ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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この辺がラストダンジョンかな


その18

 いつぞやと同じ光景が展開されている。諸国のトップが円卓に集まり、厄災の、古代竜の対策を話し合っている。違いは一度対峙したことで各々の理解度や協調が高まっていることであろうか。

 ジョゼフはアンリエッタに問い掛ける。この報告は正しいのかと。アンリエッタはそれに頷き、しかしとりあえずはという枕詞を付けた。

 

「あの二人によるヘクサゴン・スペルが直撃していれば欠片も残らないでしょうから。どちらかと断言するには少し弱い。そんなところですわ」

「ふむ」

 

 まあいい、とジョゼフは頷く。どちらにせよ、向こうが作戦を失敗したという事実さえあればそれでいいのだ。そんなことを思いながら、彼は視線を横に向けた。

 前回と同じように静かに座っているエルフは、ビダーシャルともう一人。評議会統領のテュリュークである。視線を向けられたことで出番かなと周りの面々を眺めると、机に置いてあった書類を手に取り軽く叩いた。

 

「こちらの過去の文献を紐解いた結果、まああまり芳しくないことが分かってな」

「芳しくないこと、ですか」

 

 ウェールズの言葉にうむと返す。あまりそちらに語るものではないのだが、と少しだけ苦い顔を浮かべながらも、しかし既にエルフだけの問題ではなくなっている以上仕方ないと肩を竦めた。

 

「我らが『悪魔の門』と呼んでいる場所がある」

 

 かつてそこは聖地であった。今でもそれは変わりなく、そう呼んでいるのも不用意に誰かが近付かないようにという側面があるからだ。事実効果はかなりのもので、今ではそこが聖地であることを知るものは一握りとなっているほどである。

 

「それはそれでどうなのでしょうか?」

「うむ、神官のお嬢さんの言う通り。表面の問題にかまけ大事を失っていたのだ」

 

 書類をなぞりながらテュリュークは溜息を吐く。聖地に、『悪魔の門』に眠っているものをいつの間にか軽んじていた。そんなことを言いながらビダーシャルを見た。

 

「かつてそこは大いなる意思の依代たる巨大な精霊石が鎮座していた場所であった。そして厄災、エンシェントドラゴンがそれを食らい、聖者アヌビスによって封印された場所でもある」

「封印、ですか」

 

 シャルルは怪訝な表情を浮かべる。他の面々も同じようで、古代竜が封印された場所という言葉に信憑性を感じられなかったようだ。

 まあ無理もない、とビダーシャルは肩を竦めた。今ハルケギニアを脅威に陥れている古代竜が封印されていた場所は火竜山脈。エルフの聖地とはまるきり異なった場所なのだ。所詮は昔のおとぎ話か何か、と思ってしまうのも無理はないだろう。

 だが、それは間違いだ。向こうの感想が間違っているわけではない。ただ、結論が違う。

 

「厄災は聖者アヌビスによって体を二つに裂かれ、力を四つの欠片に分けられそれぞれ封印を施された」

「……四つの欠片はあの鱗を使った封印石ですね。と、いうことは」

 

 こくりとテュリュークが頷く。そうしながら、他の面々と違いそちらは驚かないのだなと目を細めた。

 問われた方、彼の言葉を理解し続けたアンリエッタは、その視線を受け口角を上げる。とある方から少しだけ情報を頂いていたので。そう述べ、しかしあくまで触り程度だと彼に返した。

 

「そうかね。まあ、それはいいが……本題はむしろここからだ」

 

 己の力を取り戻すために、厄災は『悪魔の門』に向かう可能性が高い。回りくどいことはせずにそれだけを伝えたテュリュークは、後はそちらの専門だろうとアンリエッタやジョゼフに目配せをした。

 その視線を受けた二人は、しかし少しだけ考える素振りを見せる。そうした後、揃って表情に笑みを浮かべると、了承したとばかりに頷いた。

 

「では、テュリューク様」

「その『悪魔の門』に討伐隊が立ち入る許可は、与えてくれるのだな?」

 

 二人のその言葉に、当然だろうと彼は肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 前回は向こうを追い立て、攻めるものであった。今回は逆、向こうを押し留める必要がある。

 必然的に討伐隊の艦隊は『悪魔の門』より外側、古代竜の侵攻を防ぐように配置され、そして厄災の封印された半身を砕く精鋭が『悪魔の門』へと突入する。簡単に言ってしまえばそういうこととなる。

 力を取り戻されなければ、艦隊の攻撃は現在の古代竜に十分通用するはずだ。その結論のもとに編成されたそれは、結局のところ前回と役割以外はそう変わりがない。

 違いがあるとすれば、突入組を捨て駒だと考える者がいない、ということくらいであろうか。

 

「……」

「あら、どうしたのサイト」

 

 キュルケの言葉に、いや別に、と彼は返す。『悪魔の門』へと向かう面々の顔ぶれを見て、そのあまりにも見慣れた連中に少しだけ可笑しくなって。

 そして、そこにいるべき一人がいないということが寂しくなった。そんなことを素直に言えるはずもない。

 

「寂しいの?」

 

 タバサが問う。そんなわけないだろ、と才人は述べたが、キュルケもそれを聞いて成程ね、と笑みを浮かべた。勿論タバサも分かっているようで、やれやれと肩を竦めている。

 そんなことより、と彼は無理矢理話題を変えた。あからさまなそれを見て、二人はクスクスと笑う。そういうところ、ルイズにそっくり。そう言ってキュルケが更に才人をからかった。

 

「それで、何?」

「へ?」

「そんなことより、何?」

「あ、ああ。いや、こう、何ていうかさ」

 

 突入組を見る。才人、キュルケ、タバサの三人以外には。

 

「何ですかサイト、人をジロジロと見て。寂しいなら隅で泣いてなさい」

「違ぇ!」

「お兄ちゃん、やっぱりルイズさんいないのが寂しいの?」

「だから違う!」

「大丈夫よサイト。ルイズはきっと間に合うから」

「おい蛮人、悪魔がいないからって腑抜けるな」

「ちょっと、貴方がしっかりしてくれないと、わたしの危険増すでしょ!」

「武士は食わねど高楊枝、だ」

「まあ、信じるのは大事よね」

「だーかーら! 違うっつってんだろ!」

 

 彼の視線を受けて振り向いた面々は、『地下水』もエルザもティファニアもファーティマもベアトリスもクリスティナとリシュも。皆が揃って同じ意味合いの言葉を述べた。ルイズがいない才人を励ますような言葉を投げかけた。

 そんなに落ち込んでいたのだろうか、と彼は肩を落とす。もうとっくにそんな状態を突っ切ったはずなのに。そんなことを思いながら自身の顔をペタペタと触れた。確かに時間が経てば経つほどまだ帰ってこないのかと不安になる時はある。それでも、絶対に彼女は戻ってくる。そう信じて、信じ続けてきたのだ。

 

「今更、疑うわけないだろ」

 

 そう口にして。彼は真っ直ぐに前を見た。その表情を見たキュルケとタバサは笑みを浮かべ、『地下水』とエルザはどこかホッとしたような表情になる。ティファニア達はうんうんと満足そうに頷いた。

 

「さて、サイトも気合が入ったことだし」

 

 準備はいいかしら、とキュルケは皆に述べる。当然とばかりに頷いた一行は、それじゃあ行きましょうかという言葉に従い『オストラント』号へと向かった。歩きながら、珍しく文句を言わないなとファーティマがベアトリスに問い掛けると、逃げた方が酷いことになるから、とどこか諦めたような返答が来る。そうか、と軽い調子で彼女はベアトリスに返し、なら問題ないなと一人呟いた。

 

「ファーティマ」

「何だクリスティナ」

「信頼しているのだな。ベアトリスを――仲間を」

「さっきあの蛮人が言っていただろう。……今更疑うものか」

 

 そうだな、とクリスティナは笑いながらそう述べる。信じてくれる仲間がいる。だから、全力を尽くす。極々当たり前のように、彼女はそう考えていた。

 そしてそれは当然、彼女達だけではなく。

 

 

 

 

 

 

 突入組が『悪魔の門』へと向かうのを別のフネから眺めながら、アンリエッタは一人小さく溜息を吐いた。本音を言えば、自分はむしろあの突入組に編入されるべきなのだ。そんなことを考え、いかんいかんと首を振る。

 

「珍しいね、アンリエッタがそこまで悩むなんて」

「ウェールズ様」

 

 ぽん、と彼女の肩に手が置かれる。愛しい夫の姿を見て調子を取り戻した彼女は、だってしょうがないでしょうと唇を尖らせた。

 彼女がいないから。それを口にしたのはウェールズであった。むう、と頬を膨らませたアンリエッタは、からかわないでくださいと彼の胸板を軽く叩く。

 

「やはり、調子が戻らないのです」

「うん」

「でも、それはルイズが戻らないかもしれないという不安ではなく、ルイズを作戦に組み込めない弊害から来る手間が余計にかかっているという苛立ちが主で」

「うん」

「……本当ですわよ?」

「ああ、そうだね。やっぱり大事な『おともだち』がいないと、寂しいだろうね」

「ウェールズ様!」

 

 ははは、と彼は笑う。笑いながら、そうやって少しは気を緩めないとだめさと彼女の頭を撫でた。先程よりもさらに唇を尖らせ、頬を膨らませ。完全に拗ねた状態になったアンリエッタは、それでもされるがまま、彼に頭を撫でられている。

 そんな状態のまま、彼女はポツリと零した。でも、と、呟いた。

 

「本当に、不安では、ないのです。……師匠(せんせい)が、この間言っていました。出迎えの準備をきちんとしておいて、と」

「それは」

「さあ、どうでしょう? あの人がそんな素直な意味合いでわたくしに伝えてくれたことは片手で数えてもお釣りがきますから」

 

 だから、立てる指が増えるかもしれない。そんなことを思い、しかし彼女は口に出さなかった。それを言ったら、認めてしまうから。

 ルイズがいないから寂しいのだと、愛しい彼の目の前で認めてしまうから。

 

 

 

 

 

 

 ある程度の場所までフネで向かい、それからは水を進む。そうして辿り着いたその洞窟の入口には、巨大な水竜が待ち構えていた。ずしんと大きな音を立てながらこちらにやってきた水竜は、一行をちらりと見ると驚いたような声を上げる。

 

「おやおや、あの娘から言伝を貰ったから待っていたのだが」

 

 水竜がそんなことを述べる。韻竜だ、と約一名は驚いたが、残りは別段無反応。というかそもそもファーティマはこの水竜が何者か知っている。おい海母、と別段臆することなく言葉を紡いだ。

 

「おや、わらわの名を知っているということは、おまえさんはあの娘の知り合いかえ? それともサハラの出か」

「一応、どちらもだ。そんなことより」

 

 用件を述べる。『悪魔の門』に封印されている厄災の半身、それを破壊しにきたのだと。知っているとそれに返した海母は、ついてこいと踵を返した。未だおっかなびっくりのベアトリスをティファニアがひっぱりつつ、一行はそのまま彼女の後へとついていく。

 その道中、しかし不思議だな、と海母は呟いた。

 

「おまえさん達は一体どういう集まりかえ?」

「どういう集まりって……仲間だよ。友達だ」

 

 何言ってんだこいつ、という風に才人が返す。ルイズがいたならば同じ反応したんだろうな、とキュルケもタバサもそんな彼を見てクスクスと笑った。

 一方、それを聞いた海母は素っ頓狂な声を上げると次の瞬間笑いだした。何か利害の一致で、今回の問題の解決のために集められた急増の連中。そんな薄い繋がりなどではない、とはっきり言ってのけて、そしてそれを否定しない。それがどうにも可笑しくてたまらなかった。

 

「いやはや、長生きはするものだ。マギ族と、エルフ。二つの混血に、吸血鬼、魔道具、さらには夢魔かえ。……そして、それらをまとめて友達と言ってのけたおまえさんは、ヴァリヤーグか」

「へ? 何だそのヴァリなんとかって。ヴァリエールなら知ってるけど」

「何、こちらの話さね」

 

 勘違いかもしれんしの。そう呟きながらも、海母は歩みを緩めない。予想以上に広いその空間をゆっくりと歩き続けた彼女は、しかし途中で動きを止めた。

 

「ふむ。のんびりするのはここまでか」

「どうしたの?」

 

 タバサの問い掛けに、何ちょっとな、と海母は返す。視線を左右に向けると、地面が途切れ水面へと変わっていた。ここ最近、何かの影響でこの洞窟が少しずつ侵食されていたのだ。まだ問題のあるほどではないが、こうして所々海が混ざってくる。

 そして、そこから面倒な連中が這い出てくるのだ。

 

「うお、恐竜!? いや、水だから海竜か」

「あら、よく知ってるわねサイト」

「へ? マジで海竜?」

 

 ザバンと水しぶきを上げながら水面から飛び出てくる海竜。完全な水中ではないこの場所では向こうは不利なはずだが、そんなことを気にせんとばかりにその大口を開けこちらを噛み砕かんと迫ってきた。

 

「ほれ、わらわはここで見ているから、とっとと片付けるのじゃぞ」

「おい海母!」

「わらわが頼まれたのは案内じゃ。それ以外はおまえさん達がやる、とも言われている」

『ルクシャナぁぁぁ!』

 

 怒りの叫びが若干恐怖を超えたらしい。ファーティマとハモったベアトリスは、しかし次の瞬間情けない声を上げながら全力で後ろに駆けていく。ちょうど彼女が走り去ったタイミングで、海竜が岩盤を突き破って飛び出してきた。水面の割合が増え、一行の立てる場所が少なくなる。

 が、そんなことは関係がない。ここから先に向かうのに邪魔ならば、倒して進むまで。誰も何も言わず、各々の得物を構え臨戦態勢を取っていく。

 

「あ、なあ海母?」

「なんじゃ?」

「こいつらって洗脳された海母の仲間とかそういうのだったりする?」

「いいや、元々獰猛な考えなしよ。おまえさんの心配するようなことは何もない」

「あいよ」

 

 なら遠慮なく、と才人は一気に海竜の懐に飛び込む。彼の上半身など一噛みで引き千切れそうなその大口を見つつ、才人はふんと鼻で笑って刀を振るった。海竜の歯と刀がぶつかり合い、そしてそのまま下顎を両断する。叫ぶことも出来ずにのたうち回る海竜にとどめを刺し、この程度かと刀を一振りして血を払った。

 

「そんな強くないぞこいつ」

「ま、本来は完全な水中で戦うタイプでしょうしねぇ」

「エンシェントドラゴンの影響か、それとも獲物を見付ければとりあえず襲う馬鹿なのか」

 

 どっちもか、とタバサは杖を振るい一体を氷漬けにしながら息を吐く。そうねぇ、と隣のキュルケも別の一体をこんがり焼いていた。

 

「エルザさん、そちらは」

「大丈夫だよ『地下水』さん。この程度やれなきゃ、ついてきた意味がない」

 

 海竜の噛みつきを精霊の力を纏わせた拳で受け止め、エルザは笑う。もう片方の拳で顎を殴り飛ばし、水面から空中に強制移動させられた海竜の腹めがけて手刀を叩き込んだ。ポッカリと空いた腹から吹き出した血がシャワーのようにエルザへと降り注ぐ。それを口に含みながらあんまり美味しくないと顔を顰めた。

 成程、と氷のナイフで壁に海竜を縫い付けた『地下水』は頷く。まああの馬鹿と背中合わせに戦うにはそれくらいは出来て当然か、と薄く笑った。

 

「いやいやいや無理無理無理!」

「貴様には最初から期待しとらん。どうせ死なんだろうが、そこで震えてろ」

「ベアトリスが心配だから、無理せず隠れていてね」

「と、言っているなファーティマは」

「黙れ夢魔、クリスティナ!」

 

 そう言いつつもベアトリスを中心にフォーメーションを組んでいるあたり、クリスティナの言う通りなのだろう。それが何だかおかしくて、ティファニアは思わず笑ってしまう。当然のように何笑ってんだとファーティマに睨まれたが、それすらも微笑ましくて彼女は益々笑みを強くさせた。

 

「どいつもこいつも……私を馬鹿にしているのか」

「どうして? わたしはただ、ファーティマさんが優しい人だって知ってるから」

「それが馬鹿にしていると――」

「照れるな照れるな。ほら、海竜が来るぞ」

「何だかんだ言いつつも、貴女の友達思いも相当ね」

「だから黙れと! くっ!」

 

 文句よりもこちらに来る海竜の迎撃を、仲間の被弾を防ぐのを優先するところが紛れもない証拠だ。そう言っても良かったが、まあ言わずとも自分で気付いて悶えるだろうからいいか、とリシュは敢えて黙っていることにした。

 流石じゃの、と静かになった空間で海母が絶賛の言葉を投げかけるのは、この後すぐだ。




気付くとパーティーメンバーが物凄い雑多な種族になっているのがこの物語っぽいようなそうでないような

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