ハルケギニアの小さな勇者   作:負け狐

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全然終わらん


その15

 申し訳ない、と学院の教師達は彼等彼女等に頭を下げた。本来ならばこういう場では自分達が率先して動かねばならぬのに。そんな言葉に、下げられた側の一人であるギーシュは首を横に振る。

 

「いえ、これは僕等の手柄ではありません。あくまで王妃の采配の結果です。何より、事態を把握してからの手際は見事の一言につきます。つたないこちらの誘導がお恥ずかしいばかりですよ」

 

 謙遜をするな、と教員を代表してオスマンは笑う。ホールに集められた学院の生徒達の確認作業に動き回っている他の教師達を眺めつつ、それでこれからどうするのだねと彼に問うた。

 聞かれたギーシュは動きを止める。何故自分に、と問い返すと、オスマンは髭を触りながら楽しそうに笑った。

 

「避難誘導を担当した割には、動きたそうな顔をしておったのでの」

「……まさか。僕はあの面々と違って脆弱です。これが精一杯ですよ」

「ふむ。では、こちらの勘違いじゃったかな」

「ええ」

 

 そう言って苦笑したギーシュはオスマンから離れる。そんな彼の背中を見ていたオスマンは、ふむ、と短く頷くと肩に乗っていた自身の使い魔に指示を出した。短く鳴いたネズミはそのままギーシュの後をつける。

 そうした後、彼ははははと苦笑した。自ら生徒を鉄火場に送る馬鹿がどこにいる、と。

 

「いいじゃないですか」

「おお、ミス・マチルダ。そちらはもういいのかね?」

「ええ。……テファが囮を努めてくれているおかげで、他の生徒達は全員無事に避難できたようです」

「心配かね?」

「勿論。ですが、まあ……大丈夫でしょう」

 

 強がりでも何でもなく、彼女はそう言い切った。そこに少しだけ違和感を覚えたオスマンは怪訝な表情で問い掛ける。それはどういうことなのか、と。

 マチルダは言葉通りですよ、と返した。少しだけ笑みを浮かべながら、今頃自身の大事な妹分と共に学院中を駆け回り『竜頭』を撃退している面々を思い浮かべ。

 

「信頼しています。あの娘達を」

「成程」

 

 多分一人は悲鳴を上げながら逃げているだけなのだろうな。そうは思ったがオスマンは口に出さなかった。マチルダがその前に言ってしまったからである。

 そして、そんな二人から少し離れた場所では。

 

「ギーシュ!? どこに行く気よ!」

「ああモンモランシー。いや、この周囲に狼藉者がいないかを確認にね」

「貴方じゃ無理よ!」

「……はっきり言われると傷付くなぁ」

 

 あはは、と彼は頬を掻く。しかしその行動をやめる気はさらさらないらしく、自身を止めるモンモランシーに手を振りながら扉に手を掛けた。

 やめなさい、と彼女は彼の手を取る。大丈夫、と彼は彼女の手をゆっくりと解く。

 

「これでも僕はね、ルイズ達の友人なんだ。……だから、こういう時くらい少しでも手助け出来たら、いや、手助けをしてみせるのさ」

「自信があるの?」

「無いよ、これっぽっちもね」

「だったら!」

「――ここで逃げたら、ルイズが笑いものになる」

「え?」

「サイトが初めて決闘騒ぎをした時に言った言葉さ。ここに来たばかりの異国の平民が、一人の女性のために、十人のメイジ相手にそう言って啖呵を切ったんだ。……あいつよりも付き合いの長い僕が、負けられるものか!」

 

 ビクリとモンモランシーが震えた。そして同時に、こんな場面なのにどうしようもない嫉妬が生まれた。今目の前の彼は、友人のために、自分ではない女のために命を懸けようとしている。どうしてその対象が自分でないのだろう。そんなことを思って、思わず拳を握り締めた。

 その瞬間、モンモランシーはギーシュに抱き締められていた。え、と目を丸くしている彼女の耳元で、ギーシュは困ったように笑い、何か勘違いしていないかいと囁く。

 

「負けられない、と言ったのは、一人の女性のために命を懸けた行動についてさ」

「え? え?」

「今僕が命を懸ける理由は、君しかいない」

「え? ……え!? ぎ、ギーシュ!?」

「命を惜しむな、名を惜しめ。……幼い頃、父さんに意味を尋ねた時があるのだけど」

 

 なんて言ったと思う? そう言ってギーシュは笑った。モンモランシーの髪を梳き、そっと口付けをしてから、こう続けた。

 

「『自分の命より、隣で自分の名を呼んでくれる女を守れ』」

「ギーシュ……」

「そういうわけさ。じゃあモンモランシー、ちょっと行ってくるよ」

 

 扉を開ける彼を、彼女はもう、引き止めなかった。

 

 

 

 

 

 

「いぃぃぃぃやぁぁぁぁ! 死ぬぅぅぅ!」

「そう言いながら碌にダメージ受けてないなあいつ」

「流石だな」

「……何かの突然変異なのかしらね」

 

 学院を駆ける四人と一人。その中で一際煩いツインテールは、残りの面々の視線を受けながらも泣き喚き逃げ惑っていた。その現状にファーティマは呆れ、クリスティナは感心し、リシュは不思議なものを見る目で眺めている。

 残るティファニアは応援していた。何か違う、と誰もが思ったが口にはしなかった。

 

「それで、あの『竜頭』とかいう亜人と竜の混ざり損ないは後どのくらいだ?」

「正確な規模が分からんからな。何とも言えん。……まあ、こちらで対処していないものは先輩方がどうにかしているだろう」

「そうね。こちらで注意しなければいけないのは――」

 

 クリス、とリシュが叫ぶ。それに素早く反応したクリスティナは、一気に前へと突き進むと刀を抜き放った。頭上から降ってきた『竜頭』の一撃を刀で受け止め、そのままいなして相手のバランスを崩させる。

 そこにファーティマの精霊の力によって生み出された石礫が降り注いだ。動きが止まり、体全体にダメージが刻まれていく。そこを狙い、重心を下げたクリスティナが刀を振りかぶった。

 

「その首、置いていけ!」

 

 斬、と胴体と頭が泣き別れる。コロコロと転がったその頭部は、そのまま急襲で動きを止めていたベアトリスの足にコツンと当たった。勿論彼女は悲鳴を上げた。

 

「いくら生命力が高いと言えども、首を落とされてはどうにもなるまい」

「その答えになるまで大変だったのよね」

「お前の爆発で木っ端微塵にしていたからな」

 

 あれは効率が悪かった、とファーティマがぼやく。おかげで現在ティファニアは精神力が大分減っており、囮の役目しか担えない状態である。とはいえ、ベアトリスとのペアの相乗効果によりその効率は果てしないのではあるが。

 それでも戦闘要員がファーティマとクリスティナの二人では負担が大きい。先程の残りはどれだけなのかという会話も、無意識のうちに疲労が口をついて出た結果なのだろう。

 

「少し、休むか」

「それもそうだな」

「うん」

「あ、え? そ、そうね! そうしましょう! それがいいわ!」

「……彼女がそう言うのだから、ここは安全のようね」

 

 ふう、と壁にもたれかかる。生徒達の避難場所であるホールからは大分離れているここならば、よしんば敵が集まってきてもどうにかなるであろう。そんなことを思いつつ、しかしどうせならば座る場所でもあればと辺りを見渡した。

 生憎、そういうものは何もなかった。

 

 

 

 

 

 

「うーむ。戦況は芳しくないな」

「それはそれは」

 

 吉報のまるで届かない状況に、メンヌヴィルはそんなことを呟きながら顎に手を当てた。自分の楽しみと主からの命、本来優先すべきは後者である。だが、それでも前者を優先した彼にとってそれは少しだけまずいものであった。

 まあ、あくまで少しだけ。そんなことを思いながら先程の自身の呟きに皮肉を返した相手を見る。服が所々焼け焦げているその男は、しかしどこか楽しげにこちらを見ていた。

 

「何だ隊長殿。人を焼く楽しみを思い出したか?」

「元よりそんなものは持ち合わせておらんよ。これは、次代の騎士達の活躍を喜ばしく思っているだけだ」

「……ほう」

 

 出来れば平和なことで活躍して欲しかったが。そんな欲張りなことを考えつつ、まあ今はそれでもいいだろうと杖を構えた。メンヌヴィルはそれに対応して己の得物を構え、そして彼の横に視線を移す。剣を構え、しかしこちらに攻める様子の見えない女の姿を片目で眺めた。

 

「どうした? 隊長殿に全てを任せて観戦か?」

「さてな」

 

 短くそう述べ、アニエスは一歩下がる。本来ならば故郷の仇の一人であるメンヌヴィル相手にそんな行動を起こすのはありえない。が、隣の男に、仇であるはずのコルベールに言われた言葉と、そして『あの』魔王と共にいた生活により、彼女の行動から直情的なものを削っていったのだ。

 

「死に慣れるな、か」

 

 ふふ、とアニエスは笑う。こんな状況下で、彼女は何故だか可笑しくなって、笑ってしまった。だから、緊張も体の力もいい感じに抜けたその状態で、周囲を炎の壁に覆われている状態で、はっきりと聞いた。

 

「コルベール」

「どうしたのですか?」

「あいつを仕留める方法は?」

「……あります。が、この場面では最悪貴女を巻き込む」

「そうか。つまり、私が離れていればいいんだな?」

「はい。ですが、この状況では」

「問題ない。――来たぞ」

 

 アニエスはす、と体をずらす。彼女の背後の炎の壁に穴が空き、そこから大量の水流が流れ込んできた。突然のそれにコルベールは一瞬反応が遅れ、気に留めていなかったメンヌヴィルはそのまま水流に巻き込まれる。その副産物として、辺りを囲っていた炎の壁はほぼ消え去った。

 

「ぜ、はぁ……ぜ、あ、ばばばば」

「……大丈夫か?」

「大丈夫なわけないでしょう。『私』、私は無茶をするなと言ったはずですが」

「無茶、してないもの。『私』、私は、大丈夫」

 

 青いを通り越して土気色になっていたが、少女はそう言って顔を上げる。ナイフと少女の口を両方使って深い溜め息を吐いた『地下水』は、少し休んでいなさいと述べると体の主導権を自身に移した。

 

「随分とぬるい歓迎だな。どうした? 助っ人にしては頼りないぞ」

「重々承知です。『私』の体を使っている以上無茶は出来ませんし、惰力もない。――まあ、それでも、お前程度を倒すのには十分ではないですか?」

「言ってくれるなぁ人形」

 

 メンヌヴィルはそう言って杖を構える。乱入者を、新たな獲物を見ながら口角を上げる。それに並ぶように剣を構えたアニエスと、杖を構えるコルベールを見て、楽しそうに笑う。

 そして、乱入者は小さく笑うとナイフをくるりと一回転させた。息は整いましたか、と自分に問いかけ、何とか、という言葉が自分の口から発せられるのを聞いて満足そうに微笑んだ。

 

「当たり前です。私『達』は『地下水』」

「ふ、二人で一人の、傭兵、メイジだもの」

 

 

 

 

 

 

 炎を放つ。それらを『地下水』の水で打ち消しながら、三人は位置取りを変えていた。コルベール曰く、何もない場所が丁度いい。そういうわけで、城壁から少しずつ下がり、周囲に遮蔽物のない位置まで移動していたのだ。メンヌヴィルも何かを企んでいるのは分かっていたが、それを警戒して焼き損なう方を耐え難いと思っていたため、敢えてそこに乗っかった。

 ゆっくりとコルベールは息を吸う。ちらりとアニエスを見て、『地下水』を見た。

 

「つぁぁ!」

 

 アニエスが踏み込む。飛来してきた火球は己の装備で弾き飛ばし、しかしダメージも受けながらも尚剣を振るった。その斬撃をメンヌヴィルは杖で受け止め、ならばゼロ距離で灰にしてやると呪文を唱える。

 

「させませんよ」

 

 氷のナイフが足元に突き刺さる。その直前で呪文の対象をアニエスからナイフに変更したメンヌヴィルは、溶けて水蒸気に変わるのを見ることなくそのまま目の前の彼女を押しのけた。ぶつかり合うことをせずに後退したアニエスは、『地下水』がコクリと頷くのを確認して再度剣を構える。

 

「ふん。……どうした隊長殿、随分と後ろじゃないか。そんなところで腑抜けているつもりか?」

「そう見えるかね?」

「見える。と、言いたいが、違うな。何かを企んでいる顔だ。まだオレの両目が見えていた時代に見た顔だ」

「そうか。では、どうするかね?」

「知れたことよ」

 

 今度はメンヌヴィルが肉薄する番であった。その巨体のもつ惰力を存分に活かし、一気に『地下水』へと間合いを詰める。ち、と短く舌打ちした彼女は、呪文を唱えると目の前にそれを展開させた。

 炎を掻き消す水のヴェール。それを嘲笑うかのように鳩尾へ杖を捩じ込んだメンヌヴィルは、少女が咳き込み崩れ落ちるのを見ることなくアニエスへと呪文を唱えた。虚を突かれた彼女はマントと剣で咄嗟に防御するが、その衝撃までは殺せず吹き飛び地面を転がっていく。

 

「さあ隊長殿、壁はいない。お前との距離もすぐそこだ」

 

 コルベールとメンヌヴィル。その二人だけになった空間で、彼は笑う。杖に炎を纏わせながら、目の前の男を、かつて自身の光を奪った男を焼ける喜びに打ち震えながら、一気に足を進める。

 

「メンヌヴィル」

「何だ? 隊長殿」

「礼を言おう。こうして二人を離してくれたことで、気兼ねなく呪文を唱えられる」

 

 火と、火、そして土。それらを混ぜ合わせたコルベールの呪文は、その周囲の酸素を燃やし尽くした。範囲内の窒息死させてしまうそれは、しかし遮蔽物のない場所では効果は一瞬だ。コルベールはその一瞬だけ息を止めていればいい。その一瞬の範囲内に味方がいなければ何ら問題はない。

 そして敵は、何も知ること無いまま息の根を止められる。

 

「……成程」

 

 それでも、コルベールはどこかに不安があった。かつての副隊長ならば、リッシュモンに雇われていた頃のメンヌヴィルならばこれで対処出来る自信があった。だが、今はどうだ。エンシェントドラゴンの配下を自称する今は、古代竜の恩恵を受けている、竜の一部を取り込んだ今ならば、どうなのか。

 

「か、は、は……はぁ。惜しかったなぁ隊長殿! 危うく全部持っていかれそうだった」

「普通は持っていかれるものだがね」

「だろうな。火竜と古代竜をほんの少しずつ取り込んでいなければ、オレも気付くことなく事切れていただろうさ」

 

 火の動きは、専売特許だ。そう言いながらメンヌヴィルは己の左目を親指で差した。ギョロリ、と人ではないその眼球を見せ付けた。とはいえ、それでもギリギリ。気付くのは肺から酸素を奪われる直前で、古代竜の恩恵によって何とか間に合ったレベルである。それでも凌いだことには変わりはない。無くなりかけていた肺の空気は再度取り込んだ、内臓のダメージは人を逸脱しているこの体には大したことはない。

 

「さて、隊長殿。切り札を破られた気分はどうだ?」

「……最悪さ。私も年かな、少々自惚れていたようだ」

「そうかいそうかい。まあ、そう言ってくれるとオレも焼き甲斐があるってもんさ。さあ、悔しがってくれ。それが隊長殿を焼く何よりのスパイスだ」

 

 杖に炎を灯す。赤熱したそれは程なくコルベールを灰にするであろう。体勢を立て直した『地下水』やアニエスが阻止するよりも早く、彼は燃えてしまうだろう。

 そんな状況でも、コルベールは穏やかな表情を浮かべていた。悔しがれ、というメンヌヴィルの望みとは真逆の顔をして、己を焼く相手を眺めていた。

 

「隊長殿、お前は――」

「いや、本当に駄目だな、私は」

 

 コルベールの視線の先、そこには『地下水』とアニエスが見える。こちらに駆け寄ろうとしている二人は、しかしその表情は行動とはちぐはぐであった。決して間に合わないにも拘らず、どこか安堵したような顔を浮かべていたのだ。

 だからコルベールは分かった。二人の視線が何を見ているのかを理解した。そうして、それを嬉しく思ってしまう自分を、最悪だと自嘲した。

 

「ミスタ・コルベールから」

「離れなさぁい!」

「メンヌヴィル!」

 

 三つの流星が目の前の男を吹き飛ばすのを見て、あれだけ言っていたのに、今も思っているのに。それなのに、先程奴を挑発した時のように。

 何と立派に育ったのだと、心から嬉しくなってしまったのだから。




命を惜しむな~の下りは勿論捏造
でもほら、ナルシスなら言いそうかなって……

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