち込んだ空気を纏いながらルイズは再び溜息を吐く。そんな彼女をキュルケとタバサが生暖かい目で見詰める最中、会話を聞いていた才人が首を傾げた。皆の話を聞く限り特に問題はなさそうなのだが、一体何故彼女はこんなに落ち込んでいるのだろうか、と。

 

「わたしには二人の姉がいるんだけど、今から行く場所は真ん中の姉、ちいねえさまの住んでいるところなの」

「うん、まあ大体その辺は分かったけど。何がマズいんだ? そのちいねえさまって人が怖いとか?」

 

 そう聞いたものの、先程の会話からするとそんなことはないだろうと才人は予想していた。事実、返ってきた言葉は優しく美しいという凡そ問題など見受けられないものである。

 そのこともあり、彼は一体全体何故ここまで彼女が落ち込むのか分からない。

 

「まあ、あれよ。大好きな家族に情けない姿見られたくないー、とかいう意地っ張り」

「あー、成程」

「あによ。何見てんのよ」

 

 生暖かい目に才人も追加されたことで、ルイズの機嫌は更に下降した。落ち込みから怒りにシフトしたそれは、ジロリと三人を睨み視線を霧散させるまで続き。

 ようやく普段の調子を取り戻した一行は、のんべんだらりと目的地に向かう。

 

「ところで、そのちいねえさまってどんな感じの人なんだ? 優しくて綺麗ってだけじゃよく分からん」

「そうねぇ。……ルイズを大人にして、優しそうな空気を纏わせて、胸を大きくさせた感じかしら」

「何それ女神!?」

「そうよ! ちいねえさまは女神のような……おいコラ犬、今どこに反応した?」

「え? 別に胸に反応したわけじゃないぞ、ホントだぞ」

「わざわざ言うのが怪しい」

 

 ルイズとタバサにジト目で睨まれ、いたたまれなくなった才人はブンブンと首を横に振りながら視線を明後日の方向に逸らした。チクチクと刺さるそれを意図的に無視しながら、彼は誤魔化すように風が気持ちいいだの景色が綺麗だのと口に出す。

 それでも空気が変わらないのを悟った才人は、ごめんなさいと素直に頭を下げた。確かに胸に反応したわけではないのは本当であったが、しかし全くそこが気にならないかといえば嘘だったのも事実だったからだ。よろしい、と二人に許されるのを聞いた彼はやれやれと溜息を吐き、ようやく元に戻った空気に安堵した。

 

「んで、そのちいねえさまって人がいる場所はどの辺なんだ?」

「んー、もうすぐよ。あの山を越えた先がラ・フォンティーヌ領だから」

「へー。……ん? フォンティーヌ?」

 

 ラ・ヴァリエール公爵領というのがルイズの実家だと聞いたことがある。そこではないということは、ルイズの姉は既に結婚しているということなのだろうか。そんなことを思った才人に答えるように、ルイズが少し事情があるのよと述べた。

 彼女曰く、ラ・ヴァリエール公爵領の一部をラ・フォンティーヌ領として与えられ、そしてそこの領主となっているのだという。それを聞いた才人は、先程キュルケから教えられたイメージに更に有能という要素をプラスした。

 

「成程な。そりゃ確かにカッコ悪いところ見せられねぇな」

「何でそこでその結論を出すのかよく分からないけど、まあそうなのよ」

 

 はぁ、ともう一度溜息をルイズが吐いた辺りで、先程言っていた山をシルフィードが越える。見えていなかったその先の景色が眼前に広がり、才人は思わず感嘆の声を上げた。

 日本で言う四季の光景を全て凝縮したようなその場所は、彼の言うファンタジー世界の中であってしても幻想的な雰囲気を醸し出していた。ここがそうなのか、とルイズに尋ねると、そうよ、と簡潔な答えが返ってくる。こんなところを任せられているそのちいねえさまは一体どんな人物なのだろう。才人の中の期待がどんどんと高まっていった。

 

「ねえサイト。貴方は知らないだろうから一応教えておくけれど」

 

 そんな才人に、キュルケが声を掛ける。少し困ったような表情を浮かべたまま、この場所がなんて呼ばれているかを口に出した。その言葉は、いつぞやに才人が耳にしたことのある単語で、噂話か何かだったとぼんやりと思い出すような一言で。

 

「ここは、『ヴァリエールの魔境』よ」

 

 

 

 

 

 

 ラ・フォンティーヌ領の中で最も立派なその屋敷の中庭に、シルフィードは降り立つ。その背から飛び降りた一行は、座りっぱなしで凝り固まった体をほぐすように伸びをした。じゃあ早速向かいましょうか、とルイズが視線を屋敷に向けたが、しかしその動きがピタリと止まる。

 こちらに向かって駆けてくる人影が一つ。それを見たルイズは驚きで目を見開き、しかし次の瞬間破顔してそちらに向かって同じように駆け出した。

 

「ちいねえさま!」

「ルイズ!」

 

 ルイズと同じようなピンクブロンドのその女性は、そのまま彼女と笑顔で抱き合う。久しぶりね、と女性が述べると、ルイズもはいと頷く。道中の悩みぶりは一体何だったのかと言いたくなるほど仲睦まじい様子であった。

 キュルケとタバサは予想通りとそんな二人を暖かく見詰め、そして才人はルイズと抱き合う女性を見詰めていた。成程確かに、キュルケの言った通りの女性だ。そんなことを思いながら、気恥ずかしさで赤くなった頬を掻いた。

 そんなルイズの『ちいねえさま』は、彼女から離れるとキュルケ達三人に視線を向ける。女性陣は既に知っている間柄なので簡単に挨拶を済ませたが、才人はそうはいかない。にこやかに自身に近付いてくる美人に、思わず彼の背筋が伸びた。

 

「初めまして、異国の方。わたしはカトレア。カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌと申しますわ。貴方のお名前は?」

「あ、は、はい。さ、才人。才人・平賀と申します」

「サイトさん。素敵なお名前ね」

「あ、ありがとうございます。……こっち来てから初めて名前褒められた」

 

 照れたように頭を掻く才人を見ながら、カトレアはクスクスと笑った。笑いながら、それで、貴方はルイズの恋人? などと言葉を続ける。

 それに面食らったのはルイズだ。こいつは使い魔でついでに弟子だけど、そういう関係は一切ないとカトレアに言い切り、あらごめんなさいと彼女は笑みを崩さず返す。

 言い切られた才人はそれはそれで悲しいものがあるな、と思わないでもなかったが、まあ実際その通りなので別段ショックには感じなかった。あのワルドに渡したくはないが、だからといって自分が隣に立つのも何となく違う気がしているのだ。

 

「って、そういや、ワルドは? こういう時真っ先に同行を姫さまに申し出そうなのに」

「そういえばそうねぇ。風邪でも引いたのかしら?」

「子爵は風邪を引かないと思う」

「そうねぇ、あの人馬鹿だし」

「何気に酷いな」

 

 同情する気は微塵もないが、キュルケとタバサの評価を聞いて才人は思わず苦笑してしまう。視線をちらりと横に向けると、ルイズもまあしょうがないかなといった表情で頬を描いていた。

 

「あの人は腐ってもグリフォン隊の隊長よ。ただでさえ今は魔法衛士隊が足りないのに、そうホイホイとついてこれるわけないじゃない」

 

 今頃は自分と他の魔法衛士隊の仕事を複合でこなしつつアンリエッタから言われたレコン・キスタの協力者のあぶり出しを『遍在』総動員で行っているだろうワルドを想像し、これが終わったら少しねぎらいにでも行こうかなとルイズは考えた。今の彼の状況の三分の一くらいは自分のせいなのだ、せめてそれくらいは。

 と、そんな余計なことを考えていた思考を頭を振って散らし、ルイズはカトレアに視線を向けた。今回ここに来たのはただ大好きな姉に会いに来たわけではない。アンリエッタから言われた依頼をこなしに来たのだ。

 

「ちいねえさま」

「何? ルイズ」

 

 ルイズが表情を真剣なものに変えたことで、カトレアも思わず姿勢を正す。お互いに真っ直ぐ相手を見詰める姿勢になったところで、ルイズはゆっくりと口を開いた。

 

「……ま、マンティコアとヒポグリフを数頭、調達したいの」

「それは、どうして?」

 

 思わずルイズは視線を逸らす。カトレアはあくまで疑問に思ったことを尋ねただけであったが、彼女にとっては責められていると感じたようであった。あの、その、と要領の得ない言葉を呟きつつ、指をもじもじと動かし視線は定まらない。その姿は叱られるのを何とかして誤魔化そうとする子供そのものであったが、そのことを指摘するような者はここにはいなかった。

 クスリとカトレアは笑う。そして、ルイズを抱き締めるとゆっくりとその頭を撫でた。大丈夫よ、と彼女は笑顔のままルイズに述べる。怒ったりなんかしないから、という言葉に、ルイズは少しだけホッとしたような表情を浮かべた後ごめんなさいと頭を下げた。

 

「トリステインの魔法衛士隊のマンティコア隊とヒポグリフ隊が今大変なことになって」

「それで、騎乗用の幻獣が必要になった、ということ?」

「……はい」

 

 成程、とカトレアは頷く。何故そうなったか、どうしてルイズがその依頼を受けたのか。そんな疑問は勿論あるのだが、可愛い妹がそのことを自分に伝えない以上言いたくないことなのだろう。そう判断した彼女は、分かったわ、と笑顔を見せた。

 

「とりあえず、そういう仕事が出来そうな子は今のところ二頭ずつしかいないから」

「あ、えっと、じゃあわたしが捕まえてくる!」

「大丈夫? 小さなルイズじゃ危ないわ」

「いつまでも子供扱いしないで! わたしだってもう一人前よ!」

「ふふ、そうね。ごめんなさい、ルイズ」

 

 そう言ってカトレアはルイズを抱き締めた。それは傍から見ていればどう考えても子供扱いであったが、しかしルイズはそれで満足らしかった。えへへ、と嬉しそうにされるがままになっている彼女は、眺めている才人達からすれば子供そのもので。

 

「何か、甘えるルイズって新鮮だ」

「そうねぇ。シエスタは――ちょっと違うか」

「でも、大事な姉さま相手なら、こういうのは当たり前」

 

 そうね、とキュルケも同意するように笑う。まあそんなものか、と才人も頭を掻きながら頷いた。

 同時に、何だか少し両親が恋しくなった。

 

 

 

 

 とりあえずは屋敷でくつろいで、というカトレアの言葉に甘えることにした一行は、それぞれあてがわれた部屋でのんびりと過ごす。などということはなく。

 ルイズ用に常に整理されているその部屋に集合した才人達は、思い思いに好き勝手な行動をしながらこれからどうしようかとぼやいていた。

 

「わたしとしては今すぐ自分達に用意された部屋に戻ることをお勧めするわ」

「そうは言われても、ほら俺庶民だし、こんな屋敷でいきなり一部屋用意されてもどうしていいか分かんねぇの」

「あら、普段の図太い神経はどうしたのかしらねぇ」

「意外」

「豪華な屋敷でおもてなしは俺のファンタジー知識には無い、こともないけど、いやでもキッツイの。やっぱ貴族とは世界違うの」

 

 物語の主人公も大抵こういう場面は落ち着かないとか言っていた気がするし。そんなことを思いながら、才人はだからもう暫くここにいさせてくれとルイズに頼んだ。そんな情けない自身の使い魔を見て溜息を吐いた彼女は、別にいいけどちゃんとある程度慣れなさいよと続けた。

 

「そんな理由で用意された部屋を無下にするのは相手に失礼よ。もてなされた時に過度な要求は論外だけど、恐縮し過ぎても駄目なんだから」

「う……分かった」

「よろしい」

 

 項垂れながらも同意した才人に向かい満足そうに微笑んだルイズは、じゃあちょっと気晴らしに体でも動かしましょうかと述べた。その言葉を聞いて口角を上げたキュルケとタバサは同意をし、その反応の理由がわからない才人は首を傾げる。

 まあちょっと見てなさい、というキュルケの言葉に頷いた彼であったが、ルイズがじゃあちょっとちいねえさま呼んでくると言って部屋を出ていったのを見てやはり首を傾げた。

 

「カトレアさん呼んでくるって、何で? やっぱり屋敷の主人が見てないと駄目ってこと?」

「ふふっ、まあ見てなさいって」

 

 ほらほら、とキュルケに押されて才人も部屋を出る。そのまま屋敷を出、中庭を通り過ぎた先にある練兵場らしき場所まで連れてこられると、隅にあったベンチに腰掛けた。

 待たせたわね、とルイズがやってくる。その隣には、おっとりした表情のままカトレアがついてきていた。

 じゃあ始めましょうか、とルイズは広い空間の中心部まで歩いていった。そうね、と頷いたカトレアも同じようにその場所まで歩いていく。そこまでくれば、流石に才人でもこれから何が始まるのかが分かる。

 

「え? ちょ、ちょっと、マジかよ!? カトレアさん、大丈夫なの!?」

 

 どう見ても戦えそうにない女性がルイズと対峙しているのだ。才人の中では凶悪な顔になったルイズが剣で美しいカトレアを斬り付け嬲る光景が展開されていた。さっきまでの姉妹愛は何処行ったんだと一人で勝手に想像し勝手に盛り上がっている。

 

「サイト、貴方が何を考えているか知らないけど、多分間違ってると思うわ」

「変態」

「そうなの!? っていうかタバサさん酷い!?」

「でも、何だか物凄く変な顔してたし」

「あー、確かにそうねぇ」

「二人共酷い!?」

 

 実際のところ二人の評価はそこまで間違っていないのだが、才人にしてみれば濡れ衣もいいところなので、ルイズと戦ったらカトレアが怪我をしてしまうということを懇切丁寧に説明した。それを聞いた二人はまあそういうことならしょうがないと先程の評価を訂正しつつ、でもやっぱり間違っていると彼に述べる。

 

「何でだよ。カトレアさんはどう見てもルイズみたいな腹減ったからってドラゴンをぶった切って夕飯にするような豪傑じゃないだろ」

「……貴方のルイズ像凄いわね」

「そこまで間違ってないけど、本人には絶対に言わない方がいい」

「言わねぇよ、俺命惜しいし。じゃなくてカトレアさんだよ。あんな優しそうでほんわかしてる人がルイズと勝負なんか――」

「いいから見てなさい」

 

 ほら、とキュルケが指差す方を見ると、ルイズがデルフリンガーを抜き放つところであった。久しぶりだな姐さん、というデルフリンガーに、そうねと笑顔でカトレアは返す。

 じゃあ始めましょう、とカトレアは指を組んだ手を伸ばし体を解すと、ゆっくりと体を半身に構える。瞬間、周囲の空気が変わったように思えた。

 ルイズは足に力を込め、一気に距離を縮める。そのまま全身の力を使い、肩に担いだ大剣を真っ直ぐに振り下ろした。その先には、変わらず笑顔を浮かべたカトレアがいる。

 

「――へ?」

 

 目の前の光景が理解出来ない、と才人は間抜けな声を上げた。キュルケとタバサに顔を向けると、無言で首を縦に振られる。つまり、自分の目に映っているのは幻ではないということだ。それを理解して尚、彼はその光景を信じることが出来なかった。

 

「大分成長したのね、ルイズ」

 

 ルイズが、恐らく手加減せずに放ったその斬撃を、あろうことかカトレアは素手で受け止めていた。剣を引き、再びそれを振るうルイズであったが、その全てをカトレアは受け止め、弾き返す。

 それを暫く続けた二人は、お互いに距離を取ると笑い合った。やっぱりまだちいねえさまには敵わないかな、とルイズがはにかみ、いいえもうすぐ追い越されるわとカトレアが微笑む。言葉だけを聞いていれば麗しい姉妹のやり取りの一幕である。

 そしてその動きを慣れないものが見てしまうと、こうなる。

 

「……何アレ?」

「何って、あたし言ったじゃない。カトレアさんは、『ルイズを大人にして』、優しそうな空気を纏わせた人だって」

「ルイズを大人にってそういう意味なのかよ!」

 

 詐欺じゃねぇか、と絶叫する一人の少年の姿がそこにあったとかなかったとか。

 




ヴァリエールパワーの進化図
小:ルイズ→カトレア→カリーヌ:大

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